隔離
「あ、起きちゃった?」
私が目を開けると、そこには黒髪の少女が微笑みながら、私の方を見ていた。
その顔は随分と懐かしいもので、忘れてはいけない顔で……。
「"ミコトちゃん"、泣いてるの?」
その少女に私は涙を拭われながらそう言われる。
私は泣いていたのか?
なぜ、私は彼女の顔を見て涙を……。
「怖い夢でも見た?」
その少女に心配される様に聞かれるが、私は顔を横に振る。
私のその反応を見て、少女はそう? と首をかしげる。
そして、少女は急に思い立った様に私の身体を包み込む様に抱きついてきた。
温めるように私に抱きついてくる。
今更、気づいたが私もその少女も生まれたままの姿で衣服を何一つ着ていてない。
そして、私とその少女は一枚の布団の上に寝そべっており、向かい合う様に抱きしめあって横になっていた。
少女の大きな胸と私の小さな胸が潰し合う様にくっついており、温かな肌の感触を直に感じられる。
私は裸で抱き合っている事に気付いて顔を真っ赤にし、彼女の身体を否定する様に突き放した。
しかし、その少女は私のその行動に傷ついたのか眉をひそめ悲しそうな顔をする。
「"ミコトちゃん"……どうして、私の事を否定するの?」
少女の言葉に私はそんなつもりじゃ、と首を横に振る。
しかし、少女の顔付きは変わらず悲しいまま。
そして、口をへの字にしたまま私に再び抱きついてきた。
「"ミコトちゃん"が……、私を否定しても私は"ミコトちゃん"と一緒にいるよ? だって……」
私はアナタをいつまでも愛しているのだからーー
その黒髪の少女は言い残す様にそう言い、私の上に覆いかぶさり、唇を重ねてきた……。
❇︎❇︎❇︎
変な夢を見ていた……。
黒髪の少女と裸で抱き合いながら寝ており、最後にキスをされた夢だった。
相手の少女は見覚えのある顔だった。
だけど、思い出せない。
懐かしくはあるけど、思い出せないんだ……。
「雪ニャンっ! 気がつきましたか!?」
私が朧げに目を開けると、愛しいあの人の顔がうつる。
斬乂は私の顔を覗き込むように見ており、顔にはいつもの余裕は無く、焦燥溢れる顔付きをしていた。
どうやら、私は斬乂と私の住んでいる屋敷の寝室にて、布団の上で寝かされているらしい。
そう言えばさとりの家に行ってからの記憶が全くないが、何かあったのだろうか?
まぁ、いいか。
それより今は斬乂だ。
愛しい貴女が、そんな辛そうな顔をしているのだ。
妻として、心配しなければ……。
「ぁあ……ざんげぇだぁ、どうしっ!?」
私は視線に映る焦燥溢れる彼女の顔を見て、その顔に手を伸ばそうとした。
しかし、彼女の存在に気付くと同時に酷く頭痛を感じた。
それは頭が割れる様に痛く、眼球から目を抉られ、脳みそをほじくられている痛みがあった。
「……っ雪ニャン!?」
私はその痛みに耐えられなく、寝転がっている状態で頭を抑え込む。
そんな苦しむ私を見て、斬乂は大丈夫ですか!? と声を上げてくれる。
私はそんな慌てふためく斬乂を見て、心配してくれてる、と少し嬉しい気持ちになる。
しかし、それでも頭が痛いのは変わらずで呻きながら頭を押さえる。
「うぅ……ざ、ざん……げぇ……、あ、たまが……いた……い、よぉ……」
「え、えっと、医者っ……じゃなくてゆかりんは、とっ!」
私が頭の痛みを訴えると、斬乂は慌てふためき、アタフタとしている。
しかし、私はそんな慌てふためく斬乂の事を見ずに、頭を押さえて呻き続ける。
痛い、痛い、と呻きながら斬乂の方にユルリと目を向けた。
「ざん……げ……、わ、たしは……どうし、たのぉ……?」
「ゆ、雪ニャンっ、もういいから喋らないでくださいっ!」
斬乂は慌てながらも、寝そべる私の手を包み込むように両手で掴み、力強く握ってくれる。
私はあったかいなぁあ、と思いながら小さく微笑んだ。
あぁ、やっぱりこの人が好きだと再認識する。
頭がこんなにも痛くなければ、すぐに飛び起きて抱きつきたいくらいだ。
「鬼神殿? よかったですね、貴女のことをまだ覚えていてくださって」
私が斬乂の温かみを感じていると突如、斬乂の背後の空間が裂け、目玉がギロギロと覗く薄気味悪い裂け目が開く。
そして、その中から八雲 紫がヌルリと出てくる。
私は余計な奴が来た、と言いたげに睨もうとしたが、頭が痛いせいか目に力が入らないので視線のみを向けた。
「やく……も、ゆかりぃ……。なん、のようだ……」
「あら、無様な物ね。屍の姫殿?」
八雲 紫が倒れる私を見て、馬鹿にする様に言う。
しかし罵倒しているのは言葉だけで、私を見る目は憐れむような目であった。
そして私と八雲 紫の視線が合うと、八雲 紫はクスリと笑う。
その笑みは嘲笑ではなく、ただの笑み。
それも作った様な笑顔であった。
「鬼神殿、これが彼女の現状です。先程の件、了承いただけますよね?」
「……わかりました」
八雲 紫が斬乂にそう言うと、斬乂は辛そうな顔をして口を開く。
そして私の手を握り、一度深呼吸をした。
呼吸を吐き、覚悟を決めた様に私の手を力強く握ってきた。
「雪ニャン、しばらくは……別々に暮らしましょうか?」
「…………え?」
斬乂の言葉に私は目を見開く。
割れる様な頭の痛みも忘れ、斬乂の方に視線を向けた。
私は斬乂の突然の言葉に声を震わせながら、口を開く。
「な、なんでぇ……、もしかしてわたしにあきちゃったのぉ……。それとも、なにかいけないことがあってぇ……」
「違うんです、雪ニャン。私は雪ニャンの事が大好きです。だから、私は苦しむ貴女の姿を見たくは無いのです……」
意味がわからない。
私は貴女と離れ離れになる事が一番辛いのに、なんでそんな事を言うの?
「鬼神殿、私から説明しますわ」
八雲 紫が斬乂の言葉に戸惑う私を見て、斬乂に並ぶ様に寝そべる私の隣へと来る。
そして、斬乂の隣に膝をついて座り、口を開いた。
「白鷺 雪、貴女はもう直ぐで死にます」
「えっ……」
八雲 紫の改まった様な言葉に私は思わず声を出す。
どういう事、と聞きたかったが頭の頭痛のせいか言葉に出す事が億劫だった。
しかし、八雲 紫はそんな私に気にせずに言葉を続けた。
「正確には、貴女という人格が死ぬ、の方が正しいですがね」
八雲 紫は言葉を続ける。
曰く、私が地底に、旧ではあるが地獄に来た事が問題らしい。
私の能力なのか体質なのかはわからないが、私の身体は霊を、それも怨霊を身体の内に呼び寄せているらしい。
かつて、さとりにも言われたが私の能力はひたすら周りの魂、それも怨霊ばかりを吸収するおかげで私の身体の中には多くの怨霊らが巣食っているとか。
それで私に吸収された時点で、私の一部となり、その怨霊らは巣食うだけ巣食い、成仏や浄化などはする事が無い。
だから、私の身体には時を過ごせば過ごすほど、身の内に怨霊が溜まりに溜まっていく。
故に私の身体の中には悪しき者が沢山いるらしい。
本当はそれらの声を聞く事にもなるのだが、約数千年ほど聞き続けた声なので私は既に慣れていた。
慣れていた、だから今回の私の異常に私自身が気づく事が出来なかったのだ。
ここからが問題だ。
私は斬乂に付いて、元とはいえ地獄に来た事により、知らず知らずの内にそこに元々居た怨霊らを身体の内に呼び寄せていたらしい。
元とは言え地獄で、裁かれる事なく溜まりに溜まり続けた怨霊らが短期間で私の中に一気に集まってきた事が問題であった。
その一気に私の中に集まってきた怨霊らは、私の身体を一気に蝕み、耐えきれなくなった。
つまり、オーバーリミット。
私の身体をコップと例えると怨霊が溢れてきているのだ。
いや、この場合は精神論なので私の心がコップだ。
なので、私の心は既に怨霊に満たされている状態らしい。
だが、今ならまだ引き返す事が出来るらしい。
いや引き返すといっても呼び寄せた怨霊らは消える事がないので、私が廃人になる事をまだ防げるという意でだ。
だから、私は怨霊の少ない地上に送られる、と八雲 紫は言った。
「貴女の心はもう限界なの。これ以上、地獄の怨霊らを呼び寄せたら貴女の心は壊れ、廃人になるわね」
八雲 紫が一通り説明し、私は八雲 紫の言葉に頭痛で頭が働かないながらも理解する。
廃人、故に人格が死ぬと八雲 紫が言った理由もわかる。
だがしかし……。
「なら……なんで、わたしは……ざんげと、はなればなれに……なる……」
「貴女、話を聞いていなかったの。このまま地獄に身を置き続けると廃人になるのよ? だから地上に行くの」
馬鹿なの、死ぬの? と言いたげな目で八雲 紫は私を見つめる。
しかし、私はその言葉に馬鹿じゃ無いよ、という様に言葉を返す。
「わたし……、さいごまでぇ……ざん、げといっしょに……にいられるなら……それで……いいよ?」
私のその言葉に斬乂は哀しそうに首を横に振り、口を開く。
「……私の事、忘れちゃうかもしれないんですよ?」
それでもいい。
それでもいいから、私と一緒にいてほしい。
だって、私には貴女しか……。
"斬乂"しか居ないのだから……。
私は斬乂のその言葉に首を縦に振った。
しかし、八雲 紫が私に哀れむ視線を向け、斬乂の方に振り向く。
「鬼神殿、こう言っていますが……、どうしますか?」
「や、やっぱり……私も地上に」
「数百の鬼らを地底に置き去りにして?」
「う……それは……」
八雲 紫の言葉に斬乂は口を噤む。
そんな斬乂の様子を見てか、八雲 紫は口を開く。
「それに先ほども言いましたけど、一週間に一度は地上にスキマを繋げ、二人を会わせる事を約束します」
無理やりにでも貴女に地上に行かれたら困るので、と八雲 紫は付け足す。
斬乂は八雲 紫のその言葉を聞いて、眉を潜める。
そして覚悟を決めたのか、私の手を握り口を開く。
「雪ニャン、絶対にまた会いに行きますね」
その言葉はひどく虚しく聞こえた。
それは私を拒絶する言葉にも聞こえた。
私は斬乂にそう言われ、斬乂に手を伸ばす。
「いや……だ、……わたしを……ひ、とりに……」
「一人じゃありません、一週間に一度は地上に会いに行きます」
それでもいやだ。
地上に行っても私は一人になるだけだ。
また一人で、一人で孤独で一人ぼっちで……。
「ねぇ……な、んで……そんなこというの……? わた、しのことが……きら、いに……」
「違いますっ! 私は雪ニャンの事が大好きです! だから、だから私は貴女に忘れられたくなくて……」
「な、ら……いっ、しょに……」
「うぅ……」
斬乂が泣き出してしまった。
なんで泣くのだろうか?
なんで、斬乂は私を否定する様に握った手を放して顔を覆うのだろうか?
なぜ、なぜ……。
「さよなら、雪ちゃん……」
また一週間後に。
斬乂はそう言い残す様に言って、八雲 紫に目を向ける。
そして、八雲 紫は斬乂からのその視線に小さく頷き、私の顔の上に覆う様に右手を乗せた。
今から、八雲 紫になにかをされる、という事は頭痛の中がらでもわかった。
八雲 紫になにかをされ斬乂と離れ離れになる事が理解できた。
私はそれを塞ぐために私の顔に触れる八雲 紫の手を振り払おうとするが、痛みのせいか腕に力が入らず、八雲 紫の腕を掴むだけとなった。
しかし、私はめげずに八雲 紫の目を見て、訴えかける様に言う。
「いや、だ……わたしは、まだ……あ、なたと……」
「残念ながら、私も貴女の事を友人と思っているのでね」
だから、こうでもしても助けてやりたい。
例え、愛しき人と離れ離れになっても。
八雲 紫がそう言い残すなか、私の視界は歪み、私は意識を手放した。




