そのスペルダスト 『ニュートライズド』 11
「来てくれたか、アルカ=D=ケーニッヒ。それにギョジン」
廃屋のコロシアムダンジョン。めぼしい報酬はもはやないその一帯、古代の城状ダンジョンの最深部にあるそこの光源は足場に刻み込まれた青白い碑文だけだ。
腕組みをするリザ=グランツ。したから照り付く光を浴びながら、眼前でけだるげに立つ二人に語りかけたところだった。
「ギョジンじゃない。魚神だ」
ビーストとドレイクの成分をハイブリッドしたサハギンの形状をしたPCが目元にかけるサングラスの縁を摘む。
「こうやって三人で集まるのも珍しいな。俺はソロでこの世界を制覇し、アルカは高貴なる眷属達を作り、魚神は……なんだ? 釣り氏か? まあよくやってるみたいだな」
感慨深く、しみじみと言葉を紡ぐリザ。その言動に、アルカの組んだ腕の先──指先がトントンと反復運動を繰り返す。
「御託は良い。貴様の目的を教えろ。このアルカ=D=ケーニッヒ、他者に時間を割くほど暇じゃない」
「今日もギルド内抗争あったらしいじゃん。巻き込まれたくないだけでは?」
「むぅ……」
サングラスをしたサハギンに言われ、下唇を噛むアルカ。その指先の動きも激しさを増している。
「お前らに……いや、お前らにこそ頼みたいんだ。これを──」
リザがポーチから取り出したのは水晶。透明な水晶は煌めく透き通った光を迸らせていたが、それを目にしたアルカ、魚神は顔をしかめ姿勢を屈める。戦闘態勢だ。
「いや、まてまて。俺がお前らをこれで潰すとかそんなんじゃねえよ」
「じゃないにしても、だ。リザ、お前の目的は何なんだ一体。『ニュートライズド』を持ち出し、この俺らを人気のないこんなダンジョン最深部にまで招いて」
「何もクソも、こいつをみんなで攻略したい。それだけだ」
掌の上で光を放つ水晶──スペルダスト『ニュートライズド』
このアイテムが放つ煌めく色を目にすれば、リザだって良い思いはしない。脳裏に焼き付く女型フェアリーの女──スピラの勝ち誇り、殺意の篭った視線。
「なんとなくだけどな、俺はこの世界を居場所にしていたのかもしれない」
「居場所?」
アルカが小首をかしげる。揺れる細い銀髪。
リザは、あぁと繋げてから長く伸びる黄金の髪に指を書き入れて口を開く。
「こんなこと言うのも恥ずかしいが、俺は底辺だ。現実じゃな。何も取り柄もないし人脈も無い。人に求められることなんて一度も無かった薄っぺらい人間だ。部活に入って何かを成し遂げるとか、仲間と困難を乗り越えるとか、そういった経験は一切なし。希釈された時間をただ漂う亡霊の様な男なんだ」
「……」
「そんな人間だって分かっているからコンプレックスが芽生える。胸の中に雨雲が宿る。自分の自我の形成、承認欲求──その全てを俺はこの世界に求めていたんだ。たまたま自分がのめり込めたこの世界に」
そう言ってから気恥ずかしそうにリザは鼻の下を人差し指で軽く擦る。
それを聞いてアルカは沈黙し、魚神も腕組をしたまま視線を下げている。思考を巡らすように。
「でもアルカ、お前とこの前やり合ったことで、俺も何かが見えたんだ」
「何か?」
不意を突かれたようにアルカは口を空ける。
「自分の近くに、手頃に認められたいという願望を叶える道具があった。ダストレイジがそれだけじゃないってことだ」
リザは手に握る水晶を胸の前の高さまで掲げ、前方に伸ばす。二人に見えるように。
「かつてお前たちと、まだ赤子同然だった頃──この世界を攻略し、探索したあの感覚。俺はこのゲームをしている理由、続ける理由なんて簡単で、もっとこの世界と共に生きる人間と何かを競い合いたいだけだったんだ──!」
そう言うとリザは水晶を握り潰した。展開する透明の障壁。辺り一体に広がった空間の中の三人は皆同じレベル、同じ転生回数、同じステータス水準をしていた。
「なる程な。要は、このアルカ=D=ケーニッヒらとこの奇術で戯れたいだけと。そう言えまどろっこしい」
「はじめからそう言えよ。面倒な性格になったなリザ」
悪かったな、と口にしてリザは懐に携えた宝剣を取り出す。
重い。ずしりと来る鉛の様な物体は紛れもなくグランヴェイル。その剣を周囲の済に立てかけて置き、リザが新しく取り出したのは靭やかで鋭い一刀だった。
「かつてのリザ=グランツの歴史となる一振り、相棒──よく共に耐え抜いてくれた」
宝剣に語りかけた後、リザが振り返れば吸血鬼は赤黒い大剣を握りしめ、サハギンは水が螺旋を渦巻く一槍を肩にかけていた。
「回復アイテムは山ほど調合してきた。夜通しまで、やり合うぞお前らァ!」