二人
「いやいや、そう身構えないでくれない哉」
狐面を被る少女。
そいつが仮面の下でケタケタと笑いながら私にそう言い放った。
その狐の足場は板状の鏡が浮いており、それを足場にして狐は私に対するように宙に浮いている。
私はというと、本名がわからぬその狐に向け鋭い目を向けた。
「……なんの用だ」
「別にただ話に来ただけ、だよ」
狐はそう言うと頭の後ろに手を回し、つけている狐の仮面の紐をほどく動作をした。
そして、紐が解けると仮面を取り、その狐は……いや"少女"が今まで決して私には見せなかった素顔を見せた。
私は、その狐の素顔を見て、目を瞠目させた。
見覚えのある顔に、私は目を見開き震えた声でその名を呼んだ。
「……あ、"茜"?」
「違うよ、"私"は"白鷺 茜"じゃない」
狐はクスリと笑いながら首を横に振った。
そんなはずはない。
と、私は言おうとしたがよく見ると、顔の面影が私の知っている彼女とは過ごし違う気がした。
既に千年近く経っているから、茜の顔は鮮明に覚えているわけではないが、確かに目の前にいる狐は、私の愛した"白鷺 茜"に似ており、だけどなんとなくだが彼女ではないという事はわかった。
というか茜は既に死んだのだ。
生きているはずがない。
「そう、白鷺 茜はすでに死んでいる」
「……お前も、心が読めるのだったな」
「覚妖怪と違って、"見える"のは心だけじゃないけどね」
普通の少女のように笑う狐に、私の今までの彼女への印象に違和感を持つ。
私の思う狐の仮面の下は、いつもニヤニヤと笑っており、八雲 紫よりも胡散臭いイメージがあった。
しかし、実際にその仮面の下はというと顔が茜に似ており、普通の少女のように笑う拍子抜けな顔であった。
「でも、"私"の素顔を見て白鷺 茜と間違えるなんてさぁ……」
「……なんだよ」
「いやあ、"ミコトちゃん"の彼女への愛はその程度だったんだね」
訂正。
顔は普通でも私の中でのこの狐のイメージは最悪である。
まあ、確かに斬乂に乗り換えてる時点で、こいつの言う事は正しいのかもしれないが。
「"ミコトちゃん"は酷いなー。こんな可愛い子に向かって性格ブスだなんて」
「そこまでは言ってない。てか仮面とったら性格めっちゃ変わったな……」
「こっちの話し方が素かなー。あの"哉"とか"僕"って言う話し方はミステリアスぽくって可愛いでしょ?」
「……ただの痛いやつか」
「そういうこと言っちゃうんだー。"ミコトちゃん"だって男勝りな話し方する癖に」
「私のはこれが素だ、それとその"ミコトちゃん"って言うのやめてくれないか?」
頬を膨らませながら拗ねる様子を見せる狐に向けて、私はそう言う。
その名前はすでに捨てたものだし、さらに言うならばそれは【桜井 命】という前世の名前だ。
今の私は【白鷺 雪】であり、その【桜井 命】でも"ミコトちゃん"でもない。
なんて呼ぶかはかってだが、その呼ばれ方はなんか今の私を否定されているみたいで気にくわないのだ。
「……うん、私は【白鷺 雪】を否定してるの」
またもや私の心を読む狐。
ぎこちない笑顔で彼女は私にそう言い放ち、私は耳を傾けた。
「……なに?」
「私、【白鷺 雪】なんて消えちまえって思ってるの」
私の心を再度読み、気にくわない言葉を吐く狐。
そんな狐の言葉を聞き睨みつける私に答えるよう、狐は言葉を続けた。
「だから私はアナタに嫌がらせをし続けたの。アナタの家である寺に妖怪を差し向けたのも、白鷺 茜やアナタを殺させたのも、半世紀くらい荒んだアナタを見続けたまま放置したのも、嘘の情報を教え妖怪を殺しまくらせたのも、またもや今回の異変でアナタを誑かせたのも、全部、全部、ぜーんぶアナタが気にくわないから」
「……おい、私の家に妖怪を"仕向けた"って」
私の知らない情報に、私は眉をひそめる。
狐は私のその反応を見て、クスリと笑い答えた。
「うん、私。【白鷺 命】と【白鷺 茜】が気にくわないから殺そうとしたの」
私は、殴りかかりそうになった。
よくも私を、茜を殺したと殴りかかりそうになった。
信憑性はないが、こいつならやりかねないと思ってしまった。
だけど……、その理不尽な言葉を吐いた"そいつ"は残虐に笑うわけでなく、ただただ悲しそうにそこに立っていた。
その悲哀的な顔をする理由が私にはわからなかった。
だから、私は殴るのは後にして今は話してみることにする。
「ほんと、笑っちゃうよね。ちょーとつつけば直ぐにピーピー鳴く鳥みたいに私の手の上で踊ってさ……」
「なんで……、そんなことを?」
「言ったでしょ? 私はアナタが気に入らない」
「なぜ、私なんだ……」
「お前が、"あの人"に似ているからだよ……」
唇を噛み真意を聞き出そうとするも、"彼女"は悲しそうな顔で答える。
そして、その少女はため息をつき口を開いた。
「【白鷺 雪】、どうしても鬼神の下に行こうとするの?」
「……なんだよいきなり」
「私と、来ない?」
私が気にくわないといった少女が、矛盾めいた事を言う。
その誘いの言葉に私はどこか引っかかりながらも、すぐに首を横に振った。
しかし、そんな否定を見せる私の態度に少女は反論をする。
「……アナタが望むなら、私はなんでもするよ? 【白鷺 茜】に似てるなら彼女の代わりになってあげられるし、どんなけでも依存させてあげる。浮気性の鬼神と違って、私は一途にアナタを愛してあげられるよ?」
「……お前は、私が嫌いなんだろ?」
その言葉は、嫌いな奴に言える言葉でも、ましてや同じ女に言う言葉ではない。
まるでその告白の様な言葉を吐く、彼女に私はそう呟くが、彼女は首肯した。
「うん、私は【白鷺 雪】が嫌いだよ」
「なら……」
「でも……、もうどうでもいいや」
その放たれた諦めの言葉を吐く彼女は、どこか悲しそうな目をし、黒い雪雲を見上げながらそう呟いた。
「もう、私にはアナタを殺せる見込みがないの」
「私を殺す?」
どんなに殺されても、死んでも生き返る私を殺す。
そんなことは、目の前にいる彼女はすでに既知のことだろう。
そんな意味の不明な言葉を吐いた彼女に私は視線を向けていたが、彼女は首を横に振り訂正した。
「私の目的は【白鷺 雪】を精神的に殺すこと。そして、私に依存させてペットみたいに扱ってやろうと思ったんだけど……、先に取られちゃったからね」
「斬乂のことか?」
「うん、まんまと寝取られちゃったよ。【白鷺 茜】に続いて鬼神にまで寝取られるなんて、私も見る目がないなーって思っちゃったよ、はは……
自棄になって笑う。
絶望な表情を見せて笑う彼女を見て、私は意味がわからないでいた。
精神的に殺すと言いながら、私に好意を持っている様な表現をする彼女に、私はただ困惑するだけであった。
「あぁ……、あの貴族崩れとか鬼神が居なければ今頃は"ミコトちゃん"は私のものだったのに」
「お前は……結局、何がしたかったんだ」
「別に……ただ"現実"に戻りたかっただけ」
「……現実」
こいつは、少し前の私のことを言う。
斬乂と引き離され生きる事がどうでもよくなり、依存する対象がいなくなったから今度は前世の平穏な生活に縋り始めた私に、彼女は似ている。
「ねえ、白鷺 雪? もう一度言うけど、私と来なよ。そして"外の世界"で暮らそう。学校に行って、くだらない人生を送ろう」
「……」
「大丈夫、八雲 紫の能力を奪って人間になれなくても、妖怪のままで学校に通えるよう私がどうにかするから。だから、もう一度あの平穏な時間に……」
「……悪いな」
私に縋るように言い寄る彼女に、私は視線を逸らさず彼女に言う。
心苦しかった。
いかにこいつが、私の人生を狂わせていた敵であろうが、こんな風に目から"涙"を流しながら縋る彼女を突き放つ言葉を吐くのは。
「そんなこと……言わないでよ……。いいじゃん、鬼神のこと諦めて、天魔に譲っちゃえば。もう知ってるんでしょ……天魔の気持ちも……」
「聞いたよ」
「なら、鬼神は天魔に任せて私と来てよっ! 私を、もう"一人"にしないでよ!!」
私は、彼女がすでに何を言っているのかはわからない。
なぜ、こんなにも私に固執するのもわからない。
だけど、私に言えることは限られる。
あぁ、ごめんよ。
今の私にはこれしか言えない
それでも、私は……
「ーーどんなに言われても、私は斬乂と幸せになりたいんだ。だから、お前にはついていけない」
茜に似ているからか、彼女の涙は見たくないと思う。
本当なら、彼女の言葉に耳を傾け一緒について行ってあげたい。
いや、少し前の私ならついて行ってしまったかもしれない。
だけど、私は気づいたんだ。
「私は、【白鷺 雪】で、【千樹 斬乂】の嫁だ」
昔は、斬乂に引っ付き依存しっぱなしだった。
ぶっちゃけあの頃は、私は彼女に依存さえできていれば、愛なんてどうでもいいとさえ思っていた。
だけど、私の大事な人たちが教えてくれた。
斬乂に依存できなくなっても、捨てられても、私には別の"ナニカ"があるんだって。
だから、今度は斬乂だけでなく周りに目を向けて、それで、斬乂のとなりに寄り添いたい。
今までは一方通行だったけど、今度はちゃんと愛し合って、向き合って、彼女のとなりにいて胸を張って生きていきたい。
もう、"ナニカ"に依存するのはやめて、代わりにその"ナニカ"を手放さないように、守りながら生きていくんだ。
だからその一歩として、私は斬乂とやり直したい。
過去をなかった事にせず、それでいてもう一度、やり直したい。
【桜井 命】としてではなく、【白鷺 雪】として。
過去に、茜との関係をやり直したいと思った時とは違ってちゃんと自分で。
別の誰かに押し付けるのでなく、【白鷺 雪】としてやり直したい。
彼女のとなりで、イチからやり直したい。
「だからーー、私は斬乂のもとに行くんだ」
私の決意の言葉。
普段は仮面で隠していた素顔に涙を垂らしながら泣く彼女に向け、私はそう言い放った。
彼女は納得がいかないのか、鼻水をすすり口を開いた。
「……また、鬼神のもとに居たら嫌な思いをするかもよ?」
「そんときゃあ、なんとかするさ。今度は二人でさ」
「……知ってるでしょ? 鬼神は、アナタには下心しかないって」
「……まあ、今となっちゃ私も……えーと、下心がないとは言えないからね……」
「……淫乱変態股ゆるビッチ」
「はは……、めちゃくちゃ言うな。……まあ、否定はできないけど」
「……さんざん弄ばれた後に浮気されて、捨てられちゃえ」
「その場合は、私が首根っこひっぱってでもしがみついて、逃がしはしないさ」
「……変態」
「おい、今なに考えた!?」
「冗談だよ。捨てられたら、私が貰ってあげる」
「はん……、捨てられないように努力するさ」
「貰ってあげる、から」
「……ま、まあ、もしもの時は考えるさ」
「ふふ、なら絶対に寝取ってやる」
「え、なにを? 斬乂はやめてよ?」
「鬼神を寝取るとなると……、私の身体がもたないかな?」
「な、なら私を……?」
「うん、ペットにして飼ってあげる」
「そういうプレイは……斬乂で間に合ってるから……」
「ふふ、やっぱり変態さんだね」
「言い始めたのはお前だろ……」
「……ねぇ、"ミコトちゃん"」
「……雪だ」
「なら"ユキちゃん"、愛してる」
「……悪いな、もう私の隣は埋まってるんだ」
「知ってるよ。だから、これが最後」
「……ああ」
「"ミコトちゃん"、ずっと愛してた」
「…………」
「ーーだから、"ユキちゃん"。私と一緒にいてください」
その彼女の言葉に私は無言で首を振る。
そして、翼を広げ、私は彼女のもとに向かおうとした。
目の前にいる彼女ではなく、私の事を待っているであろう彼女のもとに……。
「"ユキちゃん"っ!!」
彼女の隣を過ぎ、背を向けたところで、その名前も知らない彼女に名前を呼ばれた。
【桜井 命】の名ではなく、【白鷺 雪】の名を。
「……"私"のこと、覚えてる?」
その意味のわからない問いに私は首を横に振った。
私は振り返らず、泣きながら聞かれた彼女の問いに答えた。
そして、その問いを答えてからは、彼女は黙りであった。
その問いの意味はわからなかったが、私は心の中で一言、すまないと言い前に進み出す。
私は、そんな彼女に口で一言もかけず、進みだした。
愛しの彼女のところへと……。




