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東方屍姫伝  作者: 芥
三章 その少女は幻想へと歩む
17/72

乙女

私が妖怪の山から立ち去って数百年ほどが経った。


正確にはわからないが多分それくらいだったはずだ。

風の噂で東の国に幕府が開いたやら、征夷大将軍になった武士が政治を行ってるとかの話を色々な村で聞くので、前世の知識で考えれば確か鎌倉時代あたりだった気がする。

私の前世と違う歴史を辿っているかもしれないし、私自身の記憶もあやふやなので確かな事では無いが、私が既に数百年ほど生きている存在ということは体感的には間違いない。


妖怪の山を立ち去って数百年ほど……。

その間に私は様々な困難を乗り越えてきた。


ある時は自分の中の怨霊の声に怯え。

ある時は野良妖怪どもに襲われ。

ある時は元同族であった人間に怯えられ。

ある時は陰陽師であろう輩に追われたりした。

しかし、怯え襲われ逃隠れの生活が長いこと続いたからなのか、私はなんかメンタルが強くなった。


自分の中の怨霊の声もなんか一種の虫の声だと思えば我慢できる。

むしろ数百年も一人でいて、そうした声を聞き続けていればなんか慣れてしまった。


野良妖怪どもも妖怪成り立ての昔の自分と違い案外簡単に殺せるので問題無い。

むしろ今では食料に困った時に非常食として殺して食べているほどだ。

ちなみにあんまり美味しくない。


人間に関してはもう勝手に怯えてろと言う感じで、ほぼ我関せずと決めている。

陰陽師はある程度、力の差を見せつけて追い返していた。



結論。

私はこの数百年ほどで、たくましくなった。

妖怪成り立ての頃の自分はピーピー喚いて、昔の自分では耐えられなかった事が今では案外しっかりと受け入れている。

流石に怨霊らの声はまだ怖いと思う事はあるが、昔ほどの恐怖はない。


なんというか昔に比べ、いまの私は心が穏やかだ。

既に前世も含め人間として生きてきた時間より、妖怪になって生きてきた時間が長いからかもしれないが、今の私は「人間じゃないんだ」という様な絶望的な思考より、「あー長生きするって暇だなー、今日は何しよー」くらいにしか考えていない。


むしろ毎日暇すぎて堪らない。

この数百年ほどでありとあらゆる事に寛大になったからか、本当に暇だ。

最近では数日前に出会った琵琶法師っぽい人に琴を教えてもらって、それの練習に費やしている事が多い。

最近ではこれが日課となっている。


しかし、その前の自分は本当に暇人であった。

一日中寝そべって空を眺めたり、道端に落ちてる枝を拾って何となく刀を振るう様に素振りをしたり、川辺で座り石をどれほど沢山積み上げれるかなどをして過ごしていた。

前世と違い、この時代には娯楽というものが全くなく、一人でずっと宛てのない旅をしているので決まってする事がない。



そう、する事がないーー



数百年ほど前、私が最愛の茜を生き返そうと意味の無い殺しをし続けていて、妖怪の山で鬼子母神と呼ばれる鬼の千樹 斬乂に挑み、そして敗れた。

そして、少しの間だがペットとして飼われていた。


それでその後も斬乂を殺そうとしたが、再び敗れ、私は茜を生き返らせる事が無理だと悟らされた。

いや、本当は最初から無理だとは何となくで思っていた。

しかし当時の私はそれどころでは無いほど精神的に弱っていた。

だからだろうか、斬乂に自分の存在が認められ嬉しくて、去り際に"あんな事"を言ってしまったのは……。


あの時、ずっと一緒にいてやると言われ、ずっと一人だった自分に差し伸べられた手は神々しく見えた。

数百年経った今でも斬乂には感謝してるし、今すぐにでも会いに行ってお礼を言いたいくらいだ。

しかし、しかしだ……



実は私、白鷺 雪は妖怪の山から立ち去って数百年の間、一度も妖怪の山に立ち寄るどころか斬乂に会いに行っていない。



いつかまた会おう、と言って山を飛び出し数百年。

私は一度も妖怪の山にどころか斬乂の元に行ってはいないのだ。

会いに行っていない理由は決して、迷子になって妖怪の山にたどり着けない、というものでは無い。

むしろ、何回か妖怪の山の近くに立ち寄り、斬乂の元に行こうとした。


なら、何故いかない? と聞かれれば私的に理由があるからだ……。


斬乂と別れた最初の数年ほどは心をドキドキさせながら、斬乂の元に戻ったら何をしようか、結婚式とかは挙げるのだろうか、夜はどんなすごい事をするのだろうかと一人悶々としていた。

もちろん毎日がウキウキだったと言う訳でなく、自分の中の怨霊の声や茜の事にも悩んでいた。

しかし、自分の心の内が以前と変わったからか、斬乂に肯定されたからか、また両方なのかはわからないが怨霊の声は兎も角、茜の事には案外簡単に答えは出た。

自分は死ぬ事が無いのだから前に進むしか無い、と考えて茜の事には踏ん切りはつけた。

そしてケジメとして今まで操っていた茜の死体を燃やした。

その燃え尽きた灰は骨壷に入れ、いつかちゃんとした所に埋めて供養したいため、今でも影に入れ持ち歩いている。

ケジメをつけたおかげか、茜への執着心が完全とは言えないがなくなった。


そして、同時に冷静になった。


茜の死を受け入れ心の重荷が無くなったからなのか、私の思考は普通になった。

そう、以前の弱っていた私と違い思考がクリアになった……。

そして思った。



"あれ"はないわぁ……



もちろん"あれ"とは斬乂との去り際にいった告白紛いのものだ。

いや、ほぼ告白で生涯を共に過ごそうというプロポーズだ。

むしろ夫婦になるなら……と言っていたので確実にプロポーズだ。


私は全てを受け入れる事で冷静になった。

あの頃の自分はどうにかしていた。

存在を受け入れられ優しくされたからなのか、斬乂の優しい言葉にコロッと心を奪われ、完全に乙女になっていた。

ちょーと優しくされただけで私は斬乂の事が魅力的に見え、雌になっていた。

この人になら何をされてもいい、むしろナニかされたいとまでも思っていた。


しかし、よく考えてみろ。

相手は同性で、変態だ。

嬉々として私に首輪をかけ全裸に脱がせる変態だ。

そんな所に嫁いでみろ。

確実に毎晩どころか昼間も変態の魔の手が伸びていただろう。


本当にあの頃、斬乂の元から飛び出していてよかった。

去り際の私がもし斬乂に留められ、あの斬乂の元に留まっていたらと考えたら今でもゾッとする。

絶対にあの頃の斬乂の事に惚れていた私ならば、悦んで斬乂に股を開き好き勝手にヤられていただろう。

むしろ現在進行形でヤられて完璧に斬乂に私は骨抜きにされていただろう。


冷静に物事を考えられた私はホッとしていた。

しかし、逆に恐怖に覚えた。

今、妖怪の山に戻り斬乂の元に行ったらナニをされるのだろうか……、そう考えると身体に寒気を感じた。


あの頃の勘違いだとは言え、私は戻ったら結婚をしようと言い飛び出した。

そして戻ってきたら借りは身体で返すような事も言っていた。


曰く、鬼は嘘は嫌いらしい。

だからか、私はやばいと思った。

求婚の方は冷静に考えればない、と言えば心の優しい斬乂はなかったことにしてくれるかもしれない。

しかし、身体で払う方は何ともならない……。


身体では払えないと言って、斬乂に駄々を捏ねられたら私は何も言えない。

一様、斬乂には借りがある。

それも私の人生を左右する程の大きな借りだ。

斬乂に会っていない、または斬乂を殺していたら、今の私はいないだろう。

今もまだひたすら目を曇らせたまま、妖怪を殺し続けるだけの存在になっていただろう。

故に私は斬乂の誘いには出来るだけ断りたくないし、断れない。

なぜならデカイ借りがあるからだ。

斬乂に約束したのにー、と駄々を捏ねられたら私は借りを返すだろう、身体で。

私は斬乂には感謝しているのだ。


求められたらおそらく断れないだろう。

だからか、私は斬乂の元に行くか悩んでいたらあっという間に百年ほどの月日がたった。

そしていつの日か思った。



迷子になって妖怪の山にはたどり着けなかった事にしよう、と。



もちろん斬乂の事が嫌いなわけではない。

強いて言うなら唯一の友だ。

この数百年間の否定され続けた中での唯一の理解者とも言っていい。

そんな大事な人には申し訳ないがしばらく会いに行くのはよしておく。

絶対に今、斬乂の元に行ったら結婚はまだしも性的に食われるのは間違いない。


もう一度言うが斬乂は私の数少ない理解者なのだ。

そういう相手とはちゃんとした付き合いをしていきたい。

おそらく、私が斬乂に性的に抱かれたりしたら間違いなく私は斬乂の前で再び乙女になるだろう。

あの弱っていた頃の自分の事を思い出して、やはり斬乂の事が好きだと勘違いし、その後も嬉々として身をまかせるだろう。

そして斬乂にならナニをされてもいいとか言い出してしまうかもしれない。

それに私はメンタルが強くなったと言ってもこの数百年間は一人だったのだ。

今の状態で斬乂に抱かれ人肌の温もりの良さを知ってしまったら、病みつきになるかもしれない。


それらを防ぎたいが為に斬乂とはしばらくは距離を置いとおきたい。

つまり時を過ぎさせ、約束をあやふやにするのだ。


そして少し経った後に会いに行って、あの頃の私は若かったのだと言うのだ。

たぶん無理かもしれないが、昔の事だと斬乂はなかったかもしれない。

無理だった場合は諦め、大人しく抱かれるが……。



まあ、とりあえず斬乂とはしばらく会うつもりはない。

約束は申し訳ないが私的にはちゃんとした付き合いがしたいのだ。

伴侶ではなく友として斬乂と過ごしたいのだ。

絶対に今、斬乂に会いに行ったら肌を重ねてしまうし、私がそれに病みつきになってしまうかもしれない。

故に斬乂とはしばらく距離を置いて、約束があやふやになるか、斬乂に抱かれても堕ちない様な精神の強さになるまでは会いに行くつもりはない。


感謝はしてるし礼はしたい。

しかし身体で払うのは無しで、どうしてもという場合でも最低で一度きりに私はしたいのだ。

だから、私は……



「おーい、雪。なに惚けてるんだ?」



私が昔の事を思い出していると目の前にいる女が声をかけてきた。


私は今、日が落ちとある暗い夜の森の中で焚き火を前にして、ある一人の少女と向かい合って座っている。


その少女は赤眼で私と似たような長さの白い髪を持つ。

髪には大きな赤いリボンをつけており、髪色と長さが同じせいかそれが無ければ私と見間違えるほど背姿が似ている。



そんな彼女の名は藤原妹紅。

そして私と同じ死ねない存在。




彼女とは一年ほど前、妖怪の多く出る森の中で出会い、殺しあった仲だ。

いな、殺しあったというより私が一方的に殺した。


妹紅曰く、彼女はその頃は妖怪退治を生業としていたらしい。

そして妖怪である私を見つけて殺しにかかってきた。

もちろん私は返り討ちにした。

何となく人ではないとわかったので容赦無く首を刎ね、心臓を抜き取った。


しかし、彼女は死なずに私と同じ様に再生した。

私とは違い身体に炎を灯し再生していたが、彼女は私と同じ様に傷一つなく見事復活した。


それで妹紅が復活した後は一日中殺し合った。

殺しても殺しても決着はつかなかった。

私も油断して一、二度ほど殺られたが直ぐに再生した。

互いに不死性を持つからか終わりが見えない。

それで殺し殺されている内に互いに全力を出し合い、力尽きた。

そして体力が回復しだい再開するつもりだった。


しかし、その後は急展開だった。

疲れた身体を横にしながら、互いに話し合ったら以外と意気投合。

互いに元人間で、不老不死。

力を持たない最初の頃は妖怪に殺されまくり、白い髪のせいで人間から疎割れる存在へ。

ありとあらゆる面で私達は共通点を見出した。

最後にはガッチリと握手をして、互いに苦労したなと涙を流したほどだ。

そしてそのままなんやかんやで妹紅と一緒に放浪の旅を続けたと言うわけだーー。



「別に、ただ昔を思い出していただけだ」


「あぁ、人間だったころのか。よくあるよなぁ、私も時々思い出しちゃうもんな」


妹紅は感傷に浸りながら首を縦に振り、私の言葉に同意する。

私はと言うと別に人間の頃を思い出していたのではないが、口に出して否定する事でもないので口には出さない。

しかし、昔の事をふと思ったからか私は妹紅の方を向き、別のことを聞く。



「なぁ、妹紅。女同士の恋愛ってどう思う?」



私がそう聞くと、妹紅は自分の身を守る様に抱きしめ私から距離をとった。


「お、お前……私の事そういう目で見てたのかよ……」


「………………っば、ばか!? だ、誰がお前をそんな目で見る!」


私は最初に言ったことに気付いて、そう怒鳴る。

確かに私は初恋はあかねだ。

しかし、私はレズではない。

斬乂に惚れかけた事もあるが、アレはただ私が傷心で乙女だったってだけで、一種の吊り橋効果でしかない。

今の私は冷静なのだ。

いまでは斬乂の事もその様には見てはいない。


いや、たまに人肌寂しく思えば斬乂になら……と考えてしまうことがほんの少しある。

それで本当に、しかしでイフでもしもで外伝でも私が斬乂に今でも乙女なのなら……、と考えれば中々斬乂に会いに行けない。

私は斬乂とは良き友人としていきたいのだ。

決して恋人とかそんなのにはなりたくないのだ。


だから、ここらで一つ同性愛は気持ち悪いという事を妹紅に言ってもらってハッキリさせなければ。

でないと私はいつになっても斬乂に会いに行けない。


「ただ若い頃に同性にそう言う感情を持っていたってだけだ。もちろん今は微塵も思っていないがな」


私がそう言うと妹紅は納得したのかほっと一息つき、私の問いに唸りながら考える。

そして妹紅は何かを思いついたのか口を開いた。


「まあ、別にいいんじゃないか。自分の人生だ」


「意外に投げやりな答えだな」


「どんな言葉を期待してたんだよ……」


期待していた事とは違う事を言われたので正直に言ったら、妹紅にため息をつかれた。


確かに一様はちゃんとした答えだった。

しかし、私的にはそう言う事を求めていたのではない。

では、どういうことかと聞かれると……


「んー……、ありとあらゆる罵詈雑言を散々言われ、最後にはゴミを見る様な目で唾を吐きかけるくらいの否定が欲しかったな」


「うわ……きもっ。それは同性ってよりもドン引きだわ……」


私が思った事を答えると、妹紅がゴミを見る様な目で見てきた。


……うん、よく考えると今のは言い過ぎだ。

まるでさっきの私の台詞では私がドMの変態みたいではないか。


「……違うぞ妹紅。今のはただ単に私の考えは可笑しいと言う事を否定して欲しいだけで、けっして私は言葉攻めで悦ぶ変態ではないんだ」


「あ、あぁ、そうだよな。世の中いろんな人がいるんだ。そう言う性癖だって受け入れてくれる人は……居るさ……」


私がそう言うも、妹紅の私を見る目と口は全く信じていてくれていなかった。

いや信じてくれよ、もこさんや……。




その後、小一時間程かけて妹紅の誤解を解いたーー



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