過去
寺で目を覚ましてから二日ほど経った。
この二日ほどで色々と状況を理解できた。
いな、意味がわからなかったが状況だけは理解できたと言ったほうがいいのだろうか。
とりあえずこの二日間で具体的に二つのことがわかった。
まず一つは私がどこにいるのかだろうか。
私が今いるのはどこぞやの寺で、その寺はどこぞやの森に囲まれていることは二日前にはわかっていた。
そして昨日、寺の周りにある森に入った。
理由は少女……白鷺 茜と森を抜けた先にある集落に森で拾った薪と食べ物を交換しに行くということでだった。
そう集落……。
最初は集落っていう言い方に疑問を持った。
普通は町とか村ではないだろうかと。
それに薪と食べ物を交換とかいつの時代やねーん、と思っていた。
だが、いざ集落に向かうと私は開いた口が塞がらなかった。
私の目に映ったのは教科書で見たことあるような藁で出来た家に住んでいる人と、洋服などの小綺麗なものではなくボロっちぃ着物を着ている人だった。
さすがにこの光景を見るとまじなに時代だよ、と笑いながらではなく真剣に考えてしまった。
で、集落にいる人の話をチラホラと聞いていると、近頃、京に都が移り桓武天皇がウンタラカンタラという話が聞こえてきた。
私はこの話を聞いた途端、目眩がした。
しばらくは大仕掛なドッキリだと思おうとしたが、流石に色々と無理があると理解したので現実を受け入れた。
結論、私が今いるところはおそらく平安時代だ。
確か京に都を移したのも桓武天皇と言う人物がいた時期も平安時代あたりだったと思う。私は勉強が苦手だったのでよく覚えていないが……。
兎に角、この事実に気づいた時にはまじで笑い事じゃなかった……。
自分が何処にいるかと知りたいと思ったらまさか、場所ではなく時代……それも過去の世界にいると知るとか……。
もうあまりにありえなく笑ってしまい笑い事にしかけたほどだ。
そしてわかったことその二は私のことだ。
いな、私ではなくこの身体……"白鷺 雪"(しらさき ゆき)のことだろうか。
白鷺 雪。
寺の近くに流れていた川を鏡にして顔を確認したが、ちゃんと見覚えのある顔であり、自分の顔だとは認識できた。
髪の長さも腰にかかるほど伸びており、私の特徴といえる三白眼もしっかりと同じであった。
しかし、身体は少しやせ細っており、私の記憶にある自分の身体とは違う感じがある。
とりあえず私の身体を白鷺 雪と呼ぶとする。
白鷺 茜の話を聞くに白鷺 雪は十七歳の少女で、名字は一緒だが白鷺 茜とは姉妹というわけではないらしい。
そして白鷺 茜とは幼い頃にいま住んでいる寺に住んでおり、白鷺 茜も白鷺 雪も幼い時に親を亡くしており身寄りがない二人を寺の住職であった和尚さんに拾ってもらったらしい。寺の中に何人か幼い子供が居たのは寺の住職さんがすべて拾ってきたかららしい。
それでその和尚さんが三年前に亡くなり、悲しんでいた白鷺 茜を白鷺 雪が慰め、婚約したとか。
この話は嬉しそうに昨日、白鷺 茜が話していたが話がぶっ飛びすぎて私は理解できなかった。
いったい何をした白鷺 雪……、なぜ慰めた結果、婚約に至ったのかと何度もツッコミたかった。
まあ、今はこんな話はどうでもいい。
問題はこの後だ。
どうやら私……というか白鷺 雪はまじで記憶喪失ということになっているらしい。
いや、記憶喪失といっていいのかわからない。
私には一応記憶がある。
今いるところが平安時代、と言うのも知識で理解できる。
それに私には記憶喪失という実感がない。
とりあえず今のところ幾つかの可能性を考えた。
一つ、転生
二つ、タイムスリップ
三つ、憑依
四つ、夢
五つ、記憶喪失
どれも私の中にある知識で考えたものだ。
それぞれの根拠は一様ある。
しかし、イマイチ現実味に欠ける……。
一つ目の考えは確か私の記憶には意識を失う前に、何かの大きな衝撃があった気がする。
もしそれが原因で、というより今のところはその衝撃が今の現状の原因と考えている、この原因で私が死んで転生したいう考えが思いついた。
しかし、私はすぐに却下した。
もし転生するなら普通は赤ん坊からだろう。
白鷺 茜に聞く限り私は十七歳らしい。
転生して十七歳とかなんやねん。
二つ目のタイムスリップ。
これもすぐに却下した。
もしタイムスリップしたなら何故、白鷺 茜に私が白鷺 雪と呼ばれるのかがわからない。
それにタイムスリップとか現代的な科学ではありえない。
……まあ、いま私が平安時代にいる時点でもありえないが……。
三つ目の憑依。
頭をうった白鷺 雪に私が憑依したということだが、これが一番ありえるか……、と思いきや、憑依する対象が平安時代の私のそっくりさんとかどんな設定だ。
それに憑依ってなんやねん。
どんなけ私ってば中二こじらせてるんだ……。
四つ目の夢……。
これもありえない。
夢なら覚めておくれって感じだが一向に覚めない。てか、覚めてくれない。
五つ目の記憶喪失。
これは本当は私は白鷺 雪で頭をぶつけて、頭がおかしくなり、代理人格として私という桜井 命の人格が生まれた、というものだが頭打って私の人格が生まれるってなんやねん。
とりま、この五つはありえるかもしれないがどれもイフであり、あったらいいな、むしろこうでないといまの状況が説明できないってことばかりだ。
まあ、とりあえず確定的なことは私の身体は白鷺 雪で私は桜井 命ということと、私が意識をなくした時の謎の衝撃が原因でこうなったことだろうか。
……頭が痛くなる話だ。
いま一通り話たことをとりあえずまとめると、つまり私は平安時代に存在する白鷺 雪と呼ばれる人物であるということだろうか。
このまとめた内容だけでも自分が何を言っているのかがわからないが……。
結論、なぜ私がこんなことになっているかはわからないが、いま置かれている状況は理解出来ているということだろうか。
……まじで頭痛くなってきたわ。
「ゆ、雪ちゃん頭押さえてどうしたの? もしかしてぶつけたところがまだ痛いとか……」
私が置かれた現状に呆れていると、右隣で私の腕に抱きつきながら心配そうに眺める少女……白鷺 茜がそう声をかけてきた。
現在、私は寺の縁側に座り、白鷺 茜と並んで座っている。
二日前の夜、あれよあれよと泣きベソをかき私に抱きついていた少女も、二日たった今では一様落ち着いたのかこうして隣で私の腕に抱きつき座っている。
本人曰く、きっといつか記憶が戻るはず、戻らなくてもこれから新しい記憶を作って行こう、と言われた。
これが映画や小説などのフィクションだったら私もうるってくるが現実だと笑えないものだ。
てか、記憶が戻ると困る。
もし白鷺 雪の記憶が戻ったら私という存在がどうなってしまうかを考えるだけで怖い。
二重人格になるのか私という存在が消えるのか、どちらにしてもいい結果は招かないだろう。
「いや、大丈夫だよ。少し考え事をね」
私は心の内を理解されないよう微笑む。
白鷺 茜の様子を見るに婚約云々は除いても、白鷺 雪とはかなり仲が良かったと見る。
この子と白鷺 雪は私と飛鳥の様な関係なんだろう。
幼い頃からの友達、いまの現状を私と飛鳥で考えると私でも思うところがある。
私が白鷺 雪ではなく別人だということは白鷺 茜には言わないほうがいいだろう。
こう考えると記憶喪失という設定は幸いなのかもしれない。
「やっぱり記憶がないと不安?」
「いや、一人なら不安かもしれないけど、茜がいるからね」
白鷺 茜が不安そうに私の手を握ってきたが、私がそう言うと白鷺 茜はデレデレと嬉しそうに笑う。
こうしてみると飛鳥を思い出す。
私が飛鳥の事を褒めるたびにこうして嬉しそうに笑っていたものだ。
そういえばあの謎の衝撃があった時に確か飛鳥は私の腕に抱きついていたはずだ。
あの謎の衝撃がいま私に起こっている状態の原因ならば、飛鳥は無事なのだろうか。私みたいに平安時代にタイムスリップしてるとかはないだろうか。
……なんかそう考えると不安だ。
だが、今は飛鳥が無事であるということを願うしかない。
ていうか、よく考えてみたらまず私が無事に帰れるかどうかだ。
もしかしたらこの時代で骨を埋める結果になるかもしれない。
もしそうなら本当に最悪だ。
兎に角、早く元の時代に帰る方法を見つけなければ……。
「記憶を失ったというが、二人は相変わらず仲がいいな」
少しナイーブな気持ちになっているところ、正面から女性がそう声をかけて私に近寄ってきた。
彼女は上白沢 慧音。
この時代の人の一般着なのか少しぼろくなっている着物を着ており、腰に届くくらい長い美しい黒髪の女性だ。
白鷺 茜が美少女というなら上白沢 慧音は美女だろうか。
なんでも私が昨日訪れた集落に住む女性で、時々、こうして寺の子供達に文字などを教えに来てくれているらしい。
実際、私も幼い時……といっても二年前くらいまで彼女に文字を習っていたらしい。
おかげで昨日、集落にいって話した時に記憶喪失のことで思いっきり肩を揺さぶられ色々と問いただされた。
そして頭がすごいぐわんぐわんとした。
ちなみに未婚、これはどうでもいい。
「慧音先生、おはよー。今日も来てくれてありがとね」
「いや別にいいさ。私も子供に何かを教えるのは好きだしね」
私の隣に座っていた白鷺 茜が立ち上がって頭をさげると、笑いながら上白沢 慧音はそう答える。
この時代の人は男女問わず農作業に励んでおり、勉強する時間なんてないと思っていたがこうしてわざわざ寺に来て勉強を教えに来てるところを見るとそんなことはなかったみたいだ。
いな、もしかしたら農作業の時間を割いてでもこの上白沢 慧音はここの寺の子供にモノを教えに来てるのかもしれない。
もしそうなら上白沢 慧音は中々、面倒見がいいのかもしれない。
「雪の方は調子はどうだ。なにか思い出したか」
白鷺 茜に向ける目を今度は私に向ける。
彼女らにとっては昨日今日で何かを思い出すなら良かったのだろうが、生憎、私は桜井 命であり、白鷺 雪ではない。
残念ながら私が消えない限り、白鷺 雪の記憶は戻らないだろう。
ま、口に出しては言わないが。
「はい、記憶はないですけど調子はいいです」
「なにかお前に敬語で話されると気持ち悪いな。本当に記憶がないんだな」
一体、白鷺 雪とはどんな人物だったのだろうか……。
上白沢 慧音の様子を見る限り敬語を使う様な人間ではないことは確かな様だが。
「大丈夫ですよ慧音先生! 雪ちゃんの事は私がしっかり面倒を見るので!」
白鷺 茜は声をあげながら、私の腕を離れて私の身体に力強く抱きついてきた。
おかげで大きな胸がさらに密着しイラってくる。
この時代の食事は主に栄養のあまりなさそうな玄米と茹でただけの山菜などで基本みんなガリガリなはずだ。
私のいまの身体も胸はもちろん腰回りや腕などが結構細く、この身体が私の身体でないことを理解できた要因の一つとなった。
しかし、白鷺 茜の胸はガリガリな全体に比べれば胸だけはふっくらとしている。
そして理解してしまう。
これが女の子柔らかさなのかと……。
「はは、流石はお姉ちゃんだな茜」
「違うよ慧音先生! 私はお姉ちゃんじゃなくて、今は雪ちゃんの伴侶だよ!」
「……お前は変わらんな茜」
白鷺 茜の言葉に上白沢 慧音は呆れている。
実際に私も呆れている。
ていうか上白沢先生よ、伴侶ということにツッコンでおくれ。
昨日の夜だって白鷺 茜に布団に引きずり込まれかけて、身体で思い出させてアゲル、とか言われてナニかされそうになったし。
まじで白鷺 雪と白鷺 茜の関係はなんなんだよ……。
「うん、だって私は雪ちゃんの事が大好きだもん!」
白鷺 茜は満面の笑みを浮かべそう言った。
この娘の笑顔を見ると時々思う。
白鷺 雪はこの娘にとっては心の支えなのではないか、と。
もしそうなら一刻も早く私は元の時代に帰れる様にしなければいけない。
もし私が元の時代に戻ることになるのなら、この身体……白鷺 雪の身体は本来の記憶を取り戻すのかもしれないから。
確証はないが、なんとなくそう思う。
私はそう思いながら隣に座るこの娘の笑顔を見つめる。