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東方屍姫伝  作者: 芥
一章 その彼岸は彼女に咲く
6/72

妖怪

「ねぇ、雪ちゃん」



縁側に座りながら月の浮かぶ空を眺めていると、突然、茜が私の名前を呼んだ。



「雪ちゃんは……私と一緒にいれて嬉しい?」



そう聞かれると私はすぐに首を縦にふる。



「私もだよ。だって私はこんなにも雪ちゃんを愛してるんだから」



茜は繋いでいる私の手を強く握りしめ、私に笑顔を向ける。

私はその笑顔と言葉を向けられ、恥ずかしくなって顔を背ける。





「だから、これからも……一緒にいようね」





そうだね。

私はそう言われ言葉を返そうと、茜に視線を向き直すと既にそこには茜の姿はいなかった。

私は自分の右手を見る。



握っていたはずの手がそこにはなかったーー






❇︎❇︎❇︎





私が目を開けるとそこには月が浮かぶ夜空がある。

私の横ではパチパチと音を立てながら小さな焚き火がついており、その火からでた煙が真っ暗な暗闇にユラユラと浮かんでは消えていく。



「あら、もう起きた?」



その様な声が聞こえた。


私は声が聞こえた方を向く。

そこには緑髪で赤眼の……夕方頃に森の中で出会った女性が木の幹の上に腰を下ろしながらこちらを見つめていた。


私はなぜ彼女がいるのか、と疑問に思いながら周りに視線を向ける。

ここは暗くてよくわからないが木が多いことから、ボロ寺の近くにあるあの森の中なのだろう。

なぜこんなところに?

確か私は森から寺に戻り、その後は……。

あぁ、そういえば……。



「みんな……死んだんだ……」



バラバラに転がる死体。

その死体を貪る異形な化け物。

そして…親友の……茜の最後。



「貴女、泣いてるの?」



緑髪の女性が不思議そうに首を傾げてそう言う。

私は目元を指で擦るとわずかな水滴。

あぁ、確かに自分は泣いている。


だが、みんなが……寺の子供達が死んだから泣いたのではない。

この涙は茜が……白鷺 茜が死んだことに嘆いているのだ。



「……そういえば私はなんでここに?」



私は目の前にいる緑髪の女性に尋ねる。

確か私はあのボロ寺に化け物に腹を突き刺され、そして茜が殺されて……。

それで私が最後の力を振り絞って声をあげたら、突き刺されて開いた腹の穴から"白いトゲ"の様なものが伸びる様に突き出てきて、あの化け物の心臓に突き刺さった。

そして、突き刺された化け物は悲鳴をあげる間も無く倒れて、私もそこで意識を失った。


なのになぜこんな森の中に……?

それに化け物に突き刺されて開いた腹の穴は何事もなかったかの様に塞がっている。

突き刺されたはずの着物は穴が開いているが、そこから見えるはずの穴は綺麗な肌色であり何事もなかったかの様になっている。



「私は旅人よ、今夜は貴女の家に泊めてもらおうと貴女たちの後を追ってきたの。だけど先客がいたし、血生臭かったから泊まるのは止めにしたわ」



女性はやれやれと言いたげな様子で呆れていた。



「いや、だからなんで私は……」


「私は貴女とお話がしたかったから貴女の家に行ったのに、あんなんになっていてね。だから血生臭い屋根の下で泊まるのは止めにして、野宿でもしながらお話ししようと思っただけよ。だから貴女をここに連れてきた」


「……なんであんたそんな呑気に言えるんだ」



私は睨みながらそう言うと女性はまた不思議そうに首を傾げる。

なんで人が……しかも、子供があんな無惨に死んでいたのに、この人は興味もなく何事もなかったかの様に語れるのだろうか。

例え知らない人の死だとしても情とかそう言うのは彼女には……。



「人が……死んだんだぞ……」


「貴女、面白いこと言うわね。たかが人が死んだだけで」


「だから……」


「人が死ぬことに悲しみを持てなんて、貴女はまるで"人"の様なことを言うのね」


「いったい何を言って……」


女性は意味がわからないかの様に首を傾げる。

なんで彼女は人の死に、どうでもいい様なそんな表情ができるのかがわからない。

それにその言い方だとまるで私が……




「だって貴女は私と同じで"妖怪"でしょ?」




女性は首を傾げながら私の方を見る。

私は彼女が何を言っているのかがわからず、何も言うことができなかったし、彼女の言葉を理解できなかった。


彼女は何を言っているのだろうか……?

妖怪……そんなものこの世界には……。


私はそう思いながら横に寝かしていた身体を起こした。

しかし、起き上がった拍子に自分の視線に何本かの白い糸の様なものが横切った。

私はその白い糸を撫でる様に触る。

そしてその白い糸が自分の頭から生えていることを知る。


いな、本来は生えているはずの黒い髪の毛が白くなっていたのだ。



「え……なんで髪の毛が……」


「えぇ、それには私も驚いたわ。夕頃に会った時は黒だったのに、夜に会いに行ったら白くなっていたのだから」



私が白くなった前髪を弄っていたら、女性は驚き様もなくそんなことを言っていた。

私は白くなった前髪を離して、自分の腰まで伸びるほどの本来は黒である髪の毛を手にとって覗き込む。

確認すると前髪と変わらず後ろ髪も白くなっており、私の髪全体が脱色したかの様に白髪に変わっていた。



「まあ、貴女は妖怪だものね。変化くらいはできるのでしょ」


「ちょ……妖怪って……」


「なに、もしかして自分が人間とでも言いたいの?」


「そうだっ!私は人間だ!」



私がそう叫ぶ彼女は一瞬キョトンとしていたが、直ぐに声をあげながら大声で笑いだした。



「あはははっ、滑稽だわ。貴女って本当に面白いのね!」


「なにが言いたいっ!?」


「貴女、自分の右手を見ても、まだ自分が人間とでも言うの?」



私は女性に言われ右手を見る。



「ひっ……」



私は"それ"を見ると小さな悲鳴をあげる。

私の見た先の……、右手には本来あるはずの肌色はなかった。その代わり汚れを知らない様な純白になっていた。

柔らかい感触はそこにはなく、無機質の様に硬いものが私の手についている。

いな、ついているのではなく生えている。


本来は肉がついているはずの右手には、脂肪がついておらず、理科室の標本などでよく見る白い手……。

白骨化・・・した手が私の右腕となっていた。


私は恐る恐る着物の袖をめくる。

そこにあったのは白い棒状な腕。

白骨化した腕が自分の右肩部分まで続いており、腕と肩の間に漂う黒い靄の様なものを境に白骨化した部分と本来ある肌色の部分とで分かれていた。



「……うえぇぇっ!」



私はめくった袖の中を見るのをやめ、白骨化していない左手で口元を押さえながら吐いた。



「なに? 貴女って本当に自分が人間だと……あぁ、なるほど。その様子を見るについさっき妖怪になったみたいね」


「ど……どういうことだ……」


「いるのよねたまに。本来は人であったものが妖怪になるってこと」



女性はクスリと笑いながら私を見つめる。

私は口元を拭いながらもう一度、白骨化している右手を見つめる。



「なら、私は……」


「そう。ようこそこちら側へ、憐れな人よ」



女性はそう言いながら口元を三日月の様に吊り上げ、無機質な笑いをした。



「貴女は……」


「風見 幽香、それが私の名前よ。幽香でいいわ」


「幽香は……妖怪なのか……」


「えぇ、けど勘違いしないでほしいわ。貴女の家族を殺した妖怪みたいに私は人は食べないわ」



だって醜いもの、と言いもう一度クスリと笑う。



「そう……か。なら、私はどうなったんだ?」


「どうとは?」


「妖怪になったからにはなにかないのか」


「なにもないわ。人間みたいに掟とか風習なんてないもの。まあ、天狗とかの同種同士で住む奴らには多少はあるのだけど基本妖怪は自由よ」



自由……か。



「もしよかったら私と旅に出ない?」


「……旅?」


「そう。私ね、花が好きなの。だからぶらぶら歩いていろんな花を探してるの」



妖怪の癖に以外にファンシーなものに興味を持つのだな……、と思ったが私も今ではもう彼女と同じ存在なのだ。



「妖怪は長生きするし、余程の事がない限り死なないわ。いい暇つぶしにはなると思うのだけど?」



旅か……、そうだな。

それも悪くないかもしれない。

この女性と旅に出て、それで……私はどうしたいのだろうか?

けど……



「あぁ、そうだな。特にやりたいことはないしな」



もう私に居場所はないのだから……



「それはよかったわ。ならーー」


「けど、一度あの"寺"に戻っていいか。みんなと……お別れしたいんだ」



私がそう言うと彼女はまたクスリと笑う。



「別にいいわよ、でも今から行きなさい。もうじき日が出るわ」



彼女はそう言うと明るみの出てきた空に指をさした。




❇︎❇︎❇︎




私は彼女……幽香を森の中に置いて、我が家に戻ってきた。


外から見ればただのボロ寺。

だが、ここには色々と思い出がある。

和尚さんとの、慧音先生との、子供達との、そして……茜との……。


私は正面から寺に入る。

玄関には子供の死体が二つほど倒れており、バラバラになって転がっている。身体の所々に食い破られたところがあり、とても無惨な様子だ。

玄関から逃げようとしたところ殺されたのだろう。いや、玄関から入ってきた妖怪に殺されたのかもしれない。

まあ今となってはわからないが。


私は玄関から中に入り、床に転がる死体を避けながら歩く。

廊下を進むと一つ、二つと無惨な子供の死体を見る。

どの死体もバラバラで、流れ出た血は既に固まっており、血生臭い匂いだけが残っている。

そして、廊下を進んでいくとある部屋の前で止まる。

その部屋の前に止まると、取っ手に手を掛け引き戸を開いた。


そこは台所で、一番血の匂いが酷く、一番死が多い場所。

どの死体もバラバラで、元気な子供だったとは思いもできない空間。



だが、そんな死体らを見ても自然と悲しみがわかない。

いや、多少の悲壮感はあるが、あぁいい思い出だったなという程度にしか思えない。


私は部屋のもう一つの出入り口の方を向く。

そこは寺の裏口であるもう一つの引き戸。

そこは開きっぱなしになっており、その前にはうつぶせに倒れた妖怪と、仰向けに倒れた茜が倒れている。



「……茜」



私はそう呟きながら茜だったものに近づく。

彼女の顔は微笑んだ様子であり、悲しい様子でもあった。

顔だけを見れば寝ているだけにも思えるかもしれないが、身体を見ると心臓部分に穴が開いている。

それを見るとあぁ死んでるのだなと思い出してしまう。

そして、私は涙を流してしまう。



「あぁ、茜……私もだったよ……」



私は彼女との最後の会話を思い出す。

茜は私以外の死には悲しめないと言っていた。

私もいざ時間が経ってこの場に戻ってきても茜以外の死に悲しみはわかない。

あの時もそうだーー。

和尚さんが死んだ時も一様は泣いたが、茜が引きこもって食事を取らなくなった時も、茜が死んでしまうと泣いてしまって、和尚さんが死んだ時よりも悲しんで……。



あぁ、そうか……

私は……茜の事が好きだったのだ。



だけど、女同士だからという倫理観から彼女の愛を否定してしまった。

本当は彼女に愛を向けられ嬉しかったのに……。

誰よりも彼女と夫婦になりたかったのは私だったのだ。

だから私は彼女が引きこもった時に本能的に告白してしまい、理性的に彼女の愛を否定した。



「はは……あかね。私は本当に滑稽だよ」



本当は愛してたのに……。

もう一度、彼女との関係をやり直したいとか思うなんて白鷺雪わたしは馬鹿だ。

彼女の事を忘れてしまうなんて桜井命(わたし)は馬鹿だ。


本当は誰よりも……彼女よりも彼女を愛してたのに。


誰よりも彼女と手を繋ぎたかったのに

誰よりも彼女と抱き合いたかったのに

誰よりも彼女とキスをしたかったのに

誰よりも彼女とえっちなことをしたかったのに

誰よりも彼女と……





愛の歌を歌い続けたかったのに






「あぁ、茜……愛してる」



私は彼女を抱きしめながらそう呟く。

そして私は決めた。




「私があなたの……あかねの……」




私はそう呟くと彼女を抱き上げ、寺の裏口から外に出る。

外は既に明るく、太陽が東の空に浮かんでいた。憎ましいほど晴々とした太陽が。


そして私は風見 幽香のいるはずの森とは真逆の森の方に走り出した。




私は茜を抱えながら森の中に入ると一輪の花を目にした。

それは赤く咲いており、一つ寂しく咲いていた。

確か花言葉は悲しい思い出、独立

そして……思うはあなた一人。



私はその花を一度だけ見た。

だけどすぐに前を向き、明るくなった森の中を走り続けた。

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