舞踏会の間奏曲 2
「東のオリエンからは、真珠の装飾品一式。西サンロスからは、刺繍のタペストリ・・・・・・、寄木と螺鈿の工芸品の小箱は、母上宛、マーロンから・・・・・・」
リアンは次々に献上品をリストと照らし合わせ、確認していく。
ソファーの影で息を殺しながら、シェリルは、一国の王子がこんなことまでするのかと驚いていた。ただ気になるのは、さきほどから、彼がちらりちらりとこちらの方をうかがっているような気配があることだった。
気のせい、だろうか。いや、気のせいではない。
リアンが何やら意を決したように、こちらに向かってくる。
「誰もいないし、いいよな」
ぽそりと小さくつぶやいたリアンは、次の瞬間、クマのぬいぐるみに向かってダイブした。
「・・・・・・いたっ!」
突然のことに驚いたシェリルは、持っていた針を手に突き刺してしまい、声をあげてしまった。
「誰だ?」
リアンが誰何し、腰の剣に手をかけつつ、ソファの影をのぞき込んできた。縮こまっていたシェリルは、剣先で突かれそうになり、仕方なく顔を上げる。
「お前は・・・・・・、確か、ケルスのクレア王女付の・・・・・・ここで何をしている?」
「どうして私がケルスのものだと?」
「一度見た顔は、忘れないようにしている。そんなことより、こちらの質問に答えろ」
何でもないようにリアンは言うが、付き添いの侍女の顔まで覚えているとしたら、驚嘆すべき能力である。
「・・・・・・実は、献上いたしましたこちらのぬいぐるみに」
何と答えるべきが考えを巡らせつつ、シェリルは答えた。
「制作時の針が一本所在不明となっていたとの報告が今になって届きまして、それで、もし、そんなものが献上品に紛れていましたら、大問題になってしまうと心配になって、探していたのです」
針が紛れた理由はともかく、問題を回避するために探していたのは本当だ。まさか、自国の護衛隊長がわざと入れたなどと言えるわけがない。
リアンは、少し探るようにシェリルを見ていたが、
「手を見せてみろ」
と言いながら、さっとシェリルの左手を取った。そうして、シェリルの手から、針を取り上げると、
「ぬいぐるみを縫うものにしては、大きすぎないか?」
と、シェリルに問う。
「そんなこと、存じません」
「・・・・・・まあ、いい。調べればわかることだ。それよりも」
リアンは、針を取り上げたというのにシェリルの手を放しておらず、それを口元に持っていく。
「血が出ている」
「!」
舐められたと思ったのは、咄嗟に手を振りほどき後退ってからだった。
「な、なにを・・・・・・」
「さっきの悲鳴、この針を刺したんだろう。毒でもつけてあるなら、とんだ失態だと思って」
「もし毒だったら、舐めたあなたも」
シェリルのまっとうな抗議に、リアンはにっこり笑って、
「大抵のものなら耐性がある。それに、毒は入ってないと確認できた」
と答えた。美貌の王子の微笑みは、妙に迫力があり、シェリルは余計にあせる。
「じゃ、じゃあ、その針を返して、なかったことにしてくださいませんか?」
「は?」
「・・・・・・このまま、私を見逃してくださったら、そう、あの、ふわふわ好き? も、黙っていて差し上げますので・・・・・・」
言いながら、シェリルは言葉の選択を間違ってしまったことに気づいたが、もう遅かった。
「そっか、君は、さっきの話を聞いてたんだ?」
「あの、話って」
「とぼけようとしても無駄だ。・・・・・・どうするかな」
リアンは、持っていた針をソファに軽く突き立て、後退ったシェリルを壁際に追い詰めた。
「だから、言いません・・・・・・って」
「何を?」
「完璧って評判の王子様が、実は女子のようにふわふわしたものが好きで、ぬいぐるみのクマにダイブするような性癖の持ち主だなんてことは・・・・・・」
追い詰められたシェリルは、なぜか王子の美しさに圧倒されて、余計なことを口走った。
「・・・・・・しゃべりすぎ」
とうとう目の前に迫ったリアンが、シェリルの後ろの壁に手をついた。