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東方屍姫伝  作者: 芥
二章 その骸は魂を狩り続ける
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骸ノ上

半世紀前ほどーー


彼女は、白鷺 雪は一人であった。

その頃は能力も無く、死んだ友の仇を討とうとも力が無く毎日毎日死よりも辛い目にあっていた。


ある時は頭を潰され。

ある時は四肢をもがれ。

ある時は腹を引き裂かれた。


だが、その度に損傷した場所は新しく生え、肉の塊になってでもグジョグジョと時間はかかるが再生した。

しかし、何時しか彼女は思った。


もう嫌だ死にたくない。


彼女は死なない。

しかし、それと等しい事が彼女は毎日の様に起きていた。



最初の方は何にも力が無いのに仇だと言いながら妖怪に立ち向かった。

しかし、殺された。


次第に彼女は自分の無力さを知り、友の仇を討つことを諦め、近くの集落を訪れた。

しかし、雪の髪色と白骨化した右腕を見られ、妖怪だと言われ石を投げられ、鉈を振り下ろされた。

そして、殺された。


彼女の居場所は何処にもない。

人の居る場所では妖怪である自分は否定されるので人気の無い場所で生きる様になった。

しかし、人気のない場所では別の妖怪に出会った。

そして、殺された。



『もう嫌だ……死にたい……』



死にたくないのに何度も死に。

死にたいのに死ねない。

そんな矛盾に雪は涙を流しながら何度も何度もそう呟く。


仇を取れない自分を呪い。

幸せそうに暮らす人を羨み。

己を殺す残酷な妖怪に怯え。

全てを呪い、彼女は恐怖に涙を流し夜を過ごした。


もう彼女は折れていた。

死にたくても死ねず、弱く力の無い己を呪った。



しかし、そんな時。

彼女が雪を抱きしめてくれた。



今までどんな目に遭っても、ありとあらゆる手で守った彼女の死体。

籠に入れ持ち運んで過ごし、数十年経っても腐らなかった冷たいままの彼女の死体は雪を抱きしめた。


突然と動いた茜の死体には雪は驚かなかった。

代わりに嬉しかった。

否定され続けた数十年で、一人だった少女を抱きしめてくれたのが彼女だったからだ。


雪は泣いた。

泣いて冷たいままの彼女を抱きしめた。

背中を撫でてくれる虚ろな目の彼女に抱きつきながら大声で泣いた。


そして泣いて泣いて泣き続ける中に"彼女"は雪に声をかけてきた。




「君、彼女を生き返らせたくはない哉?」




彼女と抱き合い、感動の涙を流していると雪でも冷たい彼女でも無い声が聞こえた。

雪は目に涙を浮かべながら周りを見る。


それは冷たい彼女の後ろに立っていた。


"彼女"は狐の面を被り、顔を見せない様にしている男物の着流しを着た黒髪の女であった。

そんな"彼女"は冷たい彼女の後ろに立ち尽くしていた。


雪はその突然に現れた女を見ると、冷たい彼女を守る様に抱きしめた。

そしてお前は誰だと尋ねた。



「ボク? ボクは神様さ。誰からも報われない君に予言を授けようと現れたんだ」



雪は思った。

胡散臭そうな奴だ。

しかし、彼女を生き返らせたくは無いかという女の言葉も無視できないため、敢えて何も言わない。

そしてその女は予言だ、と言い口を開いた。



「君は直に彼女を生き返らせる能力を得るだろう。 そして、いずれその能力で彼女を生き返らせるだろう」



雪は目を見開いた。

能力……、大抵の妖怪が持っている特殊能力。

昔に挑んだ知性のある妖怪が言っていた。

なんの能力も持たぬガキには私はやられんよ、と。

それは唯の見下し文句かと思っていたが。


雪はそう言われると、曇った瞳に僅かな光を宿す。

そしてその時、何かが頭の中を横切った。



【魂を狩り盗る程度の能力】ーー



妖怪となって雪は初めて自分の力を確信したのがこの頃だった。

そしてここまで来るのに約半世紀。



「さぁ……力も手に入った」



女は仮面の中から雪を見て、そう言う。

雪は冷たい彼女を抱きしめながら、顔の見えない仮面の向こうの彼女の目を見る。

謎の高揚感があった。

雪はもしかしたら、と思いながら彼女を抱きしめる。


確かに能力と思われるものをこの時自分は持ったと思った。

この女が言った通り、自分にも能力が……。

この女の言う事が本当なら冷たい彼女は……。

そう思いながら彼女は力強く冷たい彼女を抱きしめる。




「では黄泉返らせよう、再び愛しき彼女と共に過ごすために」




女はそう言った。

雪はその言葉が酷く神々しく見えた。




そして彼女は、白鷺 雪はこの日から。

魂を狩り続ける憐れな骸と成り下がったーー





❇︎❇︎❇︎




「ば、馬鹿な……」


雪は目の前の光景を見てそう呟く。

転がる骸。

その道はまるで三途への道なりの様に白骨と化した骸で埋め尽くされたいた。

人間であったとは思えない様にバラバラになり、白骨の頭が転がりどこの部位であるかはわからない骨がそこら中に転がる。

そしてその中心にいる人物を見て、雪は呆然とする。


そこにいるのは赤髪で二本角の少女、千樹 斬乂。

雪がつけた腹の傷以外は無傷で、無数に転がるばらばらとなった骸の上に立ち自分を見つめる彼女。


ものの数分で終わった。

豪腕な拳を振るい、襲い掛かる百の骸を薙ぎ払った。

決して雪の召喚した骸が弱かったわけでは無い。

一つ一つは中妖怪と同等に渡り歩ける程の屍らだった。

数十年分の雪の怨み辛みを込め、自分の中に宿る怨念らを召喚したものだ。

なのに、なのに彼女はそれを無傷で打ちのめした。

雪はその光景を見て、自分は勝てるのかと思ってしまった。



「雪ちゃん、今のが貴女の中に巣食う怨霊なんですか?」



立ち尽くす斬乂がそう言う。


何故、わかった。

雪はそう思った。

今のは能力が、いな能力が宿る前から聞こえてきた自分の心の中のモノを外に出したものだった。

日に日に酷くなるあの呪いの唄を表に出したものだった。


なのに、なぜこの鬼神は……。

雪はそう思いながら彼女を睨みつけた。

しかし斬乂はその睨みも気にせず、雪に声をかける。


「私にも聞こえました……骸に触れるたびに頭の中に声が聞こえてきました。憎い辛い殺してやりたいと……頭に声が響いてきました」


「……だから……どうした」


「雪ちゃんは……あんな声を毎日聞いているんですか?」


「うるさいっ! お前には関係無い!」


雪はそう言いながら斬乂に向かい走りだし、拳を振るう。

昨日と同じ様に背中から生える骨の手も握りながら斬乂めがけて拳を振るう。


斬乂は雪が殴りかかってくると雪の後ろに回り込み、高く上げた足を振り下ろして背中から生える骨の手を全て圧し折る。

雪は背中に回られ十数の骨の手が折られても気にせず、斬乂の顔に拳を打ち込もうとする。

しかし斬乂は雪の腕を掴み、拳を打ち込まれる前に防いだ。


雪は掴まれた腕を振り払おうとする。

だが力強くその腕は握られており、振り払う事ができない。

雪が必死に抵抗する中、斬乂は雪の方を見つめ口を開く。


「雪ちゃん、貴女はあの声を今も聞き続けているのですか?」


斬乂に問われ、イラつく雪。

そして怒鳴りつける。


「あぁ、聞こえるさっ!? 寝る時も起きてる時もいつもいつも聞き続けてるさ! 正直、頭がおかしくなりそうだっ!」


怒鳴りながらも斬乂の手を振り払おうと、掴まれていない方の腕を使い引っぺがそうとする雪。

しかしいつになっても離れず放されずでイラつく雪。

怒鳴りつける口は止まらない。


「だから、だからっ! だから私には茜が必要なんだっ! 茜に抱きしめて貰えばそうした声も聞こえなくなるほど落ち着くんだ! だけど、お前にわかるか! 冷たい茜に抱きしめられる虚しさを! 落ち着くんだけど辛いんだ! 彼女はもう居ないってわかって……彼女はもう死んでるんだって……。だから、私は……」


「えぇ、だから貴女には彼女が必要なんですよね、寂しい心を埋めるために」


雪は斬乂にそう言われると、膝をつき手で顔を覆う。

斬乂は雪にもう抵抗する力が無いとわかると、雪の腕を放し涙を流す彼女を見下ろす。


「わかるかぁ……頭の中で響く声が……。私が殺してきた妖怪の声が聞こえるんだよぉ……。私を恨む様に死ねとか消えろとかよぉ……。だけど、茜に抱きつかれると安心してさぁ……そんな声が気にならなくなるんだよぉ……。けど冷たくて……寂しくて……」


「わかってます、雪ちゃんは一人で寂しかったんですよね。そして茜ちゃんを生き返らせる事を希望に、心の呪怨に耐えてきたんですよね」


斬乂が雪の頭を撫でて言うと、雪は鼻をすすりながら首を縦にふる。

その光景はまるで泣きじゃくる子供が母親に慰められる様に。


「けど、雪ちゃん。どうしても貴女の力では茜ちゃんを生き返らせることは出来ないんですよ」


「そんなことない……できるんだぁ……。だって……だって神様がいったんだ……私になら出来るって……」


斬乂は雪の言う神様に首をかしげるが、気にせず雪の頭を撫でる。


「でもね、雪ちゃん。人は生き返らないのですよ……」


斬乂が言うと雪はわかってる、と泣きじゃくりながら言う。


「けどさぁ、寂しいんだ……。茜がいないと私は一人なんだよぉ……」


泣きじゃくる雪を見て、斬乂は思う。

あぁ、この子は本当に弱い子だ。

斬乂はそう思いながら雪の頭を撫でる。


身体は震え、弱々しく自分の顔を覆う彼女は心身ともにでも直ぐにでも折れてしまいそうだ。

そんな様子を見て斬乂は思った。

私が、この子を守らなければと。



「ならこれからは大丈夫です、私が貴女と一緒にいます」



斬乂はそう言って雪の震える身体を抱きしめる。

抱きしめられた雪は視線を上げ、弱々しい目つきで斬乂の目を見た。


「雪ちゃんが辛いと思ったら私が隣にいてあげます。寂しいと思ったら抱きしめてあげます。だから、安心してください。貴女は……雪ちゃんはもう一人じゃありません」


斬乂は弱々しく視線を向ける雪に向けそう言った。

雪はそう言われると涙をさらに流して、斬乂の胸に顔を埋め首を縦に振る。

そして雪は言う。


ありがとう、と。


泣きじゃくり掠れた声だったが確かにそう言った。

その答えを聞いて斬乂は満足したのかにこりと笑い、雪の頭を優しく撫でた。

斬乂は思った。


この子とずっと一緒にいよう、と。


そう思いながら雪の頭を何度も撫でた。

彼女の存在を肯定する様に。




彼女らは散らばる骸の上で抱きしめ合ったー




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