憑霊
ーー私は影が薄かった。
否、薄いどころか……誰からも見つけられることもできない。
私は人から認識すらされない記憶無き幽霊であった。
未練があったのか成仏もできず、生きていた頃の記憶が一つも無いだだの地縛霊。
それが私……、"憑"の昔話ーー
私は霊力がほとんど無いからか、誰にも気づかれない幽霊で、高い霊格を持つ陰陽師にすら私を見つける事が出来なかった。
同じ幽霊にも、私の存在は矮小過ぎて気づかれない。
故に私は、一人であった。
成仏できず、記憶がなくて未練すらわからずに私は現世を彷徨い続けた。
西へ行き東へ行き、左に行って右に行く。
私は途方もなく彷徨い続けていた。
時には、誰かに気づいてもらおうと悪戯をした事もあった。
しかし、どんなに私が悪い事をしても誰ひとり気づいてくれはしなかった。
すべて気のせいの一言で片付けられてしまった。
そして、私はいつしか一人が怖くて涙を流した。
誰にも気づかれず、記憶もなく行く宛もない私は、ただただ涙を流した。
誰でもいい、私に気づいておくれーー
一人でうずくまり、一人で泣いた。
こんな事なら、早く消えておくれーー
だけど、何時になっても成仏出来ない自分に泣いた。
もう、一人は嫌だーー
しかし、自分は誰からも気づかれない幽霊。
私は孤独に蝕まれながらも、ただひたすらに泣きじゃくった。
一人は寂しい、孤独は辛い。
そう思いながらも私は泣く。
しかし、誰にも見つけられない私は何時も一人。
こんな事なら、いっそ消えてしまいたい。
成仏して、こんな孤独とはおさらばしたい。
それが私の本心。
だけど、どうすれば成仏できるかわからない。
だから成仏できないのならせめて……。
ーー誰か、私を見つけて……。
私は祈った。
誰かにでなく、ただの願望として。
お願いだから私を見つけてください。
そして私という不確かな幽霊にこの世に留まる理由を教えてください。
私は祈って祈って祈り続けた。
そして、それはある日の事ーー
「ーー君も一人なの、幽霊ちゃん?」
綺麗な黒髪の"あの人"が……、私という不確かを見つけてくれた。
私に言ってくれた。
今日から私が友達だ、と。
そして、抱きしめてくれた。
今日から私たちは家族だ、と。
私はそう言ってもらえた事に嬉しかった。
だから私は"あの人"に、"お姐さま"に報いる為ならば……。
悪役にだってなれるんだーー
❇︎❇︎❇︎
憑は舞う。
自身の能力、【意思なきモノに憑依する程度の能力】で乗っ取ったフランドール・スカーレットの身体を操り、宝石のような翼を広げて幻想郷の空を飛ぶ。
そして憑の相対する相手、レミリアはその宙を舞うフランに憑依する憑めがけて弾幕を打ち込んでいた。
「くっ……、早くフランの身体から出て行きなさいよ!!」
「いやですぅー。出て行ったらすぐに"桜井 命"の後を追いかけちゃいますよねー?」
「当たり前、でしょ!!」
身軽にレミリアの放つ弾幕を避けながら憑は舞う。
そして、レミリアのその解に答えるように、憑はフランの身体から一枚のカードを取り出して宣言した。
ーー禁忌「レーヴァテイン」
憑がそう宣言すると、手元に持っていたレーヴァテインを振り回し、そのレーヴァテインの矛先をレーザーのように伸ばしてレミリアめがけて切り掛かった。
レミリアは本来は妹のスペルカードであるレーヴァテインに驚くも、紙一重で避ける。
「乗っ取った相手の、スペルカードを使用する事ができるのね……」
レミリアは憑が振り回すレーヴァテインを紙一重で避けながら考察する。
先ほどから観察をしている限り多少は動きの癖などは違うが、フランのパワーやスピードはそのまま反映されていた。
つまり敵は、今はフランそのものと考えてよいという事。
そして、乗っ取られている相手がフランという事を厄介に思いレミリアは眉をひそめた。
このままでは、あの逃げていった白い女との決着がつけられない。
そして自分の愛してやまない実妹の唇を奪った制裁を加える事が出来ずに逃げられてしまうではないか、と少し焦りを見せる。
しかし、相手は別人とはいえフランそのもので倒すのにも時間がかかりそうだ。
短期戦、それがこの弾幕ごっこでレミリアの望むもの。
故にレミリアは声を上げて呼んだーー。
「ーー咲夜ぁ!」
「御意に、お嬢様ーー」
ーー幻符「殺人ドール」
レミリアの叫びに反応し、今ほど地上にて骸骨らと戦っていた咲夜が瞬間移動をしたように主の側に現れる。
そして、現れると同時に周囲に幾百のナイフを設置してフランの方へと打ち込んだ。
「ふぇ……ふえぇぇ〜、刃物が飛んできたですぅ〜!」
フランの姿をする憑は突然現れた咲夜に一瞬驚きはするも、それどころでなく飛んできた幾つものナイフをみっともない声を上げながら大雑把に身体を動かして避けた。
「お嬢様、状況を」
レーヴァテインを振り回す事を止め飛んでくるナイフを慌てながらに避ける憑を傍らに、咲夜は主であるレミリアに簡潔に尋ねた。
「あの"桜井 命"ってのに逃げられて、また別の奴が喧嘩を売ってきたわ。それもフランの身体を乗っ取ってね」
「なるほど。つまり私への命令は妹様の足止め、ということで」
「いえ、あなた一人ではフラン相手はキツイでしょう? だからーー、手早く行くわよ」
ーー獄符「千本の針の山」
レミリアがそう言うと周りに針状の赤い弾幕が現れ、フランめがけて飛んでいく。
そして、今だに飛び交うナイフの中に針がさらに加わわることで憑はより一層に必死になって避け続けた。
「む、ムリですぅー! こんなに避けられませぇん!!」
ーー禁弾「カタディオプトリック」
飛び交う弾幕の中を必死に避け、泣き叫びながら憑は宣言する。
すると憑の周りに大小様々な弾幕がはられ、それらを飛んでくる弾幕を相殺する様に放った。
そして、それらが相殺して出来た穴から飛び出す様に憑は弾幕が飛び交う密封空間から脱出した。
「ふえぇー、間一髪で……」
「隙だらけよっ!!」
「すぅぅぅ!?」
危機的状況から脱した事に憑は安堵していたら、いつの間にか背後に回ってきていたレミリアに気づいて握られ殴りかかる拳を慌てて避けた。
そして、避けられたレミリアは舌を打ち、ギロリと憑の方を睨みつけた。
が、その睨みつけた先のものにレミリアは拍子抜けするのであった。
「ひっぐ……この人、目がギラギラして怖いですよぉ。ただの幼女ってお姐さまに聞いたのに話が違うですよぉ〜」
レミリアの視線の先に映ったのは泣きじゃくる実妹。
というか、ギャン泣きしているフランであった。
涙鼻水を流し泣くフランを見て、レミリアは口を開け呆然とした。
「え、えーと……なんで泣いて……」
「だ、だってぇ……こわくてぇ……」
会話にならない、調子が狂う……。
レミリアは泣きじゃくる妹の姿をした敵を見てどうすればいいのか困惑した。
そして、どうすればいいのかと意見を求めようと後方にいるはずの咲夜に目を向けた、がーー
「はぁはぁ……こんな妹様、初めて……」
鼻血の垂れる鼻を押さえながら息を荒くする自分の従者を見て困惑するレミリア。
完璧で瀟洒なはずの自分の従者がこんな醜態を表すはずがないと、レミリアは何も見なかった様に視線を逸らした。
「えーんっ! お姐さまぁー!!」
「ちょ、そんな声あげて泣かないでよ!? ほら、これで鼻拭いて……」
「こ、こないでくださぁいいぃ! 怖いですぅ!!」
「……くっ」
ほとんど見たことのない妹の醜態に、レミリアは戸惑う。
いつも笑顔で元気にはしゃいで、転んだって泣いたりしないフランが、鼻水を垂らし涙を流して泣いている。
それもお姐さまと言う誰かはわからないが、そう呼ばれて泣かれると手を差し伸べたくなる。
だけど、怖いから来るなと可愛い妹に拒絶されると中々に来るものがあった。
だが、その泣きじゃくるフランは敵、……だけど身体は妹のもので……。
「こ、怖くないから大丈夫よ。だから、ほら……泣かないでいいわよ!」
とりあえず泣き止ませよう。
それがレミリアのとった選択であったがーー
「ぐす……ほんと? わたしのこといじめないですかぁ?」
涙目で上目遣い。
フランに憑依した憑は弱気な目で戸惑うレミリアに問いかけた。
その憑の言葉に、レミリアは虐めないわよ、と慌てながらに言うと憑はホッとした様子を見せて問い続ける。
「もう、憑に酷いことしたりしないですかぁ?」
「も、もちろんよ!」
「なら……"桜井 命"を追いかけるのも、諦めてくれますかぁ?」
「そ、それは……」
「……諦めてくれないんですかぁ」
ぐすりと鼻をすすり、再び泣きかける憑。
そんな憑の様子を、泣きじゃくる妹の姿を見てレミリアは唸った。
そして仕方がないと息を吐く。
「ああっ!! わかったわよっ、もう追いかけないし、貴女に危害を加えないから泣くのはよしなさい!!」
レミリアは折れたーー。
自身の妹の涙に、完璧に折れた。
自身の決着よりも妹の、正確には憑の願いを聞き入れた。
「ほ、本当ですかぁ!?」
パァッと笑顔を浮かべた憑。
その無邪気な笑顔を見て、レミリアは言葉を詰まらせるも首をコクリと縦に降った。
「わーい、任務完了ですぅ! これでお姐さまに褒めてもらえますぅ!ありがとうございますぅ!」
「ちょっ!? 抱きつかないでよ、鼻水つくでしょうが!!」
レミリアの言葉に喜んだ憑は勢いよくレミリアに抱きつき、抱きつかれたレミリアは突然の抱擁に慌てた様子を見せ声を上げた。
しかし、言葉で拒絶するも抱きつかれることに満更でない様子を見せていた。
「なら早速ぅ、お姐さまの下に行って褒めてもらいますぅ!」
「……は?」
無邪気にそう叫んだ憑。
憑のその言葉にレミリアは惚けるが、自身の腕の中で意識を手放す様にフランは項垂れた。
『ではぁ、またお逢いしましょお〜』
そして、その意識がなくなったフランの身体からは不透明な一筋の煙の様なものが立ち上り、聞き覚えのない声が辺りに響いてそれは消え去っていった。
しかし、レミリアはその煙のようなものと微かな声を聞き届けるよりも、フランの容態が心配でありそれどころではなかった。
「ふ、フラン大丈夫……って今は乗っ取られてるんだったわ……。でも、意識がないし……、咲夜ぁー! 医者呼んで、いしゃー!!」
「お嬢様、落ち着いてください。とりあえず妹様の涙で湿った寝顔を写真で……」
「そうね……って違うわよ!!」
「冗談です」
レミリアの慌てた態度を見てクスリと笑う咲夜。
その咲夜の言葉にレミリアは本当かと一瞬は疑うも、フランの事で頭がいっぱいで怒る気にもならなかった。
傍ら、レミリアの腕の中で眠るフランは、憑き物が落ちた様にスヤスヤと寝息を立てていたーー
❇︎❇︎❇︎
私はーー、黒い翼を羽ばたかせて飛んでいる。
目指すは幻想郷の中枢と言われる博麗神社。
そこにあの狐の予言曰く"やつ"が……、"八雲 紫"が現れる。
そいつが私の最終目標である。
最終目標、といっても最初から最後まで私の目標は八雲 紫だけだ。
私の能力【魂を狩り盗る程度の能力】で八雲 紫の能力【境界を操る程度の能力】を狩り盗るのが今回の私の目標であり、あの狐が私に提示してきた計画だ。
そして、その能力を奪い私の人間と妖怪の境界を弄れば、私はーー
「……もう少しだ」
もう少しで私はーー、"人"に戻れる。
そう思えば、私の前へ進む速度が速くなる。
早く、早く人へ戻りたいと自然と翼を羽ばたかせる勢いが上がる。
私は考える。
人に戻ったら先ずは何をするか、を。
まずは前世と同じ様に学校に行きたい。
そして友達とくだらない話をしたい。
それで学校から帰って、平和な我が家でテレビでも見ながら夕飯を食べる。
それが私の平和な日常。
そして、私の望むありきたりな世界。
な、はずなのにーー
「……なにか、足りない」
平和な世界。
確かに私は望んでいる。
あの狐に唆され、長年封じられていた私は確かに平凡で平和な世界を望んだ。
普通で普遍な、女子高生に私は戻りたいと思った。
だけど心が、本心が何故かモヤモヤとする。
私はあの頃に、"桜井 命"が生きていた様に平和に過ごしたいはずなのに、何かに私は引っかかる。
それは、なんだろうか?
茜の事にまだ未練を残してる?
斬乂の事を心残りに思っている?
考えても考えても、その私の気持ちへの答えは見つからない。
「くそ……、なんだよ。この気持ちは……」
あいつの、斬乂の事を思い出すと私の心がよりいっそう騒がしくなる。
もしかしたら、私はまだ……と一瞬思うが、その考えを打ち消す様に首を横に振った。
違う。
あれはただの依存であった。
"白鷺 雪"が白鷺 茜を好きであったから、その記憶を受け継いだ私が、"桜井 命"が白鷺 茜を好きであると勘違いしただけだ。
それで、常人では耐えられない様な酷い人生を歩んできて、そんな中で出逢ったのが斬乂で、私はあいつに差し伸べられた手が神々しく見え、その手に縋り付いただけなんだ。
あれは、あの恋は私の偽りだ。
弱っていた私が縋り付いただけなのだ。
救われたいから私はあいつに伸ばされた手を取って、否定され続けた私を肯定してもらいたいから肌を重ねて……。
「……あぁ駄目だ。あいつの事を考えると余計に決意が鈍る」
私は、"桜井 命"なのだ。
本来は人であって、こんなとんでもファンタジーで生きる様な人生ではなかったのだ。
あの頃の様に、"友達"と並んで過ごす日常こそが私の……。
「……友達」
そういえば、あの頃はよく"あの娘"と一緒にいたものだ。
幼い時から一緒にいた"あの娘"と、私は毎日を平穏に無難に生きてきた。
"あの娘"とは転生した今では会うことは無いが、また会いたいと思え……
ーー"あの娘"って、誰だっけ?
私は、かつて"白鷺 茜"に似ていると思っていた"彼女"の名前を思い出そうとするが、全く思い出せない。
"白鷺 茜"に若干に面影があるのは覚えている。
しかし、名前も声も、どんな表情で私の隣にいたかを、私は思い出せない。
「……まあ、別にいいのか。昔の事だしーー」
思い出せない事は仕方がない。
それに私がこの世界に転生したのは千年以上も前の事だから覚えていないのは当然だ。
それに、もう名も思い出せないその友達とは会うことがないのだ。
そう、この計画が完遂すれば私は人に戻れる。
そして、新しい人生を歩めるのだからーー
私はそう思いながら、ふと下の方に視線を移すと、そこには見知った顔が見えた。




