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東方屍姫伝  作者: 芥
二章 その骸は魂を狩り続ける
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天魔

妖怪の山。

そこには多くの妖怪が住む。

鬼や河童、天狗など様々な種類の妖怪が住む。


その中で特に数が多いのは天狗だろうか。

鼻高天狗や鴉天狗、白狼天狗など様々な天狗が存在する。

妖怪の中でも、もっとも格差社会であるのは天狗たちと言っていい。


身分が一番低いのは白狼天狗であり、一番数が多いのも白狼天狗だ。

その上が鴉天狗でその上が大天狗、細かく言えばもっとあるだろうが代表的なのはこんな感じだ。

さて、ではその天狗社会の頂点は、と言われれば一人しかいない。

天狗の長であり、妖怪の山の長。



天魔、人々は彼女をそう呼んだーー





❇︎❇︎❇︎



「天魔様っ、天魔様っ!?」



とある昼下がり。

妖怪の山の頂にそびえ建つ大きな屋敷。

その屋敷の中で一人の黒い羽を生やした青年が、廊下を駆け抜け大声で天魔の名を呼ぶ。



「うるさい、なにごと?」



青年の前を歩く黒髪の女性は後ろを振り返り、どすの利いた声でそう言う。

この女性こそがこの山の首である天魔だ。


彼女は溜まりに溜まった仕事を今しばらく片付け終わり、やっと息を落ち着かせ湯浴みでも行こうかというところを止められ少し不機嫌になる。



「す、すみません!」


「で、要件はなに?」


「そ、それがーー」



青年は慌てながらも内容を忠実に伝える。

曰く、侵入者が現れたの、

曰く、中々しとめられないの、と。



「なら、大天狗どもを呼べばいい。偉そうな奴でも力はあるでしょ」


「そ、それが大天狗様たちも既に出動しており……」



青年は言いづらそうに顔を下に向け声をしぼませる。

大天狗でも手を焼くような輩は大妖怪級の妖なのだろうか、と天魔は落ち着いて考える。

大妖怪なら頭のいいやつが多いはずだ。

下級妖怪のように迷い込むこともないはず。

なのに何故、普通の大妖怪でも立ち寄ろうとしないこの妖怪の山に……。


天魔はそう考え、一つの答えを思いつく。



「もしかして鬼の奴らが暴れでもしてるの?」


「いえ……少女の姿をした妖怪が一人……」


「……はぁ、女子供片付けられないようじゃ天狗の名折れね。だから、鬼の馬鹿どもに舐められるのよ」


「すみません……」



けっして青年が怒られているのではないのに謝る。

その態度を見て天魔はため息を吐く。

こんなんだから舐められるのだ、と。


「で、そいつは何処にいるの?」


「こ、この屋敷の前に既に……」


「はぁっ!? あんたら本当になにしてんの!!」


「す、すみませんっ!」


青年は頭を下げ謝るが、天魔の怒りはそんなものでは落ち着かない。


「なぜそんな事になるまで教えなかったの!?」


確かに先ほど私に言う様な案件ではない、と言ったがここまでくれば話は別だ。

この妖怪の山は完璧な武装集団の集まりであり、妖怪の中でも武闘派が集まる山だ。

そして常時、哨戒天狗らが巡回しており空からは鴉天狗らが飛び回っている。

密やかに侵入など無理なはずだ。


なら、正面から堂々と?

それはもっと不可能だ。

そうなれば戦いは避けられず、下手したら数百の天狗らがすぐに駆け寄るはずだが……。



「それが……敵は一人ではなく……」



青年は言いにくそうに視線を逸らす。

その女々しい態度を気に食わず天魔の怒りはさらに積もる。



「とりあえず私も出る! 案内してっ!」


「は、はいっ!」



百聞は一見に如かず。

天魔は青年の話を聞くより、敵を見た方が早いと思い、屋敷の外に向かって歩き出した。




❇︎❇︎❇︎




「な、なんなのこれは……」



それは屋敷の外に出るとすぐに見る事ができた。

天魔はその地獄絵図の様な光景を見てゾッとする。


心臓に穴をあけ血を流し、目を虚ろにしフラフラと立ちながら剣を振るってかつて味方だった者に切りかかる白狼天狗や鴉天狗たち。

傍ら身体の所々に傷を作り、かつて仲間だったモノを切り捨てる白狼天狗や鴉天狗たち。


数は明らかに後者の方が多い。

しかし、どれだけ切ってもかつて仲間だったモノは倒れず、腰から下がスッパリ切られ胴体が分かれても上半身だけで動こうと腕に力を入れ、ほふく前進で動き続けている。

もちろん血はダラダラと流れている。

だが、その死体であるものは止まらない。

進む事をやめないのだ。



「さ、最初は少女一人だけだったのですが……、心臓を取られたものから操られた様に仲間に攻撃をし、今ではこの様な……」



隣に立つ青年は声を震わせながら、目の前の地獄絵図から目を逸らし天魔に状況を伝える。

が、天魔は青年の話に耳を傾けず目の前の光景に見入っている。

かつて最強だと……いな、今でも最強だと思っていた自分の精兵たちが仲間割れをしているのだ。



「て、てん……ま……さ……」



天魔が目の前の光景に見入っていると、隣の青年が血を吐きながらその場に倒れこんだ。

天魔は突然、その青年がうつ伏せで倒れこんだことに理解できずにいた。

青年の胸には目の前で心臓を抜かれ戦っているものと同じ様に穴が空いている。

それは後ろから心臓を抜かれた様に……



「あんたが一番強い妖怪……?」



天魔が突然の出来事に驚いていると、その様な声が自分の足もとから聞こえた。

天魔はすぐに足もとを確認するとそこには血に塗れた包帯の巻かれた手が地面から……自分の影から這い出る様に出てきた。


その自身の影からは白と赤を想像させる少女が出てきた。

本来は髪も着物も右手に巻いた包帯も白色だったのだろうが、全身には真っ赤な液体がついており、最初から髪も服も真っ赤だったのではないかと疑ってしまうほど少女は赤に染まっていた。


天魔はその少女が現れるとその場から勢いよく背後に飛び、少女と距離をとる。



「な、何者っ!?」



そう尋ねても少女は無表情でこちらを見つめ続けるだけ。

天魔は自身の隣にいた青年を殺した事から、話に聞いた侵入者だという事を覚り、腰にぶら下げた刀に手を添える。



「取り引きしないか……」



天魔が構えると少女がポツリとそう言った。



「取り引き……ですって?」


「ああ。受けてくれるなら手を引いて、今後この山に一切関わらないと約束しよう」



少女が天魔に指をさしながらそう言う。

ここまでしておいて今頃取り引きとは……と天魔は思い少女を睨みつける。



「ここまでしておいて、受けてもらえると思っているの?」


「やっぱりだめか……まあ、いいけど」



少女は頭をかきながらそう溜息を吐く。



「……貴女の目的はなんなの」



天魔は少女の行動を理解するためにそう尋ねた。



「あんたが噂の天魔だろ?」



少女は天魔の言葉を無視し、そう聞いてきた。

天魔はその言葉にもイラつきながら素直に答える。


「えぇ、そうね……」


「なら、私の目的はあんただ」


少女がそう言った。

意味がわからない、天魔はそう思った。

ここから見渡すだけでも、天狗達の中からかなりの犠牲者が出ているという事がわかる。

なのにこの少女はなぜ、ここまでしておいて自分が目的だというのか、と。


「あんた……森羅万象の力を扱えるんだろ?」


少女がニヤリと笑いながらそう尋ねる。

天魔はどこで知ったのか、と思うも鼻で笑う。


「そんな神がかった物は扱えないわ……。正確には【森羅を操る程度の能力】ね」


森羅……天地の間にあるものの事だが、それを操るにも十分、神がかっていると言える。

しかし、天と地にあるものと言っても天や地が操られるわけではない。

正確には天と地の間にあるもの……つまり、生い茂る木々やそよぐ風を操れるくらい、凄くても少しだけ生きる者を操るくらいだろうか。

聞く分には木を操るだけでもすごいが彼女が天魔と呼ばれる所以は能力によるものではない。


鬼の様な怪力に天狗の様な素早さ、それも通常の鬼や天狗よりも優れている。

生半可な鬼では彼女に力比べでは勝てないし、素早さで言えば彼女に敵うものなど天狗の中には誰一人としていない。


それが彼女が天狗の中で最強と謳われる所以だ。



「はは、それでも凄そうな力だ。私は……その力が欲しいんだよ」



少女はそう言いながら自身の影に潜り込み、天魔の背後に回り、包帯の巻かれた手で天魔の背後から心臓を一突きにしようとする。

しかし、天魔は少女が影から出た途端、見えない速さで近くに生えている木の枝に飛び移る。



「それが貴女のねらいってわけね」


「あぁ……だから死んでくれ。そして……」



少女は自分の胸の前で手を交差し背中に力を入れる様、猫背になる。

そして少女が背中に力を入れると小枝の様に細いが人の身長と同じくらい長い白骨と化している腕を十本ほど生やした。



天魔あんたの魂を狩らしてもらう」



それからは一瞬であった。

少女がそう言い木の枝の上に飛び移った天魔に向かって、飛びかかる。

天魔は腰にかかった刀を抜き、飛びかかってきた少女の首をめがけ刀を振るう。

そして天魔は飛びかかって来た少女の首を刎ねた。

天魔はあっけなく少女の首を刈り、天魔に触れさせる前に決着をつけた。


「なにが魂を狩らしてもらうよ。貴女が刈られてるじゃない」


天魔はそう言いながら少女の血がついた刀を鞘に収める。

分かれた胴と頭はドサリ、と音を立てながら地面に落ちる。

そして、天魔は死体を見下ろしながら言う。


「呆気なかったわね」


そして同時に思う。

この程度の相手に天狗らは戸惑い、大天狗どころか天魔である自分も戦地に駆り出されたのだ。

しばらく侵入者などいなかったから平和ボケでもしていたのだ、本当に怠けている、と。

稽古が足りないのではないだろうか、天魔は今回の事件に関してそう思い、改めて若手の育成を考えなければと考える。


天魔は視線を足元の死体から動かし、未だに殺しあっている部下の方に視線を向ける。

片方は心臓を抜き取られ死んでいるのだ、動きには覇気はないし時期に収まるだろう。

それに大天狗らもそちらを片付けている様なのですぐに片がつくのだろう。

今回の事件での脅威はあの少女ではなく、この大量の仲間の死体だったのだろう。

天魔は一度溜息をつき今回のことで色々な反省点をあげながら足元の死体に目を戻す、が……。


そこには切ったはずの死体が頭だけを残し、十本ほど背中に手を生やしていた"胴"が何処かに消えてしまっていた。


それに気づくと同時に天魔の身体が地面に落ちる。

そして正面から落ちうつ伏せの様に倒れる。



「な……なんでまだ動いて……」



天魔は自分を落とした存在を見て目を開く。

天魔を木から落とした存在は首が無く、背中からは十本の骨の手を生やした血塗れの身体。

そいつが天魔の背中に馬乗りになり、天魔の手と足を動けない様に背中から生やした骨の手でそれぞれを固定している。


この死体は天魔が目を離している隙に首がない状態で木によじ登り、木から突き落とした。

そして倒れた天魔の背中に馬乗りとなり、拘束したのだった。



「死んだと思った? ざんねーん、もう死んでました〜」



そう声が聞こえた。

声の主は天魔の顔の横にあり、首だけの状態となった少女であった。

首だけとなっても話す少女を見て、天魔はゾッとした。

そして少女の頭はニヤニヤと笑い、天魔の上に乗っている胴の背中から生えた骨の手に捕まれ、本来あった位置に首が戻された。

そして首が胴と繋がると、傷口がウネウネと動きながら傷を塞いだ。



「ひ、卑怯だっ!」


「卑怯? ノンノン、油断したあんたが悪い」



天魔は顔を歪ませ少女に言い放つが、少女は人差し指を振ってニヤニヤと笑う。

そして天魔は周りに目を向ける。

誰か助けてくれ、と。



「あ、助けなんて来ないよ? みーんな、あっちに行っちゃってるもん」



少女は未だに戦い続ける天狗らを見つめながらそう言う。



「さ、さっき言ったわよね。取り引きしましょう……」



天魔は最後の命乞いにさっきの取り引きを持ち出す。

プライドなんて糞食らえ、生きていればそれでいい、死にたくない、天魔はそんな気持ちであった。

しかしーー


「別にいいけど……、私の欲しいのは貴女の……心臓だよ?」


少女はそう言って骨の手で背中側から天魔の膨らんだ右胸を揉む。

天魔はそう言われると力なく額を地につけ、目を閉じる。


そして自分の人生を思い出す。

下っ端天狗として生まれたあの頃を。

厳しい訓練にも耐えたあの頃を。

結果を出しメキメキと出しどんどん出世していったあの頃を。

そして先代天魔に認められ二代目天魔になったあの頃を。

天魔となり周りから褒め尽くされたあの頃を。

もっと認めてもらいたく天魔となっても頑張り続けたあの頃を。


いつの間にか誰も自分に追いつけなくなり一人孤立して来たこの頃を。

そしてそれと同時に昔からの友人が結婚して行きそれを祝うこの頃を。

だからかそれを羨み自分も男を望み人肌欲するこの頃を。

だけど強すぎて誰も近づかないこの頃を。

遂には同世代の中で独り身なのは自分だけというこの頃を……。

そして何時しか妹も結婚して……。



「彼氏……ほしかった……」


「ぷっ……遺言はそれかい」



天魔が自分の人生に悔いてると少女は鼻で笑った。

天魔は笑われるとどんどんと涙目になり、プルプルと震えだす。


そして思う。

こんな幼い見た目をした少女にも負け、鼻で笑われるなど天狗として恥だ。

もう死んでしまいたい。



「来世は男が出来るといいね、じゃ」



少女はそう言いながら、包帯の巻かれた右手を振り上げる。

その言葉と同時に天魔は目を閉じた。

そして願う。

次の天魔は私の様に無様な者でないことを……。



しかし、心臓部めがけて振り下ろされるはずだった腕は、いつまで経っても振り下ろされる事はなかった。


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