舞踏会の間奏曲 1
バタバタとわざとらしい足音がして、
「クレア様ー」
と来賓控室に飛びこんで来たのは、護衛隊長のルーク。今回のウインダリアの招待にケルスから付き添って来たのだ。
「クレア様なら、先ほど舞踏会にお出ましになられました」
シェリルが答えると、
「ち。・・・・・・遅かったか」
ルークは、舌打ちした。
「せっかく、クレア様のお好きそうな書物をお渡ししておいたのに」
「お支度の時からクレア様が読んでいらっしゃった、あれって……」
「夢中になられたら、舞踏会をすっぽかしてもらえるかと」
「ルーク様!」
シェリルは憤慨してルークの言葉を遮った。
「今回の来賓出席は、遊びではありません」
「遊びじゃなくて、国公認の火遊びだろうが」
赤銅色の髪を振って、ルークは吐き出す。
「こんな弱小国にクレア様を嫁がせるなんて、俺が絶対阻止してやる!」
言い捨てて、ルークは嵐のように部屋を出て行った。
シェリルがふうとため息をついて、ルークの去った扉を眺めていると、
「シェリル様」
控えていた小間使いのミアが耳打ちをした。
「・・・・・・」
「なんですって?!」
思わず声を上げるシェリル。
「ほんとにルーク様はそんなことを?」
「はい、この度の護衛隊には、私のいとこがおりまして」
「間違いないのね?」
シェリルが今一度確かめると、ミアは神妙にうなずいた。
「では、ミア。クレア様は、あと数刻は戻らないでしょうけれど・・・・・・クレア様が戻ってきても、まだ私が帰っていなかったら、何とかして誤魔化して」
シェリルは、ミアにそう伝えると、控えの間を出ていった。
「まったく冗談じゃない」
ぶつぶつと独り言ちつつ、シェリルは、ウインダリア王家の控えの間、私室に当たる区域に足を延ばしてきていた。
本来は、他国の侍女が入り込める場所ではないので、あくまでこっそり、である。たまたまシェリルの着ているケルスの侍女のお仕着せが、ウインダリアのものとよく似たものだったので、割合すんなりと入り込むことができた。
「贈り物に針を忍ばせるなんて、外交問題にでもなったらどうするつもりなのかしら」
ルークにとっては、それが願ったりなのだろうが。
さて。部屋に入っては贈り物らしきものを物色し、ケルスからのものでないとわかれば元に戻し、シェリルがそんなことを繰り返して、五部屋目になるのだが、
「まさか、ね・・・・・・?」
たまたま目を引いた大きなくまのぬいぐるみがあった。
他の品物がテーブルや床にまだ箱のまま置かれているのに対して、そのぬいぐるみは、大きなソファーの上に無造作に置かれていた。首に巻かれた青いリボンにケルス王家の縫い取りが施してある。
何故こんなものをケルスが贈答品に加えたのか首を傾げるが、これを見れば抱きつきたくなったり、頬ずりしたくなったりする人がいてもおかしくはない。
シェリルは、そっと手を伸ばし、ぬいぐるみの身体検査を始めた。
シェリルが根気よく探したかいがあって、何とかぬいぐるみのお腹から一本の針を抜き出すことに成功した。散々確かめたので、これ以上針が埋まっているということもないだろう、と一息ついた時、
「・・・・・・あともうひと押し位できなかったんですか」
「もう、十分だろう」
廊下を歩く音と、落とした声での話し声が聞こえてきた。
足音は、こちらへ向かっているようだ。探し物に夢中になっていて、気づかれた時の言い訳を用意していない。あせったシェリルは、とりあえず、ソファーの後ろに身を隠した。
「いいえ、十分すぎるということはありません」
「今夜は、疲れた。そこを、明日以降に備えて贈り物の確認までしようと言うんだ、勘弁しろ」
声と足音は、シェリルのいる部屋の前で止まり、扉を開けて入ってきた。
「・・・・・・これは・・・・・・ケルスの徴、だな」
「そのようで」
入ってきたのは、王太子リアンと従者の一人フェリクスだった。
リアンは、おずおずと言った体でクマのぬいぐるみに手を伸ばす。
「どこからあなたのふわふわしたもの好きが漏れたんでしょうね」
「・・・・・・漏れているのか?」
「いえ、まあ、さすがにケルスでも、それはないでしょう。ただ、可能性としては・・・・・・」
「ああ、もう、お前の薀蓄はいいから。ちゃんと、他の品も目を通しておく。それでいいだろう」
リアンが、話はここまで、暗に下がれと示唆すると、
「仰せのままに」
フェリクスは、優雅に礼を取って部屋を後にした。