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東方屍姫伝  作者: 芥
一章 その彼岸は彼女に咲く
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愛ノ歌

私が死ぬのはこれで初めてでは無い。


いや、初めてで無いという言い方は適切では無い、人生とは一度きりなのだから。

正確に言うのなら私は私が死んだことを覚えている、ということだろうか。


あれは私……桜井 命にとっては一週間前のことだ。

学校帰り、幼馴染みで親友の柳 飛鳥と一緒に歩いていた時の話だ。



私はあの時、後ろから歩道に突っ込んできたトラックに轢かれて"死んだ"。



詳しい事は死んでしまい今となってはわからないが、ガードレールにぶつかりながら私と飛鳥を轢いた。

それが私の"死んだ"時の最後の記憶で、"桜井 命"としての最後に見た光景だった。


そしてその後、私はこの"時代"に転生・・したのだ。


実際には転生かはわからないし、死後の世界に行ったのかは覚えてない。

だが、確かなことは私はこの"時代"に生を授かった。





そして第二の人生として"白鷺 雪"として生まれた。





生まれた時や親の顔は覚えていない。

その時はまだ自分の人生が二回目だとは知らず、普通の赤ん坊として生まれたからだ。


一番、記憶が明確なのは白鷺 茜と……茜と和尚さんと寺で過ごしていたことだろうか。

物心がつく前に既に和尚さんに拾われ、茜と一緒にいて……。

それで和尚さんの友人の慧音先生に文字を教えてもらい、時々、茜と慧音先生の授業をサボっては頭突きをされて怒られていた。

そういえばこの頃くらいに小太郎が拾われたっけか。あの頃のあいつはよちよち歩けるくらいかで私と茜で面倒を一緒に見たものだ。


そして、私達が独り立ちできる年齢になった頃、和尚さんはポクリと言ってしまった。

もちろん私は涙を流した。

だが、茜はあまりに悲しすぎて涙も出ないほどで物置の中に引きこもってしまうほど、和尚さんの死を引きずっていた。


私はどうしようかと迷った。

迷いはいずれか焦りに変わり……だからだろうか、あんなアホな事を口走ったのは。




私が茜と一緒にいてやる

幸せにしてやる

愛してあげる

愛してる

だから私に身を委ねろ、と。




あの時の私は頭が混乱していた。

茜が引きこもりまともに食事すら取らなかったので次は茜が、と考えてしまっていたのだ。

そして私が告白まがいな事を茜は真に受けたのか、勢いよく物置から出てきてわんわんと泣いていた。




どうやら茜は私の事が昔から女の子として好きだったらしい。




それから茜は和尚さんの事からだいぶ立ち直り、私に愛を歌うようになった。


私も最初は動揺した。

あの告白は慰めのつもりで言ったもので、生涯の愛を唱えたものでは無いからだ。

何度も茜の誤解を解こうとした。

しかし茜は私の言葉を受け入れず、私への愛を歌い続けた。


私は断り続けた。

そんなのはおかしい、女の子同士なのに、と。

だが、茜は私に愛を歌い続けた。

そしていつしか茜に言われてしまった。




私は"あの日"から貴女への愛が尽きない

貴女の事を一時も忘れられない

あの時の愛の歌に責任を取ってほしい、と。




私はそう言われたら何も言えなくなった。

確かにあの時……茜が引きこもった時に言った言葉には嘘偽りはなかった。

茜とはずっと一緒にいるつもりはあったし、幸せにしてあげたいし、愛してる。

しかし、それは同性の範囲内だったし、茜が思うようなことを言うつもりは万に一つもなかった。


だが、茜は私の事が女の子として好きで、私も彼女の気持ちも知らずその心に漬け込み、茜の心に和尚さんの死を受け入れさせたのだ。



結果。

私は折れ、和尚さんの死からほぼ一年後に茜の婚約を受け入れた。


その後はトントン拍子に物事が進んだ。

流石に同性同士での婚約はマズイと思ったので信頼できる人にしか話してない。

ぶっちゃけ寺の子供達と慧音先生くらいにしか私達の事は言っていなかった。


もちろん慧音先生には頭突きを喰らった。

しかし、その後に絶対に途中で投げ出すな、と言って私達の関係を受け入れてくれた。

寺の子供達はやれやれやっとか、と何やら哀愁漂う表情を浮かべていた。


それからしばらくは今まで通りの寺との暮らしに加え、私と茜の新婚生活が続いた。

まあ、昔から私達は一緒だったので寺での生活はそんなに変わらなかった。

しかし、新婚らしくちゃんと昼間っからイチャイチャしていたし、夜になると一線を越えるようなこともした。

同性という間違いを私は犯してしまったが、たぶん幸せだったとは思うし、茜も幸せだったと思う。




だが、月日が経つたびに私は段々と不安に思い始めた。

私は茜を愛しているのではなく、茜をこのような風にした自分に責任を感じているのでは無いか、と。



茜が愛してる、と言ってくれると確かに嬉しい。

しかし、本当は茜に肯定してもらうことで私は自分の犯した間違いに免罪符をうっているのではないか、と。



日に日にその思いは強くなる。

いつしか茜との情事にまで影響し、八つ当たりのように滅茶苦茶にしてしまったことまであった。茜はその事を一種のプレイとして悦んでいたが私はどんどんと不安になる。

私が茜を洗脳して、茜の人生を無茶苦茶にしたのではないか、と。



私はある日思った。

もう一度、茜との関係をやり直せたならば、と……。





だが、私が葛藤し続けるある日、事件は起こった。

木の上に登って降りれなくなった猫を助けようとして、私は足を滑らせ頭から落ちてしまったのだ。


その時、私は強く頭を打ってしまい生まれた時からの記憶がスッパリと何処かにいってしまった。

しかし、私はその時に前世の、いつしか終わってしまった人生の"私"を思い出した。



私の願いは叶ったのだ。

茜と、白鷺 茜と私の……、白鷺 雪の関係は記憶喪失という形でリセットされた。

憐れにも私は過去の世界にやってきたのなんだの言った。

だが、実際には過去に転生し第二の人生を生きていた"白鷺 雪"が今を忘れ、前世の、"桜井 命"の生きた記憶を思い出しただけなのだ。


頭を打ち"白鷺 雪"は消えた。

そして死んだはずの"桜井 命"が再び生を受けたのだ。




あの日から。

あの木から落ちた日から。




(わたし)は溶けいなくなり、(わたし)が生まれたのだ。





❇︎❇︎❇︎



「ゆきちゃん……ゆきちゃん……」



目を開くとそこには涙を流している茜の顔が視界に広がっていた。


今のが走馬灯なのだろうか?

私は倒れた状態のまま少し首を起こし、腹にあいた穴を見つめる。

そこからは血がドバドバと流れており、見るからに致命傷だった。



「……ぜんぶ……おもいだした……んだ……」



私は一度、起こした頭を地面につけ、茜の顔を見ながら口を開いた。



「……ゆきちゃん、おねがいしゃべらないで……」



茜はグスグスと泣きながら私の胸に顔を埋める。

こういう時は頭でも撫でて慰めてあげたい。

しかし、残念ながらもう身体には力が入らなく、腕一本あげることもできなさそうだ。

身体は痛く無いのに身体が動かない。

これが"死"か。



「……ごめん……あかね」


「……ううん、違う。謝りたいのは……私の方だよ……」



私の胸に埋めた顔を上げ、涙を流したまま茜は私に視線を合わす。



「こんな……こんなみんな死んでるのに……私はゆきちゃん以外が死ぬことに……悲しめないの……」


「……」


「わたしは……ゆきちゃんに死んでほしくないよぉ……」


「わたしは……だいじょうぶだよ……だから……ゴフッ」



逃げて。

その言葉を言う前に私は口から血を吐いてしまった。

このままでは茜もあの化け物に殺されてしまう。


そういえばあの化け物はどうなった?

私の腹に風穴をあけた化け物は……。



「……ゆきちゃん」



化け物は目の前にいた。

茜の後ろに。

茜の心臓の部分に背中から手を突き刺している化け物が。


刺されたからなのか、茜は口から血を吐き、私の胸元に倒れこんできた。

目は虚ろでこちらを見ているが、なんの力もこもっていない視線が。

そして血を口から流し、茜は顔を私の胸元に置いて視線をこちらに向けながら弱々しく口を開いた。



「ゆきちゃん……あいし……てる……」



それが茜の最後の言葉であった。


茜はその言葉を呟くとコテンと力尽き、私の方に視線を向けたまま動かなくなった。

そう動かなくなった。


あっけないものだった。

暗くて表情はあまり見えなかったが彼女は笑っていた気がする。



「わたしも……おわりか……」



茜を突き刺した化け物はこちらに視線を向けながら、茜から抜き取ったのであろう赤い塊を貪っていた。


これで二度目の死か。

私は目の前の化け物を見ながらそう思った。


先ほどの走馬灯を見て私が……"桜井 命"が一度死に、二度目の生として"白鷺 雪"として生きていたことを思い出した。


なぜ過去に転生したのか、なぜ前世と同じ様な顔で生まれたのか、なぜ私は前世の記憶を思い出して今の記憶を忘れていたのか……。

思う事は色々あるが死ぬ今となってはもう考えても無駄なことなのだろう。


あぁ、願わくは……。

来世ではこんな化け物がいなくてご飯の美味しい世界に生まれたい。


そして……また茜に出会って、今度こそちゃんと正しい道で生きて……






「……ちがう」






ちがう……そんなのではダメだ!


私は生きたい!

生きて……茜の事をずっと忘れないでいたい!

今回は偶々、前世の事を思い出せただけで、来世では茜の事を覚えていられるとは限らない。


私は彼女に償いたいのだ……。


忘れていたことを……。

茜との関係をやり直したいと思ったことを……。


彼女は最後まで私に愛を歌ってくれた。

彼女は死ぬ間際まで笑顔で私に愛してると言ってくれた。

彼女は私以外はどうでもいいと言ってくれるほど私を愛していてくれていた。




そんな彼女の愛に自分は答えられなかった……




たがら、生きて彼女だけ愛して生きたい。

それが彼女に……茜に歌える、最後の愛を伝える機会だと思うから。

残りの人生を使って、茜の愛へ応えていきたい。

それが死んでしまった茜へ出来ることだと思うから。







だから生きたいーー








「あぁ……」










アカネ……アイシテル……











「嗚呼……アあぁぁぁぁぁァぁっ!!!!」








私がそう雄叫びをあげると化け物はもう一度私を突き刺そうと腕を振り上げた。


そして同時に化け物の心臓部に一本の"白いトゲ"が刺さり、化け物は音も無く地面に倒れこんだ。

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