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東方屍姫伝  作者: 芥
六章 その狐はなにを願ったか
55/72

努力

ーー夜鴉 黒羽は、努力の塊であった。


出生は天狗の里で、両親の身分は天狗社会でいう下っ端の下っ端。

そんな平天狗の家で産まれたのが彼女こと、夜鴉 黒羽である。


彼女自身は目立った才能も特になく、刀の腕も生まれながらに立つわけではなかった。

そして、生まれからしても決して期待された天狗ではない。

しかし、彼女はそれに胡座をかかなかった。


努力した。

【森羅を操る程度の能力】、それが黒羽の能力。

ありとあらゆる現象を操る能力。

響きはいいが、黒羽はその能力に依存しなかった。

ひたすら訓練に励み、ひたすら刀を振り続けた。

力だけでなく、知識を身につけようと刀を握らない時間はただただ机にかじりついた。

上司に媚び諂い、ひたすら頭を下げ、望んでもいない笑顔を浮かべた。


ーー辛かった。

どうしてこんなに自分は頑張っているのだろうか?

そう思わぬ日はなかった。


自分の実力であれば、大天狗まではとはいかないが少し強い程度である上司の天狗であればすぐに首を狩れた。

能力を使えば、大天狗が相手でも張り合える。

それくらいは、自分の実力を自負していた。

だが、自分は下っ端で、上に逆らう度胸も下克上をし上に立とうという闘争心もなかった。


ただ、自分は意味もなく努力を続ける。

三下の妖怪として生まれ、天狗社会に生まれ、その集団の"なにか"を守るために強くなる。

その"なにか"は秩序なのか天魔なのか、はたまた自分ら種族の矜持なのか……、よくわからないがそれらを保ち続けるために自分は努力をした。


なぜ?

それは自身の両親に言われたから。


なぜ?

それは天狗社会では当たり前のことだから。


なぜ?

いや、理由なんて……ないのだろう。



生まれた場所が悪かった。

天狗として生まれ、その社会に放り込まれた自分を憎むしかない。


努力は嫌いではなかった。

しかしその努力をする理由を知らない自分が嫌いだった。

なんの意思もなく意味もなく、ただがむしゃらに頑張る自分が気持ち悪くて仕方がない。

周りに流され頑張る自分が何者でもない事に、ただ嫌悪をする毎日を過ごしてきた。


自分は操り人形だ。

意味もなく生きる自分に、自分を表す言葉としてそれほど最適な言葉はなかった。


ーーが、そんな意味のない日々にその"鬼"は現れた。




「お嬢さん綺麗ですねぇ、お姉さんとすけべぇなことをしないですかぁ?」


人形であり続けた彼女の前に、一人の鬼が現れた。

赤髪の二本の捻れ角、ヘラヘラと笑い侵入者は決して許さない妖怪の山に、彼女は正面から訪れた。

そして、見回り中の私に向けそんな下卑た言葉を吐いた。

その鬼曰く、彼女が山に侵入した理由はくだらないものでしかなかった。


「最近、女の子にムラムラしてしょうがないんですけどー、たまたま迷い込んだ場所にこんな可愛い子がいたので運がよかったですねぇ」


迷子で、同性に発情する末期の変態。

黒羽にとって、その鬼への第一印象はそんなものであった。

そして、天狗社会の十八番である"規則"に従い、黒羽は彼女を捕らえようとした。


しかし、黒羽は鬼に挑み、負けた。

妖怪の山の規則で、それを守り侵入者を撃退しようとした。

だが、手も足も出ないどころか、一息つくと同時に瞬殺された。


そして敗者の屈辱か、その鬼に下卑た手で近寄られ、黒羽は犯されそうになった。

一応は能力を駆使し、その日は逃れることができたが、その次の日もその鬼は黒羽の目の前に現れ、こう言った。



「えーと……味見程度でいいので、ね!」


貞操を散らされそうになったことにトラウマを抱え引きこもっていた黒羽の家にわざわざと来て、下手に出ながら鬼は現れた。

なぜこの鬼はまたもや自分の目の前に。

なぜこの鬼は自分の家の中に。

そんな疑問を抱える黒羽は、その変態に目を向けていた。

そして、黒羽はパニックになりながらも侵入者を発見した時に鳴らす笛を、山中に聞こえるように鳴り響かせた。


これでこの変態も終わりだ。

応援がこれば如何に強いこいつも……、そう思っていた。

しかしーー、


「えへへー、とりあえずこれで当分は女の子に困りはしませんねぇ」


その鬼は、ヘラヘラと笑いながら倒れる哨戒天狗らを見下ろしていた。

応援に来た天狗は百人ほど。

追って駆けつけた大天狗が十数人。

それら全てを、その鬼はーー、"千樹 斬乂"はひれ伏させた。


そして、その日は戦利品というわけか、幾人かの打ち倒した女の哨戒天狗らを何処かにへと連れて行き消えていった。

黒羽はその時の戦闘は隠れやり過ごしていたので、その後の彼女らの行方はよくわからないが、のちに鬼に拉致され帰ってきた哨戒天狗らの彼女らは、泣きながら帰ってきた。

首に外れぬ首輪をされ、屈辱にまみれ帰ってきた。


そんな彼女らの様子を見て、黒羽は震えた。

もしかしたら自分もこうなって……、そう思うと震えが止まらなかった。



「あの天狗ちゃん達も美味でしたけどー、私的には貴女をもっと知りたいですよねー」


絶望した。

数日後に、その鬼は黒羽の前に現れた。

震えが止まらず、吐き気がした。

なぜ自分狙ったように付け回すのだろうか。

ただただそう思っていた。


返り討ちにしようとしても、その鬼の実力は黒羽は一度の戦闘のみで既に知っていた。

故に、勝てる見込みがない。

だが負けたら何をされるのか。

そう考えると恐怖で足が竦み、今にも逃げ出したくなった。

いな、逃げ出した。

全力で、後ろを振り向かずに己の全てを出して足早に駆け抜けた。


しかし、その次の日も次の日も次の日も次の日も……、その鬼は黒羽の前に現れた。

そして、それと同じ回数と逃げ続けた。


黒羽の精神は鬼からの幾度のストーキング行為に参ってしまい、なんどか諦めてその身を鬼に差しだそうかと迷った。


けど、それは出来ない。

それを為したら、自分の何かが終わる。

天狗の社会に屈し続ける操り人形が、次は変態のもとに下る人形になるなど、自分のプライドが許さなかった。


だから、戦った。

立ち塞がる鬼に、刀を抜き戦った。

負けたとしても、すぐに立ち上がり逃げ出した。

尻尾を巻き、逃げ続けながらも戦った。

次の日も次の日も次の日も次の日も……、戦い続け、逃げ続けた。


そして、それが何十年、何百年と過ぎる頃にはいつの間にか黒羽と鬼は……、斬乂は戦った後に酒を交わす仲となっていた。


いつしか斬乂は黒羽を見る目が性的なものから好敵手というものに変わっていた。

長年、努力を惜しまず、斬乂から身を守ろうと更に努力を続けた黒羽は、いつの日にか斬乂に認められていた。


友人の様な関係になった後も、斬乂のセクハラは止まらなかったが、黒羽は彼女に感謝していた。


意味のない努力に、意味を与えてくれた彼女に。

彼女に張り合うために、努力の意味を教えてくれた彼女に。

努力の意味を与えてくれた彼女に、黒羽は感謝した。



そしていつ頃か、黒羽は彼女に惹かれていた。

自分の実力が天狗社会に認められ、その頃には数百という鬼を束ね恐れられているも、その鬼の大将と仲の良かった事で抑止力となるだろうと判断された彼女は、天狗の長ーー、天魔にへと選ばれた。

そんな時くらいからか、彼女に惹かれていた。


理由は、なんだったのだろうか。

強かった。

優しかった。

それもあったが、特に理由があるわけでなかった。

きっかけがあると言えば、酔った勢いで肌を重ねあったことか、天魔となり上を目指すことがなくなったからか誰かとの婚約を意識することになったことか。

両方か、あるいはどちらでもないかもしれないが、黒羽は斬乂を少し意識していた。



「黒羽ちゃーん、人肌寂しくないですかー?」


「……別に」


ーー嘘だ。

彼女に、抱かれたかった。



「うへへ、黒羽ちゃんの髪は綺麗ですねー」


「……そんなことないわよ」


ーー嬉しかった。

彼女に、もっと自分を見て欲しかった。



「黒羽ちゃんは真面目ですねー。仕事なんてサボって私と遊びましょうよー」


「……邪魔しないで」


ーーそうしたかった。

天魔の役割なんて放棄して、彼女と一緒に居たかった。



「毎日鍛錬なんかして、黒羽ちゃんは努力家ですねー」


「……違う」


ーー貴女がいるから、私は頑張れたのだ。

貴女と張り合えるために、横に並べる様にただ……




「斬乂が、好き……」




いつの日か、その恋は疑問から確実にへと変わっていた。

が、素直になれず、または女同士という抵抗が邪魔をして、彼女に想いを伝えられなかった。

彼女に流され、身を委ねるのもいいと思った。

しかし、身を委ねてしまったら、酒の勢いでしてしまった過去を思い出し、あんなことをもう一度されたら、自分は完全に堕ちてしまう。

そう思い、彼女の前では自分を偽り続けた。



だが、彼女はそんな黒羽の思いに気づかずに別の女を抱き続けた。

自分の部下を、よその野良妖怪を引っ掛け回した。

黒羽のストレスは溜まるばかりであった。

そして止めには、自分の部下を殺し周り、自分の管理する山に無断に足を踏み入れた野良妖怪に、彼女は出会った。


部下が殺され、自分の天魔としての格を落とした女。

その妖怪が、自分の好きであった人を誘惑し、惚れさせ、終いには逃げ出した。

気づいた時には、自分の好きである彼女が、その何処の馬の骨であるかわからないその女に目を奪われてしまっていた。


ムカついた。

黒羽は怒鳴り上げた。

表向きは、山へ侵入し部下を殺した事に落とし前をつけていないと斬乂に叫んだ。

しかし、本当は自分の好きな人を寝取ったあの女の息の根を止めて起きたかった。


だが、時既に遅し。

斬乂は完全に彼女に夢中であった。

今まで様々な女に手当たり次第に手を出していたが、その妖怪に惚れてからは全くと言っていいほど、そういうことはしなくなっていた。


酔った勢いという体でその妖怪が去った後に、自分に視線を向けさせようと、恥じらいを捨てて何度か肌を重ねたが、昔に一度経験した激しさは全くなく、完全に上の空という感じで、自分に向けられた愛は全く感じなかった。


そして、いつの間にかあの女妖怪は、斬乂の元に戻ってきており、あろうことか長年好きであり続けていた自分を差し置き、結婚する事になっていた。


「黒羽ちゃん……、私が責任を取るので雪ニャンが起こした不祥事を許してくれませんか?」


悲しい顔で、好きであった彼女にそう言われた。


怒る気にも、ならなかった。

完全に負けた。

長いこと一緒で好きであり続けた自分は、好きな人を完璧に取られていた。


だから、黒羽は諦めた。

諦めて、別の人を好きになろうとした。

無理やりにでもいいから、誰かを好きになろうとした。

そして、早々に婚約し子供でも産んでやろうと思った。

でないと耐えられない。

目の前で接吻を交わし、様々な惚気をかまされるのが苦痛でしかなかった。


二人で歩く彼女らを見て、本当はそこに自分がいるはずだったと思った。

二人が肌を重ねているところを目撃すると、本当は自分がそこに居たはずだったと思った。

二人の惚気を聞くだけで、なぜその話題の中心が自分と彼女ではないのかと思った。


敗因は、自分が素直になれきれなかった。

それだけであった。


最初は彼女の存在を疎ましく思い、彼女に抱かれる事を考えると嫌悪しか起きなかった。

しかしいつしか彼女を意識し始め、恋をした。

のに、彼女は別の女を好きになり、気づいたら婚約していた。




「……もう……どうでもいい」





夜鴉 黒羽は努力を止めた。

好きであった彼女の隣は既に埋まり、いつの日にか勝負を挑まれることがなくなり、いつの間にか自分は見向きもされなくなっていた。


天魔ではあり続けた。

義務だから、最後まで天魔の役割を全うしなければならなかったから。


まるで、あの頃の自分のようだ。

下っ端であり、規則に縛られ義務的な努力を繰り返す操り人形であった、あの頃の自分みたいだ。


もう、頑張る理由も意味もない。

"好きな人"はすでに"好きであった人"になり、努力する理由もなくなった。

夜鴉 黒羽は【千樹 斬乂】に、ただ努力を認めてほしかった。

それだけに努力を続け、努力する意味を見出した。

なのに、"あの女"に全てを、"愛した彼女"を奪われた。

だからーー、




夜鴉 黒羽は、【白鷺 雪】が嫌いである。



❇︎❇︎❇︎



「ーー私は、あなたが嫌いよ」


漆黒の夜を背景に振り落ちる白い雪の中で、目の前に現れた黒羽が第一声に、私に向けてそう言った。


暗くて黒羽の顔はよく見えないが、声色からして穏やかではないことがわかる。

そしてその第一声からも自分が心良く思われていないことは確かであった。


当たり前だろう。

私が彼女にした事を考えれば。


私が地上に追放された時、地底に無理やりに戻ろうとしてそれを防ぐ為に立ち塞がったのは黒羽であった。

そしてそれを無理やり突破して、黒羽を傷だらけにしたのは、私であった。

私は彼女の言葉に耳を貸すことなく、一方的にボロボロにしたのだ。


ーー嫌われて、当然である。


そう思った矢先、黒羽は私の考えを読んだように言った。


「言っておくけど、私は五百年前の事を気にしてあんたを嫌ってるわけじゃないわよ」


その黒羽の言葉に私は息を飲む。

そして、ポツリと呟いた。


「……じゃあ、なんで」


「最初から、私はあんたが嫌いだった」


それだけの話よ、と鼻で笑う黒羽。

そして、翼を羽ばたかせ私に近づいてきて言葉を続けた。


「さらに言うなら最初に出会った時、あの時に私を殺そうとしたからでもなく、部下を殺し回ったから嫌いというわけではないわよ。それらは一応は恨んではいるけど、嫌いな理由ではないわ」


「……でも結局は嫌いなのだろう」


「ええ、私はあなたが嫌いよ。だから、言わせてもらうわ」


五百年前、彼女は私に向けて友達だからと言ってくれた。

私もイザコザはあったものの黒羽とは友達だと思っていた。

けど、やはり私が妖怪の山で起こした事件や五百年前のことを含め、黒羽は私の事を恨んでしかいなかったのだろう。

やはり、私と黒羽は出会いが最悪で、それ故に仲良くはなれはしなかったのだろう。


私はそう思いながら、彼女の口から吐かれるであろう罵倒に、耳を傾けた。






















「ーー私は、斬乂が好き」
























「…………………………………………………は?」


突然の告白に、私は呆然とした。

いつの間にか暗い夜中でも互いの表情を確認できるまで近づいていた黒羽から見て、今の私の顔はすごい阿呆な顔をしているだろう。

しかし、私から言わせてもらえば、今の黒羽の顔も中々にアホらしく、顔を少し赤くしながら私を見つめていた。


「私はあんたは嫌いだけど、斬乂のことは好きよ」


繰り返す黒羽に私は、何故そんな事をいま言うのかと尋ねたくなったが、顔を赤面させるも真面目な表情をする黒羽には言おうにも言えなかった。


「あ、ああ……そうか。まあ、斬乂とお前は昔からの付き合いだし……」


「私の言う好きは友達じゃないわよ?私は、斬乂とはあんたみたいな在り方でありたかった。女同士でもいいから、結婚して、キスして、エロいことして、イチャイチャしたかった」


場に似合わぬ台詞に私は言葉を失う。

そんな固まる私を気にせず、黒羽は口を開いた。


「だけどーー、私が素直になれなくていつの間にかあんたに斬乂を盗られてたわね」


「……黒羽」


「嫌いなあなたに!! 私は好きなあいつを盗られた!!」


黒羽は急に叫んだ。

目に涙を浮かべ、私を睨みつけながら叫ぶ。

そんな黒羽を見て、私はどんな言葉を吐けばいいのかわからなかった。


「私は、毎日毎日あんたらの惚気る姿を見て正気じゃいられなかった! だから、何度も斬乂の事を忘れようとしたかったけど、できなかった!! だってーー」



ーー好きだから



知らなかった。

私は、こんなに斬乂の為に叫ぶほど黒羽が斬乂を好きなことに。

それなのに私は過去に黒羽に向けて、無意識に斬乂との生活が楽しいと自慢していた。

彼女の前で普通に斬乂と唇を交わしてもいた。

なのに、私は……。


「私は、斬乂が好きよ!!」


「……」


「だから、私はあんたを許す!!」


「……え」


私は彼女になんと言おうか、そう悩んでいる時に黒羽は突拍子もない事を言った。


何を許すのか。

何を許されるのか。

何故、許されるのか。

色々とわからないことが多いが、なんで、黒羽はそんなことを言い出したのだろうか。


困惑する私を気にすることなく、黒羽は言葉を続けた。


「あんたが最初に私を殺しかけた時のも、五百年前に暴れ回ったのも斬乂の顔を立てて許してやるわ!」


「いや、意味が……」


「あんたは嫌いだけど、斬乂の事は好きだから許すって言ってるのよ!」


「なんだよそれ……意味わからないよ……」


目に涙を浮かべながら、黒羽は私にビシリと指を向けてそう言う。

私はそんな黒羽を前にし、その彼女の言葉に困惑した。

理屈がなく、意味不明な言葉に私は頭を抱えた。

私が黒羽にした事はその程度で許されるものではない。

もっと責められておかしくないのに、そんなに簡単に許されては、私の気が済まない。


「馬鹿じゃないのか……。私はお前を傷つけまくっているんだぞ。恨んでるんだろ、私がお前と出会った時に殺しかけたことも部下を殺したのも、五百年前にお前を傷つけたことも……斬乂をとったことも」


「ええ、本当なら今ここであんたを殺したいくらいだわ」


「なら……」


「でもっ、あんたが居なくなったら斬乂が悲しむ!!」


黒羽の言葉に、私は口を噤んだ。

そして、黙って斬乂の言葉を聞き続ける。


「いつもヘラヘラしているあいつが、あんたが地上に追い出された時はあいつは泣きながら私を頼ってきたわ! だから私は、もうあいつの悲しむ顔を見たくない! あいつは、あんたの事を愛してるの! だから、だからーー」


「……」


「私は、あんたを許す!!」


黒羽はもう一度、そう言った。

そして、黒羽は指をさした。


「この先に斬乂がいるから行きなさい。これ以上、斬乂を悲しませるような真似をするなら、私はあんたを許さない!!」


その黒羽が指差す先はおそらく、"あそこ"であろう。

私と斬乂の思い出が詰まったあの場所。

そこに、斬乂がーー。


「……黒羽、私はーー」


「黙りなさいっ、そしてとっとと行け!! 次に斬乂に悲しい思いをさせるなら私があいつを寝取るわよ!!」


「……昔の事は、本当にすまなか……」


「そう言うのいいから早く行きなさい!!」


うじうじする私が気にくわないのか、私の背中を叩き促してくる。

彼女の顔にはいつの間にか涙は見えず、昔通りの凛とした顔が私の目に映りこむ。


私はそんな黒羽の顔を見て、クスリと笑ってしまった。

どうやら、彼女は今は私に謝罪をさせてくれる様子はなさそうだ。

後日もう一度、今度は斬乂と一緒に会いに行こう。

そして、たくさん責められた後に、謝らして貰おう。


私はそう思いながら小さく頷いた。



「ーーありがとう、黒羽」


私は一言そう呟き、黒羽が示した方向に向け飛び出した。




❇︎❇︎❇︎



「……なにが、ありがとよ」


飛んでいく雪の後ろ姿を見守りながら、ポツリと黒羽は呟いた。


黒羽は雪の今の様子を見てなんとなく大丈夫だと思った。

昔なら、斬乂以外のことはどうでもいいと泣き叫んで、自分の言葉に耳を傾けることはなかったであろう。

しかし、あれだけ責められ、寝取る宣言をされたのに平然とお礼を言えるとなれば、彼女は少しは変われたのだろう。

今なら、自分の好きであった人に会わせても、なんの問題はない。

それを確認できただけでも、八雲 紫に頼んで二人っきりにさせて貰った甲斐があるものだ。

まあ、ついでに斬乂の下に導く役割を押し付けられたのは癪だが。


黒羽はそう考えながらクスリと鼻で笑った。


「ふん、私も馬鹿ね」


わざわざ未練たらしく、斬乂が好きだというなんて。

もうとっくの昔に、彼女の事は諦めているというのに。


「……あぁ、早くいい相手探さないとなー」


黒羽はそう呟いた。

そして同時に昔の仕返しにと雪の事を殴り忘れてたなー、と思いながら頭をかいた。



嫌いだけど、【白鷺 雪】を少しは好きになろう。

そうすれば、少しは【千樹 斬乂】を諦められる。



あの二人は悔しいけど、お似合いだから。

好きな人が幸せそうなら、それでいいじゃないか。

【夜鴉 黒羽】は、そう思いながら白い雪の降る中で、白い息を吐いたのであった。




❇︎❇︎❇︎


私は飛ぶ。

飛んで飛んで、飛んでいく。

いち早く彼女の下に行くために。

彼女に、斬乂に会いに行くために。


黒羽は言った。

この先にいる、と。

八雲 紫は言った。

会わせたい人がいる、と。


その会わせたい人が黒羽なのか、斬乂だったのかは知らないが、黒羽の言葉から斬乂が地上にいる事は確かなのだろう。


場所はおそらく、"あそこ"である。

黒羽には方角しか言われてないが、なんとなく私にはわかった。

なんとなくそれはわかった。

だからーー、




「ーーやあ、また会ったね。"ミコトちゃん"」




暗い空に浮かぶ狐面の少女が、私の前に立ち塞がる。

どうやら私の闘いはまだ終わっていないようだ。


私はそう思いながら、スペルカードを構えた。

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