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そのスペルダスト 『ニュートライズド』 9

 リザ=グランツが炭鉱夫と呼ばれ始めて3日だ。エスメラ鉱山の高い階層でただエネミーの殲滅と採掘を続けるだけの亡霊。

 周囲は彼を「レベリングしたいだけの奴」「エネミー戦で気持ちよくなっているだけ」と罵ったが、中には「ニュートライズドを打ち消すダストを求めて、無いような物を求めているのではないか。現実を受け入れたくないからそれを探しているのではないか」と言った意見まで出始めていた。


 周囲はそんな会話に一喜一憂していたが、リザは本気だった。というよりも、そんなニュービーもルーキーもベテランも皆、同じ土俵で同じパラメーターで勝負ということ自体に納得が行ってなかった。高ステータスはやりこみをしてきた古参の特権。

 そんな固定概念が、このゲームに肯定されることを祈ってリザは装備を整えていた。


 「ショートメール。フレの中の誰からだ?」


 久しく飛ばされてきたメールの差出人を確認するリザ。相手は「アルカ=D=ケーニッヒ」からだった。

 かつてアリーナの頂点を競い合ったヴァンパイア族のPC。確か彼はリザと同じく上位ランカーから弾き飛ばされたところにいるかつての星だ。


 『Bサーバ、忘れられし黄昏の遺跡。そこに来い。いつものでな』


 コイツも、俺を──そんな予想が脳裏に過ぎったが、人間不信になりすぎだ、と首を振るった。


 「たまには良いかも……な」


 ずっしりと重いヘヴィプレートを纏い、グランヴェイルを携えてリザは転送ゲートへと歩を向けた。


 忘れられし黄昏の遺跡。ダストレイジ稼働当初初めて実装されたイベントのためのダンジョンだ。

 開けた盆地には暗い茜色が照りつけ、壊れた石柱や石像のオブジェクトらが芝状の足場に横たわる。最深部まで進めば、そこは円形に広がる石の足場。かつては、ここに古代竜のボスが現れていたが現在は復刻イベント以外に誰一人出現することはない。


 「遅かったな」


 洋風の礼装を纏う銀髪の男が居た。色気のある美貌をした男は紛れもなくアルカ=D=ケーニッヒ。かつてアリーナの頂点をリザと競い合った、最強のヴァンパイアと謳われた一人だ。


 「お前も、俺を屠るつもりか? ニュートライズドで、嗤い物に──」

 「そんなのじゃないよ」

 「?」

 「ただ、俺はなんでこのゲームをしているのか、なんでかつてお前とアリーナで競い合っていたのかを知りたいだけなんだ」

 「知りたい?」


 地平線よりやや上で、沈むこと無い赤い太陽。その光を浴びてアルカは腕組みをして言う。


 「闘争に、俺は何を求めていたか──見つめ直したいんだ」

 「何を……」


 リザの胸には思い当たる節が幾重にも現れた。

 ゲームの中の世界。そのルールで勝ち負けを決めて、相手を打ち負かしたいという欲求。醜態を晒す敗者を嘲笑って全てを奪う感覚。過去のミストヴァイト解体に追いやった時の感覚や、アリーナで処刑とでも言って差し支えの無い虐殺。その為に──そう自分が強者と錯覚するための場を己は求めていたのか。


 「リザ。今やあの無粋な奇術で、俺らは全力を出すこともできない。こんなところを見られた所で、野次馬ならフレンド戦だの、ファンデック使ってのスペル戦だの言われても仕方がない。今やアリーナの基本、常識はニュートライズドだ。誰にでも手に入る平等なスペルを行使して、読み合いや立ち回り、ゲームと相手への理解度が勝敗を決める」

 「……」

 「現に俺はあの環境で勝ち抜くことはできない。それはただ、負けるからなのか、それとも闘争を利用していただけなのか、それが今は見えないんだ」


 腕を広げ、アルカは雄弁に語りだす。マントが黄昏の風に揺れてシルエットが広く曇る。


 「俺がアリーナに通っていた理由。お前との闘争の先に求めていた物──今やこんなじゃれ合いの喧嘩の先に得るものなんて無い」

 「だが──」

 「再び戦いたいと、その後に思っているのかどうか……俺は知りたいんだッ!」


 暗黒と、鮮血の輝き。赤い刀身を見せるのはアルカ=D=ケーニッヒ。餓渇剣ブラッドマンティス!

 あの頃──そう、もはや遠く昔と錯覚していた頃の衝動。胸の中で前ゆる高揚感。リザ=グランツも自然に動き出す身体に任せて剣を抜いた。


 「宝剣グランヴェイルッ! 我が敵を断つぞッ!」


 黄金の斬撃と、紅色の残光。暗く茜色に染まる空にそれらが巻き上がり、オブジェクトを粉砕した。死闘とも言える闘争。二人のニューロンを焦がすのは、一瞬の中で繰り出される幾重にも広がる攻防。


 「腕を上げたなァ! アルカァ!」

 「そのセリフゥ! 待っていたァ!」


 咆哮を上げる二人の男は、その後一層強い衝撃波を上げて沈黙した。

 頭上で点滅するライフバー。それらはもう既に空になりかけだ。


 「コレで最後だァ!」

 「くたばりやがれェェ!」


 ズタボロになり、全てのMPマナポイントを出し切った二人の最後は、疲弊した身体を叱咤させての白兵戦だった。

 泥臭く最後に勝負を決めたのはリザ。時間経過で回復して貯まった僅かなMPを使い、光を纏った腕による一撃がアルカの胸部を貫いた。


 「来ると思っていたぜ。お前は最後、そうするから」

 「フッ……それでこそ宿敵。俺が求めていたものは、この”瞬間”だったんだな」


 自分の腕を貫く腕を掴み、血を吐きながらアルカは言った。ライフが0になり、リスポーン地点へとアルカが転送されるのは確定された。


 「そうかよ」

 「お前はどうなんだ?」

 「俺か──」


 その後、リザの目の前のヴァンパイアは光の粒子となり空へと消えていった。

 その男の言った言葉──この瞬間。


 「……この世界で、俺が求めているのは」


 虚空に自問自答するリザ。

 ニュートライズド、居場所、戦闘。どれも、新たに加わり、そして姿を変えた物。それでも、己がこの世界に居続ける理由とは──


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