困惑
「まあ、取り敢えず雪ニャンは私の家で飼うことに決めました〜」
斬乂はヘラヘラと笑いながら目の前で不機嫌そうに座る天魔……夜鴉 黒羽に向かってそう言う。
斬乂の膝には先ほどまで泣きベソをかいていた少女の雪の頭を乗せ、膝枕の上で雪は泣き疲れたのかスヤスヤと寝ている。
そして斬乂の座る後ろには目を閉じて横になっている茜が寝転がっている。
しかし、茜は寝ているのではなく死んでいるだけ、動かしていた雪が寝ていたので彼女も動くことができなく、斬乂の配慮でぶっ倒れた茜を綺麗に横に寝かしたのだ。
「取り敢えずってなによ……。私は今回の件でその女を引き取りに来たのよ」
黒羽は呆れながら言う。
雪の身柄をどうするかについて話し合っている間に突然、斬乂が雪を抱きかかえ逃げ去ってしまった。
なので連れられた雪を連れ戻そうと、こうして妖怪の山の長である天魔が直々に鬼神である斬乂の屋敷にやってきたのだ。
しかし、連れ戻そうとやって来たのは良いが、肝心の少女は斬乂の膝の上で寝ていたのだ。
しかも、血だらけの白装束ではなくピンク色の和服を着て、首輪をつけられた状態でだ。
そしてとりあえず腰を下ろして話そうと斬乂に言われ、斬乂の正面に構え座っているわけだ。
「だから私はそいつを連れて帰るわ。うちの部下どもも良い様にされてカンカンよ」
黒羽はそう言いながら立ち上がる。
そして雪の腕を掴もうとしたが、雪に触れる前に斬乂に腕を掴まれ止められる。
「いやー、待ってくださいよ黒羽ちゃん。雪ニャンを連れてってどうするつもりなんですか?」
「決まってるじゃ無い? 死ぬほど後悔させて、殺すのよ?」
黒羽がそう言うと斬乂が二ヘラと笑う。
「いやー、黒羽ちゃんも知ってるじゃ無いですか。雪ニャンはどうやら死ねない体質、つまり不死身らしいですよ。それをどう殺すというのですかー?」
斬乂がそう言うと黒羽は言葉を詰まらせる。
確かにそうだ。
黒羽は思い出す。
自分が首を断頭しても死ぬどころか、首だけで話す彼女の姿を。
普通の妖怪でも首を斬られれば普通は死ぬ。
なのに首を斬られても死なない彼女は妖怪の中でもかなりの異質だ。
首を斬っても駄目ならどう殺せば良いのか黒羽にはわからなかった。
「う……そ、それならひたすら……死にたくても死ねないほどの目に合わせて……」
「雪ニャンが大人しく良い様にやられると思うんですかー? 雪ニャンは背中から手を生やす様なビックリ技や殺した相手の能力を奪って使う様な妖怪なんですよ? 私なら腕を縛られ様が拷問中だろうがぶっ殺して逃げますねー」
黒羽はそれを聞いてさらに言葉を詰まらせる。
その能力は先ほど説明されたが本当にとんでもない能力だ。
ほとんどの妖怪が一つか二つしか持たない能力を雪は幾つも持っていると言って良い。
そして種族柄の固有能力なのかありえない不死性までも持つ。
下手に雪を刺激してさらなる悲劇を呼ぶのはまずい。
「なら……どう落とし前をつければ良いのよ。私も不意打ちとは言え殺られかけたのよ。このまま野放しにしておけば……」
「ふふっ、それは心配無用なのでーす」
斬乂は不安そうに言う黒羽に向かってVサインをする。
その様子を見て黒羽は、なにが心配無用なのかと怒鳴り散らしたくなった。
しかし斬乂とは長い付き合いだ。
怒鳴り散らしてもどうもならないことはわかっているのでそれは無駄な行動だと悟る。
そして落ち着いて斬乂に問いかける。
「なにが心配無用なのよ?」
「私が雪ニャンの側にずーと居ます!」
斬乂は膨らんだ胸をさらに強調させ、自信満々に胸を張る。
その様子を見て、黒羽はため息をつく。
確かに鬼神であり、雪を打ち負かせた斬乂の側に雪がずっといるのなら安心だ。
もう暴れる必要はないし、暴れるものなら斬乂がすぐに取り抑えれば良い。
しかし、黒羽ら天狗側は雪に大人しくいることを望んでいるわけではない。
何らかの罪を彼女に与え、天狗らの今回の鬱憤を晴らさなければいけないのだ。
それに今回は大勢の死者が出た。
何のお咎めも無しだとそうした彼らが報われない。
だから黒羽は雪の身柄を天狗側が引き取り、何らかの裁きを与えなければいけないのだ。
それが天狗らの長として、妖怪の山の長としての天魔の責任なのだ。
それを倒したからという理由で……そして危険だからという理由で鬼側に彼女の身柄を預けっぱなしというのは色々とマズイ。
確かに雪は危険だ。
だがそれをそのままにして鬼側に預けるのは天狗としての面子に関わる。
これが天狗側に雪の身柄を持ちたい第一の理由と言っても良いだろう。
だから黒羽は鬼である斬乂に雪の身柄を預けたくないのだ。
「あんたの側に置いとくのが一番安心だけど、それじゃあ私の部下は納得しないのよ」
「ふふ、安心してください。きちんと雪ニャンには罰は与えますからー、ぐへへへ……」
斬乂はそう言って下品な笑みを浮かべながら寝ている雪の小さな胸を揉む。
雪は小さく、ん……と呻くだけで起きはしない。
それを良いことに斬乂はニヤニヤと笑いながら、眠る雪の胸を揉み続ける。
その様子を見て、黒羽はため息をつく。
そう言うことを言っているのではないと。
そう思いながら黒羽はふと、視界に斬乂の後ろで横になる存在を見る。
「なら、あんたの後ろに寝てる女を寄越しなさいよ」
黒羽はそう言いながら斬乂の後ろに寝転がる茜に指差す。
そう言われると斬乂は雪の胸を揉む事を止め、あー、と言いながら頭をかく。
「なによ、なんかマズイ?」
「いや、とりあえず何するつもりですか?」
「それはその女の代わりに殺すのよ。それでその女がキレたらあんたが身柄を押さればいい、どう?」
黒羽は数時間前に雪の茜に対する執着心を見て思いつく。
それなら部下の天狗らも、雪の仲間が死んだとなって多少は気がまぎれるだろう。
まあ、本当に気紛れにしかならないが。
しかし、斬乂がそれを聞くと苦笑いをする。
「いやー、この子もう死んでるみたいなんで殺すっていうのは無理ですねー」
「はあ? ならなんで……そいつは屍なんかを大切にしてんのよ」
「あー、それには色々ありまして……」
斬乂は黒羽から目をそらしながら言う。
その様子を黒羽はジト目で、怪しそうなものを見る目で見る。
その視線を受け、斬乂は頰を膨らませる。
「もー、私が勝ったんだから私が好きなようにしてもいいじゃないですかー!!」
「いや、だからそんな簡単な話じゃなくて、私達にも面子というものが……」
「めんつめんつ言うなら私が黒羽ちゃんのめんつぶっ壊しちゃいますよーっ!」
「ちょっ!? あんた何する気なのよ!!」
「何って黒羽ちゃんとナニしたはなフガっ……」
「ああああぁっ、あんた!? そ、それは事故だから忘れるって!!」
斬乂はニヤニヤ笑いながら黒羽の秘密を話そうとすると、黒羽が顔を真っ赤にして斬乂の口を両手で塞ぐ。
しかし、斬乂は止める気がないのか黒羽の塞ぐ手を退ける。
「えー、でも黒羽ちゃんもノリノリでしたよねー」
「ち、違うわっ!? そ、そんなのな、何かの間違いよ!! あれはお酒の勢い……で……」
黒羽は斬乂に怒鳴っていうが、斬乂の言う黒歴史の内容を思い出して顔をゆでだこのようにし斬乂から目をそらす。
「なら言っても問題ないですねー。部下の天狗達に黒羽ちゃんは中々、可愛い反応するって……」
「あぁー、わかったわよっ! だから、それ以上言うな!?」
黒羽はそう言いながら帰ろうと立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
これ以上言われると恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだ。
それに流石にこんなことを周りに知られれば、もう外にはいけないしお嫁にもいけない。
そうなったらマジでマズイ。
売れ残り品は本当に勘弁したい、と黒羽は思いながら恥ずかしさのあまり未だに顔を真っ赤にしながら部屋を出ようとする。
しかし、黒羽は次の言葉を聞くと立ち止まり、勢いよく斬乂にかけより肩を揺さぶった。
「えー? 黒羽ちゃんが女の悦びを知って、毎晩一人で……」
「ああああっ、あんた見てたの!? い、いいいいいつからよっ!?」
「え、これは冗談で言ったつもりですが……」
ヘラヘラと笑って話していた斬乂が突然、真顔になり首を傾げる。
そして黒羽は斬乂の胸元を勢いよく掴み睨みつける。
「……あんたマジ殺すわ」
「あー、えーと。なんかごめんなさい……」
「謝らないでよっ!? 余計惨めになるでしょうっ!!」
「あー、うるさいなー。静かに眠れやし……げ、彼氏なし子イコール年齢」
黒羽が勢いよく斬乂の肩を揺らしたからか、その揺れた振動が膝枕で寝ていた雪に伝わり起きてしまった。
そして起きた雪は嫌なものを見たように顔を歪め、失礼なことを言う。
「だ、誰が彼氏なし子イコール年齢よ!?あんただって同じもんでしょ! 性格悪そうだし!!」
「ふっ、残念ながらもう結婚してるさ」
雪は腕を組みながら偉そうに言う。
もちろん雪の結婚した相手とは茜であるが、今は死んでるし女なので結婚と言っていいか微妙なとこだ。
しかし嘘ではない、一様同意はして結婚した。
一方、黒羽は膝をついて頭をうなだれる。
「う、嘘よ……こんな性格悪そうな奴に結婚できてなんで私には……」
「黒羽ちゃん、私がいますよー。ほら、可愛い斬乂ちゃんは黒羽ちゃんの事、何時でも受け入れてあげますよー」
「……ぐすん、もう帰る」
黒羽は斬乂が言う意味のわからないことを無視して、ゆっくりと立ち上がり部屋から出て行こうとする。
しかし、何かを思い出したかのように振り返り、斬乂に言い放つ。
「斬乂ぇ……、絶対その女に生まれてきたことを後悔させなさいよ……。もうこの際、エロい事でもなんでもいいから……じゃ」
黒羽はそう一言言い放ち、部屋から出て戸を閉めた。
彼女は去り際に見事、爆弾を落としていった。
雪はその言葉を言い放たれた途端、斬乂の後ろで横になる茜を掴み、自分の影に入って脱兎の如く逃げようとする。
しかし、斬乂が見えない速さで雪の首根っこを掴んだ。
「もー、逃げる必要ないじゃないですかー。流石に生まれた事を後悔させるつもりはないですよー。むしろ女として生まれた悦びに気づかせてあげまーす」
「……な、何する気だ」
「それは……まあ、夜のお楽しみですね」
斬乂がそう言うと雪は無言で再び逃げようとする。
しかし同じく首根っこを掴まれ、また捕まってしまった。
❇︎❇︎❇︎
「くっ……放せこの鬼っ! 私をどこに連れてくんだ!」
広く、長く続く廊下。
そこは斬乂の屋敷の廊下である。
廊下から見える外の景色は既に暗い。
なので歩いている廊下も暗く、唯一ある灯りは月の光のみで廊下の先がほとんど見えないでいる。
そんな中、斬乂は雪の腕を無理やり引っ張り、雪を連れて長い廊下を歩いている。
雪は足掻きとして連れて行かれないよう床に足を踏ん張るが、斬乂の歩が止まることはなく引きずられるようにどこかへと連れて行かれる。
「むふふふー、今から楽しいことするので黙ってついてこればいいんですよー」
「余計に心配だわっ!?」
雪はそう言いながらも未だに足掻きを続けるが止まることはない。
雪の中の斬乂の性格を考えれば、このまま一式の布団に枕が二つ並べてある部屋に連れてかれても何もおかしくはない。
そうなれば雪は斬乂の馬鹿力により、あれよあれよと脱がされ徹夜コースだ。
それだけは避けなければ、雪はそう思いながら無駄な足掻きを続ける。
しかし、斬乂の歩は急に止まり、ある部屋の前で立ち止まる。
そして思う。
さらば私の貞操。
ごめん茜。
私は今から汚れてきます、と。
「ふへへー、今日は雪ニャンがうちに来て初めての夜です、騒ぎますよー」
雪の腕を未だに引っ張り、斬乂は部屋のふすまを開ける。
そして雪は覚悟すると同時に何をされるかわからない未知の恐怖に目を閉じた。
しかし、開いた先からは騒がしい声。
飲んで騒いで騒ぐ声。
雪はそのどんちゃん騒ぎを見ると、目を見開き呆然とする。
部屋は布団の敷かれた寝室ではなく、大部屋で空の酒やら食べカスなどで散らかりまくり。
それでも気にせず、頭から角を生やした輩が飲み続ける。
その部屋には、男女関係なく大量の鬼がどんちゃんと騒いでいた。
「おっ、かあーさんきたぞーっ!」
「席あけなっ!」
「それが噂のペットかい大将っ!」
斬乂が部屋の中に入る。
すると一人、また一人と飲んでいる鬼らが斬乂の存在に気付き、さらに場は盛り上がる。
そんな中を斬乂は突き進み、鬼らが斬乂のためにあけた場所に座る。
雪も斬乂に連れられ、周りを見回しながら座る。
「……お前、本当に鬼の頭なんだな」
「そうですよー。まあ、勝手に呼ばれてるだけで私も普通の鬼なんですけどねー」
そう言いながら斬乂は近くに置いてある酒瓶を掴み、盃につがずに酒瓶のままそのまま煽る。
そして一口で飲みきり、その空になった酒瓶勢いよく床に置く。
「鬼は毎日宴会するほどの宴会好きですよ。そしてお酒も戦いも好きです」
斬乂は一目雪を見てから、周囲を見渡す。
雪も今一度部屋の様子をみる。
宴会場は結構な広さで、隣の部屋を区切る襖も宴会の為か外されており、全体的に数百人くらいの鬼が飲んで歌っている。
ガタイのいい鬼、厳つい顔をした鬼に、明らかに十もいかない子供の見た目をした背の低い鬼やらと大小様々な鬼が酒を飲み交わしている。
毎日……、と言うのは言葉の綾だろうが、好きだというのなら結構な頻度で宴会を開いているのだろう。
そしてその場で出される酒やら食事やらは一体どう準備するのか、雪はそう疑問に思いながらため息をつく。
「はっ……変わった奴らだな」
酔狂な奴だと雪は言いながら近くに置いてある酒瓶を見る。
その酒の入った瓶を見る視線は興味深そうなものであり、飲んでもいいのかを悩んでいる。
なにぶん彼女が人間だった頃は十七であり、子供だった。
現代的には飲んではダメだが、妖怪となり永遠の十七歳の見た目となった今、アルコールなどは飲んでいいのかと懸念する。
しかし、隣では自分より少し若い見た目をした斬乂が煽るように飲んでいるので別にいいのか、と疑問に思う。
「なにいってるんですか? 雪ニャンは今日から私の飼い猫なんですよ。もちろん雪ニャンもこうした催しには毎回参加です」
「……マジかよ」
こんな所にいたら何時になっても茜を生き返らせれない、雪はそう思いながら再びため息をつく。
というか本当に自分はペットとしてこの鬼に飼われるのか、という不安もありより一層大きなため息をつく。
早く隙を見つけ出し、逃げなければ……。
雪がそう思いながら斬乂を睨んでいると、誰かが後ろから勢いよく抱きついてきた。
「おー、お前が母さんの飼い始めたペットかー」
「犬か猫かと思ったらまさかの妖怪とは、流石は母さんだ」
頭の左右に二本の角を生やす背の低い鬼と、額の真ん中に一本の角を生やした背の高い鬼がカラカラと笑いながらそう言う。
背の低いの方はヘラヘラ笑いながら後ろから雪に抱きつき、背の高い方の鬼はよっこらせと雪の隣に座る。
雪はいきなり馴れ馴れしくしてきた、背中にくっつく鬼を一瞬殺ろうとしたが隣に鬼神である斬乂がいるのですぐに諦めた。
「あ、私は伊吹 萃香ってんだ。よろしくなペット」
「私は星熊 勇儀だ。よろしくな」
自己紹介をしてきた鬼二人に対し、雪が思うのは馴れ馴れしい。
誰がよろしくするものか、そう思いながら雪は二人から顔を背ける。
「おいおい、無視するなよー。お前の名はなんなんだぁ?」
うりうり、と頬をつつきながら背中に抱きつく萃香。
その態度にさらに雪のイライラは募る。
今すぐ背中から手を生やして心臓をもぎ取りたいほどに。
というかもぎ取ってしまおうか、雪はそう考える。
今なら多少は昼間に使った妖力も回復しているはずだし、次は小手先だけでなく本気でやればあるいは鬼子母神に……勝てなくてもせめて隙を見つけて逃げれば。
「あんた無愛想だねー、とりあえずこれ飲んどきな!」
「がふっ!?」
雪が考え事をしていると隣に座る勇儀が、いきなり雪の口に瓶のまま酒を突っ込む。
その酒瓶は開けたばっかりのものらしく、ほぼ満タンだ。
雪はゴボゴボと口の隙間から、酒を零して煽るように飲まされる。
そしてどんどん雪の目が白くなっていき、顔が赤くなっていく。
雪の記憶はそこで途絶えたーー