盗賊団スターダスト・バニー その1
アルデバラン 東地区 砦付近
東地区の砦が何者かによって爆撃された。
街中に非常事態を知らせる鐘の音が鳴り響き、辺りは騒然としていた。甲冑を纏ったナルムーンの兵士が次から次へと砦付近に集結する。
「消火班は直ちに作業に入れ! 警戒を怠るなよ、まだ奴らは近くにいるぞ!」
どんな火薬を使ったのか、石造りの壁が粉々に砕け、その大穴からは風が突き抜ける。風に煽られた炎はさらに激しさを増し、兵士達の注意を散らせていた。
「民家がないのが幸いか……泥棒兎が義賊ぶりやがって」
「しかし、何でやられたんだ? 不審物はなかった。この規模なら大量の爆薬を――」
一人の騎士が足元に視線を落とすと、彼は一瞬にして青ざめた。
足元の弾痕――その中で何とまだ弾が高速回転しているではないか!
「――伏せろぉぉぉ!? 魔弾だ! 魔弾がまだ生きている!!」
全ての兵士が注意を向けたその刹那、高速回転し続けていた銃弾が一斉に宙へと跳ね上がる。まるで生き物のように、次々に穴の中から空を駆けた。
次の瞬間、数多の魔弾は弾ける。花火に似た閃光と共に、花の香りを伴った霧がその場にいた兵士全てを飲み込み、意識を奪った。
何とも華麗なる早業だった。
全ての兵士が寝落ちしたのを確認すると、炎の陰に潜んでいたスターダスト・バニーの一行は、ついに姿を現した。
その先頭に立つキエル・ロッシとエステル・ノーウィックはマスクに顔を埋めて、
「必殺〈眠る我が恋人〉、銀線細工と魔法薬学の融合技だ。魔弾の信管に詰め込んだ、このグーグー草の香りに一般人が中和剤なしで耐えられやしないぜ」
「相変わらずネーミングセンスはダッ――さすがです……!」
「だろ? しかし、俺も丸くなったわ。昔なら皆殺しだけどな」
「キエル、スターダスト・バニーは余計な殺生を好みません。これで十分です」
些か眉根を寄せたエステルに、キエルは改まった様子で、
「心得ていますよ、お頭。俺も大事な相棒が、血で汚れるのなんてヤダヤダ」
一礼し、ピカピカに磨かれた左腕のガトリングガンを、誇らしげに掲げた。それは彼なりの誓い――約束順守の意思表示に、頭領のエステルは頷いた。
「それでこそ潔癖神経質ですね!」
「だよ? だから俺、変態兄貴を抹消しちゃっても許してね……!」
「よしなに。それは余計な殺生に含まれませんので、ええ!」
余計な殺生の定義が怪しいところだが、有言実行しかねない、二つの真っ黒い笑顔にメンバーは身をすくめる。
「さてさて、これで師団の目を少しばかり逸らすことができます。ここから先、やることはただ一つのみ!」
エステルはマーチングの指揮棒に似た白金の杖を風上にかざし、空を裂いた。
すると驚くべきことに、あれほど兵士達が消火に手を焼いていた猛火が、一瞬にして指揮棒の先に収束し、見る見るうちに吸収されてしまった。
「奇襲による強奪です。ショコラさん、〈バニーちゃん〉はどこにスタンバってますか?」
「A地点、B地点から対角線上で距離10の位置。お頭の指定通りのポイントで待機中です」
彼の名はフォン・ダーン、通称〈ショコラ〉と呼ばれている。ご察しの通り、あだ名はチョコ的な何かが足りないと悔やんだメンバーによって命名されたものだ。
キエルよりも頭一つ分でかい男で、オールバックとアイパッチがトレードマークであった。彼のアイパッチだが、小型のレーダーとして発明された銀線細工である。今のそのアイパッチには、〈バニーちゃん〉と魔導騎士団の姿が枢軸上に映る。
「ナイスです! 皆、いいですか? バニーちゃんが奪われるのだけは絶対阻止です。時間内に指定ポイントに辿り着けない場合、バニーちゃんには、私達を置いていくよう指示をしてあります」
「あと1時間……同化儀式の開始時間がリミットか」
「はい。それまでに銀線細工部隊はフェンディ達を、私達は銀水晶を必ず奪って帰るのです! 誰一人、死ぬことは許しません」
「承知!」
野郎どもは拳を握り締め、彼女の命に胸を叩いた。
強靭なる誓いを目にしたエステルはにっこりと笑って、
「良いお返事です。一先ず残りの魔導経典のことは忘れましょう。優先すべきは邪竜の復活阻止。野郎ども、準備はいいですね!」
霧の向こうから高鳴るエンジン音は準備完了の返事だった。他の団員達が手配した車に、エステル達はすぐに乗り込む。
そして、
「私達は無法者、ド派手に行きましょう!」
頭領エステルの号令により、数台の消防車が一斉にアクセル全開で飛びだした。