表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
87/111

ようこそオタクの聖地へ その2

ミザール 老舗銀線細工(フリグリー)工房ギャレット


 とりあえず、破壊された入口は防犯のために鉄板で塞いだ。埃と木屑に塗れた店内を潔癖症の指揮の下、せっせと磨き上げると年季の入った床板が嬉しそうに輝いた。


 すっきりと片付いたところで、話は始まる――


「久しぶりだな、キエル! 何年ぶりだ? ちゃんと更生したのか?」

「ふぅー! 2年ぶりぐらいじゃねぇのか? しかし……太ったな」


 ボヨンと子供が2人ぐらい入ってそうな腹をさすると、ギリーは顔をしかめた。


「お前の中元と歳暮のせいだ! まったく元極悪人のくせに、妙なところは細かくて――」

「そこ綺麗にしたから触んないで」

「……堪んないぜ!」


 磨かれたカウンターの指紋。ギロリとした彼の視線に、さすがの店主も恐れをなして、さり気なく乾拭きをする。


 さて、どうやら顔見知りらしいが、さっさと本題に入りたいところだ。

 恐る恐るエステルは、二人の間に割って入る。


「あの~お話中悪いんですか……早速、魔法剣の見立てに移りませんか?」

「何だ、この座敷童は? どこの店のアフターだ!?」

「ざ、座敷……!?」

「悪いことは言わねぇ……金貸してやるから、もっといい女に変えて来い」

「聞き捨てなりませんねぇ! 私だってドンペリの一本ぐらい取れますよ!」


 「キーッ!」と歯をむき出しにして食いかかるエステルであるが、かえってギリーの失笑を買った。


「何もわかっちゃねぇ! すぐドンペリとか言っちゃう辺りど素人だな……よしわかった! 今電話して取って置きの呼んでやるから、嬢ちゃんも勉強――」

「やめてッ! エステルにはまだ早いから! ただでさえ、腹黒なんだから!」


 キエルは必死の形相でギリーから電話を奪い、ピンクの名刺を彼の財布に戻すが、エステルとて、いかがわしい出前の存在を知らないわけではなかった。


 それはそれで面白そうなのに、ち彼女はキエルの聞こえないところで舌打ちをした。


「まあ、冗談はこのぐらいにして……そこの嬢ちゃんが、噂に聞くお前の頭ってことか」

「エステルって言うんだ。俺をしょっ引いた軍人の妹で、サンズ指折りの魔導師だ」

「よろしくお願いいたします」


 ギリーは改めて素性の知れたメイドの座敷童を凝視するが、やはり失笑を隠しきれなかった。その反応にイラッとエステルは青筋を浮かべるが、もっとイライラしている人間がいることを思い出し、グッと耐えた。


 そして、そのイライラしている張本人であるが――


「で、あのプータローが勇者様か? 剣も心も折れたそうだな」

「ああ、最近失業したての無職だ」

『――すんません、もう脱いでいいですかね……!?』


 わなわなとプータローの背後に見えない炎が燃え上がる。中の人は彼らの返事を待たずに背中のジッパーを内側から外し始めた。


 だが、その時、悲劇が起こる。


「パパ、キエル兄ちゃんまだー!? 僕、待ちくたびれ――」

「あっ」


 店の奥から、子供が一人勢いよくドアを開けたのが運の尽き――少年はピタリを動きを停止した。硬直した表情で、それ(、、)と目が合ってしまったのだ。


 少年を待ち受けていた光景は残忍であった。目にしたのは大人気アニメ「魔獣ゲッチュウ☆」の主人公、海賊ペンギン《プータロー》の哀れな姿。皮膚がぐにゃりと剥がされ、その背中から、死んだ魚の目をした、紅い額当てと青い髪のクソ野郎が、素っ頓狂な顔して生えているではないか。


 なんて、グロテスク。途端、夢の崩壊の音を少年は聞いた。砕け散った夢の欠片が、無情にも少年のガラスのハートに傷をつける。


「――うわぁぁぁぁんッ! プータローから中の人がァァァ!?」

「ちょ、待って……!」


 生まれて初めて味わう裏切りの痛みに、少年は走り出した。もはや中の人の言葉は凶器だ。残された純粋さを全て切り裂かれる前に、少年はに逃げ出したのである。


 何やらかしてんだ、とエステルは鬼の形相でケントの首を掴んで、


「ゴルァッ!? あんたアレがどんだけ成長期の心を歪めるか、わかってんですか!? 硝子の少年時代の重要さをわかってないんですよ! 破片が胸へと突き刺さるんですよ!」

「やめ――ぐ、ぐるしい! ぎずもひらぐ(、、、、、、)ッ!?」


 珍しく正論を吐きながら、彼女はケントの首を締め上げ、容赦なく揺さぶった。まさにメイドに冥土送り――と、まったく上手くない図式である。


 だが大人達は様子が違った。これも大人への成長儀礼だと微笑ましく少年を見送ると、


「この調子でサンタクロースも――わかれば、楽だよな。親として」

「だよね」


 恐ろしき企てを口にするのであった。

 少年少女はピタリと動きを止め、腹黒い微笑み二つにジト目で見つめ、


「「あんたらが一番汚れてる」」


 絶妙なハモリの後、とりあえず店内は静けさを取り戻した。


             ◆ ◆ ◆


数年前。


「ねぇ、お兄ちゃん」


 窓から外を眺めていた妹は、楽しげにこちらを振り向いた。


「みんな綺麗なドレスを着てるけど、私はそんなのより……ふわふわのオムレツでお腹をいっぱいにしたいな~」


 熱いものが込み上げた。

 やや痩せ細った万遍の笑みに、人知れず涙した日も懐かしい。そんな我が家に咲く、一輪のタンポポは、荒みきった心の癒してくれた。


 何かしてやりたかった。

 だが彼女は、欲しいものを聞く度に、


「うーん……アップルパイ? お母さんと3人で食べたいな!」


 もはや自力で食事を取れないお袋を前にしても、彼女は悲しい顔を一瞬たりとも見せずに、お袋の手の温もりを幸せそうに感じでいたのを思い出す。


 お袋が死んだ日もそうだった。

 お腹空いた――と、彼女は涙でグチャグチャにして言った。


 その時作ったジャガイモのスープを、おいしい、おいしいと平らげてくれたが、結局、涙の勢いは増すだけであった。


 だけど、今、あの部屋に帰っても、冷蔵庫に入っているのは一人分の食材だけだ。


 埃被った2組の食器が、今の残されたまま……。



            ◆ ◆ ◆


食い倒れ市場


「……ホットケーキ?」

「――はっ」

「どうしたんだよ、立ったまま寝るんじゃねえぜ」


 我に返り、視界が飛び込んだのは鶏――かと思えば、鶏冠頭の細マッチョ、マカロンであった。


 いつの間にか、艶々のリンゴを手にしながら白昼夢を見ていたらしい。


「……すまねぇ、レシピを考えるのに夢中だった。オヤジ、これ一箱くれ」

「毎度、兄ちゃん! おまけしてやるぜ」


 果物屋の親父にリンゴを一箱ほど頼み、指定の場所でピックアップできるよう、買い回りサービスの控えを受け取った。


 食い倒れ市場は、その名の通り食材の宝庫であった。

 B級グルメから高級食材まで、ここにおいてないナルムーンの食材を探せと言う方が難しいと言える品揃えであった。


 大陸中の料理人がここに買い付けに来るため、市場は顧客動員策としてこのように指定のカウンターで買ったものを受け取れるサービスを行っている。

 手ぶらで買い物ができるとは実にスマートだと、ホットケーキはやや活気を取り戻して次に調達すべき品をチェックした。


「えっと、調味料も買い込んだし、野菜、果物は済んだ。あとはバターと卵か……器具も一新してぇが――」


 ホットケーキの隣で、マカロンの腹の音が鳴る。


「……その前に腹ごしらえか」

「俺、ローストチキンサンドがいいな」

「共食いかよ! 待ってろ……確かこの辺に屋台が――」


 地図を広げた直後、何やら不思議な感覚が全身を駆け抜ける。はっとして顔を上げると、視界の端で、人混みの中をピンクの影がシュッとすり抜けて行った気がした。


「……」

「どうした? ホットケーキ」

「……いや」


 マカロンは気づかなかったのか、自分の食欲を満たすことで頭が一杯である。

 その後、彼は少々警戒した様子で辺りを見回したが、あのピンクの影らしきものに遭遇することはなかった。


 疲れのせいだと、ホットケーキは気持ちを切り替えて、屋台スペースへと向かった。

 



ふじしろは剛君派です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ