伝説の魔法剣 その1
《銀線細工工房 ギャレット》
デブがやっと通れる程の細い階段を降りると、そこには銀線細工職人の聖域である工房と、ギリーが大陸中を旅して掻き集めた魔法剣がこれ見よがしに展示されていた。
一目で心をくすぐられるコレクションに、エステルは目を輝かせ、その一本一本の感触を確かめる。
「へぇ~すごい! これはサンズ中世で流行ったロングソードに、そっちは旧アルドラ王国の王宮剣! そして、これが5百年前、トンファン帝国傭兵部隊愛用の双槍! フェンディがいたら全裸で発狂しかねないラインナップです……!」
「――どうでもいいが、そのフェンディと言うヤツの詳細をだな」
「ツッコまないでやって。すごい変な変態なの」
「変な変態ってだけで、ヤバいのはわかった」
真剣に魔法剣を探そうとしているケントの傍らで、ギリーは銀線細工の仕立てをするための道具を机の上に並べ始めた。
「さて、どうすっかな……キエルから聞いてるかもしれねぇが、銀線細工にはオールメイドどハーフメイドがあってな。今回、俺はお前にハーフメイドを勧める気でいる」
「ハーフメイドって……魔法剣を銀線細工で改造することだよね?」
「そうだ」
ギリーは煙管に火を点け、ケントの目の前に銀粉が入りの、七芒星魔法陣が書かれた盆を置いた。
「理由としては、制作に時間がかからないってのと、オールメイドを作るにしては銀水晶の量が足りないせいだ」
ケントはテーブルに置かれた赤いベルベットの小箱に目を暮れる。その中には小指の第一関節程度の銀水晶が入っていた。
他ならぬ、サンズに帰ったフェンディの置き土産である――
「かと言って、オールメイドがハーフメイドより優れてるって訳じゃない。キエルのように、魔力が魔導師に満たない人間にとっては、銀水晶の力をモロ借りしちまった方がベストだ……が、お前は違う」
ギリーはケントに右手人差し指を盆の魔法陣の中心に置くように指示する。
「お前は生身での魔力を封じられてるファントム・ギャングだ。どの武装が相応しいのか、まずは自分の魔力を分析する必要がある……置いてみろ、魔力ゼロでも構いやしねぇよ」
何をするのかわからないが、彼はギリーに言われるがまま盆の中心に指を置いた。すると、ケントは目を見張る。盆に敷き詰められた銀粉が、魔法陣に描かれた七芒星の角――各魔法属性の象徴へと移動したのだ。
「これは……!? 何か、銀粉がひとりでに……!」
「どうしたんです?」
何か面白いことが始まったと、エステルが戻って来た。
「エステル、お前ならわかるだろう? これがケントの適正属性だ」
「なるほど……とんだ熱血野郎ですね」
「――何、それ。悪口!?」
「違いますぅ~! 盤面を見てください」
盆に広がる銀粉は可視化されたケントのポテンシャル。対極にある水星や木星、土星、月型には一切の銀粉がなく、七芒星の中央の成す太陽の頂点角に銀粉が異様に集中している。そして、その左右にある近い属性に銀粉にかかる銀粉の量は徐々に減っている次第だ。
エステルはこの結果を真剣な顔で眺めた。
「ケントは主属性が太陽型で、副属性に火星と金星が習得可能なんです」
「副属性?」
火星と金星のシンボルに薄らとかかった銀粉をエステルは撮んだ。
「飽くまで可能性の話です。ケントの場合、太陽型を極めた後、火星型か金星型の専属魔法を取得できるかもしれないと言うことです」
「え!? 魔力って一人に一つの属性じゃ……!」
「基本はそうです。サンズの魔導学校でも、一属性を極めてやっと主席です。だから副属性が二つもあるのはすごいですし、ましてこれを使えるようになるなんて、とんでもない話なんですよ」
つまり、一流の魔導師になるためには主属性を極めることが必須条件で、超一流を目指すにあたって必要なのが副属性ということである。
ただ、この副属性と言うのは生まれつきの才覚だ。副属性を持つ人間もいれば、主属性しかない人間もいる。使える属性は個人によってまちまちであるし、どんなに血反吐を吐いても副属性を取得できない魔導師も少ないはない。
だからこそ魔導師にとって、副属性取得とは命懸けの試練なのだ。
奥が深過ぎる魔法の世界だが、崩壊する固定観念と垣間見えた自分の可能性に、ケントの胸は少しばかり高鳴った。
「ち、ちなみにエステルは?」
「私はケントとほぼ同じです。ここに水星型が加わるだけなんですが……魔導指揮の面から、私も火星か金星をメインに修練した方が良さそうですね。炎の弱点だからって、水にばっかり手を出してました」
一つ多いとは、副属性が3つか。サンズ魔導大家の人間である以上、その位の潜在能力は当然と言うことなのだろう。すでにエステルが副属性に手を出している事実も頷ける。
「ちなみにフェンディは……女の勘ですが、たぶん、4つはくだらないはずです」
「本当に変な変態なんだな、そいつは!」
悔しそうに腕を組むエステルに、ギリーはわけわからんと大きく眉を落とした。
「さて、話は戻るが……ラスティーラってのは、伝説通りなら太陽型魔法以外は使ったことがないはずだ。これはチャンスだ、ケント。お前にはこれだけの潜在能力がある……つまり、オールメイドで銀水晶に頼っちまうと過去の自分を越えられねぇんだよ」
彼は盆を片づけ、魔法剣のコレクションへと近づいた。
「だからハーフメイドだ。お前の魔力と相性のいい魔法剣を軸に、潜在能力を引き出せる隙を作る。こっちで選んでみろ、この辺が太陽型と相性のいい炎と雷の剣があるからよ」
ケントは席を立ち、改めてギリーのコレクションを見回した。
「でも……たくさんあり過ぎて、何を基準にすればいいのか……」
その道のオタクなら涎が垂れる、勇者の憧れとも言われた数々の名剣。それが空間一杯に敷き詰められているのだが、その中から自分似合うものを探せと言われても、素人には至難の業である。
「これでも俺のコレクションの10分の1に満たないぜ? お前が選んだあとの残りモンは、全部オークションに出展するしちまうけどな」
「オークションって……例の魔導騎士団主催の?」
エステルの言葉に、ギリーは煙管を吹かし、頷いた。
「そうだ……俺のお得意様である、パウロ・セルヴィー主催のオークションさ」
その名に、ケントとエステルは顔つきを険しくする。もっともな反応だと、子供らしからぬ戦士の眼光に、ギリーはそのどでかい腹から笑い声を立てた。
「心配すんな、お前らのことは命に代えても黙秘する。パウロの旦那は俺に取っちゃ、最高の金ヅルよ。価値あるものには惜しまず金を使う変態級のオタクだからな」
ギリーはふと、奥の小部屋へとケントとエステルを手招きした。
「こっちへ来い。ハーフメイドの軸には相応しくねぇが……とって置きを見せてやる」
注意深く二人がギリーの後に続くと、そのふくよかな身体の陰から、黒いカーテンに覆われ、何重にも南京錠を施された展示品がお目見えした。
一目で異質とわかる荘厳さ。カーテンに刻まれた七芒星魔法陣に、二人の背筋を急激な寒気が襲う。
「……封印魔法ですか。それも同時に式の違うものが多数かけられてる」
「え!?」
「ご名答。さすが、お頭殿よ……お前らは運がいい。見立ての前に、こいつだけは見てもらいたかったんだ」
ギリーは錠を解いた。ジャラリと鎖が重い音を立てて落ちると、彼はカーテンレールの紐を引っ張り、黒い絹に隠された秘密を少年達に露わにした。
途端、心臓が大きく脈打つ。突如襲い掛かった、殺意に似た気迫に、ケントは息を呑みこんだ――
「これは……!?」
カーテンが外され、封じられていた両大な魔力が彼らに牙を向く。それは微力の魔力しか使えないケントでも、膝を着きたくなるほどの覇気であった。
その異変の正体は――たった一振りの刀。
真紅と黄金で装飾された、我々の世界で言う日本刀に近いものであった。それが火山岩のような巨大な岩石に突き刺さり、じっとこちらを見据えているのだ。
その容貌は素人の目から見ても異常だった。まるで久遠に等しい時を業火に燻されてきた如く、怪しげに光る黒鋼の刃。今にも灼熱の呼気を上げんとする刀の妖気に、ケントは新たな宿敵、亡霊なる機兵シヴァの面影を見た。
自然と流れ落ちる汗を拭うと、ギリーは、
「神刀《炎帝倶利伽羅》――古のロマンが、現実となった証だ」
その名に、エステルは真っ先に青ざめた。
「炎帝倶利伽羅……!? 一万年前、ラスティーラ達ですら探していたと言われる伝説の魔法剣! それがどうしてこんなところに!?」
「極東の山奥で偶然発見された。ナルムーンの元帥だかが、そこでドンパチやったおかげで、あの辺りの永久凍土が溶けたらしい。その湖の底でこの状態で見つかったって訳さ」
ギリーはケントを見た。
やはり、前世の記憶が蘇っているのか、彼は酷く顔を歪ませて、
「ごめん――クリカラって何?」
そう言った。
ドゴッ!
期待を裏切る発言に凄まじい音を立てて、エステルとギリーがすっ転ぶ。渦中のケントは「どうしたの?」とばかりに目を点にさせていた。
その顔がとてもイラついたのか、エステルはケントの首をガッと掴んで、
「ケント君、ふざけるのも大概にしなさいよ? 今回ツッコミが冴えてませんよ? ボケに徹して目立とうなんて考えているなら――」
「グエェ――!?」
悪夢の再来。エステルの邪悪に染まった光沢のない黒目が、手負いのケントを突き刺した。深夜の来訪者――テルさんの御光臨(※2章 おしとやかには気をつけろ その2 参照)である。首の骨の悲鳴に、命の危機を察したケントはプロレスのギブアップのサインの如く、彼女の手をバシバシ叩いた。
すると、呆れた様子で彼女はケントを床に投げ捨て、ため息をついた。
「ホントに! 大事なところを覚えてないとか、まったく役に立ちませんね!」
「ヒドイ!?」
「炎帝倶利伽羅って言うのは、魔導経典の時代よりも古いとされている機械竜の神様です。実在は不明ですが、亡霊なる機兵に宗教的な概念が存在したことを裏付ける立派な生きた伝説なんです。それ故に、あの邪竜ヴァルムドーレのモデルとなったとまで言われてるんですよ! 思い出しましたか? この穀潰し!」
役に立たないと言われたのがよほどショックだったのか、死んだ魚の目を潤ませて、ケントは自主的に正座をして肩身を狭くした。
ギャンギャンと猛獣に吠えられる子犬を憐れんだのか、ギリーは割って入って、
「まあ要するに、その神様をモチーフに作られた魔法剣ってことだ。作者は不明だが、炎属性からして、あのレガランスが作ったんじゃないかと思われていた……が」
「だったらとっくに、本人が見つけてるってことだろう?」
少しばかりの憂いの表情で、彼は立ち上がった。
「そうだ。魔力のある人間ほど、こいつの存在に気付けなかった。だが、たまたまパウロの仲間にこいつの在処を知る人間がいたらしく、永久凍土が溶けたのをきっかけに、金に目が眩んで野郎に耳打ちしたらしい」
「それでギリーが発掘に行ったんですか?」
ギリーは徐に工具入れからスパナを取り出した。
「いや……ギルドの連中だ。半分くらい死んじまったが――なッ!」
突如、彼はスパナを炎帝倶利伽羅へ思いっきり投つける。
不意打ちの行動に、二人が肝を冷やりとした表情を浮かべるが、その理由は知れる。
目を突き刺すスパーク。スパナは展開された魔法壁に弾け飛び、赤黒い炎に燃え上がる。液体化したスパナは、地に落ちることなくそのまま蒸発し、跡形なく消えてしまったのだ。
――やってらんねぇ。
あまりの凄まじさにケントとエステルは白目をむいて、口を閉じるのを忘れた。
「こいつの運搬で彼これ、15人近くの焼死体が出来上がってる。だからこそ、オークションで大金を得るか、勇者様と魔導騎士団を叩き壊すかしてもらわんと、割に合わねぇ!」
今、軽くテロリスト紛いの発言を耳にしたが、きっと気のせいだ。
そう心の中で暗示をするが、残念なことにギリーの顔は恐ろしく真剣であった。倶利伽羅に向けた外し、サングラスに隠された決意に眼は、ケントの魂に呼び掛ける。
「――って、訳でやってみろ」
するとギリーは万遍の笑みを浮かべ、ケントに謎のGOサインを出した。
何を?――そう聞くことも憚られる威圧感。震えあがる勇者は硬直する口元をこじ開け、もの申す。
「今言ったよね? 人が死んだのに触れって言うの? 鉄が蒸発してんのに大丈夫って言うの? 俺を殺して完全なる証拠の隠滅を図ろうとしてるの!?」
「すげーんだぜ、あれ。換気すれば同じ要領で燃えるゴミが全部焼却できる! おかげで、ここ一か月のゴミ代も節約――」
「そんなことしてるから怒ってんじゃないんですか!? どう考えても怒ってますよね、倶利伽羅さん!」
珍しくマジな顔でケントに加勢するエステルに、ギリーは失笑した。
「剣が怒る? おいおい、魔法剣つっても元々は単なる鉄屑よ! 意志なんかある訳ないもん――なぁ?」
と、ギリーが倶利伽羅を振り向くと、岩に突き刺さった刀身が「ふざけんな!」とばかりに轟々と燃え上がった。相当お怒りのようである。
予期せぬ緊急事態。これにはギリーもサングラスの下の表情を凍らせた。
「ゴミ処理が気に食わないってか。仕方ねぇ――肉か魚を持って来い、話はそれからだ」
「焼くつもり!? 使い方変えても許してくれないよ? 怒ってるよ、あれ完全に!?」
「と言うか、こんな強い魔法剣……人間の使うものじゃないですよ! 欲しがってる魔導騎士団団長の気が知れないです。彼はこの剣を扱えるほどの猛者なんですか?」
その問いに、ギリーは悠々と煙管を吹かし、首を横に振った。
「いいや……おそらく飾るだけだろうよ」
「飾るだけって……!」
「そう言う野郎なんだよ。お宝をガラスケースに入れてコレクションするのが趣味。根っからのオタクが今更、倶利伽羅を使って何かしようなんて思っちゃいねぇだろ」
《炎帝倶利伽羅》のご機嫌が徐々に落ち着きを見せて来たのか、弱まっていく炎にギリーは魔方陣の書かれた黒い封印布を拾い上げ、テーブルに置いた。
「パウロは魔導騎士団の名を借りて、理想郷を作りたいだけだ。オークションで得られる莫大な利益を糧にな」
「そうすれば……みんなパウロに逆らえなくなる」
「ああ、すでに専売権を始めとした利権を、ヤツはチラつかせてギルドの解体に着手している。ここらで手を打っておかねぇと、ミザール商業は完全に魔導騎士団の傀儡よ。自由な商いができなくなっちまう……そこでだ。今日会ったばかりで申し訳ないが、一つ、お前らに頼みたいことがある」
「な、何でしょう?」
ふうっと深く煙を吐き出すと、ギリーは改めて緊張の面持ちのてケントとエステルを見た。
そして、
「明日のオークションで、この《炎帝倶利伽羅》を盗んでくれねぇか」
全身が粟立った。
それは明らかな反逆の意志。ここにも一人、魔導騎士団に従いながらも激しい怒りを人知れず燃やし続けていた男がいたのだ。