向日葵
「なんだよあの女っ! いきなり現れたと思ったら雪にベタベタと触ってきてさぁ! その上、二人っきりになろうとかキモいんだよっ!!」
私の前を歩く妹紅がイライラとしながら一人怒鳴る。
現在、私と妹紅は先ほどの黒桜 刃と言う名の女性と出会った森から抜け、しばらく歩いて辿り着いた向日葵の咲き乱れる花畑の中を歩く。
その花畑は本当に向日葵しか咲いておらず、視界には向日葵の黄色が目立ち、目がチカチカとしている。
そしてそんな向日葵の花畑の中で妹紅は先ほどの森で出会った女性の事をブツブツと呟き文句を言い続ける。
それもあの女性に出会ってからもう一時間ほど経ったが、それだけ経っても同じことをひたすら繰り返しながら未だに女性への罵詈雑言を呟く。
「それに雪も雪だっ! いつものお前ならあんな奴に好き勝手やらせず、顔ぶん殴ってるだろ!」
妹紅が咲く向日葵をかき分けながらそう言う。
どうやら妹紅のイラつきはあの女性から私に飛んだらしい。
まあ、一時間も同じ人物にキレていたのだ、キレる目標が変わるのは仕方がない。
その相手が私なのだが。
というか妹紅にとっての私はそんな乱暴なイメージなのか。
それは後日じっくりと話し合わなければいけなさそうだ。
しかし、実際問題あの場で妹紅に手を引かれて走り出していなければあのまま足を竦ませていたかもしれない。
だから、それが引け目で私は先ほどから何一言も話さず、妹紅の愚痴を聞き続けているのだが。
「その……すまなかった」
「……たくっ、本当に仕方がない奴だなお前は」
私が思ったより素直に謝った事に驚いたのか、妹紅は目を見開き、私の方を一度見た。
そして私の顔を見たまま気まずそうにため息をつき、再び前を向き私の謝罪に言葉を返した。
私は妹紅のそんな背姿を見て、本当に申し訳ないと思う。
妹紅的にはあの女性の態度に不快を覚え、あの場から立ち去ったのだろうが、私は妹紅に助けられたと思っている。
だから今の罵倒にも文句が言えないのだ……。
「てか、どんなけこの花畑は続くんだよ!?」
私が素直に謝ったからか、イラつく妹紅は怒りの矛先を私から向日葵の花に向ける。
そして、その怒りを表す様に妹紅は手の平を広げ、妖術で火を出して怒鳴る。
「あぁっ、もういっその事この辺り全部燃やして焼け野原にしてやろうかっ!」
そうすれば歩き易くもなるだろう、と妹紅は眉間にシワを寄せながらとんでも無いことを言いだす。
向日葵が私達の歩む先を邪魔するように咲いているからといってもそれは酷い。
確かにこの向日葵の花畑に入ってから十数分ほどは経ち、景色は変わらず花畑から抜け出れない事でイラつく事はわかる。
しかし、これだけの向日葵が咲き乱れる広大な花畑なのだ。
それを歩きづらいから全てを燃やすと言うのはエグい。
いささかやり過ぎでは無いだろうか……。
「お、おい、妹紅。流石にそれは……」
「あ? 別にいいだろ、雑草燃やすだけだし」
この妹紅には花を慈しむと言う心はないのかしら……。
確か妹紅って元貴族だろ?
数百年前の話だとしても、少しは私に貴族の娘っぽいところを見せておくれよ。
まあ、花を慈しむ妹紅もキモいから嫌だが。
「おぉ、抜けたぞ!」
私が妹紅の事に呆れていると、妹紅が嬉しそうに声を上げた。
妹紅が向日葵の花畑をかき分け続け見えた先には、一軒の赤い屋根をした小屋と幾つかの花壇、それと小屋の前にガーデン用の白く丸いテーブルと椅子が置いてある。
小屋や花壇、テーブルや椅子までの全ての私の今見ている光景は今の日本から考えればひどく洋風で異風な感じがした。
といつか完璧に場違いというか時代違いって感じの風景だ。
それに今頃気付いたのだが、前世の記憶では向日葵って確か元々は異国の花だったはず。
それなのに、外国と関わりのない今の日本に……それもこんな辺境の地に咲き乱れているはずがない。
だが、それは当然の様にそこらに咲いていて、一辺を黄色で埋め尽くすほどの壮大な花畑を築いている。
それも前世ですら見た事のない量の向日葵が私の周りに咲いているのだ。
私はその異様な風景に驚き、口を開きっぱなしにしていると、私の背後に気配を感じた。
感じからして妖怪の気配。
そしてそれはとても強大で足がすくむほどの殺気を放っており、その気配の主は明らかに私達にとって友好的な存在ではないということがわかる。
「……妹紅」
「あぁ……わかってる」
私が妹紅に視線を向けると、妹紅も背後からの殺気に気付いたのか真面目な顔をする。
なら話が早い、私はそう思いながらどうするかを尋ね様としたが、背後からの声にその行動を遮られた。
「ふふ……こんにちわ」
後ろから聞こえた声は高く、女性のものだとすぐにわかった。
話し声も優しそうで一見無害に感じられるが、殺気は漏れているので歓迎されている様子ではなさそうだ。
声から考え女性という事から先ほど出会った黒桜 刃が後をつけてきたのかと思ったが、声質が違う事からすぐにその考えを消した。
となると別の人物、それも感じられる殺気から大妖怪級の妖怪だろう。
それも私が今まであった中で、一番かもしれないくらいの強大な妖力のだ。
さぁ、どんな化け物か、私はそう思いながら後ろを振り返った。
「……あら、貴女は」
私が振り返るとその殺気の主は素っ頓狂な顔をし、今まで出していた殺気を引っ込め、私の方を見て何やら呟いた。
その殺気の主は緑色の髪をし、日傘だろうかヒラヒラとした傘をさして、今の日本では珍しい赤色のスカートを履いていた。
殺気も妖力もとんでもない事から、どんなゴリゴリなマッチョ女が居るかと思えば、意外と美人なお姉さん。
それも大人びた風格があり、出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでいるナイスバデーなお姉さんだ。
そんな人物がなぜ私達に殺気を、と思っているとそのお姉さんは口を開いた。
「久しいわね、五世紀ぶりかしら」
緑髪の女性は私の方に視線を向けながら微笑みかけてきた。
久しぶり、という事は以前あった事があるという事だろうか?
私はあまり覚えていないし、女性の態度からして妹紅でなく私に言っている様だ。
と言っても本当に覚えていない。
「なぁ、雪。知り合いなの?」
私の隣にいる妹紅が小声で尋ねてきた。
しかし私自身、彼女に見覚えが無いので首を横に振るしか無い。
「いや、見覚えが……」
私がそう言いかけると、どこからかブチっという音が聞こえた。
それと同時に恐怖を感じさせる様な笑い声が聞こえ、再び殺気を……それも先ほど感じた殺気よりも数倍ほど強く発していた。
私がその殺気が感じた方向を見ると、居るのはやはり緑髪の女性だけ。
そして笑い声の音源も彼女からで、彼女の眉間に血管が浮き出ている事から恐らく先ほどのブチっという音は彼女の血管が切れた音っぽい。
というか血管が切れたら本当に音ってなるんだね。
「ふふ……そう、覚えてない。覚えてないね……」
緑髪の女性がうつむきながらそう呟く。
そしてなんか髪の毛が逆立っており、マジ切れしてるっぽいのだが……。
「あ、あの……何処かでお会いした事が……」
私がそう尋ねようとした途端、女性は私の声を遮る様に地団駄を踏んだ。
それもただの地団駄な筈なのに、足元に小さなクレーターが出来たほどの強力なものを一発で。
私はその破壊力を見て身震いした。
隣にいる妹紅も、うはっと言う驚嘆を呟いて後ずさりしていた。
なんか彼女は私の事に見覚えがあるらしいが、もしかしてこれはやっちゃったってパターンだろうか。
絶対、これは私に忘れられてキレてるパターンだ。
しかし、本当に覚えて……。
「……彼岸花」
「え……?」
私が必死に彼女の事を思い出そうとしていると、緑髪の女性がポツリとそう呟いた。
「彼岸花の前で、会ったわよね?」
彼女はニコリと微笑んだ。
それはもううっかり惚れてしまいそうな素敵な笑顔で。
しかし、額に浮かぶ血管がその素敵な笑顔を全て台無しにしているが。
私はその無理やり作った様な笑顔に苦笑いを浮かべ、女性の言った彼岸花の前という言葉を思い出す。
彼岸花に緑髪の女の人……。
そう言われてみれば、なにか見覚えが……。
「………あぁっ、あの時の!」
数百年前、私が妖怪になった日。
茜と森を歩いていた時と、妖怪に襲われた後に出会ったあの緑髪の女性。
そして私と一緒に旅をしようと誘ってきた女の人。
「名前は……風見さんでしたよね」
私が確認する様尋ねると女性は満足気に首を振り、そうよと肯定する。
やっぱりそうだったらしい。
あの頃の彼女は今着ている洋服ではなく、和服を着ていたので、印象がなんか違く、気づかなかった。
というか、あの時は人の顔を覚えられるような精神状態ではなかったので、彼女と会ったことを余計に忘れていた。
そう、あの頃は妖怪となって戸惑い、色々と不安だった頃だ。
そんな時に風見さんと話して、旅に出ようと誘われて、その後に寺のみんなとお別れするといい、それで……。
…………そう言えばあの時、私って風見さんに何も言わずに茜の死体を抱えて一人で……。
「ふふ……」
私は何かいけない事まで思い出した気がしたが、風見さんのその不気味な笑い声によって思考が一度、停止した。
「思い出してくれて何よりだわ」
「えぇ……忘れてしまっていて、すみませんでした……」
何故か私の冷や汗は止まらない。
そしてろくに風見さんの目を合わせることも出来ない。
そして何故だか、なんかとっても危険な予感が……。
「それで、私が言いたいことは……わかるわよね?」
風見さんはそう言いながら私に近寄って、私の肩に優しく手を置いた。
言葉の一言一言には優しさが伝わる。
しかし、ビンビンと伝わる殺気と私の肩に触れる手の握力から、それが安心していい優しさでは無いという事がわかる。
私は声を震わせ、彼女の目を真っ直ぐに見ずに口を開いた。
「は、はい……お久しぶりです」
「えぇ、久しぶり。で?」
「あ、幽香さんって呼べって言ってましたねー。お、お久しぶりです幽香さん」
「幽香って呼び捨てでいいわ。で?」
「え、えーと……その服、似合ってますね」
「えぇ、自分で仕立てたの。で?」
「あ……その……、あ、昔にも思いましたけど、幽香さ……幽香って色気があって美人ですよねー。なんというかそのぉ……ボッキュボンって感じですごいです……ね」
「そう、ありがとう。で?」
「え、あの……ごめんなさい」
こえぇぇ……。
圧力が半端ない。
発する殺気から私を触れる手の握力も半端ない。
マジご立腹でごさる……。
あまりの怖さになんか謝ってしまった。
てか、怒ってるのってたぶんあれだろ。
昔に私が幽香を森に待たせ放りっぱなしにして、勝手に何処かに行ったのを怒ってんだろこれ?
絶対にそれでご立腹だろこれ?
「ふふ……それは、何に謝っているのかしらね?」
「その……昔にせっかく旅にへと誘われたのに……」
ボキっ。
私の肩から今ほどその様な音が聞こえた。
それも幽香が掴んでいる肩の方からだ。
というか完璧に私の肩の関節が外れた音。
私はその音に気付いた後に、幽香の肩に置く手の握力によって私の肩が外された事に気付いた。
「……っ!」
「っ……お前っ!?」
「も、妹紅っ、手を出すな!」
私は遅れてやってきた痛みに耐える様に掴まれた肩の方を逆の手で押さえた。
もちろん幽香と距離を取ってだ。
私は幽香の肩に置く手を突き放し、後方に飛んだ。
妹紅は私に危害を加えた幽香を睨みつけ反撃をしようとしていたが、私が声を上げ妹紅の行動を止める。
妹紅は私に止められると、なぜと言う視線を私の方に向けてきていた。
しかし、私はその妹紅の視線に手を出すなという意で、首を横に振った。
「ふふ……私ね」
私は彼女から距離を取り、妹紅の方を見ながら肩の関節をいれる。
そして幽香の方に視線を向けた。
彼女は不気味な笑い声を出しながら私の方を見ている。
そして目をギロリとさせ、口角を三日月の様に釣り上げ口を開いた。
「私ね……あの時、あなたの事をずっと待ってたのよ?」
既にその声には優しさすらもこもっておらず、怒りからか彼女の声は震えていた。
どうやら私の心当たりは当たっていたようで、やはり昔に置き去りにして行ったことに怒っているらしい。
「ねぇ、どれくらい待ったと思う?」
「あの……あの時は本当に、す……すみません」
「いいわよ、昔の事なのだから。で、どれくらい私が待ったと思う?」
許しているような事を言っているが、全く許す気がないようだ。
しかし、幽香の怒っている事は圧倒的に私が悪い。
待っていろと言い私は森を出て、そのまま幽香の元には戻らず一人で勝手に旅に出たのだ。
もうこれは完璧に私の土下座コースではないだろうか……。
「ど、どれだけ……待っててもらえたのですか?」
「そうね……あの森で七日ほど夜を過ごしたかしら」
あ、これは完璧に土下座コースだ。
あの日から七日後と言えば私は既に遥か彼方に走り去っていた。
もう完璧に私は文句の一つも言えないやつだ。
てか、よく七日も私の事を待ってくれてたな……。
「そ、そんなに待たなくても……置いていってくれれば……」
「ええ、だって貴女にも色々あると思ったもの。親族の遺体処理に荷物整理、それとお世話になった人への挨拶……あと葬式とかかしら」
幽香は思い出すようにそう言った。
「い、意外に考えて待っててくださったんですね」
「えぇ、でも七日目の夜に雨が降ってきて雨宿りをさせて貰おうと貴女の家に訪れたら、あるのは死体と死臭だけで貴女はもう、居なかったわね」
ふふ、と笑いながらそう答える幽香。
「おい……私にゃ何の話かわからんがぁ、話を聞いてる限りお前が悪く聞こえるのだが……」
妹紅がじと目で私を見る。
うん知ってると答えたいが流石にそんな呑気な答えをこの空気で言えるわけがない。
もうこれは本格的に土下座するしか……。
「……そう言えば、貴女の名前を聞いてなかったわね?」
私が土に額を擦り付けようとした途端、幽香が急にふと思いついたように私にそう尋ねてきた。
そう言えば初めて会った時には名乗っていなかった。
「雪……白鷺 雪です」
「そう、綺麗な名前ね」
幽香にそう言われ、どうもと私は小さくお礼を呟く。
しかし、幽香は私のお礼の言葉を無視するように再び私に近寄ってきた。
幽香は私の前に立っていた妹紅の隣を横切り、私に近づく。
幽香に背を向けられた妹紅はというと、私に近づく幽香の横顔を一瞬見て、諦めのため息をついた。
どうやら妹紅は完全に私を見捨て、私と幽香の事に介入する気がないらしい。
まあ、なんか幽香が怒ってるのは全面的に私が悪いっぽいから、別に見捨てず助けて欲しいってわけではないが。
てか、こんな危ない殺気をだだ漏れにしている幽香に、下手に手を出して死なれるのも面倒だ。
妹紅は死にはしないが、私に関係のすることで死なれると胸糞悪いからな……。
それに後で私のせいでという文句を言われるのも困る……。
「ねぇ、雪?」
幽香はわたしに近づき、殺気をいまだ隠さずに私の名前を呼び微笑んだ。
そして先ほどのように私の肩に手を置き、口を開いた。
二人でーー、お話ししましょうか?
幽香は無害そうな微笑みを浮かべ、そう言った。




