第一幕 ~騎士団長は嫁を呼び出す~
騎士団長であるノア・ルク・フランジェールは、王族の養子である。
しかし、実の子同様に愛され育てられた。
長男だからノアが継ぐべきという一派もあったけれど、彼は弟の方
が魔力が上だからと自ら王位を蹴ったのだ。
今は騎士団長を務めている彼は、数日前から縁談の話が出ていた。
とはいっても、フランジェール王国の王族は異世界婚が定められて
いる。
一生に一度だけ使える秘術を用いて、異世界の娘を呼び出しその
娘と結婚するのだ。
二年前、元王子だったフランジェール国王カイン・ルク・フラン
ジェールは、ミフユ・ルク・フランジェール(旧姓アイザワ・ミフ
ユ)と結婚している。
「にいさ……こほん、騎士団長ノアよ、これより騎士団長の嫁を召喚
する儀式を執り行う」
「は……っ、我らが王よ」
一瞬、兄弟である彼らは悪戯っぽく笑った。
もちろん血のつながりはないのだが、ノアはカインが生まれる前
から城に入っていたため、カインは生まれた頃からノアに可愛い
がられていたのだ。
「王……儀式の前なのですからおふざけはおやめください。騎士団
長殿も」
こほん、と咳をした長い黒髪の王妃、ミフユに怒られてしま
い二人は苦笑する。
最初は戸惑っていた彼女も、もう立派な王妃である。
カインは今も昔も王妃の美しさは変わらない、と思った。
つやつやとした黒い長い髪をなびかせ、黒々とした黒曜石の
ような瞳を輝かせている。
頬や唇はまるで薔薇のようだ
「分かっていますよ、王妃。これから儀式を行います」
ノアは多くの兄弟・姉妹達に見守られながら、低い声で呪文
を唱え始めた。
やがて、以前ミフユを呼び出した儀式用の台座が、虹色に煌
めき始めた。
そこに現れたのは、一人の少女だ。ルーナエル(チョコレー
トケーキ)に似た色の肌と美しい長い黒髪が床に流れる。
その瞳は閉じられていて見えなかった――。
その場の全員は驚いたように目を見張っていた。
呼び出された花嫁は、なんと花や宝石が縫い込まれた赤い花嫁
衣装を着ていたのだ。
靴は履いておらず、裸足だった。
「この子……結婚するはずだったのではないですか」
眉を顰めてそう言ったのは王の二番目の兄であり、ノアの弟
であるアベル・ルク・フランジェールだった。
「そんな……こんな事って……」
「どうなってしまうのでしょう……」
国王カインも、その王妃ミフユも驚きに戸惑っていた。
あの秘術は一生に一度しか使えぬ物だ。
それに何よりも、呼び出された娘を元の世界に返す事は出来
ない。
ミフユが元の世界に帰れなかったように。
大体の場合、花嫁は元の世界に帰る事を望まない。
しかし、この花嫁衣裳を着た娘の場合どうなのだろうか。
ノアは花嫁となる娘へとなかなか近づく事が出来ずにいた。
というか、こんな細い娘抱きしめたら折れてしまうのかもしれ
ないではないか。
「ノアにいさ……騎士団長ノア、早く花嫁の元へ行ってあげなさい」
「わ、分かりました……ですが、王。気安く触れたらこの娘折れて
しまうのではないですか?」
「折れないよっ!? ――多分」
慌てて突っ込む国王カインだが、兄のたくましい体つきを見る
と断定は出来ないようだった。
おそるおそるノアは花嫁となる少女へ近づき、そっと抱きし
めて見る。柔らかい体はとても温かかった。
「――シヘナ、この子の部屋は?」
「はい、ご準備出来ております」
ノアはとりあえず花嫁を部屋まで運ぶ事とした――。
ルビィリア・コーラルことルビィは、ぱちりと目を開けて
そしてまた目を閉じた。夢かもしれないと思ったのだ。
一番初めに見えたのは、豪華な布団と毛布。
そして年代物のような光沢のある大きなベッド。
そして、はっとなって飛び起きる。
自分は、今まで川にいたのではなかったか……?
もしや連れ戻されたのかと顔を強張らせる。
彼がなんと言うだろうか。ルビィは逃げたかった。
扉を押して通り抜けようとしたその時。
「……きゃっ!?」
扉の前にいた、たくましい体つきの男性にぶつかって思わず
転びそうになった。
彼は慌てて手を差し伸べ、助けてくれる。
「ごめん、大丈夫か!?」
「え、ええ……あなたは?」
「ああ、俺の名前はノア・ルク・フランジェールだ」
「ノア……? フランジェール……?」
聞き覚えのない名前だった。きっと村の人間ではないだ
ろう。
というか、見た所彼よりもお金持ちの青年に見える。
着ている物は簡素だけれど、どれも上等だ。
金の刺繍さえ入った赤い服は美しい。
「君の名前は……?」
「ルビィ……ルビィリア=コーラル……」
「ルビィか、可愛い名前だな。ルビィと呼んでも?」
目の前の男には怪しい感じはしなかったので、ルビィは小
さく頷いた。
寧ろなんだか温かい感じがする。
「あの……ここはどこなの? ノアさん」
「ノア、でいいよ。君は俺の花嫁なのだからな」
「はな、よめ……? 私……が? あなたの……?」
訳が分からなかった。私が嫁ぐべき人は彼じゃない。
だって、そうしないと母が酷い目に遭わされてしまう。
「訳の分からない事を言わないで、私を早く元の場所に返し
て! 早く結婚しなければならない人がいるの!!」
慌てたようにそう言うルビィに、しかしノアと名乗った男
は黙って首を振った。
「ここは魔法大国フランジェール。君がいた世界とは、別の
世界だ。そして、君をもう元の世界に返す事は出来ない」
「……ええっ!?」
ルビィは声を詰まらせて小さく喘いだ――。
魔法大国の花嫁様!?はミフユ視点でしたが、今回の
お話はノアとルビィの両方の視点で語られています。
前回のお話ではカインがミフユと結ばれ、今回のお話
では兄の騎士団長になったノアが嫁を取るお話となって
います。
いろいろと前途多難になりそうですが。