舞踏会の始まり 2
カリーナ王女と躍りながら、リアンは、舞踏会直前の側近たちとの会話を思い出していた。
「オルドルムのカリーナ王女は、とにかくプライドの高い方です」
大陸一の頭脳と目される戦略家フェリクスが言った。
「彼女には、小さな挫折を味わっていただいて、さりげなく庇ってあげるといいかもしれません」
「具体的には?」
リアンが聞くと、
「俺の教えたダンスが役に立つだろう」
答えたのは、チェイス。自信たっぷりの女タラシだ。女性を口説くために役立つことにだけは努力を惜しまないため、ダンスや歌に右に出る者がいない。
「今夜は、自分の出番はなさそうだな」
剣と弓の師範アルノーは、少しばかり退屈そう。彼は近衛の長でもあるが、優秀な部下たちに大抵の警備は任せてあった。
「あら、ワタシの出番だって、もう終わっちゃったわ」
ジュリオが首をかしげ、じっとリアンを眺め、
「ん、マントは、もう少し肩を隠した方がいいわね」
と、マントを直した。
「んー、いつもながら、カンペキ」
「おかげさまでね」
リアンは苦笑し、一分の隙もない王子として立ち上がる。
「どうかされまして?」
優雅にステップを踏みながら、カリーナがリアンを見上げてくる。
「いいえ。少々あなたの美しさに酔ったようです」
「まあ、お上手ね」
カリーナがまんざらでもない笑みを見せると、リアンは仕掛けた。
「あ」
カリーナの足がもつれ、転びそうになるところを、リアンは、何事もなかったかのように抱き寄せ、次のステップにリードした。
何か言いたそうなカリーナに、リアンは、艶然と微笑みかける。大丈夫、あなたの失態などありませんよ、と。
周りにも、カリーナにも全く気づかせなかったが、彼女のステップを危うくさせたのは他でもないリアンだった。
「この曲が終わったら」
リアンはカリーナの耳元で囁いた。
「飲み物でも持ってこさせましょうか」
「・・・・・・そうですわね。お願いしようかしら」
カリーナとのダンスを終え、リアンはそば近くにいた給仕にカリーナにお好みのものをと指示を出した。それから、ちょうど近隣国の大使連中と談笑していたアライア姫に、
「楽しんでおられますか、アライア姫」
と、声をかけた。
「明日の武術大会には、姫も参加していただけるとか」
アライアは、勇猛果敢なお国柄で聞こえる西の国イシスの第二王女で、彼女自身も腕が立つと評判の姫である。
「ええ、楽しみにしています。アルノー様やリアン様と手合せいただきたくて」
黒髪を高く結い上げた位置から垂らしているアライアは、生き生きと活発そうな印象のままに答えた。
「お手柔らかに願います」
リアンは、かすかに冗談めかしてにっこりとほほ笑んだ。アライアの頬にさっと種が混じったのを察しつつ、場を離れる。
このようにして、リアンは、来賓の姫君たちに声をかけて回った。
そつなく、優雅に、自分を印象付けるように。
ウインダリアは小さな国である。目立った産業もなく、これまで他の国に蹂躙されずに済んできたのは、大陸のほぼ中心に位置し、各国の通商の緩衝地点として有益であり、歴代の王室が外交力に長けていたのと、婚姻によって大国の後ろ盾を得てきたからだった。
現ウインダリア王は、病弱な王妃一人を溺愛しており、リアンの他に子がいない。王妃は、リアンを生むのに命がけの有様だったので、それ以上の無理はできなかった。ウインダリアの今後は、リアンにかかっている。幸い、リアンはいたって健康で、様々な才能に恵まれ、際立つ容姿にも恵まれた。
わざわざ一人しかいない嫡子の王太子就任をお披露目するのは、来賓に目ぼしい大国の姫君たちを呼んで、リアンが彼女たちを釣り上げるためなのだった。
「あなた一人に、重責を負わせる母を許してくださいね」
今夜も体調が思わしくなく、舞踏会を欠席した母のもとへ挨拶に行ったリアンの手を握り、王妃はそう言ったのだった。
舞踏会は、まだまだ続く。
リアンの密やかなため息を隠しながら。