夫婦
ーー夢を見た。
その夢はどこにでもある惨劇。
それはとある国の出来事。
飛び交う弾丸、漂う硝煙の香り、やむことのない血の雨、転がる肉塊……、それはいつの時代でも繰り返してくる悲惨な争い。
戦争、紛争。
それは人が生きていく上で起こりうる争い。
時には勝利の喝采が、そして敗北の悲嘆が。
時には鼓舞する雄叫びが、そして悲鳴が聞こえる。
多くの緑が、罪なき生命が、力無き子供が消えていく音が聞こえる。
助けてと呼ぶ声が、死にたくないという叫び声がどこからともなく聞こえてくる。
人同士の醜い争い。
それは全てを終わらせる。
人の命を、生活を、文化を奪い去っていく。
なぜ続ける? なぜ終わらない?
力無きヒトの言葉。
その言葉は叶う事も、誰かに届く事もない。
届くことなく己の内に消えていく。
しかし、"私"にはその言葉が【聞こえてくる】。
だけど私は目を逸らして、背中を向ける。
"私"はその夢の中で、戦場に流れる血溜まりを歩き、生き物ではなくなったただの肉塊を踏みしめながら道を行く。
ーーあぁ、この世は悲劇にあふれている。
そう悲嘆しながら、道を行く……。
✳︎✳︎✳︎
私は手を震えさせながら食事を台所から部屋へと運ぶ。
顔には変な汗が浮かび、手汗もひどい。
「……やって、しまった」
卓袱台に置いた今日の献立のご飯とお吸物、漬物といった質素な夕飯を見下ろしながら後悔の念と共に私は呟いた。
私はあれから永遠亭から逃げるように帰ってきた。
帰る途中にそう言えば魔理沙と桜井 命の事を忘れて帰ってきたことを思い出したが、戻る気にもなれずそのまま帰ってきてしまった。
そして、妖怪の山にある屋敷に帰って来るも先ほどの八意薬師とのやり取りをどうしても思い出してしまい、考え込んでしまう。
いつぞや八雲 紫にも言われたことだが、八意薬師の会話からや、最後に受け取ってしまった"モノ"のことを考えるとどうしてもそういう行為を斬乂とすることや、その結果により子供ができてしまうことを考えてしまう。
別に斬乂とは普通に、というより人並み以上の夫婦よりも夜の営みの回数をこなしている自覚もあるし、今ごろやり方が変わるだけで斬乂に抱かれることに恥ずかしさを覚えることはない。
むしろそういうことにほんの……、というより結構興味はある。
ましてや子供も別に悪いことではないと思っているし、正直に言えば斬乂に孕まされるならばドンと来いである。
女としての快楽と幸せが両方得られるのならば良いことでは、そんな事を思いながら夕飯を作っていたら私はやってしまった。
「ば、馬鹿か私は……」
手元にあるお吸物を見ながら私は呟く。
なぜかって?
雪は、夕飯に、薬を、いれてしまった、からさ。
八意薬師に貰った薬を、私は斬乂用に装ったお吸物にいれてしまったのだ。
それも無意識に、惚けながら斬乂との事を考えながらだ。
気づいたときにはもう遅く、カプセル状の薬品は温かいお吸物の中に溶けてしまいどうする事も出来なかった。
「つ、妻としてあるまじき行為だ……。旦那の食事にい、一服盛るなど」
「そのわりに捨てることなく、食べさせる気満々で食卓に運ぶのねお姫様は」
「……っ!!」
後悔するように卓袱台の上で頭を抱えていると、私の頭上にいきなり空間の裂け目が現れ、そこから一人の女性が顔を出す。
私はいきなりの声に驚愕しながらも、その聞き慣れた声から誰だか想像ができ、そいつの顔を睨む。
「……何の用だ八雲 紫」
「いえ、ただ面白そうな事になりそうだとずっと見ていただけですわ」
「……いつから?」
「神社から」
最初から、というよりかなり前の時点でこいつは私をつけていたのか。
とんだ暇人である。
というか、神社からって……。
「もしかして、桜井 命に関して覗きを?」
「ま、最初はそうだったわね」
ああ、やはりか。
さすがに幻想郷の重役の一人である八雲 紫にとって彼女は放ってはおけない人物であったか。
というより、そう思っているのは私だけで八雲 紫的にはただ私に似てるというだけで興味を持っていたのだろう。
見た感じ私にそっくりと言っても、桜井 命は人間っぽいし。
「お前、あの桜井 命ってやつのことは……」
「さあ? 私は"アレ"に関しては何も干渉をする気は無いわ。今の所はなんの脅威も感じないしね」
幻想郷の管理者の一人で、思慮深いあの八雲 紫がそういうのなら、今の所は脅威はないのかもしれない。
なら、私も心配する必要はないのか。
「けど、それは"幻想郷"にはって事で"あなた"個人にはあるかもね」
「……なにがいいたい?」
「ドッペルゲンガーみたいに、本物である貴女の立ち位置が奪われるかもしれないわよ?」
なわけあるか。
八雲 紫の冗談の言葉に私は呆れながら笑い返した。
そんな薄い反応をする私を見て、彼女はつまらなそうな様子で話を続けた。
「まあ、とりあえず彼女からは妖力とかも感じないし、見たところ普通の人間って感じだから私からは何も言うことはないわ」
「あっそ、なら早く帰れ」
「ふふ、わかったわよ」
「ちょっ!! いま何をーー!?」
八雲 紫は私の言葉に対し、素直に聞き入れたと思ったが、去り際に私と斬乂のお吸物の中によくわからない粉末をそれぞれに入れていき、スキマと共に消えていった。
あのクソババア……、最後の最後に何をしていった?
毒、と言うことはないだろうが私ののみならず斬乂のものにまで……、しかも、斬乂に至っては私の盛ったものも入っているから、変な反応を起こしあって毒物に変わっていたりしたら……。
というか、八雲 紫に盛られた時点でまともに食えたものではない。
私がそう思いながら二人分のお吸物を台所に捨てに行こうと立ち上がろうとすると、玄関の方から斬乂の帰ってきた声が聞こえてきた。
私はその斬乂の声にいつもの習慣ではーい、と返事をし、捨てに行こうとしたお吸物を一旦机の上に置き直し、斬乂が帰ってきた嬉しさから玄関の方に急いで走って鍵を開けに行く。
「お、おかえり斬乂!」
「ただいまですぅ、雪ニャーン」
私のおかえりの声とともに斬乂は私にハグをし、帰ってきて早々唇を重ねてくる。
私はその斬乂からのいつも通りの帰ってきた時の挨拶に答えるように斬乂の背中に手を回して、私も斬乂の行動に答えた。
「ーーっん、はぁ……」
「うへへぇ、ごちそうさま。あとはお腹が空いてるので続きはご飯を食べた後でしましょうねえ」
「……う、うん」
斬乂からの激しいキスにより私は頰を染めながら、斬乂の腕に抱きつき、食事の用意してある部屋へ向かう。
私は後で続き、と言われたことに今日はどんな風に甘えようかと惚けながら移動し、私と斬乂は部屋の中に入って食事の並ぶ前に座る。
しかし、斬乂は眉をひそめて首をかしげた。
「あれ? 今日はなにか量が少ない感じがしますが……」
「え、あ、ごめん……。ちょっと、今日は忙しかったから」
斬乂が目の前に並ぶ、ご飯とお吸物と漬物のみの机の上のものを見て首を傾げる。
そして、斬乂の言葉により私がションボリとすると斬乂は気にした様子を見せずに私の頭を撫でてくれる。
「いえいえ、大丈夫ですよお。もし足りなかったらあとでお酒でも一緒に飲みましょ?」
「ん、すまない……。なら、おつまみはしっかり作る」
「なにいってるんですかー? おつまみは、ここにあるでしょう?うへへー」
「ーーっん」
私の臀部をイヤらしい手つきでさすりながら、下卑た笑みを浮かべた。
つまり、お酒を飲みながらいい気分で二人でーー、そう思うとお腹の下のあたりがキュンキュンとして待ち遠しくなる。
しかし、斬乂はそんな発情しかける私に気づく様子はなく、私の尻をさすりながら何かを思い出した様に呟いた。
「あー、そういえばさっきゆかりんに会ったんですけどー」
「八雲 紫 にって……、あっ!!」
斬乂の突然の言葉に私は目の前に置かれる毒物の事について思い出す。
まだ処理してない、そう思うのも束の間で斬乂がいただきますと言いながら、運悪くお吸物から飲み始めてしまった。
そして斬乂は口元をすぐに押さえた。
「ゴホゴホっ!!」
「ざ、斬乂!? 大丈夫か!!」
お吸物を少し飲むと同時に咳き込み始める斬乂。
私は慌てながら斬乂の背中をさすり、声をかけた。
しかし、咳はすぐに収まるも、別の問題が起きた。
「ゆ、雪ニャン……、こ、これ」
「す、すまない!! 先ほど八雲 紫が盛って、処理をするのを忘れてーー」
私はほんのり赤くなる斬乂の顔を見ながら、斬乂の向ける視線の先を見て、目を向ける。
私は八意薬師の渡された薬の事を思い出しながら、徐々に大きくなっていく斬乂の下半身の"それ"を見て、驚愕した。
「えーと……、これってもしかして、ちんーー」
斬乂が滅多に見せる事のない驚愕の顔を浮かべながら下半身を弄る。
私はそんな"それ"を見て、本当にそんなことが、と思いながら八意薬師の顔を思い浮かべた。
「ゆ、雪ニャン? もしかして今日の夕飯になにかいれました?」
「っ、そ、それは……その……」
やっぱり説明しないといけないよね。
私はそう思いながら顔を赤面させ、私は呼吸をして覚悟を決めて斬乂に事の経緯を話した。
少女説明中……
成り行きの全てを話すと、斬乂はほえー、と驚嘆の声をあげながら恐る恐るした様子で聞いてくる。
「つまりー、雪ニャンは私との間に子供を?」
「ま、まあ……、不慮ではあったがほ、欲しいと思ったから無意識とはいえ……一服盛ったのだとは思う……」
私の言葉に、斬乂は頭を掻きながら悩む様に答えた。
「だから……、ゆかりんはあんな事を言ったのですかぁ」
「……や、八雲 紫がどうかしたのか?」
「えーと……、ここしばらくほど屋敷から出なければ地底に行かなくて良いからと言われて、こんな粉末を渡されたのですが……」
と、いいながら斬乂は懐から先ほど八雲 紫がお吸物に入れていた粉末状の薬と似た様なものを取り出す。
私はそれを見て斬乂にも手を回されていた事に気づく。
そして八雲 紫の出した斬乂に対する本来の制約外である地底に行かなくていいという言葉に対する意味にも感づいた。、
つまり、久し振りに斬乂と一日中……ではないかもしれないがしばらくほど二人きりでずっと……、しかも、八意薬師から貰った薬の事も考えると……。
そして、私は恥ずかしながらも口を開いた。
「……ざ、斬乂は、私と、こどもをつくるのは、いや、か?」
「い、いえ……いやという訳ではありませんが、いきなりの事で頭が追いついて……」
「わたしは……、斬乂になら、孕まされ、たい……から…………いいぞ?」
「ーーっ!!」
私が斬乂の着物の裾を握りながら恥ずかしい事を言ってると自覚しながらも、勇気を出して呟いた。
斬乂はそんな弱々しい私の様子を見てナニカが来たのか、ガバッと立ち上がり私を抱え上げ、まだ夕飯も食べきっていないのに隣の部屋に走り出す。
私は抱え上げられても、この後のことを考えてしまうと抵抗することなく黙って斬乂の腕の中で小さくうずくまることしか出来なかった。
ーーそしてこのあと滅茶苦茶セッ(ry
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場所は変わり人里にあるとある小屋。
その小屋は人里の守護者である上白沢慧音の家であり、現在は家主の慧音の他に三人の人物を交えて夕飯を取っていた。
「すまないね慧音さん。住まわせてもらうだけでなく、夕飯まで頂いて」
「いいさ、困った時はお互い様だ。いきなり慣れない場所で疲れただろうからゆっくり休むといい」
「そうだぜ! 私も昼飯食ってなかったから腹ペコだぜ!」
「お前は少しは遠慮しろ……」
慣れた手つきで箸で皿の位置を確認しながらおかずを食べる命に対し、ガツガツと食べていく魔理沙。
そして、そんな遠慮のない魔理沙を見て呆れながらもよく噛みながらご飯を食べていく妹紅。
少女ら四人は現在は慧音宅で夕飯であり、竹林からの診察の帰り道ののちに、命がしばらく居候する予定の慧音宅まで送るついでに夕飯にありついていた。
そして、慧音は食事をとりながら今日の診断結果について聞く。
「そういえば診察の結果はどうだったんだ?」
「ああ、やっぱりよくわからないと言われたよ。一応はもう一度再検査したいからまた来て欲しいと言われたけどね」
「もし見えないままだったら、今後の生活は大変だよなー」
「その辺は大丈夫さ。杖さえあれば安全な場所なら普通に一人で歩けるしね」
「へー、そんなもんなのか」
命の言葉に魔理沙はモグモグと箸を進めながら軽い相槌を打った。
そして、慧音が思い出した様に呟く。
「一応はしばらくの間、うちに住んでいいがその後はどうするんだ?」
「んー、今の所は考えてないかな。けどいつまでもお世話になる訳にはいかないし、目が見えなくても手伝えそうな所にでも雇ってもらおうとはとりあえず考えてはいるさ」
「やっぱり外に帰るって選択肢はないんだな」
「まあ、今の所はないかな」
慧音の問いに曖昧な答えで返してくる命に対し、慧音はどうしてかと聞こうとしたが、盲目のことで外で色々と苦労したかもしれないので、少し聞きづらかった。
なのでしばらくは様子を見る、ということが慧音としての考えである。
そんな事の傍に妹紅は箸を咥えながら命の顔をじっと見つめ、本当に雪にそっくりだなと思いながら口を開く。
「なんか黒髪の雪を見てるみたいで違和感があるな」
「そうか? 私としては子供の頃の雪を見てるみたいで懐かしいぞ」
「あの雪に子供の頃なんてあったんだなー」
「おお、あるぞあるぞ。なんなら今よりも生意気でお転婆だぞ」
「はは、ならあいつの子供の頃は猿か何かだな」
慧音と妹紅が笑いながら、今はこの場にいない雪のことについて笑い合う。
魔理沙に至っては既に会話に混ざらず、モグモグと飯を食べることに集中しており、話すら聞いていなかった。
が、二人の会話を聞き、命はクスリと笑って会話に挟む。
「慧音さんと妹紅さん。二人は白鷺 雪と他に比べれば深い交流があるんだよな?」
「ん、まあ私は雪が子供の頃から知ってるしな」
「私もしばらく旅を一緒にしていたけど」
二人のその言葉に十分だと呟く。
そして命はならと尋ねた。
ーー白鷺 雪のことを、教えてもらえはしないだろうか?
ぜひ仲良くしたいからね。
そう付け足して、【桜井 命】に似る【白鷺 雪】について聞き始めた。
後の妖怪の賢者は語る
「鬼神には精力剤を盛りましたわ。そして、お姫様にはちょくちょく口にするものに先回りをして媚薬を仕込みましたわ。反省も後悔もしてません。むしろ感謝してほしいですわ」




