舞踏会の始まり 1
ウインダリア王城の大広間は、着飾った人々の期待に満ちた興奮で今にも弾けそうなほどだった。
王子リアンが正式に王太子として就任、そのお披露目に周辺諸国から多くの来賓を招いて行われる記念舞踏会が始まろうとしている。
「王子様はまだかしら?」
「ああ、待ちきれないわ」
「お姿が見られるだけでも幸せですわ」
淑女たちのひそやかな騒めきが、さざ波のように会場を包み込む。
そして。ファンファーレの音に続き、さっそうと登場したリアンに、人垣から感嘆の溜息が零れ落ちた。
「みなさま、今宵は、ようこそお越しいただきました。本日より、ウインダリア王国王太子として立たせていただくリアンでございます」
冴え冴えとした月の光を弾く水面のような白金の、さらりとたなびく髪。吸い込まれそうなダークブルーの、叡智を湛えた瞳。長い手足に細身ながら引き締まった体躯。リアンが微笑むと、それだけで淑女たちはとろけそうになってしまう。
リアンの後方には、側近のフェリクス・チェイス・アルノー・ジュリオの四人が今夜も影のように付き従っていた。
さらにウインダリア王カルロが登壇し、来賓へ挨拶を述べると、音楽が始まった。
リアンは、優雅に礼を取り、大陸一の大国オルドルムの王女カリーナに手を差し出す。
「踊って、いただけますか?」
濃茶色の髪を高く結い上げ、真っ赤なドレスがよく似合うカリーナは、艶然と微笑みを返した。
「よろこんで」
舞踏会が始まった―――。
* * *
舞踏会の音楽が漏れ聞こえてくる、来賓控室。
「姫様、そろそろお出ましにならなくては」
侍女が声をかけるが、当の本人は知らん顔で、手元の本に夢中である。
「ひーめーさーま。お支度の間中お読みになっていたんですから、そろそろおやめになってください」
「だって、今いいところなんですもの」
「物語なんかよりずっと素敵な王子様がお待ちなんですよ?」
「そうだったかしら?」
「ウインダリアに到着されたご挨拶の時に、ご覧になったんじゃないんですか?」
「馬車の旅に疲れてしまって、あんまりよく見ていなかったわ」
このマイペースな王女は、大陸の東海岸にある豊かな国ケルスの第三王女クレア。明るい薄茶の巻き毛に、優しい緑の瞳が印象的である。一方、黄金色の絹糸のような髪を後ろで編んだシェリルは、クレア専属の侍女ではあったが、すっかり友達のような関係にある。
「絵姿をいただいていたのでは?」
「ああいうのは、数倍増しに描かれているものよ?」
答えながらも本から目を離さないクレアに、
「だから、ご自分の眼で確かめていらっしゃらないと!」
とシェリルは本を取り上げた。
瞬間名残惜しそうにしたクレアだが、
「……仕方ないわね」
と、立ち上がった。
「いってらっしゃいませ」
深々とお辞儀をするシェリルに、軽くうなずいてクレアは控えの間を出ていった。