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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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ようこそオタクの聖地へ その1

《ミザール ガラクタ市場》


「はいよ、次はこっちの刀剣だ! 見た目はボロいが、100年前のトンファン帝国で作られた逸品! 底値は5万マニーからスタートな! さぁ! 言ったもん勝ちだ!」

「――5万百!」

「5万2百だ!」

「5万5百で――」


 物欲に燃える喧騒の中で、歯切れの良い競りの掛け声に、大通りを行きかう観光客は次々に足元を止める。片手には酒やファーストフード、まるで映画でもみるような感覚だ。それくらい、至る所でオークションが開かれ、ある種のエンタメとされている。


 このイベントスペースから出ればミザールのメインストリート。トタンと木材で組み立てられた簡素な屋台に、オイルやお香と様々な匂いが漂う。機械部品に刀剣、陶磁器にお香と香水。そして、電化製品にアニメグッズと――もはや規則性もクソもない店並びが、この活動的なミザールの象徴とも言えるパノラマを成していた。


 夕食時も重なり、ガラクタ市場はさらなる人でごった返していた。迷子になったらお巡りでさえも身動きが取れない状況下、「木を隠すなら森」的な発想で、盗賊団スターダスト・バニーの面々はとある場所を目指していた。


「おい。わかってると思うが、スリにやられ――」

「すんません、副長。小銭入れがねぇっす……! 尻のポッケに入れていたのに!」

「自分の職業を言ってみろ、マカロン? 鶏冠を引っこ抜いて、唐揚げ屋に売られてぇのか……!」


 明らかに服の下で銃のトリガーに指をかけているキエルに、マカロンは悲鳴を上げ、エステルに助けを乞う。


「ま、まあ! キエ……じゃない、お兄ちゃん(、、、、、)! この辺で二手に分かれましょうよ」


 今にもアニオタが立ち止りそうな声音で、黒髪のおかっぱ娘はそう言った。

 少しでも捕まるリスクを下げるため、エステルは地毛の紅髪を真黒に染めていた。出来上がった艶々のボブを見て、他のメンバーが座敷童と思ったことは内緒である。

 母艦から離れる際に、彼女は外出先で迂闊に本名を呼ばぬよう、ニックネームを決めていた。メンバーは5人。マカロンとホットケーキはそのままで良いとして、とりあえずキエルは、実の兄を差し置いて「お兄ちゃん」と設定をつけた。


 今回の外出目的は二つある。一つが食料品の調達、一つが――


「そうだな、テル子! ここで食料組と武器屋組で別れよう。あとは打ち合わせ通りだ」

「わかってるっす。良い食材を調達してきやすぜ!」

「さすがだ、ホットケーキ」

「副長、俺も買い物がてら街中を調査するっす!」


 怒られたマカロンはピッと鶏冠頭と背筋を伸ばし、敬礼した。

 それを見たキエルは笑って、彼の肩叩いた。


「マカロン、お前の機動力が頼りだ」

「副長……!」

「だから――間違ってもメイドカフェなんかに入るんじゃねーぞ?」

「……っす!」


 殺気を帯びた視線に、鶏冠頭は恐怖のあまり萎れてしまった。ホットケーキとエステルが横目でマカロンの尻ポケットと確認すると、クシャっと挟まるメイドさんのチラシに二人は大きなため息をついた。


「ならいいんだ……! 信じてるぞ、マカロン!」


 真黒な笑みが、マカロンの背丈を二倍にも三倍にも小さく見せる。気分はお肉屋さんに行き着く前の七面鳥だった。


「じゃあ、副長。いってきやす!」


 とにかく、迅速な行動が第一。ホットケーキはマカロンの首根っこを摑まえ、意気揚々と食材市場の方へと消えて行った。


 彼らを見送ると、ばっちり変装した3人は進行方向を向く。


「さあ、私達も行き――」

『待てよ』


 いざ行かんと、エステルとキエルは万遍の笑みで機械工芸市場へと踏み出す――が、世にも陰険な声に二人は背後を見た。


 そこには、黒いオーラを放つ寸胴の巨体がいた――


「あら。いたんですか、ケント?」

『根本的な問題を指摘させていただきますが――目立つなと言うのに、何故お宅はメイド服なんですか?』

「郷に入ったら郷に従えと、学校で習いませんでしたか――《プータロー》?」

『俺は好き好んで着てねぇよッ!!』


 背後に立つ短足寸胴は、どデカいペンギンの着ぐるみ。一度、その短い手足をパタパタと動かせば、間違いなく子供達が集まってくる、安定の愛らしさだ。

 このペンギンこそ、異世界に名を馳せるアニメキャラ――『魔獣☆ゲッチュウ』の主役、海賊ペンギン《プータロー》である。

 プータローはご機嫌ななめなのか、船長の証である羽帽子をふにゃりとさせ、俯いた。


 ――つか、名前に悪意しか感じねぇ。


 そう思うのも無理はない。


 無粋な話になるが中の人――ではなく、プータローの姿をお借りしているのは、我らが盗賊団スターダスト・バニーのケント・ステファンなのだ。

 偶然だと思いたいが、一度無職となった彼は、この手のネタに敏感だ。加えてお尋ね者である以上、こんな着ぐるみで街を出歩くのは自殺行為。憲兵を呼べと言わんばかりのパフォーマンスである。

 しかし、本気でそれに気づいていないのか、キエルとエステルは至って能天気だ。


「何だよ~大人しいから気に入ってたのかと……」


 そういうキエルは、帽子に丸いサングラスと比較的に軽装であった。


『気に入るか!? 第一、暑いし、動きづらいし……ゲロ吐きそう』

「――ちょっと、薬局で除菌スプレーとウエットティッシュを買ってくる」

「吐き気止めじゃない辺り、さすが潔癖症ですね」


 プータローの背中は増々丸くなる。暑いのは気の毒であるが、それ以上に心配なのは、ケントが数日振りにまともに歩行すると言うことである。


 案の定、様子がおかしい。


「……痛みますか、やはり」


 プータローは首を横に振った。


『大したことない……着ぐるみさえ脱げば、だいぶ楽になるよ』

「悪りぃな……剣を見立てるにしろ、オーダーするにしろ、本人がいないと話にならないからな……」

『心配ないよ……さっさと行こうぜ』


 キエルとエステルはペンギンの肩を支え、機械工芸市場の人混みの中へ歩いて行った。


 ペンギンとメイドとチンピラ。常識からして酷くシュールな絵面であったが、このミザールと言う街はそんなちっぽけな価値観すら消し飛ばすインパクトがある。


 どこかでイベントが始まったのか、あっという間に大通りには様々なアニメのキャラクターで溢れ返った。ハッピ組然り、コスプレ然り、そして着ぐるみも――よい意味での計算外のハプニングに、彼らは一瞬にしてこの市場の風景の一部となった。


 だが、そんな彼らを先ほどから監視していた影がここにいた――


「ウキュ……!?」


 通りの片隅で、息を潜めていたピンクのモフモフしたそれ(、、)は、対象を見失ったことを焦ったのか、先回りするように走り出した。


                ◆ ◆ ◆


銀線細工(フリグリー)工房 ギャレット


 大通りから外れた、やや小汚い路地にその店はあった。


 知る人ぞ知る、銀線細工(フリグリー)使いの憧れ、老舗工房ギャレット。この店で自分の得物をオーダーしたいがために、大陸中の銀線細工師(フリグリスト)が集まってくるのである。


 そんな人気店がゆえに、”close”という看板が立てかけられていても、遠路遥々やってきた銀線細工の使い手達はあの手この手で交渉しようと企んでいた。


 そんな客がここにも一人――


「マスター、頼むよ! これだけ銀水晶を闇ルートで集めて来たんだ……割安で何て考えないからさ、ロングソード10本でお願いだって!」


 男が店に持ち込んだのは、何と2㎏ほどの銀水晶の塊だった。ノーネームのものとは言え、市場価格ならウン百万はくだらない。第一、大きさからしてナルムーン軍に召し上げられ、市場に出回るのが難しい逸品であった。


 だが、職人なら喉から手が出るほど欲しいお宝を目にしても、店主ギリー・マクレンは微動だにせず、プカプカと煙管をだけで何の興味関心を示さない。


「……」


 彼は客に見向きもしないで、一日の汚れを落とすべく玄関の掃除を始める。


 寡黙な彼は夜でもサングラスを欠かさない。加えて、日焼けした肌と無精髭と来れば、今にも懐から銃を取りこの客を射殺しかねない悪人面だ。


「な、なぁ! 頼むって、マス――」

「帰んな。俺は使い手を選ぶ主義でな」


 客は撃沈だった。

 有無を言わせない雰囲気を醸し出し、店主は店の”close”看板を煙管でコンコンと叩き、男の背中を見せつけて店の中へと戻って行った。

 振る舞い全てがハードボイルドだった。


 ただ一つ、


「――うっ」


 腹を引っ込めねばドアを潜れない――そんなデブであることを覗けば。


「あの……」

「……ふんッ!」


 普通の体格なら問題ないドアが、デブにとっては日々の強敵であった。彼は肉を寄せ集め、ぐいっと店内に押し込めようとするが、皮膚が擦れてかなり痛くのが辛い。


「マ、マスター、大丈夫? 助けるよ!」


 嵌ったまま身動きの取れなくなった、彼を心配そうに客は見守るが、


「問題ない。中に入るだけだ……ヒッヒッフーッ!」

「――いや、出産じゃないんだから」


 手出し無用とギリーは巨大な尻をフリフリ動かし、身体を店内にねじ込んだ。だが、やはりビクともしない。彼は脂汗を浮かべ、悔恨の表情で舌を打つ。


「しくじった……まさかあんなに、お中元のベルナールのレーズンパウンドが美味かったとは……一か月の摂取カロリーを一ケタ間違えるなんて、俺もとんだクレイジーだぜ!」

「一桁違うの!? クレイジーつうか、ただのバカだよね!?」

「ドゥーベが荒れると聞いて、買い込んだんだ……こんなことなら、客人用に残しておけばよかったぜ。ヒッヒッフゥ……!」

「――あの、自業自得って言葉ご存じ?」

「と、ともかく、あんたは帰んな。今日は客人が来るからもう店仕舞い――うぐっ!」


 ギリーがビヨンと兎跳びのように動く。すると奇跡的に腹が外れたが、今度は尻が嵌ってしまい、もう一回戦。だがムキになって尻を動かすと、入口を支える大事な柱がミシミシいき出して二次災害の気配が漂う。


 これは一大事、もはや銀線細工(フリグリー)どころではない。

見かねた客は慌てて助けを呼ぶべく、辺りを見回すと、路地の奥から3人の人影がこちらに近づいて来る。


 光芒が見えた。彼は大きく手を振って、


「ああっ! あんた達、ちょうどよかった……この人、ドアに挟まって動けなくて!」

「マジか! まさかギリーの旦那じゃねぇだろうな!?」


 客はその時、自分がとんでもない連中に声をかけてしまったと直感した。

 真っ先に駆けつけてくれた親切な人は――見た目からして堅気ではなった。帽子とサングラスと金髪ドレッドヘア。すれ違いざまに腕ごと腕時計を持ち去られてもおかしくはないオーラを放っている。


 しかし問題はその奥だ。


「どうしたんですか? 事故でもあったんですか?」

「いや、あの……」

『…………』


 チンピラが連れていたのは、座敷童に似たコスプレのメイドと、何故か貫禄が漂う海賊ペンギン《プータロー》だった。


「おいおい、旦那……せっかく会いに来たってのに、何なんだよ!」

「そ、その声、キエルか!? 頼む手伝ってくれ!」


 再会の喜びを分かち合う暇もなく、見かねたチンピラは、ラグビーのタックルの如く全身全霊でギリーを店内に押し込もうとするが、やはりうんともすんとも言わない。


 そこで、チンピラはとある行動に出る。


「無理だ、これ。仕方ねぇ……奥の手を使うぜ……!」


 カチャリとチンピラはどこからともなく銀線細工(フリグリー)のバズーカを取り出、ギリーの尻に照準を合わせた。


 これは――もしかしなくてもいやな予感!


「根性見せろよ、旦那――ファイアァッ!」


 まさかのバズーカ発射。ドォンッ! と、汚い花火に粉塵が舞う。店の玄関は木端微塵吹っ飛ぶが、爆発に押し出されたギリーが、疲れ切ったオットセイの如く床に転がっていた。


 それも、ツッコみたくなるほど奇跡的な無傷で――


「しまった……埃が充満してる! 即刻掃除しねぇと、お子さんの健康に悪影響だ!」

「ここが噂の人気工房なんですか? 何かバーみたいですね……」


 チンピラはともかく、コスプレイヤーのマイペース振りに、客はあんぐりと口を開けた。


「ともかくお邪魔するぜ! キャウはいるか~? お兄ちゃんが遊びにきましたよっと!」


 スタスタと店内へ入るチンピラとコスプレイヤーに続き、無言のプータローは、黄色いあんよを「プッ、プッ」と鳴らせて客の真横をスルーしていった。


 その際、プータローは騒ぎを陳謝して、客に軽く会釈した。つられて彼も頭を下げるが、それ以上何を語る訳でもなく、爆砕され広がった入口を難なく通り抜ける。


 嵐の後の静けさをだけを残し、客は路地に独りぼっちにされた。


「……何なの?」


 よくわからないが、あの店は異世界への入口らしい。凡人は近寄るべからず――望まぬゴタゴタに巻き込まれてはご免と、客は持ち込み銀水晶をキャリーケースに戻し、別の工房へと足を向けた


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