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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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海外配送は着けば万歳 その3

《母艦ニューバニー 医務室》


「…………」


 なり行きながら、ついに愛する平凡な生活と別れを告げ、本当に盗賊団の一員となったケント・ステファンは、スターダスト・バニーの支出額にメスを入れた。

 エステルを除く方々は、盗賊出身とは言え庶民的な感性をお持ちのはずだ。だがそのドンであるエステルがサンズの魔導大家――言い方を変えると、超富裕層出身のために、何となくこの帳簿から嫌な匂いが漂っているのである。

 案の定、禁断の書物を開くなり、鍛えられた勘定兵士の勘が騒いでいる。ここに書かれた支出額は、予算に対して適正なものではない。記載された妙に切りのいい金額の羅列が、「あ、こんぐらいでいいか」という無自覚の悪意を垣間見せている。


 削減だ。削減し適正な支出額に修正すること、それこそ神に与えられし使命――


「武装にこれだけ気前よく金を出すのは良いと思うし、サンズのパトロンからもらってる資金に対して理想的だ。こっちは問題ないのに……何で生活費だけこんなにアンバランスなんだ……!?」


 深刻な表情で、ケントはクルクルとペンを回し、ベッドテーブルの上の帳簿と格闘を繰り広げる。

 未だ傷の癒えないケントにとって感情は、最大の暇つぶしであり、最高の娯楽であった。


 あの敗北からまだ6日。この通り、ベッドに寄りかかる程度であれば問題はないが、歩いたり、走ったりするようなら激しい痛みに悶絶ものである。もうしばらく安静にしていなくては日常生活すらままならないのだ。


 治癒能力が高いはずの亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)が、ここまで回復に手こずっているのには大きな理由があった。


「……」


 テーブルに置かれた、紅い額当てに触れる。

 先のシヴァとの戦闘の折、彼はラスティーラ相手に格闘戦を中心に戦い、魔法での攻撃を控えていた。後々考えるとその行動は合理的な戦略に基づいてのものであったと、ケント達は結論付けた。


 他ならぬ、ケントにかけられた最大の防御魔法〈影火〉の存在である。

 自由騎士にまで上り詰めた、亡きユーゼス・マックイーンの魔法式に、重力魔法が除外されるはずがない。あの時魔法でシヴァが攻めていたら、影火が発動し、一定以上の効果を持つ魔法は全て無効化されていた。ここまでのダメージは被らなかったはずなのだ。


 つまりシヴァを放った黒幕は、影火の攻略法――ユーゼスの力をよく知る人間であると考えられる。

 その証拠に、シヴァは魔法でも影火の発動条件に満たない程度の力しか使っていない。全くもって不快な事実ではあるが、完全に誰かに攻略法を聞いていたのは確かだ。

 そうなると自然と浮上するのは将軍達、自由騎士の連中である。


 ため息しか出てこない。

 余りにも強過ぎる黒幕にあの黒狼どころか、他の都市の団長相手にやれるのかさえも不安になる。


「やっべ……ネガティブはよくない、ネガティブは」


 とにかく今は傷を治すことが優先だ。忘れるように、生活費の内約を確認すると、ノートにペッペッとレシートを張り付けた、ずさんな金銭管理に彼はガクンと肩を落とした。プラス、古代文字かと思うほど字が汚い、汚すぎる。


 なんて稚拙な帳簿だ。


 勘定兵士として許すまじ。 ジャラリとケントはそろばんを弾く。


「掃除用品の支出額の異様に多い……どうせキエルだ。そんでこっち、エステルのおやつ代と食費が別になってるのは問答無用で修正だな。で、問題の食費だが――」


 彼は徐にレシートを漁った。すると、短期間の一人暮らし経験がこのレシートに書かれた勘定兵士として許すまじ蛮行の匂いを嗅ぎつけた。

 ついに発見した無駄の境地に、彼は仰け反ったまま、ベッドに寄りかかった。死んだ魚の目がぎょろりと大きく開かれ、仰天の食材単価に釘づけにされる。


 それは無駄と言うよりも、贅沢の証拠――


「こ、小麦粉25ケロット(=㎏)で1万マニー!? 高ッ!? 1ケロット、4千マニーってことだろ……ブランド名も聞いたことない、スーパーに売ってない高級品だ!」  


 さらにレシートに視線を滑らせる。


「バターも1ケロットで1万5マニー、こっちのがヤバい……! さらにフルーツに至っては――」  


 カチカチカチカチカチカチ!


 久々に鳴り響くケント愛用のそろばんは、確かな真実のみを弾きだす。


 ――ここまで来たら、徹底的に無駄を指摘してやる!


 その意気込みで、彼は一か月分のレシートをしらみつぶしにした。すると、出てくる出てくる高級食材の数々。「何で誰も気づかないんだ!」と、彼は一人のツッコミが医務室に虚しく木霊する。


「よし出た! ざっと一か月――」


 愛するそろばんが弾きだした合計額に、彼は震撼した。


「225万マニー……だと!? 25人乗船だから1人辺り9万マニー――どこのセレブだってのッ! てってててて――!?」


 鬼の形相で帳簿を床に叩き付けるが、力んだ脇腹の傷が悲鳴を上げる。

 わかりやすく説明すると一か月毎日、3食カフェでセットメニューを頼むような金額である。これだけ聞くと、そこそこのお給料を貰っている独身サラリーマンだったらイケそうな気がするが、忘れてはいけない――彼らは盗賊団なのである。


 ――でも、あれ? 盗賊団って何だっけ?


 もはや定義も怪しくなる金銭事情であるが、貧乏でなく裕福であるのは結構な話だ。それだけ魔導騎士団を相手に戦うということは、金もかかるということなのかもしれない。


 しかし、それならば、なおさら節約すべきだ――


「おい、入るぞ!」  


 プシュッと扉が開くと、我が盗賊団の名誉シェフ、ホットケーキが差し入れ片手にお出ましになった――が、部屋に広がる甘い匂いとは裏腹に、その表情は険しく、まるでタイマンへ赴くヤンキーだ。


 無条件に発動する危機察知能力。すこぶる悪い予感に、ケントの顔が自ずと引きつる。


「……ホ、ホットケーキ、何それ?」


 さすがに殺気立っている理由をストレートに聞ける雰囲気ではない。ケントは自然な会話を装って、非常にぎこちない指先をホットケーキが持つ銀色のドームカバーに向けた。


 メイプルシロップの香りからしてスイーツなのは丸わかりだが、それならば、何故彼はこんなに怒っているのであろうか。

 すると、彼はギラついた面持ちで、口火を切る。


「ケント、白黒はっきり着けに来たぜ……!」  


 突然のリーゼントの宣戦布告に、ケントは目を真ん丸にした。


「は!? な、何? 俺、何かした!?」


 怪我人に対して物騒にも程がある。それ以前に、彼の気に障る様な事をした覚えもないし、企みもない。


 だが、ケントは気づいた。切れたナイフの如く光る、ヤンキーの瞳がゆっくりと床の上に無造作に捨てられたあるものに向けられた。


 ――あっ。


 俺、何かしてたと、気づいた時には遅かった。すでにホットケーキは、手に皿を持ったまま、その怒りの元凶である一冊のノートを拾い上げる。


 ケントは白目を剥いた。


 そう、疑惑の過剰支出の犯人は彼だ。食費の管理人はホットケーキなのだ。次々と高級食材を買い足し、食卓を豪華に彩るのは彼の仕事であったのだ。

 だからこそ、会計調査を行うと言った時点で、彼はここへとある目的で見舞いに来ることを決めていた。 自分の口を封じるために――


「あ……そ、それ? ひ、暇つぶしだよ? 暇つぶし……! 人ん家の会計簿ってどんなのかって、気になって! ほ、ほら、リハビリにそろばんの練習も兼ねてさ……!」


 命惜しさにケントは機敏に動く。自分が怪我人であることも忘れ、どぎまぎとテーブルの上の計算用紙をシーツの中に隠した。


 だが、敵の言葉など彼の耳に届かず。ホットケーキは拾い上げた帳簿を器用に片手で開くと、眉根に深い深い溝を作った。

 そこに書かれていたのは紛うことなき挑戦状。赤ペンでしっかりと「経費削減!」の文字が刻まれていたのだから、もはや言い逃れは出来ない――


「お前とはこうなると思っていた……!」

「いやいやいやいや――俺、怪我人だよ!? 治療費またかかるよ!?」

「怪我人? 関係ねぇぜ……! 俺の魂とも言える食材にガサを入れられちゃあ、困るんだからよ!」


 カチャリと彼はドームカバーを浮かす。想像力は容易に、その中に隠された恐ろしき彼の企みを導き出した。


 間違いない、メイプルシロップはダミー。ドームカバーの下には、刺身包丁か、ハジキが冷たい銀盤で生温かい鮮血を求めて息を潜めているのだ。

 その証拠にホットケーキの顔はマジだった。


「お頭達が何て言おうと俺は自分の道を貫く。ケント、悪いが……俺は自分のテリトリーを死守しねぇとならねぇ……!」


 ――あっ、これ死んだ。


 滝のように流れる汗、年上の彼女ができなかったことだけを後悔に、彼はついに勘定兵士らしい最期を遂げる――ことはなかった。 開け放たれたドームカバーからふわりと広がる甘い香りは、現世にしがみつく怪我人の腹を思いっきり鳴らした。

 食欲を刺激され、ケントははっとした。そして視界に飛び込んだそれに、彼は目を点にしてぱちくりさせたのだ。

 リーゼントの厨房係が持ってきたのは――


「……ホットケーキ?」

「何だよ」

「いや、ホットケーキのことじゃなくて、こっちの――」

「パンケーキって呼べッ! ここじゃあ、ホットケーキが俺のことで、パンケーキがこいつって区別すんだよ! じゃないと――紛らわしいだろうがッ!!」


 ――知らねぇよ。


 何はともあれ、銀盤に姿を現したのは、ふんわりと焼き上がったばかりのパンケーキ(、、、、、)生クリーム乗せであった。鼻の穴も全開にならざるを得ない、卵とバター、そしてメイプルシロップの香りに涎がどっと滴った。見ただけで、美味いと言える仕上がりだ。


「ほらよ」


 仏頂面ながら、ホットケーキは優しかった。ベッドテーブルに置いたパンケーキを一口サイズに切り分け、食べやすいようにフォークに刺してくれた。


 「あーん」の体勢である。


 しかし、それを見たケントは顔をしかめて、


「悪いけど、俺、そっち系の趣味は――」

「いいから食えェェェッ!!」  


 何を勘違いしてんだと、苛立ったリーゼントはケントのガッと口をこじ開け、問答無用にパンケーキを「あぁぁぁん(´´´´´)ッ!!」してやった。


 こんなにできたてホヤホヤを口いっぱいに入れられるのは幸せの極み――で、あるが、ケントの涙は違った。もはや味など二の次、限界までパンケーキを詰め込まれ窒息寸前の窮地に陥った。  


 ――今度こそ死ぬ!?  


 だが、ケントは意地を見せる。ある種の暗殺拳たるホットケーキの猛攻から逃れ、彼はハムスターの如く、顎をモグモグ、モグモグ、超高速で動かした。


(……あれ?)


 ふと、いつもと違う味覚に、ケントはモグモグペースを緩める。

 やっと彼はパンケーキのおいしさに気づく。濃厚な卵と牛乳、そしてバターの香り――まさに至高の一品だ。生地の表面は香ばしくも、中は解けるようなふわりとした食感。一度噛み締めれば、身も心も天国だ。

 そして、止めは繊細なホイップクリーム。職人芸とも言える口当たりの良さに、食への愛を感じずにはいられない。気が付けばケントは自力でパクパク、残りを口へ放り込んでいた。


 これが盗賊団スターダスト・バニー料理長の実力――


「ふん……どうだ? わかったろ!」


 ケントの表情の変化にしてやったりと、ホットケーキは勝ち誇った顔を向けた。


「お前の役目が魔導騎士団と戦うことなら、俺は厳選された食材を用いて、食べる人間の最高の笑顔を引き出すのが仕事よ!」  


 完敗とばかりにケントは最後の一口を噛み締め、ホットケーキから帳簿を受け取る。だが、残念ながら、問題は美味いか否かということではない。 ケントはは少々言いづらそうに、


「それにしても、1ケロット2千マニーの小麦粉はちょっと……高くない? もっと安いので代用できるでしょ?」

「まだ言うか! ハイリスク、ハイリターンこそ人生の醍醐味! 節約もいいが、金は使うところで使わなきゃ、ありがたみもねぇんだよ」


 ピクリとケントの眉が動く。彼はフォークをテーブルに勢いよく置いて、


「異議ありッ! ハイリスク・ハイリターンなんて、戦争バブルの生み出した幻想ですぅ~堅実こそ全て! コストを抑えて美味いものを作る努力をしてください~!」

「――何それ、お頭の真似? 言いつけるよ!?」


 その折、ケントはあることを思い出す。  彼はどうしてもホットケーキに聞いてみたいことがあったのだ。


「あっ、そういや……前職がカフェのパティシエって聞いたんだけど、それ本当?」

「話をそらすな!」

「まあ、いいじゃん! 内容によっては、この予算修正案に変更が出るかもしれないよ?」


 ニヤニヤとそろばんを弾くケントに、食費の安定を第一と考えたホットケーキは、諦めたようにため息をついた。


「ちっ……まあ、マジな話だ。お頭とフェンディ様、そして副長は常連だったんだよ。その縁でここにいる」

「よく堅気のクセに盗賊団なんか入ったね」


 その言葉に、ホットケーキの顔つきが変わる。


「ああ……初めは驚いたけどな。教皇の親衛隊専属のシェフって話だったのに……!」

「詐欺じゃん!? そんな気品の欠片もないよ、ここ!」

「お前――あの3人を相手にして、逃げ切れると思うか?」

「…………」


 気が付けば、ケントの対岸に自分と非常によく似た死んだ魚の目があった。

 彼も相当奮闘したのだろう。凡人がエステル、キエル、フェンディを相手にして勝てる訳がない。ケントの時も同じだ。高い給料を餌にした姑息な連携プレーに、危うく入団契約書に印を押しかけた。

 そう考えると、何やらお互い芽生えるものがある。数分前までありもしなかった親近感に、彼らは憐憫漂う瞳を互いに向けた。


「そうか……苦労してたんだな。馴染もしない盗賊達に、パティシエであることを悟られぬよう、髪型をリーゼントにしたのも頷ける」

「いや残念ながら……カフェにいた時からリーゼントだ」

「――どんなカフェだァッ!? よく周りの人怒らなかったね!?」

「ギャップ萌えってヤツか? 意外とモテモテで、集客がよかったんだぜ?」


 リーゼントを整えながら、彼はちょっと照れくさそうに笑った。

 その表情に数秒前に抱いた同志の憐れみを、計算用紙と共にゴミ箱に投げ捨てた。


 ――何か、思ってたのと違う。


 そんな顔をしていると、ホットケーキはむっとした表情で、


「言っとくが、そんな華やかなもんじゃねぇぞ? こっちは死活問題で、日々の飯代稼ぐのに必死だったんだからな」

「……そういや、ホットケーキは俺より一つ上くらいだよね? 軍人ならわかるけど、働くにはちょっと早過ぎじゃないか?」


 ケントの何気ない一言に、ホットケーキは表情に困った。


「そりゃ……まぁな。元々、親父の葡萄農園からのコネで手伝いみたいなもんだし……」

「へぇ……! ホットケーキの実家って、農家なんだ」


 すると、いよいよホットケーキの様子がおかしくなった。何やら酷く落ち着きない様子で、言葉に詰まり、突然、ケントの食器を片づけ始めたのだ。


 何か気に障るようなことでも言ってしまったのか――焦ったケントは帳簿を開いて、


「あ、あのさ……だから、その、それだけ、料理に情熱を抱いてるんだったら、別に高い食材でなくても、皆、喜んでくれると思いけど……」

「――何だと?」


 ギロリと向けられたリーゼントのメンチに、ビクッとケントは体を震わす。だが、このタイミングを逃していつ言うんだと、彼は勇気を振り絞って帳簿を見せた。


「第一、単価が笑えないよ! バニーがいない以上、船の水力維持に多量の魔力鉱石が必要なんだ。節約した分を少しでも軍備の強化に回すことが、俺は大事だと考えるよ」

「そ、それは……そうだけどよ!」


 理屈は理解できるが、気持ちの問題だ。そうとでも言いたげなホットケーキの戸惑いの表情に、ケントは諭すように問いかける。


「俺、料理のことよくわかんないけど……ホットケーキの腕なら、こんな高級食材の力に頼る必要ないと思うよ。普通の食材を美味しく料理することが、本当の意味で皆を笑顔にさせることじゃないかな?」

「……」

「ほ、ほら、お母さんの味みたいにさ!」


 ホットケーキは黙り込んだ。

 要らぬ諍いを招いたと、ケントは自分の発言を後悔した。ここまで深刻な問題に発展させる必要があったのか、その場の勢いで物事をすすめてしまっただけに下手したら、今後彼との人間関係に亀裂が入りかねない。


 ケントが思わず謝ろうとした矢先、


「そうだな……お前の言う通りかもな」

「――えっ」  


 あっさりと、ホットケーキは自分の落ち度を認めた。改まった様子で、片付け途中の銀盤をゆっくりとテーブルの上に置く。


「俺は……料理人として、大事な何かがなっちゃいねぇ」


 憂いに沈んだ瞳で、彼は何もない部屋の片隅を眺めていた。  


 普通ではない気の落ち込み様だ。ケントが慌てて言葉を探していると、突然の館内放送が空気の重みから彼を救い上げてくれた。 だが、ブリッジからの業務連絡は嵐の前触れ――


『みなさーん、お疲れ様ですぅ~! 本艦はもうじき、ミザール自治圏内に入ります。光学迷彩の感度を最大にしますので、お近くの魔導機器の電源をオフにするように徹底してください!』  


 まるでどこかのキャビンアテンダントかバスガイドだ。元気そうなエステルの様子に、ケントはうんざりした様子でベッドに寄りかかる。


 そして、これをきっかけに彼は話題を変えたのである。


「も、もうミザールか……連休もらって遊びに行った以来だ」

「……どんなところなんだ? 買い出しに出ようと思ってたんだが」

「そうだなぁ……強いて言えば、オタク都市!」


 ホットケーキは眉を下げる。


「え? それってアニメとかそんなんばっかってこと?」

「甘いな。あらゆる分野のオタクの聖地ってことだよ! エンタメと工芸がすんごい盛んな街で、掘り出し物の刀剣からアニメのグッズまである。特に一度ミザール産の包丁や鍋を使ったら、他のは使えないって、うちのばーちゃんが言ってた」


 調理器具の話はさすがに彼の関心を呼んだのか、ホットケーキは顎の下に手を置いた。


「マジか! そりゃ楽しみだな……ちょうど、もう一式揃えてぇと思ってたんだ」


 ホットケーキは厳つい顔を子供のように輝かせるが、時折見える寂しげな表情を、ケントは見逃してはいなかった。

 エステルのアナウンスは続く――


『なお、完全に熱源反応を消していると言っても、油断は大敵です。魔導騎士団の出動も考えられますので、総員準戦闘配備でよろしくお願いします』

「本当だよ。傷がやっと塞がったってのに――」

『特にケント君! 怪我人のクセにベッドから抜け出して、メイドカフェなんかに行ったら承知しませんからね!』

「名指しィ!? 何で俺!?」  


 噛みつくように部屋のスピーカーを見上げると「ケケケッ」と、聞き覚えのある悪い嘲笑が流れてきた。


『あとコソコソ、人のおやつ代を削減しようとしてるのバレバレですからね~そんなの頭領として断固許しませんから!』

「――盗聴器はどこだ? あのストーカー気質ならやりかね――」

『無駄ですぅ~盗聴器を探しても! ちなみに全部勘で話してますからッ!』  

「無駄遣いって自覚があんじゃねぇぇかぁぁッ――って痛てててて!」


 ツッコミも命懸け。声を張り上げた彼は当然ながら、身体に走る激痛にベッドに蹲った。


「あーあ、何やってんだよ……!」


 呆れたホットケーキが、安定姿勢になるよう手伝ってくれたが、こんな状態で魔導騎士団の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)に襲撃されたらと思うと、心底自分が情けなくなった。


 今度こそ本当にお陀仏だ。 死を意識した時、ケントの脳裏に浮かぶのは、あの漆黒の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の姿。


 ――次会ったら、自分はこの世にいられるだろうか。


「……」


 ミザール――そこに希望はあるのか。

 ケントはやや疲れた様子で、嘘のように大人しくなった。



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