葛藤
あれは私が封印から解かれた一週間前のこと。
私の封じられていた封印塚の前で私は立ち尽くし、目の前にいた"狐"に聞かれた。
「なあ、"ミコトちゃん"。君は人になったらどうするつもりだい?」
あの狐に問われた。
だから、私は答えた。
ーー平和に、暮らしたい
❇︎❇︎❇︎
ーーなぜ私はあそこで妹紅を助けた?
私は黒い翼を背中に吸い込むようにしまい、逃げるようにやって来た目的地の博麗神社の境内に降り立ち、着地すると同時にその場に膝をつく。
そして懺悔する様に頭を地に埋め考えた。
なぜあんな真似をしたのかをーー。
あれは私が博麗神社に向かうため、先を急いでいたときの事だ。
その道中で私は偶々、人里の近くを通り彼女に、かつての友に出会した。
そして、私は彼奴が追い詰められた様な顔をしていたからつい……。
「くそ……、なんで彼奴が、妹紅があんなところに……」
彼奴とは何百年も前に別れたはずだ。
そして、私と別れた彼奴は一人になって……。
「いや、この際そんなことはどうでもいい……」
問題はなぜ彼女を、人里に向かったはずの黒桜 刃に襲われていた彼女を私は助ける様な真似をしたんだ。
あの時は妹紅の焦っていた表情をふと見て勝手に手が出たが、なぜ私は妹紅を助けた。
私と妹紅はすでに終わった仲だ。
私が、幸せになるとか言って一方的に妹紅を突き離し別れたではないか。
それに私は、"桜井 命"は"人"に戻る為にはなんでもすると決めたではないか。
だからーー、私はあの狐の口車に乗せられたのだ。
「なのに、なんでーー」
私は彼奴の、妹紅のピンチに駆けつけたのだろうかーー?
わからない。
どれだけ頭を抱え悩んでも、あのとき持った"気持ち"はなんなのかが自分には……。
「おや、どうしたんですか?」
私が頭を抱え悩んでいると、膝をつく私を見下ろす様に声をかけてきた人物がいた。
その人物は緑髪で青と白という奇抜な色を使ったおそらく巫女服であろう着物を纏う少女。
その服装的にこの博麗神社の巫女なのだろうか?
そんな彼女が箒を持ちながら、うずくまる私の顔を覗き込んできていた。
「……だれだ」
「あ、私は東風谷 早苗です。昨年、この幻想郷に来て妖怪の山の守矢神社に住んでいるのですが……」
少女は言葉を止め、首をかしげた。
そして、うーんと唸りながら何かを思い出そうとするように頭を捻らせる。
「んー、昨日の宴会では見かけなかったですし、貴女みたいな綺麗な人なら見覚えはあると思うんですが……」
どうやら昨日のこの神社で行っていたどんちゃん騒ぎの事を言っているらしい。
私も遠くから少しだけ眺めていたが、昔に廃れていたあの神社が、ここ五百年で随分と活気付いたものだと思っていた。
まあ、ほんのちょっとだけ遠くから様子を伺っただけだが。
「……私は昨日の宴会にはいなかった」
「あ、やっぱりそうですか?」
私の訂正の言葉に東風谷 早苗という少女はパーっと笑顔を浮かべた。
しかし、再び首をかしげ疑問に思う。
「なら、なぜ博麗神社にいるんですか?」
「お前には、関係ない」
「確かにそうですが……、私はこれでも神様なんですよ。苦しそうにしている人に手を差し伸べるのは当然の義務です」
さぁ、と言い私に手を差し伸べる東風谷 早苗。
私にはその差し伸べられた手に、なんの善意も感じられなかったが、あの狐に差し伸べられた手よりは温かみを感じた。
なんの裏もない、ただの救済。
きっと彼女の差し伸べた手には、ただの優しさしかないのだろう。
彼女の裏のない笑顔を見て、私はなんとなくそう思ったが。
「私は、苦しんではいない!」
私は、その差し伸べられた手を掴まずに立ち上がり背を向けた。
少しでも、こいつと関わらない様に離れようとするが、彼女は私を引き止め声をかけてきた。
「でも本当に苦しそうですよ?」
「どこがだ!!」
「だってあなた、泣いてるじゃないですか?」
彼女の指摘に、私は初めて気づく。
自分の目から流れる涙の存在に。
いつから私は涙を?
というか私は何故泣いている。
それよりいつから私は泣いて……。
私は自分の流れる涙の理由を考えながら頬を撫で、滴る涙を裾で拭う。
そして、彼女の方を向く。
「だまれ、私は泣いてなど……」
「ふふ、そうですか」
彼女は、私のその叫びに微笑む様に笑い私に近づく。
そして、私の手を握り口を開いた。
「よかったら、なぜあなたが泣いているかお話ししてくれませんか?」
力になります、と彼女は言う。
私は泣いてない、と言おうとしたが彼女の微笑みに……私はなぜかポロリと吐き出してしまった。
「……私は何処で間違えたのだろうか?」
私は、ふと尋ねてしまった。
なぜさっき会った様な小娘に私はこんな事を聞いているのだろうか、と思うが聞いてしまった。
「私は、何がいけなかったのだろうか? ただ好きな人の為に生きようとして、その好きな人の事を忘れて、新たにできた好きな人と新しい人生を歩もうとしたら、それもダメで……」
私は、何を言っているのだろうか。
なんでこんな思ってもいない事を、いま言う必要がある。
これではまるで私が、"桜井 命"が"白鷺 雪"として生きてきた事に後悔して、未練を残しているみたいじゃないか……。
「せっかく、友達を捨ててまで手に入れた幸せも無くなって、ずっと一緒に居ようと決めたのに引き離された」
違う。
私は、"桜井 命"がこんな事を思うはずがない。
私はただ"白鷺 雪"の人格が混ざり込み頭がおかしくなっていたのだ。
故に白鷺 茜を中途半端に好きだと思い、否定された辛い人生から逃げ出す様に白鷺 茜に依存して、だけどあの人に、斬乂に救われて……恋に落ちて……。
本当に、私は何処で間違えたのだろうか。
「そうですか、貴女は自分の人生が間違っていると思いたいのですね」
私の文脈もないただの愚痴に、彼女はなるほどと微笑んだ。
「あぁ、だって私は元々は平和な人生を送っていたんだ。なのに……」
私は彼女に握られる包帯の巻かれた右手を見る。
その包帯を解いたらそこには私の妖怪という証明である、肉も何にもない剥き出しになった醜い骨の腕がある。
そしてあの時、私は妖怪にならず白鷺 茜と一緒に朽ちていればこんな苦しい人生を歩まなくて済んだのにと思えてしまう。
「あなたは、今は平和な暮らしをしていないのですか?」
「あぁ……、だから私は"人"になって外の世界に行って、平和に暮らしたいんだ」
「外の世界に、ですか」
私の言葉に彼女は頷く。
そして、彼女は首をかしげ口を開いた。
「幻想郷は、平和ではないんですか?」
彼女の純粋な疑問。
私は彼女の言葉に自分の腑に落ちなかった事を理解した。
そういえば、私はなぜ平和に過ごしたいと思ったのだろうか、と。
確かに、私は平和に過ごしたい。
無難で、何事もない普通の生活。
そんな風に私は過ごして、そして死んでいきたいと思った。
だから、私は八雲 紫の能力を奪い"人"になろうとした。
だがしかし私のここでの、封印され数百年無駄に過ごしたとは言え、かつての私は平和に暮らせていなかったと言えるのだろうか。
それ以前になぜ私はーー
「……わからない。私は、どうすればいいのかが……」
なぜ、私は"平和"を求めるんだ?
かつての私は、斬乂に依存していたとはいえ、間違いなく平穏に暮らせていたのに。
白鷺 茜が死んでから、斬乂に会うまでは確かに私は白鷺 茜の死に囚われていた。
その間はまかり間違えても平和とは言えなかっただろう。
しかし、それからはどうだろうか?
斬乂を殺しそこね一度別れた後は斬乂の事を想い悶々として甘酸っぱい思いをしていた。
妹紅と出会ってからは楽しい日々を送れていた。
斬乂と結婚してからは言うまでもなく、毎日が幸せで……。
「そうか、私はただ彼女と……」
ーー幸せになりたかっただけなんだ
斬乂と引き離され、動揺していた私は気が狂ってあんな風になった。
そして五百年という長い年月封じられ、どうしてこんな事になったと悔いながら過ごしてきた。
結局は、私は後悔していたんだ。
斬乂と離れ離れになった事に、封印される様な行いをした事に。
そして、私がもし妖怪でなく普通の人であり、斬乂と会って依存さえしなければ、こんなに苦しい思いはしなくて済んだと、封印されなかったと自分を責めたのだ。
だから、私はやり直したかったのだ。
"白鷺 雪"として生きてこなければ、五百年も封印なんてされなかった、と。
"桜井 命"として生きてこれば、私は白鷺 茜に囚われず、斬乂に依存してこなかった、と。
だから、私は望んだのだ。
無くなる幸せの絶頂を過ごすなら、無難に平和で緩い幸せに浸かっていた方が傷つかない、と。
でもどうしてだろうか?
私は斬乂に出会った事に後悔はしていない。
斬乂と結婚した事に私は後悔をしていない。
だって私は、彼女と居れて"幸せ"だったからーー
「どうやら、吹っ切れたようですね」
「え……?」
私が自問自答を繰り返していると彼女が、東風谷 早苗が私の顔を見て満足そうに聞いてくる。
そして、彼女は私の手を力強く握り微笑んだ。
「もし、また何かに悩んだりしたら是非、守矢神社に来てください。その時はもてなしますから」
彼女はそう一言言い、私に持っていた箒を手渡す。
そして、空へと浮かび上がった。
「ではっ!! もうそろそろ昼食の時間なので支度をしないといけないんですよお! なので相談料の代わりと言ってなんですが、私の代わりにお掃除お願いしますねー!」
では、と言い残し彼女は私に手を一度振り、飛び去っていった。
私は彼女の飛び去る背姿を見て呆然とした。
そして呆然としながら手元に持たされた箒を見て、まさかと思った。
「あちゃー、お姉さん面倒事を押し付けられちゃったねー」
「うおっ!?」
私が掃除用の箒を持ちながらフリーズしているといつから居たのか、私の隣に小さな少女が立っていた。
その少女は灰色っぽい髪で黄色いリボンが巻かれた黒い帽子を被っている。
そして、私の注目したのはその少女の胸元にある紫色の球体。
それは見覚えのあるもので、だけど違っている点をあげれば、それが閉じていること。
それは、古明地 さとりの持っていた第三の目。
それとほぼ同じものが少女の胸元に浮かんでいた。
「お前は……」
「皆まで言わなくていいよ。お姉さんが言いたいことはわかるから」
私の言葉に少女は首を振った。
「ま、私から言いたいことは全部あの守矢の巫女に言われちゃったから、一つだけ言わせてもらうね」
「……」
彼女は、私のかつての友達と似た様な笑顔を浮かべ、口を開いた。
「ーーお姉さんは、何も間違っていなかった」
その言葉に私はそんなわけない、と答えようとしたが、彼女の発言がそれを許さなかった。
「私はね、ずっと昔からお姉さんの側にいたよ。お姉さんが天魔や鬼神を殺そうとした時も、鬼神と結ばれた時も、妹紅って友達と別れた時も、地底に行った時も地底から追放された時も私はお姉さんの側にいた。お姉さんをずっと見てきた」
「【無意識を操る程度の能力】、か」
「うん、お姉ちゃんから聞いてるよね」
「やっぱりお前は、あいつの……」
私のその尋ねに彼女は首を縦に振った。
やはり、彼女は私のかつての友達に聞いた……
「私ね、お姉ちゃんが大好きなんだ。だから私はお姉ちゃんが危険だって言っていたお姉さんの近くにいた、監視し続けた」
「無意識に、か」
「うん、お姉ちゃんを守るためにね」
私の隣にいた少女が、私の正面に周り私の顔を覗き込んだ。
そして、微笑み私に言葉をかけた。
「でも、実際の貴女はそんなに危険だと思えなかった」
「……」
「普通だった。普通に泣いて、普通に笑って、普通に恋をする女の子。長いこと貴女を見てきたけど、私にはそう見えたよ」
「……普通」
「そう、貴女は何も間違えていなかった。普通だったから間違えてることは何もなかった」
「でも……私は封印されて、」
「ううん、好きな人と一緒に居たいのは当然のことだよ。だから貴女は間違えていない」
彼女は首を横に振り言った。
「けど、唯一間違ったと言えば今回の異変かな。こんなこと起こさなくても、八雲 紫を殺さなくても、外の世界に行かなくても、人にならなくても……、鬼神とずっと一緒に居れなくても、貴女は幸せになれた。だって貴女は一人じゃないから」
彼女はそう言った。
そして、私は思い出す。
私の大事なものは、私の手の届かないところに居るが、確かに私には……。
「貴女は地底では生きていけないけど、地上にも貴女の居場所はあるから、大丈夫だよ」
「でも……私はみんなに酷いことをして……」
そう。
私は、いろんな人を傷つけてきた。
妹紅に私は孤独を与えた。
自分の勝手で私は彼女を一人にしてしまった。
黒羽に私は危害を加えた。
自分の勝手で私は彼女の言葉に止まらず、彼女を傷つけ無理やりにも地底に戻ろうとした。
すべて自業自得で、自分の過ちだ。
だからーー
「心配しなくてもいいよ。もしダメだったとしても花畑の妖怪や、お姉ちゃんだっている。それにほら、貴女のためにここまで来た人だってーー」
私の苦闘に彼女は微笑み鳥居の、その先に指を向けた。
私は彼女に向けられた方を向く。
その先には、鳥居の先にある石階段を駆け登ってくる懐かしの"彼女"の声がーー




