伝説の魔法剣 その3
《銀線細工工房 ギャレット 地下工房》
「鍛冶屋ッ! 久しいナ!」
「いらっしゃい、旦那。来るときはアポくれっていつも言ってるでしょうが」
「それどころではないゾ、鍛冶屋! 元帥から素晴らしい指令を仰せつかっタ。誰もまともに話を聞いてくれんのでナ、お前のところに遊びに来たのだヨ!」
現れたのはツインのピエロ帽と仮面に全身ローブを纏った奇人。その甲高い声と落ち着きのない動きが実に気色悪い。
ナルムーンの変態リスト殿堂入り――パウロ・セルヴィー。噂通りの風貌にケントは、穏便にこの場を乗り切れることを切に願った。
「何か面白そうな話ですね。あ、そうだ……オークション出展予定の炎帝倶利伽羅ですが、この奥に――」
「お、おウ! そうだ、忘れてタ! ぜひ見せてもらおうカ!」
だいぶ興奮してきたのか、パウロは指をカサカサと動かす。神経を逆なでる鬱陶しさに、目障りじゃ! と、ギリーは心の中でその指を圧し折った。
「ありゃ? お宝のこと忘れちまうなんて、よっぽどいいことがあったんですな?」
「まあナ! まさに話したいのはそのことなのだガ――あ、キャウ、これをやろウ。『魔獣ゲッチュウ☆』のガチャポンがダブってしまったのダ」
そう言って渡したのは全ての元凶、海賊ペンギン《プータロー》のキーホルダーだった。
天才的9歳児は顔をパッと輝かせて、
「わーいッ! 僕、プータロー、大ーい好きッ!」
と、喜んだ。
――嘘をつけッ!
クローゼットの隙間から窺える別人の笑顔にケントは奥歯を軋ませた。
「今度、キャラのトレードしてね!」
「いいとモ! 『魔獣ゲッチュウ☆』のゲーム大会に出場するからナ! おっと、その前にオークションを成功させねばならなイ……で、倶利伽羅はどこダ?」
ギョロッと仮面の目玉が動いた。その不気味さに、さすがのキャウも顔を強張らせたが、
「ご案内しますぜ、こちらでさぁ」
庇うようにギリーは息子の前に立ち、煙管を吹かしながら小部屋を示すと、パウロはギリーを追い越し、無言で走り出した。
「オヒョ!?」
そして出会った、神刀《炎帝倶利伽羅》の荘厳たる輝きに、パウロは飛び込むように膝を着き、土台の岩石にしがみつく。
「こ、これダ……! これだこれだこれだこれだこれだこれダァァァァ!!」
その姿は聖母に縋り付く乞食の如く。
ただ一心に光を求め、彼はその岩石を這い上がる。そして、禁忌とも言える本体へと手を伸ばしてしまったのだ――
「旦那ッ!?」
狂気の沙汰が、ギリーの懸念を現実にする。
予想通り、神は欲に汚れたその手を罰した。刹那にして上がる激しいスパーク。その結界に触れたパウロの手は赤黒く燃え上がり、血の一滴も流さず、瞬く間に右の手首から上が蒸発したのだ。
「バカか!? ……ん?」
ギリーは咄嗟にキャウの目を覆ったが、奇妙な感覚に目を凝らす。そう言えば肉体を焼かれた異臭がしない。それどころか、パウロは肩を震わせ、歓喜の笑いをまき散らした。その顔には痛みの「い」の字も見えやしない。
その理由はすぐに知れた。ギリーの目に飛び込んだ蒸発した右手――それは精巧なメカのような義手であったのだ。
「キエッヘェ――――ッ!! モノホンだ! モノホンの伝説が我が掌中に収まらんとしていル! ああ、じれったイ……オークションを経ずに即座に購入したイ! けどそうするト、ミザールがネコババしたと元帥にモロバレダ……利益を献上しなくてはご納得されないだろうシ、商人から公の場で買い上げなくては謀反と疑われるだろウ……!」
苦悶の表情なのか、パウロの仮面が妙な機械音を立てて、グルグルと目玉を回転させた。殺気染みた気迫に、床下のキエルもクローゼットのケントとエステルも手に汗を握った。
「旦那、失礼ですが……この剣を我々ギルドの組合員は、命辛々ポラリスから運んで来たんです。その見返りと言っちゃあ、何ですが……商いの自由は保障して頂けますね?」
「自由? そんな心配は不要だゾ? お前達の技術は、我々魔導騎士団の専売になるんだからナ!」
「なっ……!?」
「そのうち公式に通達するガ、銀線細工の購入は軍が紹介した顧客に制限されル。何、客足は途切れることがないから安心しロ」
その言葉に、その空間にいた全員は絶句した。
それは魔導騎士団が銀線細工を独占するための策略。刀狩を行う意思表示なのである。
「だからお前達は今まで以上に腕を振るうことができるゾ! 感謝しろヨ!」
やられた――これではミザール経済が、完全に魔導騎士団の手に落ちる。自由な商いを条件に危険を冒したと言うのにこれでは話が違う、違い過ぎる。
「話がちげーな、旦那。ギルドは現在の自由商業が保障されると聞いたから、炎帝倶利伽羅の搬送任務を受けたんですぜ? 職人は売り手を選びます。決まったヤツしか売れんと言うのは、工場で大量生産するのと何ら変わりませんよ」
「何を言うのダ? この特需は誰のおかげだと思っていル? 私がいなければ貴様らなど、不特定多数に兵器を売りさばく反逆者として罰せられているゾ? そんな罪人みたいな連中に補助金を出して保護してやっているのダ! 任務の途中で死のうが知ったことではなイ。むしろ感謝して欲しいくらいダ!」
何のために――みんな死んだのだ。
労いもない、この長の言葉にギリーの中で何かが弾けた。
「……旦那、いくらキチガイでも今のはいただけねぇな……!」
「……何だその目ハ? 臭いぞ、臭いゾッ! 裏切りの匂いダ……!」
心なしか、些かパウロも殺気立っている。
ピエロの仮面が電子音を立て、まるで索敵レーダーのように両眼のレンズを伸縮させる。ただの飾りかと思われたそれは、ギリーの見る限りとても厄介な魔法道具であった。
ここは引こう。直感でそう判断した彼は、倶利伽羅の封印布を手にした。
「こっちも残念だよ。気前のいい団長だと思ったのに……頼むから帰ってくれ。倶利伽羅は予定通りオークションに出展するからご心配なく」
片手で煙管の灰を床に叩き落とし、彼はそれを踏みしめた。
「それが手っ取り早イ! ああ、そウ……もう一点、貴様に聞きたいことがあったんダ」
彼の静かな怒りを、パウロは嘲笑うように仮面の目をグルグルと回転させる。
そして、
「――どうして熱源反応が3つもあるのかナ?」
「!?」
アラームのように鳴り響く電子音。沈黙を引き裂いた開戦のサイレンに、息を潜めていた兎達は一斉に戦場へと飛び出した。
剣と魔法とガトリング――3種の矛先がパウロを仕留めんとした刹那、狩られるはずである彼の身に異変が起こる。
あろうことか、その腹部から突き出したのはダイナミック過ぎる装備――戦車級の機関銃が一斉砲火に雄叫びを上げた。
「うっそ――」
「キェェェェ――ッ!!」
フルオープンアタック。容赦ない弾丸が、ケント達に襲い掛かる。彼らは即座に反応し、物陰へと退避するが、空間一帯が猛烈な勢いで蜂の巣と化す。ガラス棚は粉砕し、ガラクタとなった数多のコレクションが次々と床に落ちた。
薬莢が次第にパウロの足元を埋め尽くす。絶え間なく弾を吐き出し続ける機関銃――爽快感に酔いしれた彼は、もはや敵を肉塊にするだけで頭がいっぱいだった。
狭所で炸裂する実弾兵器。いくら魔法でも一瞬でも気を抜けばお陀仏だと、エステルは長期戦を危険と判断した。
「皆、私の陰に――《天体防衛》ッ!!」
何としてもここで潰す。気合でエステルは先陣を切り、メジャーバトンを振りかざす。一瞬で張られた青白い光の傘が、悉く機関銃の弾丸を弾き返した。
背後についたキエルとケントは攻撃の態勢に入る。
「いいぞ、エステル! あのキチガイピエロを仕留め――アレ?」
だが、その行動が波乱を呼ぶ。
突然、銃撃が止んだ。
不審に思った彼らはエステルの背後から、パウロの様子を窺う。
すると、どうしたことか――何とパウロは目をキラキラと輝かせて、
「エ、エステルたァァァんッ!!」
そのカサカサ動く指は何を欲しているのか。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。次の瞬間、歓喜の装いで変態ピエロが宙に跳び上がり、こちらに向かってダイブして来るではないか――
「ぎゃァァァァァッ!? 気持ち悪いッ!」
エステルは吠えた。殺意を以って吠えた。
メジャーバトンをフルスイングし、パウロの顔面を思いっきり殴り飛ばした。それでも飽き足らずスパナやペンチを投げまくるが――パウロは酷く幸せそうな顔をして、
「ああっ……き、気持ちいイ! 好きな子に殴られるのが、こんなに興奮するなんテ……2次元信者には一生わからない快感だヨッ!」
まるで殴ってくれとばかりに無防備に体を曝け出した。
「テル子、下がって! 泣いてもいいから下がってッ!!」
パウロの恍惚に、エステルは半泣きで物理攻撃を中断。ショックのあまりにキエルの背後に滑り込むように隠れるが、変態の眼光は分厚い鉄の壁ですら透視する。
「く、黒髪メイド服!? か、かわいイ……今すぐ、切り刻んでしまいたいくらイ!」
「こ、これがストーカー……!?」
「やっと俺の気持ちがわかったか! バチが当たっ――」
「キエェェェェェッ!!」
狂気の奇声に全身が粟立つ。次の瞬間、ケントの足元が銃弾の猛威に砕け散り、彼は回避の勢い余って展示ケースの陰に転がり込んだ。激痛にケントは顔を歪めるが、敵に弱みを見せぬよう一瞬でその表情を仕舞い込み、剣を構えた。
パウロは一変して声を荒げる。
「おーイ! 汚いハエがしゃべるんじゃないヨ! 空気が汚れるだロッ!?」
見っともない嫉妬の怒号がケントを追い立てる。パウロは勢いよく蒸発した手首を彼に向ける。そして、その切り口にケントの心臓が凍り付いた。何とそこは銃口――内蔵されたグレネートランチャーであったのだ。
「げっ!?」
「死ネ!」
照準合わせ――発射!
至近距離のグレネートランチャーがケントめがけて突進。間一髪、彼は直撃を避けるものの、爆圧に弾き飛ばされて、パウロの前に転がり出てしまう。しかし、相方であるエステルが庇うように彼の前に立ち、恐怖を振り切りメジャーバトンをパウロに向ける。
その雄姿に、パウロは戸惑った。
「エ、エステルたん!? わ、悪いようにはしないヨ! そのハエをぶち殺すだけで、君には何もしないヨ! 元帥がおもてなししてくれるから、ネ!?」
「エステル、止まるなッ! ケントを連れて逃げろッ!」
「――うるさいんだヨッ! この虫ケラガァァァッ!?」
今度の機関銃の照準はキエルに迎えられた。だが、彼とて黙って仲間への攻撃を見ていたわけじゃない。同じ飛び道具の使い手として、彼は反撃の構えを見せる。
思惑を察したエステルが、ケントを引き連れて距離を取った途端、
「調子に乗ってんじゃ……ねぇッ!!」
ダンッ!
一発の銃声が形勢を変える。キエルのマグナムが、パウロの機関銃目がけて火を噴いた。卓越した射撃技術が神業的な弾道を描く――信じがたいことに、それは機関銃の銃口を塞ぎ、暴発を起こす。
「んなァァァァッ!?」
「よしッ!」
驕りが招いた結果。破壊神と化したパウロは自分の強さに陶酔するあまり、防御がお留守であった。
爆炎がパウロの体を砕き、機関銃を溶かす。
物陰でギリーは息子と共にガッツポーズを送るが、
「――この程度で何かナ?」
勝利を確信した一瞬が、まさかの落ち度。炎の中のパウロは苦悶の表情一つない。狂気的な笑顔で口を大きく開き、辺りを漂う魔力粒子を吸い始めたのだ。
ギリーの武器職人としての勘が騒ぐ。これはとんでもない魔導砲だ――
「キエル、逃げろッ!」
「へ?」
ギリーを振り向いたのが幸運だった。その刹那、レーザー砲がキエルの顔面横15㎝を掠めた。ドレッドヘアの表面がチリチリに焦げ、背後の展示物の盾にぽっかりと穴が開いている。驚異的破壊力に一同は顔を真っ青にしてパウロを見返した。
するとやはり、煙立つ彼の口の中には強力な魔導レーザーが内蔵されているではないか。
「キエッヘッヘッヘ!」
――人間じゃない。
愕然とする盗賊立をあざ笑うかのように、パウロは小刻みに震えた。
「お前ら逃げるぞッ!!」
冷静だったのは意外にもギリーだ。彼は自信作の要塞攻略用ランチャーを引っ張り出し、パウロ目がけてぶちかました。
「ぬホッ!?」
さすが一流技師だけあって射撃能力もそこそこか、ランチャーの砲撃は見事パウロの顔面に着弾。防御魔法を張らせない巧妙な不意打ちに、最初で最後のチャンスを作り出した。
「キャウ、開け!」
「はいよ、親父!」
キャウは暗証番号を叩き込み、地下脱出口をオープンさせる。熱気を吸い込む地下への入口に、エステル達もこれ以上の戦闘を諦めた。
「キエル、ケントを連れて先にッ! もう一発食らわせていきます!」
「頼む!」
やはり無理が生じたのか、蹲り脂汗が止まらないケント。キエルは急いで彼の肩を担ぎ、キャウが手招きする脱出口の梯子に足を乗せた。
「そのまま下へ降りたら真っ直ぐだ!」
「ケント、頼むから落ちるなよ。掴まってろッ!」
ギリーに言われるがまま、キエルは ケントを背負って梯子を下った。
彼らの姿が見えなくなると、エステルはセーブしていた魔力を開放させ、自らも運土を体現したような炎を纏った。
正面に立つパウロはギリーの一発にうめき声を上げているが、あれだけの業火に焼かれながらもまだまだ健在だ。よほど恐ろしい体の仕組みになっているに違いない。
ならば、やるだけのことはやる――
「これで、二人っきりですね? 出し惜しみなしでやらせていただきます……!」
エステルの啖呵に、ビクッとパウロは痛みを忘れたように目を輝かせた。
「ふ、二人っきリ!? そ、そんナ、エステルたん! だ、大胆過ぎでしョ……! ぼ、僕、顔から熱くなってきたヨ……!」
「安心してください――蒸発させてやります。貫け、《宙を裂く太陽の咆哮》!!」
真紅の髪に劣らない炎がエステルの指揮棒に渦巻き、魔力の槍を成す。現れた七芒星魔法陣の中央を思いっきり杖で殴ると、光の速さで弾丸がパウロの顔面を貫通。跡に天体級の温度伴って、パウロの身体を液状に仕立て上げる。
「キェェェェ――ッ!?」
それが断末魔であることを祈るばかりだ。
崩れ始める地下室。エステルも脱出口へ急ごうと振り向くが、
「ふんッ! ふんッ!」
それは岩場に挟まったペンギン――いや、サングラスのおデブだ。馴染みのある丸々とした背中が、脱出口に挟まっていたのである。
エステルは白目をむいて、
「ここでそう来ますか!? 空気読みなさいよッ!」
「すみません。手伝ってください……!」
もたもたしている暇などない。室内温度は急上昇し、地下室の天井にまで炎が回った。
意を決して、エステルは外道に徹する。残った酸素を吸い込み、彼女は脱出口目がけ、ダッシュを切った。
「うるあぁぁぁぁッ!!」
「ちょ――まさか!?」
こんなおっさんとチャーシューにされるのは御免被る! その鬼神に等しき気迫で彼女はあろうことか、ギリーをその勢いで踏みつけ、脱出口に押し込んだのである。
「ぐほッ……」
スポンッ!
サウナ状態が功を奏し、汗が潤滑油となって、ギリーは奈落の底へとドロップアウト。エステルもそのまま風魔法でギリーと共に落下し、脱出口が自動で閉まるのを見届けた。