開始
さとりは目を瞠目させる。
ありえない。
私に気づかれず背後に現れるなんてありえないと、その人物に目を向けた。
「あらあらあらぁ、可愛い女の子がたぁくさんねぇ〜。特にそこの天狗ちゃんなんかは私の好みよぉ」
緑髪の女性、黒桜 刃はニタニタと笑い文の方に指を向けながら独り言を呟く。
文はその言葉に不気味さを感じ、一歩後ろに後ずさる。
しかし、さとりは彼女の言葉というより、存在を不気味に感じた。
ーー心が読めない
こんな事は雪以外では初めてだ。
いや、雪は怨霊の声の方が存在感があり聞こえないだけで純粋に何も読めないのは初めてだった。
彼女の心からは何も聞こえない、見えない、感じられない。
自分には彼女の存在が認知できない、とさとりは感じた。
いや、そんなことよりとさとりは考えを改め口を開く。
「貴女……、誰ですか?」
「んー、黒桜ぁ刃ちゃんでぇーす」
きゃはと作り物ぽっい笑顔を浮かべさとりの言葉に答えた。
さとりは名前を聞き、周りにいる魔理沙らの心の声に耳を傾けるが誰一人彼女の事を知らない様子であり、顔見知りはいない事を理解する。
そして刃に次なる言葉をかける。
「そこは私の友人の眠る場所なんで、乗っかるのはよして頂きたいのですが……」
そのさとりの言葉に刃は首を傾げるが、すぐに自分の足下にある木の杭の事だと気づく。
「ぁあー、これのことぉ?」
「えぇ、大事な友人が眠って……」
さとりはふと気づく。
雪の封じられる杭に近づけば怨霊に蝕まれるのでなかったのでは?
それなのに何故、彼女はあんなにも近づいているのに正気を保っているのか、とさとりは思う。
どういう事かと文の方に視線を向け尋ねようとすると、バキリと大きな音が響いた。
「うふふのふぅ〜、大事なお友達……割れちゃったねぇ?」
刃はそう言いながら、杭の上から地面に降り立つ。
それと同時に、雪の封じられていた杭は上から刃物で切られた様に真っ二つに割れ、地面に倒れこんだ。
その場に居たものは全員息を飲んだ。
あの巨大な杭を何一つ武装していない刃の手によって真っ二つになったことに目を見開く。
しかし、そんな沈黙とした中で文だけが叫んだ。
「ちょっ!? 貴女そんな事をやって屍の姫が目覚めたりしたらどうするんですか!!」
「屍の姫ぇ? 誰かしらソレェ?」
文の叫びに刃は知りませーん、という様に首を横に振る。
そんなふざけた様子を見て、勇儀は怒鳴る。
「お前! そこにはお嬢がっ!」
「もお、そんな大きな声で怒鳴らないでちょうだいよぉ〜。ただでさえ暑苦しい筋肉が目に毒なのに、さらに野太い声が耳に響いたら公害ものよぉ?」
可愛い女の子の声なら大歓迎だけどね、と刃は言うがその言葉に勇儀はキレる。
そして、握り拳を握り、刃に向かって走り出し殴りかかろうとするが……。
「私ぃ、貴女には興味ないのぉ」
「いっつ!」
刃がそう言うと、勇儀が躓く様に倒れた。
「お、おいっ、大丈夫か!?」
魔理沙は倒れた勇儀に駆け寄った。
そして倒れた勇儀をよく見ると、勇儀の両足の膝下からは何かで切られた様な深い傷口ができ、ドバドバと血が流れており勇儀自身はその斬られた傷口を痛そうに抑え呻いていた。
そんな呻く勇儀を見て、魔理沙はその傷口の原因を作ったであろう刃の方に顔を向けた。
そして、顔を歪ませた。
「ーーさぁ、可愛い女の子かもぉーん。そして良い音色を奏でて頂戴ぃねぇ」
愛の抱擁を交わす様に腕を横に広げた刃の気持ち悪く緩む口元を見て、魔理沙はゾッとした。
❇︎❇︎❇︎
「お姉様ー、フランもう少し遊びたかったー」
金髪の幼女、フランドール・スカーレットが昇る太陽から身を守る様に日傘をさしながら、大きく落胆のため息をつく。
そんな様子を見て、フランの隣を歩く姉のレミリア・スカーレットが妹をなだめる様に頭を撫でた。
「ま、朝日も出てきたことだし家に帰って寝ましょ?」
「でもおー」
レミリアのその言葉に渋々ながらも口を尖らせるフラン。
そんな駄々るフランを見て、家に帰ったら遊んであげるからとレミリアは言い、フランは手を返す様に喜ぶ。
そんな仲睦まじい二人を見て、レミリアに日傘をさす咲夜は微笑んだ。
レミリアらは今現在、宴会を行っていた博麗神社から我が家である紅魔館に帰宅しようと、名もない林の中を歩いていた。
レミリアを先頭に咲夜、フラン、美鈴、パチュリーの紅魔組みに加えアリスが何故かついて歩く。
咲夜の後ろを歩く美鈴は欠伸をしながら歩き、パチュリーとアリスは先ほどからどちらが魔理沙を愛しているのかという議論で盛り上がっていた。
そんなほのぼのとした風景を見て平和だなー、と咲夜は思いながらも目の前を歩く幼女二人を見てほっこりとしていると空から二人の人物が降りてきた。
「紅魔のみなさん、今帰りかしらー?」
ピンク髪の幽霊、西行寺 幽々子が空からフンワリとレミリアの前に降り立つ。
そして、幽々子の後ろに従う魂魄 妖夢が地に降り立つと顔見知りである咲夜に向け、頭を下げた。
レミリアは突然と現れた幽々子を見て舌打ちをする。
「あら、冥界の亡霊じゃない。何か用かしら?」
「……もしかして私ったら紅魔の吸血鬼に嫌われてるのかしら? ねぇ、どう思う妖夢ー?」
レミリアの嫌なものを見た様な目に、幽々子は首をかしげながら後ろに立つ妖夢に尋ねた。
しかし、妖夢は知らん存ぜぬと言いたげに首を横に振る。
そして、質問とは別の言葉を口にする。
「幽々子様、そんな事よりレミリアさんに聞きたい事があるのでは?」
「聞きたい事?」
妖夢のその言葉にレミリアは首を傾げた。
幽々子はその妖夢の言葉にそうそう、と呑気に口を開く。
「えーとね、私と妖夢が冥界に帰ろうとしてたらねぇ、たまたま空からレミリア達の事を見つけたんだけどー」
「そんな御託はいいから早く要件を言いなさい」
レミリアはそう言いながら隣にいるフランを見る。
今ではこんなにも大人しいが、早く帰って遊びたいと言い愚図りだすと面倒だと思いながら幽々子を急かす。
レミリアにそう言われた幽々子はせっかちねぇとクスクス笑いながら簡潔に答える様に努めた。
「ねぇ、なんか変な気配を感じない?」
幽々子はそんな事を言いながら目を周りに向ける。
その幽々子の言葉にレミリアはさらに首を傾げた。
そんなレミリアの態度を見て、言葉足らずと思い付け加えた。
「んー……なんていうか空気中に変な気を感じるのよねー」
「気? なんの事?」
レミリアはその言葉を聞き、気といえばという事で美鈴の方に目を向けた。
美鈴はそのレミリアの視線に気づき、首を横に振った。
幽々子はそんな美鈴を見てそう言うのではなくて、と頭を抱えながら悩む。
「えーと、気っていうか気配っていうか……そう、あれねあれ!!」
「あれってなによ……」
幽々子の言葉にため息をつくレミリア。
しかし、幽々子はレミリアの反応を気にせずにマイペースに答えようとした。
しかし……。
ーーざわ
空気が凍る。
音が無くなる。
そして、不穏な空気が流れた。
一番初めに気づいたのはレミリアと幽々子。
そして続いてフラン以外の者が気づいた。
「ねぇ……もしかして、貴女の言ってたアレって、コレのこと?」
「えぇ……けど、いつの間にこんな量に……」
レミリアと幽々子は視線を周りに巡らせながら言う。
そして、咲夜は感じた不穏なモノに警戒しナイフを構え、美鈴は拳を構え、妖夢は腰に携える刀を一本抜き構えた。
今の今まで言い合いをしていたパチュリーとアリスらもその不穏な空気を感じて一枚のカードを構えた。
唯一、今の状態を理解していないのはフランのみで、緊迫とした他の者らを見て首を傾げていた。
「幽々子様、私の後ろに」
「あらー、妖夢かっこいいー。さすがは私の騎士様ね」
「こんな空気で冗談はやめてください……」
「はーい」
幽々子がそう言いながら悪ふざけをする子供の様に舌をだす。
そして、幽々子も懐から一枚のカードを取り出した。
そんな傍ら、レミリアは呑気にコントをする二人を見てため息をつき、隣に佇む咲夜を見た。
「咲夜、私は早く帰って寝たいわ」
「わかりましたお嬢様、手早く片付けます。だから美鈴、頑張りなさい」
「え、私任せですか!?」
「冗談よ」
うちのメイドも冗談を言うようになったのだな、とレミリアは呆れながらに思うも、そんな余裕を見て頼もしく思った。
そして再び幽々子に視線を向けた。
「ねぇ、この気配は……、先日起きた異変の残り物かしら?」
「いえ……新手のモノね。地底から出てきたアレより禍々しいモノだわ」
幽々子のその言葉にレミリアは成る程、と呟くと共に幽々子の事を見直す。
「ふふ、流石は冥界のお姫様ってところね、よくご存知で。この手のモノは慣れているのかしら?」
「お生憎様、私の所ではこう言った類を扱ってないのよねぇ」
幽々子はクスリと笑った。
それと同時に、"アレ"が形を成して出てきた。
幽々子らを囲むように、周りの林の影から這い出て来る。
ーーそれは骨。
ーーそれは骸。
ーーそれは屍。
何十と言う黒い瘴気を漂わせながらそれらは木々の影から這い出てきた。
何十もの人の亡骸であろう骨の兵らが影より出兵する。
「お姉様……」
不気味に這い出てきた人の形をした屍をフランは見て、レミリアの服の裾を掴み"クスリ"と笑った。
そんな笑うフランを見て、レミリアはため息を吐いた。
「フラン、暴れすぎないようにね」
「うんっ、わかった!!!」
フランは笑いながら、這い出た屍に猛追する。
それに続き、咲夜らもふらふらと歩きながらこちらに向かう屍に走り出す。
そして、レミリアは鼻息を吹きニヤリと笑った。
「……なんでいきなり出てきたかは知らないけど、駆逐してあげるわ! 人の亡骸の形をした"怨霊"ども!!」
「うふ、冥界の主が命じるわー。在るべき場所に帰りなさーい、"怨霊"ちゃん!」
レミリアと幽々子はそう叫び、二人は歩く骸の集団の中に走り出した。
❇︎❇︎❇︎
「うえーんっ! 眠いですー、帰りたいですよー!」
早苗は宴会によって汚れた博麗神社の境内の散らかる皿やゴミ、空き瓶や残飯を片付けながら嘆いていた。
現在の博麗神社には早苗以外には縁側でくつろぐ霊夢を除けば誰一人居ない。
なのに、なぜ早苗だけが境内に残っているのかというと、宴会の後片付けを霊夢に任されたから。
今回の異変で迷惑をかけたのだからこれ位はしろ、と霊夢に言われ、嫌だと言えばボコスカと霊夢に殴られる。
渋々に引き受けるも、同じく……というか今回の異変ではむしろその二柱が悪く、早苗は何一つ聞かされていなかったのに、肝心の首謀者であった神奈子と諏訪子がいつの間にか守矢神社に帰っており早苗一人残され悪者扱い。
早苗はその事に気に食わず、ブツクサいいながらやるも、全く終わらず泣け叫びながら片付ける。
しかし霊夢はそんな早苗に情けは無いのか、縁側でぼぉーっとしながら空を眺め黄昏ていた。
そして、早苗はそんな霊夢に泣き脅しが通用しないことがわかり、さらに駄々をこねながら片付けをする。
こんな事になるのなら魔理沙たちについて、屍の姫という者がいる場所に行けばよかったと後悔しながら早苗はゴミ袋を抱えながらゴミを拾う。
そんな傍ら、霊夢は空を見て黄昏ながら魔理沙たちの事を考えていた。
「……止めた方が、よかったのかしら?」
霊夢はポツリと呟く。
そして、その自分の独り言にすぐに首を振る。
屍の姫の封印塚は簡単には解けないように紫が結界をかけていると先代に聞いたのだ、問題なのは塚から溢れる怨霊の瘴気のみでそれ以外は特に問題無いはず……、と霊夢は一人でに魔理沙らの事を心配していた。
「んー、なんだぁ霊夢ぅ。髑髏塚の封印が解かれるのを心配しているのかぁ?」
霊夢が空を見上げながら黄昏ていると、隣に霧のようなものが渦巻き、萃香が煙のように現れた。
手には瓢箪を持っており今だに飲兵衛で霊夢はまだ飲んでいるのか、とため息をつくと同時にいつから自分の事を監視していたのかを聞きたくなった。
「……そんなことは心配していないわ。あの紫が絶対に解けないと自信を持って言っていたものだもの」
「はは、なら解けんな。まあ、個人的にはお嬢は身内だからもうそろそろ解いて欲しいんだけどなー」
萃香は手元の瓢箪を傾けながら言う。
「ムリよ、封印を解いて暴れられたら困るもの」
「えー、もうそろそろいいだろ? 今回の異変で地底との不可侵条約はほぼ無いと言っていいくらいだし」
さとりや勇儀が地底から来ていたのだから、と萃香は言う。
しかし、霊夢は首を横に振った。
「例え、緩くなったとしてもムリよ。私にはあの封印は解けそうに無いし、鬼神が地上に来るとか幻想郷のパワーバランスが崩れるわよ。それに……」
「お嬢が地底に戻ってもまた昔に逆戻り、てか」
萃香のその言葉に霊夢は首を縦に振る。
その霊夢の態度を見て、萃香はため息をついた。
「ま、そうだわな。お嬢の母さんへの溺愛っぷりはこっちが目を覆いたくなるくらいのものだったさ。それに一週間に一度は合わせるっていう約束があったのにも関わらず、お嬢は地底に無理矢理でも戻ろうとしたんだ。どっちかが地底か地上のどちらかに永住できない限り、難しいわな」
「あんた、詳しいのね」
「紫とだてに友人やってないさ。それに能力を使って地底と地上の間の結界をすり抜けてお嬢を探しに来たはいいもの、お嬢のあんな状態を母さんに言えるわけないさ……」
萃香はそう言いながら瓢箪を傾けるも、物思いにふけた顔をして遠くを眺めていた。
そして、呟く。
「母さんとは血は繋がっていないとしても、本当の親の様に思ってるからな。下手に悲せましたくはないのさ」
「なら、その母の番である屍の姫の事はなんとも思っていないのかしら?」
今まで髑髏塚の封印を解こうとしたところは見た事がないのだけど、と霊夢は意地の悪い顔で言う。
霊夢のその言葉に萃香はケラケラと笑った。
「はは、そりゃあそうだな。母さんの伴侶って事はお嬢も私らの母さんで親ってことだわな。その理屈だと助けなきゃおかしいってんだ」
「……変なことしないでよ」
「今はしないさ、私は勇儀と違って考えて動くずのぉ派だからな」
萃香のその言葉にあんたのどこが頭脳派なのかと心の中でつっこむ。
そして、その引っかかる言い方に眉間にしわを寄せ尋ねる。
「今はってなによ、今はって……」
「ま、私なりにコソコソ動いてるって話さ」
その萃香の言葉にさらに不安になる霊夢。
しかし、そんな霊夢の睨みつける様な目を無視して、萃香は飲兵衛を続けた。
そんな呑気な萃香を見て霊夢がため息を吐くと同時であった。
霊夢の目の前に空間の裂け目ができ、その裂け目の中で目ん玉のギョロギョロと動く紫特有の能力であるスキマが開いた。
そしてそのスキマの中から紫が勢いよく身体を出してきた。
「た、大変よ霊夢!!」
「なによ? というか宴会はもう終わったわよ」
「そんな冗談を言っている場合じゃないわ!」
珍しく取り乱す紫を見て、霊夢と萃香は顔を合わせて首を傾げた。
しかし、紫は二人の困惑する様子を無視して急に現れた要件を伝えた。
「し、屍の姫がーー、目覚めたわっ!!」
紫のその言葉に、霊夢と萃香は唾を飲んだ。




