森の魔女
都の東に位置する森は王国の民に豊かな恵みをもたらす。
鬱蒼と生い茂る緑深い森の一部は樵の出入りによって整えられ、狩人には年間を通して最高の猟場となり、春秋には多くの実りを約束してくれる。そしてこの森の何よりの恵みが所々に湧き出る泉で、その水は飲むだけで病を退けるとさえ謳われる程に清涼で、多くの民が沸き水を求め森へ入っていた。
けれど人の往来が激しいのは広大な森のほんの一部。道を逸れ一歩踏み込めば昼間も薄暗く、人を拒む迷いの森となるのだ。
その鬱蒼と生い茂る森を迷いなく進む一行があった。
立派な黒馬を操る貴人を十名程の濃紺の制服を着た男達が取り囲み、目的の場所目指してつき進む。月に一度は必ず訪れる森故に慣れた足取りで、目指す場所は森の奥深くに建つあばら屋だ。
薄暗い森を進むと僅かに開けた場所があり、あばら屋を中心に畑が広がっていた。馬達は畑を踏まぬ様その場で留め置かれ、濃紺の制服を着た男達が馬を下りると一斉に辺りを警戒する中、黒馬に乗った男だけが荷物を抱えあばら屋に向かって進んでいく。
貴人はこの国の国王、濃紺の制服を着た男達は王の近衛騎士だ。そしてあばら屋には王が愛し通う娘が一人で住んでいる。否、確かに見た目は娘であるが、その娘は周囲からは魔女と呼ばれる存在だった。
王が森へ通うようになって三年、近衛らはあばら屋の主を垣間見はすれ話はした事がない。魔女の魅力に捕われた王が決して近付く事を許さず、あばら屋に入れば最後、帰宅の時刻が来るまで王も魔女も一歩も外に出て来る事がなかった。
魔女に魅入られ月に一度彼女への貢物を手に森を訪れるものの、他は完璧な王だ。それ故王の戯れに誰も口出しできず三年が過ぎた。狩猟に出た王が偶然にも魔女のあばら屋を発見した日を始めとして三年、近衛らは今日も一日あばら屋に引き籠る王の時間を守り続ける筈だったのだが。
王はあばら屋に入ったかと思うと直ぐ様外へ飛び出して来た。何事かと慌てた近衛に王が声を上げる。
「娘を捜せ、何処かの水場だ!」
王の言葉に隊長以外の誰もが首を傾げる。娘の姿が見えないだけで何故こうも慌てるのか。行き先が水場と解っているのなら余計に気に病む必要があるとは思えない。この森は深すぎて若い娘に害をなす輩も入り込むのは稀だ。
しかし王は自らも馬に跨り奇怪な言葉を残した。
「見つけた際に濡れていなければ直ぐに泉へ放り込め!」
真っ先に馬を蹴ったのは王だった。
愛妾を泉に放り込めとは如何した事かと迷う近衛であったが、その中で隊長である男が王の後を追い、残った者等はばらばらに散らばる。その中に魔女を恨む男がいた。
男の名はセイラム。幼き頃に妹が病の床に伏した時期より魔女を毛嫌いするようになった。
セイラムが死の床についた妹の為に雪深い森へ母と供に入ったのは十年も昔の話だ。寒さに凍えながら魔女の住処を捜したセイラムがそこに辿り着いた時にはすでに日が暮れ、辺り一面闇に包まれていた。
凍死覚悟で真冬の森に入り訪ねて来た二人に魔女は帰れの一言で扉を閉ざした。降りしきる雪の中必死に訴え扉を叩き続けると、根負けした魔女が扉を開き莫大な金銭と引き換えに薬の調合を約束し、明日金子と引き換えに薬を取りに来るよう指示される。
セイラムと母親は一晩森を彷徨いやっとの事で家に辿り着き、母親は金策に親戚知人を頼って走りまわった。そしてセイラムは母親がかき集めて来た金を持って今度は一人で雪深い森に足を踏み入れたのである。
魔女の住処を再び尋ねると魔女の姿はなく、一人の小さな少女が扉を開いた。とても可愛らしい少女だったが漆黒の瞳は涙に濡れ、親の敵のようにセイラムを睨みつけながら薬を押し付けると、セイラムが差し出した金袋を引っ手繰るように手にし、一言も言葉を発する事なく扉を閉めた。
あれから十年。妹は魔女の薬の効果で瞬く間に病を癒やし元気になった。母親も無理が祟り倒れはしたが、セイラムが真冬の森に入り凍りついた泉の氷を割って水を毎日持ち帰り飲ませ続けたお陰か徐々に回復に至った。
妹は元気になった。それは確かに魔女のお蔭だ。しかしセイラムは初めて魔女の住処を訪れて以来魔女を憎み続けている。
あの時何故直ぐに薬をくれなかったのか。早くに父を亡くし親子三人で生活していたセイラムらにとって魔女の提示した薬の対価は途方もない金額だった。確かにすばらしい薬をつくるかもしれない。けれど人としてどうなのか。魔女の薬は高額すぎて大金持ちしか手の出せない金額だ。守銭奴と魔女をなじる度に母と妹はセイラムを窘めるが納得いかなかった。
セイラムはあの時作った借金の為に教師になりたかった夢を捨て騎士の道に入った。従騎士として仕事を始めれば当時十二歳だった少年にも僅かに給金が支払われる。努力に努力を重ね近衛騎士になるまでに成長したセイラムは母と妹の自慢にもなっていた。
そんな自分がなぜ魔女を捜さなければならないのか。王の愛妾が魔女であるのも驚きだが、あの狡猾で守銭奴な女の事、王を誑かし金銭を巻き上げているに違いない。王は訪問の度に魔女への土産を袋いっぱいに持ってやって来るのだ。セイラムが仕える国王に寄生する魔女が更に憎く思えてならなかった。魔女を見つけ次第王の望み通り、恨みを込めて泉に放り込んでやる―――セイラムがそう考えていたちょうどその時、視界の隅に黒い影を見つけ凝視した。
木々の向こうに蠢くのは目的の魔女だった。衣服が風に舞い濡れてはいないようだが、ふらふらとした足取りで目指すのは先にある泉。運が悪いと顔を顰めながら成り行きを見守っていると魔女が足から崩れ落ち地面に倒れた。
「くそっ、面倒だな。」
暫く様子を窺うが魔女はピクリとも動かない。セイラムは仕方なく馬を下りると魔女に歩み寄り膝をついてはっとした。
光沢をもつ漆黒の髪は蛇のようにうねり辺り一面を覆い尽くしていて、硬く閉じた瞼を長い睫毛が縁取り影をつくっていた。顔も唇も青白く額に滲んだ汗がどういうわけだか色香を漂わせている。
やはり魔女はあの時の少女だった。十年ぶりに間近で見た少女は妙齢の女性に変貌を遂げ、目を閉じていても解る美しい女に成長していた。王が御執心になるのも頷ける。
ふと鼻先に鉄臭さを感じ魔女を調べると左手首に深い傷を見つけ、既に血は乾き始めていたが慌ててハンカチを取り出し傷口に押し当てた。
何故こんな真似を?
疑念を抱きながら娘を抱え起こし頬を叩くと、僅かに目を開けたが直ぐに閉じてしまった。ほんの一瞬のぞいた漆黒の瞳は虚空を見据え体も冷たく、大量の血を失っていると推察された。
自業自得だと感じながらも命の危険に焦りを覚える。こんな状態の魔女を湖に放り込むのは恨みを持っていても憚られた。取り合えずあばら屋に戻ろうと魔女を抱えたまま立ち上がると、魔女が瞳を閉じたまま何事か呟く。
「何だ?」
何が言いたいと耳を傾け問うと、魔女は「みず―――」と言いながら力のこもらぬ指を泉の方へと向ける。
相手は魔女、もしかしたら何かあるのかと言われるまま泉に向かえば更に泉の奥を指示され、セイラムは革のブーツのまま泉に足を踏み入れた。すると魔女がセイラムの胸を力なく叩くので、セイラムは水の中に膝を落としゆっくりと魔女を泉に下ろした。
魔女の漆黒の髪が波紋のように水に漂うと、魔女は大きく息を吐いた。そして瞼を持ちあげセイラムを見上げる。
闇よりも漆黒の大きな瞳は切れ長だ。魔女とセイラムは暫くその場で見詰め合っていたが、やがて魔女の方がセイラムから逃れるかにゆっくりと水の深みに後ずさって行った。その時不意に目に入った左手首の傷跡が喪失しているのを目の当たりにする。怪奇な現象に魔女に視線を移すつと、漆黒の瞳がセイラムに向かって真っ直ぐに突き刺さっていた。
魔女を間近で感じたあの日より、セイラムは魔女の漆黒の瞳が忘れられずにいた。寝ても覚めても思い出され、近衛騎士の仕事に差し障りが出ないように何とか堪えてはいたが、おかしな術にでもかかってしまったかと魔女を更に恨んだ。
その年の冬、王が病に倒れる。風邪をこじらせ肺炎を患っており命の危険があった。医師も匙を投げ意見できる立場にないと解っていたがセイラムは声を上げる。
「どうして魔女の秘薬を使わない!」
しかし誰もが首を振り、そんなものは幻だと声を揃えた。
そんな筈はない、現実にセイラムの妹は魔女の薬で命を取りとめたのだ。声を上げるセイラムに王が意識を取り戻し二人だけで話を始め、魔女の秘密を語った。
魔女の力はけして口外してはならない秘密であるのだと。秘薬を求め辿り着ける人間はごく僅か、ほとんどの人間が自然とあの森から追い出される。そして幸運にも秘薬を手に出来たとしてもそれを飲むものが死の病でなければ毒として作用し、瞬く間に命を落とす危険な代物なのだと。そんな事態になれば魔女はたちまち迫害され火炙りにされてしまうだろう。それに秘薬は魔女の命をもって作られる。娘の命を犠牲にしてまで命を長らえたいと思わないと王は言い残した。
娘の命?
王の言葉がセイラムの中で渦巻き大きな混乱をもたらす。思い出されたのは血の気を失い死にかけた魔女が泉に沈んで瞬く間に命を吹き返した奇跡。手首の傷は癒え消失していた。
秘薬は魔女の命をもって作られる。それは魔女自身の命を損なう程の血をもって変えられるものではないのか。そしてその傷を癒やすは豊かな森の泉。万人には劇的な変化を齎しはしないが、命を削りし魔女の回復を瞬時にもたらすものだとしたなら―――涙に濡れた少女の姿がセイラムの胸を抉る。
妹の命を救った魔女はどうなったのか。真冬の森の泉は凍り付いていた。たとえ凍っていない泉が森のどこかにあったとしても雪に埋もれた森で真水に浸かるなど自殺行為だ。
セイラムの全身から血の気が引き、気付いた時には馬に跨り森へ向かっていた。深い雪に足を取られ駆けるのも困難でかなりの時間を要し辿り着いたのは魔女の住処。扉を強く叩けば扉は開かれ、漆黒の瞳がセイラムを見上げる。
「魔女は―――あの時の魔女はどうなったんだ?!」
月明かりが照らす白銀の世界にセイラムの白い息がもうもうと立ち上る。目の前の魔女は冷たさの宿る瞳でセイラムを見つめ続けていたが、やがて大きく扉を開くとセイラムを中へと導いた。
「薬を求めているのね。」
温かくも冷たくもない淡々とした低い声。魔女の言葉にセイラムは解らないと頭を抱えて首を振る。
「知らなかったんだ、命をかけて助けてくれたなんて。まさかそんな―――」
幼い子を残して逝く事を考えると多額の報償を求めたのも当然だ。セイラム達は実際にその金額を準備でき、妹の命は取り留めた。けれどあの時の魔女はもうここにはいない。
「怨んでいやしないわ。母が子供を見捨てられなかっただけだもの。」
嗚呼と悲痛な呻きを落とす。何気に視線が流れた机の上には大量の絵本が乱雑に積まれていた。
「君にも子供が―――」
真実を知りたくて突き進んだが、王の命が危ういのだと思い出す。けれど目の前の魔女にもあの日と同じように小さな子供がいるのかと思うとセイラムの心は更に落ち込んだ。
「あの人が持ってきてくれるのよ、人並みに読み書きできないから。」
教えてくれる筈の母親は途中でいなくなってしまった。それが三年前、偶然にも魔女の存在に辿り着いた人が世話を焼いてくれている。
「君は―――王の娘なのか?」
「知らない。けど、あの人はそうだって言うわ。」
魔女からは王を利用しようなどと言う匂いは感じられない。年若い魔女に懸想していると周囲は勘違いしていたが王はそれを否定するどころか、周囲が止めるのも聞かずに森に入り、雪に閉ざされた期間以外は定期的に通い続けた。
「あの人なのね、助けたいのは。」
「俺は―――」
魔女の静かな声にセイラムは言葉を詰まらせる。
「いいのよ、相手は王だもの。怪しい魔女よりも優先させられるべき命だわ。」
魔女は答えを待たずに調合の準備を始めた。
*****
白い手首に刃物が深く入れられる。ぷっくりと盛りあがった赤い血が溢れたかと思うと瞬く間に大きな碗を満たし、セイラムはその出血量に驚く。魔女の体格からして生命を繋ぎ止めるぎりぎりの量の血液を流しても、魔女は倒れるどころか変わらぬ姿で黙々と作業をこなしていった。セイラムは心をざわつかせたまま言葉を失いただ見守る。何がどうなったのか、一晩かけてようやく完成したそれは小さな瓶に詰められセイラムの目の前に掲げられていた。
しっかりと地に足をつけセイラムに微笑む美しい娘。セイラムは掲げられた小瓶を徐に手に握り込む。魔女はにこりと笑って行くようにとセイラムを促した。
「もう来ては駄目よ。」
焦る必要はない、魔女は意識を失うでもなくしっかりとしていた。抱いた懸念も何もかも間違いだったのではないだろうか。王の命を救いたくて、けれど不安を感じながら馬を走らせる。もう来るなと言った魔女の微笑みが脳裏から離れなかったが、ひたすら王のもとへと駆け続けた。
魔女を恨んだ、恨み続けた。けれど今はどうだ。助かった妹と死んでしまった魔女。奇跡の薬を生み出す代償は魔女自身の命で間違いないのか。あの日泉に沈めた魔女の姿が思い出された。
森を出ると吹雪の中で右往左往する馬上の騎士を認める。セイラムを追って来た隊長だった。彼は雪深い森に行く手を阻まれ前に進むことができなかったと説明した。
「秘薬は得られたのか?」
隊長は魔女の秘薬を信じているようだ。恐らく王に長く仕える彼は王と魔女の秘密も知っているのだろう。セイラムは答えの代わりに懐から取り出した瓶を隊長に押し付ける。
「陛下のお命を!」
隊長はセイラムの考えを理解すると深く頷き瓶を受け取った。
「あの方を頼んだぞ。」
二人は互いに手綱を引き背を向ける。視界が霞む吹雪の中セイラムは再び森へ入ると泉を探した。吹き付ける風が凶器となって肌を裂き、セイラムには魔女の命を奪う刃として映った。償いきれない大きな間違いを犯した己を急き立てるのは後悔だけではない。あの人を死なせてはいけないと、呪い恨み続けた漆黒の瞳の魔女を探し求める。王命を破って魔女に助けを求めたことは後悔していないが、魔女を死に至らしめる行為をした己が罰を受ける前に彼女の命を消してしまう事だけはしたくないと、必死の思いで真っ白に吹雪く世界を探し回る。どれ程の時が過ぎただろう。笑顔で来訪を拒んだ魔女はあばら家にはいなかった。脳裏に焼き付いた微笑みが一瞬で崩れ去る。魔女の秘薬を求めた二度目、親子を殺すのが自分だと知りセイラムは知らぬ間に涙を零していた。
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ジャリ……と、ブーツの底で氷の割れる音がする。泉は身を切る冷たさで容赦なく肌を刺した。セイラムは皮の手袋ごと泉に手を入れると水中に沈む娘を引きあげる。凍え腕の感覚もなく、魔女が生きているのか死んでいるのかも判断が付かなかった。魔女を抱いて吹雪の中を進めば滴る水がすぐに凍りつき更に体温を奪う。魔女のあばら家に辿り着けたのは奇跡に近い。魔女を床に横たえると凍り付いた皮の手袋を外し、凍え震えの治まらぬ手を動かして暖炉に火をつけた。室内だというのに吐く息は真っ白で、凍死寸前では動きも鈍く感覚がまるでない。紫になった唇では言葉を発することも出来なかった。セイラムは自分の服を脱いだあとで魔女の衣服も全て剥ぎ取ってしまう。生きているのか確認できなかったが生かすために必死だった。裸で抱き締め引っ張ってきた毛布にくるまると、魔女の肌は凍えるセイラムの肌よりもさらに冷たかった。
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セイラムが目覚めると馬の耳が目に入った。ここは何処だと慌てたせいでそのまま落馬してしまうが、落ちた先は深く積もった雪の上で衝撃は少ない。辺りを見回すと真っ白な雪原の向こうに魔女の住まう森が見え、皮の手袋をつけた手で頭を掻きむしった。
泉に沈んだ魔女を見つけた時、疲れ切ったセイラムも凍死寸前の状態だった。半分意識のない状態で水に入り魔女を抱き上げ、あばら家に連れ帰り裸になって暖をとったのまでは覚えているが、その先はさっぱりだ。乾いた衣服に手袋まできちんとつけており、防寒の外套も濡れてはいない。あれからどうしたのだろうと、まるで夢から覚めたかのような感覚に戸惑いを覚え、馬に跨り森へ入るが、魔女の住まうあばら家へはたどり着けなかった。
城に戻ったセイラムは、一命を取り止めた王の存在に一連の出来事が夢でなかったと確信する。王は娘を失ったと悲しみ、命令に背いたセイラムを解雇した。努力で勝ち取った職を失ったセイラムだが、けれど少しも後悔していなかった。自分のしたことの責任は取るべきと解っていたし、王の命令に背いて命があるのは奇跡に近い。だが自分の命などどうでもよかった。職を解かれたセイラムは何かにとり憑かれたように森を彷徨うようになる。魔女を求め行き慣れた道を進むのだが、これまで容易に進めた道はまるで意思を持っているように攪乱する。進む道は阻まれ開かれることはない。だがある日、森に拒まれ続けるセイラムの元をかつての上司が訪ねある物を差し出した。それは空の小瓶―――あの日、魔女が王の為に調合してくれた秘薬が入れられていた瓶だった。
「陛下が、それをお前にと。」
「どうしてこれを俺に―――」
意味が分からず受け取ったが、魔女ゆかりの品だと思うと愛しさが込み上げた。ああそうか、いつの間にか彼女に恋をしていたのだと、拒まれても求めてやまない心に気付かされる。
「魔女は生きていた。お前は陛下の命に逆らったが、同じことをしようとした私も同罪だ。ただ私は森に拒否されたお蔭で職を解かれずにいるだけだ。彼女がお前を拒否する理由は知れないが、頑なな心もいつの日にか溶けるだろう。」
「隊長が陛下に進言してくれたんですか?」
「俺はお前の様子を話して聞かせただけだ。それにご自身を重ねられたのだろう。」
セイラムは拒まれ続ける森へと視線を向けた。
森に魔女は生きている―――ああ、それだけでいいと熱いものが込み上げる。いつの日か再び道を開いてくれる時が来るだろうか。漆黒の瞳を持つ魔女。心優しい彼女に己はまだ相応しくない。