愛から、憎しみへと
次に目が覚めたのは、見知らぬ森であった。
あの白い空間で、見知らぬ狐の"道化"に頭を触れられたのが自分にとってまだ新しい記憶。
なのに、いつの間にかこんな整備もされていない、荒れ果てた森の中に、私はいた。
「やぁ……次はなんなのぉ……」
意味のわからない状態が続き、私はその場にうずくまった。
怖くて怖くて怖くて、うずくまる。
ミノムシの様にうずくまり、私は丸まった。
着ていた制服のスカートが汚れるも、気にせず私は地べたに座り込んだ。
最初はパニックが続き、その場にうずくまるだけであった。
しかし、次第に落ち着きを取り戻し、自分が死んだこと、先ほどの白い空間での出来事を自分の中で整理した。
が、なぜ自分は死んだはずなのに、あの空間はなんだったのだろうか、あのハイテンションな道化は何者だったのだろうか……次々と、謎は深まるばかりであった。
そして、また気分が沈む。
時々、森の中を歩き続けるが何もなく、出口も見当たらなく、また気が沈む。
けど、おかしな事に気付いた。
空の色が変わっていっても、いつになっても自分のお腹は空かなかった。
喉も乾かず、空腹もなく、空色は変わり、いつの間にか夜になっても私は睡眠を必要としなくなっていた。
それが、私が気づいた自身の最初の異変。
これに気がついたのがこのよくわからない場所に来てから約一週間後のことであった。
飢える心配はないから安心した、がそれでも場面は変わらず自分は迷子のまま。
森の中をひたすら彷徨い、現状のよくわからない中で私はただ一人呻くだけ。
「ミコトちゃん……助けてよぉ……」
私は身体的には何故か劣化はなかったが、精神は衰弱しきっており、いつの間にかひたすら好きな"彼女"の名前を呼び続けていた。
そんなある時、一本の赤い糸が【見えた】。
「……これは」
空中でウネウネと動くその赤い糸。
精神の限界でついに幻覚を見始めたかと思ったが、その赤い糸は森の奥まで続いており、私を何処かへ導く様に、その糸は伸びていた。
私は、無言でその糸に触れ、伸びる先へと歩き出した。
歩いて歩いて歩いて……いつの間にか森を抜けていた。
それでも私は歩き続けた。
歩いて歩いて、何度も日は変わるも歩き続ける。
不自然と疲れない身体を駆使し、その糸をたどって歩き続けた。
そして歩き続けた先に、私は"彼女"を見つけた。
がーー、
「雪ちゃん雪ちゃん!! 帰ったら何する? お風呂? ご飯? それともわ、た、し?」
「はは、お腹が減ったからご飯かな」
「むー、新婚さんなんだからそこは私って言ってよおー!」
「わかってるよ、茜は夜にゆっくりと、ね?」
「も、もう! 雪ちゃんのえっち!!」
三白眼で自慢の黒髪、だけど胸は平均以下で男勝りの話し方。
まさしく"彼女"で、私の愛した"彼女"。
そんな"彼女"の隣には、私に似た面影のある女。
そいつが胸からぶら下がる駄肉を押し付けながら、自分の探していた"彼女"と二人っきりで森の中を歩き、あろう事か愛しの"彼女"が私に似ている"それ"の額にキスをしていた。
私は、呆然とその場に突っ立った。
そして、ゆっくりとその二人の後を追う。
追った後に見つけたのは、ボロい寺。
その中には十人以上の小さな子供がおり、その子供らと仲睦まじく夕飯の支度をし出す二人。
そしてーー、夜になり幼い子らが寝静まったところで二人は裸となり……。
「……あ……あぁ……」
重なる二人。
悦なる声。
淫かな音。
「……ち、違う……あんなの……ミコトちゃん、じゃ……」
聞きなれた声。
だけど呼ぶ名は【飛鳥】ではなく【茜】。
「……やだ……こんなの、違う……なにかの……」
耳を塞ぐ。
だけど、目には絡み合う二人が。
「見たくない……こんなの!! 【見たくない】っ!!」
私は、走り出した。
涙を流し、再び森の中へとーー。
それが、最初の絶望であった。
❇︎❇︎❇︎
「はぁ……はぁ……」
気づいたら、森の奥にいた。
最初にいたのとは別の森だろうが、また私は森の奥に戻ってきていた。
走る事に気が済み、私はその場に止まる。
走って乱れた息を整える間もなく私は口を押さえ、その場にうずくまりながら嘔吐した。
自分の見たものを忘れる様に、なにも食べておらず出てくるはずがないのに、ゲーゲーと吐き続ける。
そしてーー泣きながらその場にうずくまった。
見たものを思い出しながら、その場にうずくまった。
好きであった人が、よくわからない場所で、よくわからない女と肌を重ねていた。
それが、気持ち悪くて、嫌悪感があって、悪寒があって、……憎悪が芽生えた。
自分が、こんなに寂しい思いをしていたのに、愛した"彼女"は……。
「うぅ……お母さん、お父さん……」
次に縋ったのは、両親であった。
今頃は青森のおばあちゃんの家にいるであろう……、いや自分が死んだから今頃は葬式か……。
「はは……、なら私は幽霊なの、かな」
今頃、死んだはずの自分がこうして生きているのかを疑問に思った。
そして納得する。
だからどんなに走っても疲れないし、お腹も減らないし、喉も乾かないのかと。
「……はは、惨めだなー。わたしって……」
死んだ後も、未練がましく思い出したのは"彼女"で、自分が死んだことよりも"彼女"の名を一番に叫び、寝取られた様な場面に出くわしてようやく現状を理解するなど、自分はなんて愚かなのだろうか。
「……もう、どうでもいいや」
もう眠ろう。
眠気もないのに、そう思った矢先、声が聞こえた。
「くすん……くすん……寂しいよぉ……」
そんな声が、聞こえた。
かすかに聞こえた声を頼りに、私は立ち上がり歩き出した。
全てがどうでもいいとは思ったが、私はその自分と同じ様なことを呟くその少女の声が気になった。
その声の主は思ったより近くにおり、私の位置の草木を挟んだ向こうにその少女はいた。
その少女は、綺麗な空色の髪をしており、幼げな少女であった。
そして、ひどく"透明"であった。
その少女の反対側にある木が少女の身体を通して、透き通って見えるほど少女は透明であった。
私は、唾を飲み込んだ。
そして、この出会いこそが私に眠っていた"能力"の気づくきっかけであった。
これがーー、私の愛から憎しみへと変わった復讐の物語のキッカケであった。




