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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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魅惑のハニートラップ その4

《ミザール メインストリート》


 突如、キエルとシノの戦いに乱入した学生騎士は、建屋の屋上で薔薇の花束を担ぎ、こう言い放つ。


「ショーユじゃない、ソースだ! 学習したまえよ、おシノ」

「これは失礼いたしました、カナトさん」

 ネット事情に疎いシノにとってはどうでも良い指摘だが、そんなイラッとするドヤ顔にも彼女は笑顔をもって応える。まさにお水の鑑だ。


 とうとう幹部のお出ましかと、不利な状況にキエルの表情は強張るが――一瞬でそれは失笑へと昇華された。


 何だか強そうに振舞っているが……よく目を凝らすと、そこにいるのはどこにでもいそうな普通の少年のなのである。


 酷く言うと、眼鏡以外特徴がない学生――


「見つけたよ、泥棒兎。その手の魔導経典を渡してもらうよ?」


 月光を浴びたその顔は、この上ない優越感に浸っていた。


「クソガキが……とっととお家に帰んな! お巡りさんに通報すんぞ!」

「盗賊が何を抜かす。でも、せっかくだから教えてあげよう……僕が誰であるかを!」


 攻撃か――そう思いキエルはガトリングの銃口をカナトに向けるが、何かが違う。 悉く殺気を無視し、バサッと音を立てて、少年はブレザーを闇夜に脱ぎ捨てた。そして、宙に投げた薔薇の花束をキャッチすると、どこかともなく逆光を浴びた眼鏡を正し、


「ここで会ったのが運の尽き。我が名はミザール魔導騎士団副団長、スメラギ・カナト! 僕の樹木の糧として地に還らせてあげよう!」


 まるで中学生が考えたキメ台詞だ。これが黒歴史と呼ばれるものか。

 微塵も恥ずかしさを疑わないキザ顔でポージング。さっきから鬱陶しいと思っていた、薔薇の花束を屋上から意味もなく投げると、入れ替わるように片手には茨の鞭が握られていた。


「お仕置きの時間だ……!」


 キラーンっと彼の眼鏡が光ると、キエルのヤンキー魂に火が付いた。


 これで女子が「キャーッ!」とでも言うと思ったのか。こう言う調子に乗った輩をシメてやらなくては気が済まない。

 嘲笑を通り越し、憤怒の域に達した彼は無言で右手のマグナムに弾を込め直す。このピリピリした雰囲気――おそらく、そこにいるシノも同じことを思っているに違いない。殺気の鋭さで身体に穴が開きそうなレベルである。


「カナトさんは私よりヤバいですから、ご注意くださいね?」

「――中身が、ですね?」

「おシノ! 余計なことを話している暇はない。潰すぞ!」


 澄み切った夜空にカナトが指を鳴らす。その瞬間、仕組まれた魔法が芽吹き、2対1の過酷な決戦が幕を上げた。なんと、意味もなく落下したと思われた薔薇の茎が毒を帯びて猛威を振るったのだ。


 大蛇の毒牙の如く、急成長を続ける茨のアタックをキエルはかわし、


「ただのカッコつけじゃないのは――結構なことだ!!」


 不利な体勢からも平然と精密射撃で迎撃。華麗なステップでカナトの茨攻撃を撃ち抜いていくが――敵は一人ではない。背後に迫るシノの気配に、自ずと本能は先手を打つ。

 跳躍し、体を反転。突き出したガトリングで、神業ロック・オン――ファイヤ! 怒涛の勢いで発射されるは魔弾の閃光を散らし、麗しきくノ一を肉片にしてやらんと襲い掛かった。


 だが、凄まじい銃撃にシノは表情一つ変えず、


「――かかりましたね?」


 刹那、何百、何千もの茨が土を突き破り、キエルの視界を塞ぐ。


「これは!?」


 視界を阻んだのは、茨の壁だった。

 茨はガトリングの銃撃を完封し、シノを守る。その背後で、彼女は激しき情念を具現化させたようなエレキを発し、クナイ8本のフルショットを撃つ。


「死になさい――百花繚乱!」


 弾丸の如く放たれたクナイ。茨の壁は味方の攻撃のみを通過させ、難攻不落の連帯技を彼に見せつけた。

 予想外の攻撃に、キエルの反射神経はクナイの猛威から逃れられるはずもなく、


「バニーッ!」


 奥の手である、屈辱の防御魔法《天体防衛(オゾン)》を発動。青白い光にクナイの動きは止まるが、再び照準が貫かれた肘当てに集中していることに舌を打った。


「まだ磁力魔法が継続してるだと!? あのクナイに触れた金属を磁石に変えられるのか!」

「ご名答! けど、人の観察をしている暇はあるのでしょうか!?」


 その瞬間、息を潜めていた茨が土を突き破り、キエルに巻き付いた。


「ちいッ!」


 右手のマグナムで応戦するが、地中に張り巡らされた死の茨に、彼は2対1での戦闘の限界を見た。

 茨のざわめき神経を研ぎ澄ませ、キエルはその場その場の攻撃に応戦する。シノを先に仕留めようとしても無駄だ。その気配を察知した茨の壁がキエルの視界を遮り、彼女を銃撃からガードする。屋上のカナトが降りてこないのは、茨への魔力操作を行っているためだ。


「無駄だね。何人たりとも《純愛への垣根(ローゼス・ウォール)》を越えて、標的に触れることは許されない」

「左様。お触りは追加料金ですからッ!」

 シノの白い指先が扇状に手裏剣を開き、投擲。無駄のない手裏剣の暗殺軌道に、キエルの直感が、無理矢理、彼を走らせる。

 しかし執拗な茨の魔の手は、絶妙なタイミングで彼の回避予定地点に攻撃を仕掛けた。


「なっ!?」


 良過ぎる反射神経がアダとなった。体をねじるが、茨の斬撃にブーツが裂ける。紙一重で回避に成功したものの、僅かな着地のズレが知らぬ間に、彼を手裏剣の直撃コースに追い込んでしまった。


 ザクッ!


「ぐっ……ああッ!?」


 青々とした茨が血飛沫に潤う。

 キエルの左肩の付け根に手裏剣が食い込んだ。魔導経典の力を借りてこの様かと、屋上のカナトは余裕の笑みを浮かべるが、


「――今、油断したろ?」


 乱れたドレッドヘアから覗いたのは、敗北の眼ではなく反撃の兆し。何かある、そうカナトが身構えた途端――彼は気づく。


 右手の得物がリボルバーに変わっていた。


「まさか――おシノ、離れろ!」


 カナトの怒号に、シノはすぐさま逃げの態勢に出るが、銃声の方が先だった。

 リボルバーは天高く一発の花火を上げる。それが悪夢の3分間の始まり――蠢く大気に全身が粟立った。


『ウッキャァァァァゲロゲロゲロンガァァァァ!!』


 それは破壊的音魔法。


 道で見かけたら速攻で逃げ出せ。どこの国の小学校でも教えられる、野生のデスボイス〈シャウト草〉の断末魔がメインストリートを生き地獄に変えた。ラッパのような形態をした花であるが、引っこ抜いたり、間違って踏んづけたりしてしまったら運の尽き。猛獣も直立不能な超不協和音に、三半規管をすっかりやられてノックダウンするのである。


 無論、人間ならなおさらだ。


 不本意にも食らってしまったカナトとシノの視界は、グルグルと回り出す――


「しまっ……た……!」


 やはり、カナトは見た目通りの打たれ弱さであった。激しい眩暈と嘔吐感に負け、ドサッと音を立てて彼は早々に気絶した。対するシノだが、何とか立っているものの方向感覚がイカれたせいで、足元がおぼつかない。


 肩で息を切らす彼女。その隣をキエルは最大のチャンスと見切り、疾走した。


「あばよ!」


 これ以上の戦闘は無意味。術者たるキエルは、この断末魔をものともせずに夜のミザールを逆走する。


「待ちなさい……!」


 シノはもう一度、手裏剣を構えようとするが、視界が歪み、照準が合わせられない。


「……くそッ」


 ――次は必ず。

 キエルを討てず仕舞いだったのは、彼女のキャリアの中でも著しい汚点となった。次会ったら必ず殺す。強い覚悟をもってシノは息を潜めていたくノ一達の追撃を正視し、その場から引き下がった。



       ◆ ◆ ◆



「ショコラか!? エステルから話は行ってるだろうな!」

『もちろんです、副長。マカロンとショコラですが、食い倒れ市場でメイドを助けて一悶着あったと、情報屋から目撃情報が入ってます』

「その流れでホイホイついていったわけだな……あいつら、帰ってきたらただじゃおかねぇぜ!」 


 キエルは細い路地へと滑り込んだ。

 追手の気配はない。逆にそれが気がかりである。

 忍部隊にしろ、魔導騎士にしろ待機させておくのがセオリーというのに、殺気すら窺えない。完全に野放しにするとはどうかしていると、キエルは抜け道には持って来いの工事現場へと潜り込むが、その時、ふと気づく。


「……そうか」


 ――ヤツらはすでに自分達の居場所を知っている。

 飽くまで決着は明日のオークション会場であると、彼らは言うのだ。おそらく明日のオークション会場に捕虜となった仲間達も連れてこられるだろう。

 勝負はその一度きりなのだ。


「待ってろよ……ホットケーキ、マカロン!」


 必ず助け出す――強く拳を握りしめ、彼はギルド会館を目指した。


       ◆ ◆ ◆


 シャウト草の断末魔は失せた。船酔い地獄から解放されたはいいが、幸せそうに寝息を立てて道を塞ぐ魔導師を何というのか。


 これを役立たずと言うのだと、シノは眠るカナトにゴミ以下の視線を浴びせる。


「……どうしますか、頭領」


 屋上で迂闊にも伸びてしまったカナトを、くノ一達はしぶしぶシノの元へと運んできてくれた。静かなる殺気を放つシノを彼女達は恐る恐る覗き込んだ。


「起こすしかありませんでしょう?」

「ですが、起こすと言いましても……」


 待機していたくノ一は、雇い主を手荒に扱うことに気が進まぬようであった。

 だが、シノは真逆だ。

 何をするかと思えば、彼女は何の躊躇いもなく、カナトの腹を思いっきり踏んづけた。


 これに意識が落ちたまま、カナトの身体は正直に反応した。


「ぬはッ!? あっ……ああんっ!」


 やたら嬉しそうな奇声に、くノ一達は普通に彼が起きたと思ったが、戦慄の事実。恐ろしいことに、これはただの寝言であった。


 だが、シノは予想の範疇だとでも言いたげに、冷たい眼差しでヒールに力を入れる――


「起きてください、カナトさん? じゃないと醜態を晒すだけですよ?」


 グリグリ、グリグリとカナトの腹をヒールが弄ぶ。その道――長らく水商売を続けてきたシノにとって、犬の腹をくすぐるようなものであった。夢見心地のカナトは、イケないクラブで可愛がってもらっている夢でも見ているのか、ドM全開の顔で気持ち良さそうに笑い声を上げていた。

 その性癖にシノは声だけの演技で応える。背筋も凍る無表情。プロフェッショナルの極みに、彼女の部下達は何も言えずに成り行きを見守った。


「起・き・て、このブタ野郎! さっさと撤退しろといっているのですよッ!」


 ぐにっと、シノのヒールが強くカナトの下腹部を圧し、彼の身体がビクンと跳ねる。


「うっほほほッ!? もっと、もっと股間の方を――あっ……」


 上半身が自然と起き上がると、カナトは夢から覚めた。そして、突き刺さる冷たい視線に、すぐにでもアリウス川飛び込んでしまいたい衝動に駆られた。地獄だ、公開処刑だ。男に見られたのならまだしも、見目麗しきくノ一の方々の冷笑は相当なものだ。


 いくらドMでも耐えがたし――


「肝心なところはお店じゃなく、好きな人にしてもらいましょうね? これ以上世話が焼けると追加料金を請求しますよ?」

「は、はい……」


 メイド姿のシノは、つんとカナトの鼻頭を触った。ドキッとするシチュエーションのはずが、無言の殺意にカナトはズレてもいない眼鏡を直す。


「団長も戻られる頃でしょう? 次の指示をいただけますか?」


 シノは三つ編みの乱れを直し、微笑んだ。


「人質を取っている以上、奴らが城外に逃げ出す可能性は低い……引き続き密偵には、ギルドの会館を見張らせろ。あとは撤退だ」

「はっ」

「それから、おシノはあの二人の尋問をやれ。できるだけ、泥棒兎の情報を引き出すんだ」

「はい」

「間違っても、殺すなよ」


 カナトは立ち上がり、部下からブレザーを受け取るとズボンの埃を払った。


「完全なる勝利を収める。明日のオークションの成功と共に」


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