高温より低温でじんわりがいいみたい
深夜まで飲み明かしたせいかみんなが起きたのは昼前だった。遅い朝ごはんを摂る為にみんなで出かけることにした。「あ、ごめん!挨拶しておく人いるの。近くだから先に寄っていいかな。」本当は都に着いた昨日、会うつもりだったらしいのだが不在だったので今日行ってみるらしい。
都は朝から晩まで活気づいている。まるで毎日お祭りのようだ。マシィがある店へみんなを案内した。店はそこまで大きくないものの人の出入りは結構多い。受付のお姉さんと話すと二階の部屋まで案内された。「社長、たぶん接待中だと思います。」先約があるのなら時間をずらした方がいいのではと思うのだが受付のお姉さんもマシィもスタスタ進んでいく。ドアをノックして受付のお姉さんが声をかける。「社長、お客様ですよ。」中はわいわいしている。返答はないのでお姉さんが中へどうぞと促してくれた。マシィがスタスタ入るのでみんなも続いて入っていった。「やっほーるなたん。今日も絶好調だね。」かなり軽い挨拶。「あ、ましちゃん。ちょうど今込み合ってるんだよ。ちょっと待ってね。」机の上でカードゲームをしている。どうやら相手が優位らしく真剣に悩んでいるようだ。ひねり出した渾身の一撃の後、相手のおじさんはそらきたとばかりに嬉しそうに反撃の一手を出した。え”!ウソ~とルナはなだれ込んでしまった。どうやらゲームは終了のようだ。おじさんは挨拶をすると満足そうに部屋を出て行った。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。昨日は来てくれてたみたいでごめんね。」カードを片付けながらさっきとは違ってケロリと話す。社長と言われていたが風貌は社長には見えない。ツインテールで若い女性だ。・・・あれ?とレオナルドは上目づかいに空をみながら頭の中を巡らせた。「あ!昨日のねぇちゃんじゃねーか!」いきなりの大きな声にみんながレオナルドに注目する。「あぁ、昨日の初めて君か。後ろの君も昨日の人だね。」どうやら昨日パチンコ屋で出遭った隣のお姉さんはマシィの知り合いでここの店の社長らしい。「いつも収集してるものを買ってくれてる人だよ。」マシィがみんなに紹介した。「ルナと言います。どうぞこれからもよろしくね。」凛とした顔で挨拶すると一人ひとりに名刺を渡した。「(株)玉手箱、なんだか面白そうな名前なんですね。」ヒナムギが笑顔で言った。「そうでしょ~売買に関わることなら何でもするかな。ましちゃんみたいに旅人からも売り買いはするし他国ともしてるから色んな物がうちには集まるのよ。それ以外にも色々と手を広げてる最中なんだけど面白いものがいっぱいって私ワクワクして好きなの。」彼女のワクワクがそのまま会社の名前になったようだ。「お昼ご飯まだでしょ?いい店知ってるから一緒に食べよう。」会社を後にしてみんなはルナのお勧めのお食事処へ向かうことにした。
人通りの多い道を横に曲がって細い裏路地を歩く。薄暗い道にはこんなところに店があるのかと思うほど都の喧騒からは程遠く静まり返っている。所々明かりが点いているが逆に不気味さが漂っていて中を観察する勇気はない。道なのか分からない所をずっと進んで帰り道がどうなのかルナ以外分からない状態だ。
建物と建物の間に古い木の格子戸があった。その脇には一輪挿しに花が一本添えられている。ルナはその一輪挿しを手に取ると戸を開けてそのまま中へみんなを進ませた。裏路地の薄暗さに目が慣れたはずなのにまた一段と薄暗くなる。”このまま進んで本当に大丈夫か?”とレオナルドが言おうとしたその前に「着いたよ。」とルナが後ろのみんなに向かって言った。みんなはそれぞれの隙間を覗くと古い玄関の戸からオレンジ色の灯りが漏れ出していた。その光にみんなは安堵の声を出す。灯りの中に進んでいくと土間が広がっていた。大中小の釜が並び台所にはナベが二つ火にかけられていた。辺り一面にいい匂いが広がっていてみんなはおもいっきりその匂いを吸い込んだ後思い出したかのようにいっせいにお腹の虫が鳴き出した。土間の奥ののれんから腰の曲がった小さなおばあさんがゆっくり歩いてきた。「あれ今日は若いのがぎょうさんやねぇ。」手に持った籠を流しに置くと鍋の中をつついていた。ルナは土間の横にある畳の部屋へあがると一輪挿しを丸いテーブルの真ん中に置いた。おばあさんが人数分のお椀や皿におかずを盛り付けていく。誰に言われるでもなくみんながおばあさんの手伝いをしだした。テーブルには沢山のお料理が並べられてどれも美味しそうだ。みんなが座っておばあさんを待っていると土間の奥から瓶を持ってきた。それぞれの小さなグラスに注いだ後おばあさんはルナが用意したイスに座ってグラスをみんなに向けた。「はい、ありがとさん。ハーブ酒で乾杯で始めようか。」おばあさんの笑みにみんなが笑顔で応えた。「乾杯。」昨日の飲み会のトーンとは違う温かくて静かな乾杯だ。すきっ腹に流れるハーブ酒は何だか体に良さそうな染みっぷりだ。「はーおいしー。ここの料理って薬膳料理なんだけどね、美味しいから何度も来たくなるのよ。あ、ちなみにそのハーブましちゃんから買ったものらしいよ。」さっそく料理を頬張りながらルナが紹介してくれた。「おぉ、これ摘んだのあんたね~。いつもいいもんありがとよ~」感謝をしてくれるおばあさんにましぃは笑顔でおじぎをした。昔は山までおばあさんが摘みに行っていたらしいが年をとってからルナのお店で買うことにしたらしい。「あの、どうしてこんな所にお店を開いたんですか?」率直な疑問をヒナムギがなげかけた。おばあさんはいくつか笑うとそれに応えてくれた。「昔はよ~ここもこんなにせわしくなかったのよぉ。それがどんどん大きい建物が周りにできてよ、小さい店は中に埋もれちまったのよぉ。でもこうやって来てくれる人は来てくれるから有り難いやねぇ。」おばあさんはグラスを持った手を重ねた手で擦っていた。「変わろうとか・・・しなかったんですか?」今度はレオナルドが質問した。おばあさんはまたいくつか笑って応えた。「変わろうとしたこともあったよぉ。でも、変われなかったのさねぇ。変わっても、変わらなくても大切なのはここやねぇ。」おばあさんは胸の真ん中をぽんぽんと優しく叩いた。おばあさんは変わり続ける都をずっと見てきたのだ。その中で変わらず居続けていたことに胸がジンとする。今日出会うために居続けていてくれたとさえ思ってしまうほどこの出会いが愛おしく思えた。ご飯を食べ終わるとみんなで片づけをした。作業一つ一つにおばあさんが心を込めていることが分かる。ここには時計がない。今どれくらい時が過ぎたのかは分からないし誰も気に留めなかったけどおばあさんを気遣ってみんなは帰ることにした。「ん。これ持っておかえり。みんなで仲良くわけるんやよ~」袋と瓶をレオナルドとライメルに手渡した。袋には炒った豆。瓶にはハーブ酒が入っていた。「今度来るときは魚をいっぱい持ってくるから、その時はまた旨い酒と料理頼むぜ。」ライメルが瓶をあげておばあさんにウインクして言った。おばあさんは頷きながら笑っている。みんながそれぞれありがとうを言うと玄関先で手を振ってくれた。元来た道を歩いていく。振り返れば薄暗さでもう店は見えない。美味しかったねとかまた来たいねとぽつぽつ話した後みんなは黙々と道を歩いた。じんわり温かいものが胸に広がる。気がつけば裏路地の出口だ。今までの静けさが嘘のようにせわしない音で広がる。
どうやらまだ陽は高いようだ。「まだ時間あるようだし・・・運動がてら腕試しの場所に行くかい?」ルナの誘いにレオナルドが応える。「賭け事とかゲームか?」その問いかけにチッチッチッと人差し指を振った。「賭け事とゲームだけど今回は本当の腕試しだよ。」みんなは顔を見合わせた。とりあえずみんなはルナの誘いに乗ることにした。