盲目
ーー夢を見た。
その夢はどこにでもある絶望。
それはごく普通の小学校での出来事。
どこにでもいるような普通の気弱そうな少年が、数人のクラスメートに囲まれクスクスと笑われている。
その少年は時には頭を叩かれたり、少年の持つノートがビリビリに破られたりして直接的な被害も受けたりしていた。
いわゆる、"いじめ"という奴だった。
少年は、やり返そうとはしない。
言われるがままに、やられるがままにされ下を俯き、ただ苦痛が過ぎるのを待つだけ。
だが、その悲劇は決して終わらない。
少年はただただ蹂躙される。
心を、誇りを、人格をーー。
ああ、いつになったら終わるのだろうか?
少年は願う。
この苦痛の時間を耐え忍び、いつか終わることを。
だが、終わることはない。
次の日も次の日も少年は蹂躙される。
誰も助けてくれはしない。
見て見ぬ振りか、同じく面白がるか……。
それはただ幼き子供らの無邪気な娯楽。
しかし、少年にとってはたまったものではない。
故に少年は思う。
『死んだら、この地獄が終わるんだ……』
死んだらこの地獄から解放される。
ーーただ今の状態の脱却を……。
死んだら幸せになれる。
ーー夢のない人生に終わりを……。
死んだら救われる。
ーー来世は、イジメられないといいな……。
そして、少年は飛び降りた。
自分の通っていた小学校の一番上の階の窓から飛び降りた……。
次の人生こそは……、そう思いながら少年は死んだ。
"私"はそんな少年の背中を見届けながら、夢から覚める。
✳︎✳︎✳︎
妖怪の山の麓にある私の屋敷から箒に跨り空を飛ぶ魔理沙の後ろについていき、私は博麗神社の境内に降り立つ。
私は境内に降りると背中に生やした飛行用の黒い翼をしまいふぅー、と一息ついた。
ここしばらくは長距離の移動をしておらず、しても山から近い人里程度にしか出かけていなかったな、と自分の運動不足を感じながらも件の私と瓜二つの超絶美少女は何処かと博麗神社の境内を見渡す。
そして、真っ先に目に付いたのは神社の本殿の縁側に群がる人だかりであった。
「あら? 魔理沙と……噂をすればなんとやらね」
その人だかりの中心に座る巫女服を着た少女、博麗 霊夢と視線が合う。
そして、霊夢の発言とともに彼女に群がっていた少女らの視線が一気に私達の方に向いた。
「あー、白いおねーさんだあ!!」
まず私にアクションを仕掛けてきたのは群衆の中から飛び出してくる金髪サイドテール幼女こと、フランドール・スカーレット。
紅魔館という悪趣味な真っ赤な豪邸に住んでいるのは慧音先生談であり、私の起こした異変後にちょくちょくと私の屋敷に姉妹揃って遊びにくる吸血鬼の妹の方だ。
ちなみに主に屋敷にくる要件としては弾幕ごっこ……、ではなく私の作ったお菓子。
遊びに来始めた当初は異変中の決着をつけると言い乗り込んで来たが、来た時が運良くか悪くか私のおやつタイムで、私が食べようとしていたお菓子を与えると大層喜び、その後もちょくちょくおやつ目的で来るようになった。
私を見つけて嬉しそうに飛びかかるフランを私は受け止め、再び霊夢の方に目を向ける。
しかし、人の数が少し多くて集団の中心が上手く見えない。
「ふふ、流石の貴女もこの件には興味を抱いたみたいね」
なんとか見ようと顔を動かし、見える位置に移動しようとしていると、小さくて今まで見えなかったフランの姉のレミリアと目があった。
そして、その背後にはレミリアの従者の十六夜 咲夜が控えていた。
「この件というと……、新聞の?」
「そうよ、見てみなさい」
レミリアが見てみろと言わんばかりに集団の中心に視線を向け、私はどれどれと集団を割って覗いてみた。
そして私は件の人物を見て、唾を飲み込む。
その集団の中心にいたのは霊夢の肩に頭を預けて眠る一人の黒髪の少女。
その少女が着ているのは見慣れない服装で、たしか幻想郷の外の世界の寺子屋に通う子供らの着る"制服"なるもので、半袖の白いワイシャツにネクタイをして紺色のスカートを履いている。
その格好から確かに幻想郷の外から来たのだろうと思わされる。
だが、そんな服装よりも私は別のことに目を見開いた。
その少女は完璧に瓜二つで確かに似ていた。
黒い長髪に、毎朝鏡で見覚えのある顔立ち。
なぜか眠っていて目元は分かりにくいが、開けると少し鋭そうな目元。
違いといえば若干に私の見た目よりも幼い感じがすることくらいで確かに私に似ている。
「おー、確かに似てるぜ! てか、なんで寝てるんだ?」
「それよそれ……。日向ぼっこしてたら急に眠くなって来たー、とか言いながら呑気に寝始めるのよ……」
「そりゃまた難儀な」
「いやはや、雪も子供の時はこうやってよく日向ぼっこをしながら寝ていたものさ」
「慧音先生も居たのか……、というかいつの話をしてるんだか」
私と同じく魔理沙もその少女を見て感心をしていると、集まる集団のうちの一人である慧音先生が私の方を見て懐かしむ様にそう言った。
慧音先生のいう子供の頃というのは私がまだ人間の頃の事でうん百年前の話をしているのだろうが、流石に大勢のところでそんな話をし始めないで欲しいものだ。少し恥ずかしいから。
ここで私は初めてこの集団の一人一人に目を向けた。
知らない顔もいれば知っている顔もある。
紅魔館の吸血姉妹にその従者、慧音先生の他にもここには集まってきており、普通の妖精よりは強そうな氷精や顔なじみの天狗、妖怪の山に住む緑色の巫女などエトセトラエトセトラ……。
おそらくはここにいる奴らの大半は私と同じ様に新聞の記事を見てきたのだろう。
そう思いながら私は周りの群衆から再び私のそっくりさんへと目を写した。
そして、私が目を向けると同時にその少女は小さなうめき声と共に目をゆっくりと開けた。
「……ん、だれかいるのか?」
その少女は目を緩やかに開け、周りを見回す。
私はその目を開けた少女を見て、特徴的な三白眼がますます私に似ているなと思い、周りの奴らも少なからずはそう思っているのだろうこの場にいる全員がその少女に目を向け、感嘆の声をあげる者もいた。
そして、その少女は意識を覚醒させ周りを見回し、何かを探す様に周りを見渡す。
そんな様子の少女を見て隣に座る霊夢がその少女の手を握りながら声をかけた。
「昨日話したでしょう?あんたの噂を聞きつけてきたここの住民よ」
「……ああ、幻想郷とかの話な。それにしても人の気配が多い感じが……」
「ふん、暇なのよこいつらは」
「そうか暇なのか」
霊夢の声に淡々と答える少女。
私はそんな話す少女の様子を見て、違和感を感じた。
見た目だけでなく声も私と全く一緒で気持ち悪さを感じるというのもあるが、それよりも複数の人に見つめられているにもかかわらず気にした様子を見せずに隣にいる霊夢の方しか見ていない様子に私は違和感を感じた。
他の人も少女の様子に違和感を感じたのか、隣にいる人と視線を合わせたり、眉を寄せ首を傾げている様子を見せていた。
そんな私達の様子を見て霊夢は気づいたのか、ため息をついて私達の心の中の疑問に答えてくれる。
「実はこいつ……、目が見えてないのよ」
「……目が? 視力がないのか?」
「ええ、そうよ。と言ってもぼんやりと霞む程度には見えるみたいだけどね」
慧音先生の疑問に霊夢が答える。
私はその事実を聞き、少女の顔を再度見つめる。
私と似ている目元は一見すれば何の変哲もない様には見える。
今まで盲目の人に出会ったことがないからわからないが、瞳の色も普通の人と変わりがなく、目に腫れ物ができているわけではないのに、何も見えないというのはあることなのだろうか?
「この雪モドキが来た経緯はわかってるのか?」
「原因不明よ……。たぶん普通の迷い込んで来た外来人とは思うのだけど、この子が言うに昨日の夜中に気づいたらここにいたと神社の境内に立ち尽くしていたのよ」
魔理沙の質問に呆れた様子に答える霊夢。
しかし、大半の人はそんな霊夢の様子を放って少女の顔をジロジロと見つめ、少女の方も自分の周りを探る様に目を細めながら周りにいる人々を頑張って見ようと奮闘していた。
「で、ちょうど私も雪のところに向かおうとしてたのよ」
「私のところに?」
「顔が面影どころか瓜二つだから心当たりがあるかと聞きに行こうとしたけど、そっちから来てくれたのは都合が良いわ」
なるほどね、私は納得しながら少女の顔を見るが、心当たりなんてものはない。
強いていうなら私にとてもそっくりだね、ってところだ。
顔どころか声も似てるとか……双子ってよりドッペルゲンガーだ。
私はそう思いながら少し恐怖を感じつつも、少女の顔をジロジロと見ていると目が見えていないはずの少女と目が合い、微笑んだ様子を見せて口を開く。
「おや、君が私と似てる"白鷺 雪"さんかい?」
どうもよろしく。
そう言いながら少女は私に手を伸ばして握手を求めて来た。
目が見えないはずなのに、まるでそこに私がいることが見えているように握手を求めるその少女を見て私は、ほんの少し冷や汗をかきながらもその手を握った。
✳︎✳︎✳︎
場面は変わり神社の一室。
現在ここにいるのは家主の霊夢と盲目の少女、魔理沙、慧音先生と私の計五人で野次馬として来ていた他の人たちは霊夢の一声により無理やり帰らされた。
そして、落ち着いて話そうということで室内に招かれたわけだ。
「で、本当に目が見えないのか?」
私はよっこらしょと床に座ると共にその質問を盲目の少女に投げかけた。
「……この声は、雪さんかな。そうだよ、私はほとんど見えていない。見えてもぼんやりとそこに何かがあることが分かるくらいさ」
「そのわりにはさっきはすんなりと雪がいることを理解していたがな」
「それは私に似た声が目の前から聞こえたから、何となくそっちの方にいるのかなと思っただけさ」
私が目が見えないことに納得できていないでいると、魔理沙が私の思う原因の一つを代弁してくれた。
そして少女はその疑心の言葉に対し普通に答えた。
「おいおい二人とも、そんな疑った聞き方をするな。さっきだって霊夢の誘導があっても壁にぶつかったりしていただろう」
慧音先生が私達の様子を見て、叱りつける様に言う。
その言葉に私はそう言えばと思いながらこの部屋に案内される先ほどの出来事を思い出す。
一応は霊夢に腕を引っ張られながら少女はここまで移動して来たが、周りが本当に見えていないのか壁にぶつかったり、曲がり角で何度も足の指をぶつけていたし……。
もしかしたら本当に目が見えなくて、今までも色々と苦労して来たのかも。
もしそうなら疑うのは本当に失礼だよな。
「……そうだな、疑ってすまないな」
「あー、私もすまなかったぜ」
「いやいや、別になんともないさ」
私と魔理沙が謝罪をすると、その少女は気にしてなさそうに手をひらひらさせて答える。
そして、私たちが謝る様子を見て慧音先生は満足そうにうむと頷き、話を切り出した。
「それで霊夢、他の者を帰して私と雪に残れと言った要件はなんだ? 」
「ああ、それね。魔理沙はなんでかいるけど……まあ、本題に入りましょうか」
魔理沙はいいんかい。
私はそう思いながら霊夢に残れと言われた理由を聞くため霊夢に目を向ける。
「別になんてこと無いわ。この子の面倒を二人のどちらかにお願いしたいだけのことよ。外に帰すにしろ、幻想郷に住まわせるにしろ準備がいるわ」
「ふむ、なるほど。それまでの面倒を見ろと」
「そうよ。私がいつまでも面倒を見るわけにはいかないしね。ま、本人の希望は幻想郷に残る方向らしいけど」
「そうなのか? えーと……すまないが名前は?」
「……ああ、私の名前か?」
そう言えばと慧音先生が盲目の少女に尋ねた。
私もそう言えばなんやかんや今まで聞けてなかったし、自分に似てるからあまり他人であるとは思えなかったから意図として聞かな……
「私は、【桜井 命】だ」
「……っ!?」
私は、今日一番で動揺を見せただろう。
私の外見と似ていることや私と同じ声を発することよりも、私はその名前を聞いて自分の耳を疑った。
いや、ぞっとした。
その聞きなれた名前を聞き、恐怖を感じた。
だって、その名前は……。
私の、かつて【白鷺 雪】を名乗り始める前の名前で、私の前世の名前のはずじゃ……。
「ははっ、どうやら名前まではこいつとは違うみたいだな!」
私が動揺する傍ら、魔理沙は気にする様子もなく私の肩をバシバシと叩いてくる。
その衝撃により、思考の海に沈みかけていた私は意識を取り戻した様に顔を上げ、少女の……、【桜井 命】の顔を見直した。
顔を上げると私と彼女の目が合う。
そして、私は再び恐怖を感じた。
まるで私の動揺をあざ笑うかの様に。
ーーその少女がニヤリと笑った気がした。




