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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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海外配送は着けば万歳 その1

ミザール魔導騎士団本部 団長執務室


 執務室、それは働く人間の聖域。多くの書物と資料に囲まれ、厳めしい雰囲気の中、黙々とその部屋主が自身の仕事をこなしていく――できる人間のみに与えられる崇高なる空間と、一般人は捉えるのが常である。


 しかし、所詮はプライベートルームの延長戦。


 仕事とプライベートは別箇です! と、食って掛かる人間も少なからずいるだろうが、人間、一人になってまで社会人としての矜持を保てる輩など、そうそういないものである。 無論、そのことを彼らもよく知っていた。

 彼らとは、この部屋主の部下に当たる者達。この仕事とプライベートが、一体化した異空間の覇者に何も言えずに、ひたすら命令を待つ無力者達のことである。


 4、5人が呼び出されたというのに、部屋の明かりはパソコンの光だけ。カタカタカタカタと、パソコンのキーボードが絶え間なく音を立てる。

 たった一つのキーボードに繋がれたディスプレイは実に16台。お分かりいただけるだろうか、これは全て監視用のモニターなどではなく、全ては部屋主の完全なる趣味によるもの。個人の趣味丸出しの執務室は言葉なくして、この部屋主の狂気的な変態気質を見せつけるのである。


 だが、これ以上付き合っていては無駄に時間が過ぎるばかり。凡人の一日は24時間しかないのだと、一人の少年が勇気をもって彼に問いかける。


「あ、あの団長? お話してもよろしい――」

「キェェェェェッ!?」  


 秒殺。猿にも鳥にも満たない奇声の凄みに、冴えない眼鏡の少年、スメラギ・カナトは飛び上がり、滑り込むように部下の陰に隠れた。

 そんな哀れな少年など気にも留めず、部屋主は駄々をこねるように、傍に並べてあった美少女フィギュアの1体を握りしめ、正面のディプレイをガン見した。


「何てこったァァァイ!? 国際便に遅延が生じてル!? 明後日までに宅急便が届かないじゃないカ!?」


 ガッテム!? と、ばかりに、部屋主はツインのピエロ帽子をクシャクシャに掴む。


「お、おそらく……それは、先の我が軍とサンズの海戦で――」

「そんなのはどうでもいいんだヨッ! イベントごとってのはその日を過ぎたら終わりなんだって何度言ったらわかるんだヨ!!」  

 激昂したピエロの仮面がぬっとカナトの胸倉を掴み、そのまま振り回す。その際、宝物の美少女フィギュアが薙ぎ倒されているが、当の本人はそのことに気づいていない。


「だ、団長……おち、落ち着いて……うっぷ!」


 目をグルグル回し、嗚咽するカナトだが、その言葉に部屋主の怒りのボルテージが最高潮に達してしまう。

 まるで蒸気が吹き座すように鼻息を荒げ、


「お、落ち着けだト!? 魔法少女戦隊クリーム・マロンのイベントが明後日なんだヨ! お前は私がどんなに苦労して声優との握手券をゲットしたお思ってるんダ! このバカちんガッ!」

「痛ぁッ!?」


 スパーンッと爽快な平手が、カナトの頬を弾く。一発のみならず、「パンパンパンパン!」と、音ゲーのような凄まじい連打。掌と裏を巧みに使った超絶技巧――目にも止まらぬ神速のお仕置きが、彼の顔面をおたふく風邪のようにパンパンに腫らす。


「やっ、ぶっ、ほっ、ぶべらッ――!?」


 無抵抗を決め込んだが、カナトの様子がおかしい。何やら痛みを通り越し、口元がほころんでいる。腫れあがったぽっぺ浮かぶ不自然な桜色は、恥じらいと快感の表れではないのか。


  ――つまり、あれか。


 魔導騎士の足が自然と後ろへ運ばれる。 謎の光に曇る眼鏡は変態の証。カナトの口元が「まみむめ『も』」の形を作り始めている。もう終わりだ、手遅れだ。


「ああっ、だ、だんちょ、ぐはっ!? いいっ! いいからっ、もっ、もっ、もぉぉっ――」


 と、大事なドMの格言を言いかけたところで、カナトの身体に浮遊感が起こる。

 ヤバい――だが、後悔してももう遅い。部屋主のとどめの一撃が、彼を待っていた。


「キェェェェェェェ!!」

「んぎゃぁぁぁ!?」


 それは修学旅行の枕投げの如く、悲しい眼鏡の輝きが、薄暗い部屋に見事な放物線を描く。

 ちゅどーんッ! と壁に掛けられたアニメの原画と共にカナトは地上に落下。その折、彼の尻が16面あるモニターの統括リモコンのスイッチを入れたのである。


「ヌ?」


 部屋主は突然表示されたモニターの画像に、ピタリと動きを止めた。

 それは絶対的権威、ナルムーン共和国魔導騎士団総帥から送られてきた、極秘任務――獲対象として挙げられたとある少女の画像であった。

 真紅のボブヘアと青い瞳。残念なアホ毛はさて置き、太陽の如く煌めく少女の笑顔に、作り物のピエロの仮面が赤く染まる。


 彼はテンパったように手を震わせて、


「……カ、カナト、あの少女は誰ダ!?」


 するとカナトはゾンビのように、散かった漫画本の中から蘇った。


「あ、あれは……泥棒兎の頭、エステル・ノーウィックです。ミュラー元帥により、捕獲しろと命令が下され――」

「ホ・カ・クだトッ!? キャホォォォイ!!」


 下心が滲み出る、歓喜の叫びに部屋主の両指がカサカサと高速で動く。そして、何にをするかと思えば、悶えるように体を捻じり、奇声を上げたまま踊り狂ったのである。

 これはドン引きだ。

 まともな精神を持った魔導騎士は、全裸で氷点下に出るがごとく体を震わせた。


 ピエロの仮面が表情豊かに和む。中学生か! と突っ込みたくなるくらい、モジモジしながら、彼は人差し指と人差し指をくるくる回した。


「カ、カナト……そ、それは、私があの美少女を自室へ連れ込んでもいいってことかナ?」

「あえて何をする気かとは聞きませんが……閉じ込めればOKです」

「て、手錠をかけても上からお咎めがないということカ!?」

「一般常識の範囲で拘束し、アルタイルに送れば元帥はお喜びになられることでしょう」

「男はどうでもいい……問題は彼女ダ!」


 ――むしろ、てめぇだよ。


「カナト、明日以降のスケジュールを書き換えル。泥棒兎の動きに目を配レ!」

「はあ? まずはオークションの――」

「何だ、文句があるのカ?」


 ガチャンと、どこからともなく取り出したサブマシンガンの銃口が鈍く輝く。

 部下達は即座にホールドアップ。汗だくの顔をものすごい勢いで横に振った。


「――ないないないないッ! ございません、ごめんなさい!!」

「サンズが海戦に負けた以上、泥棒兎は母国の連中に接触したいだろうヨ? ならば陸続きのポラリスを目指していることは明確……必ず、ミザールに立ち寄るはずダ!」


 瞬きもせず、ピエロがサブマシンガンを天井に向けてぶちかますと、カナト達は大慌てで、土下座した。


「も、申し訳ありません、団長ォ! 心を入れ替え、市内の警備に努めます!!」

「うム。私の忍部隊を使っても構わン。おシノが帰ってきてるはずだから、彼女にも伝えておこウ」

「はっ! お願いします!」


 またサブマシンガンをぶっ放されてはたまらないと、部下達はいつもの倍以上に表情を引き締めた。

 そんな現金な奴らに目も暮れず、部屋主はうっとりとした表情で仮面の中のエステルを眺めていた。


「エステルたん……何と可愛らしイ……! ミザール選りすぐりのコスプレ衣装を用意して差し上げまちゅからネェ~」


 不気味な鼻歌を歌いながら、ピエロはその手の店のネットサーフを開始した。  


 感情の起伏の激しさは考え物だが、捕獲対象のおかげで執務室は静けさを取り戻した。たかが美少女の写真一枚で済むなら、ラッキーだと彼らは胸をなでおろした。 配達遅延で業者のトラックが爆破されること数十回。いくら魔導騎士団と言えど、賠償額と信頼の失墜は組織の体裁的にかなり応える問題である。


 ――ていうか、もう辞めたい。


 部下はもう限界だ。完全にベクトルが常人と違っているため、何で彼の感情が爆破するかわからないし、まともな話すらできたことがない。

 おかげで休職者と離職者は政令都市でダントツ一位。一回休むと復帰し辛くなるのが、人間の心理だが、今まで現場に帰って来た奴など見たことがないのが現状だ。


 それでも彼らは、ナルムーン共和国が誇る魔導騎士。本心を押し殺してでも団長たる彼に従い、組織の体を保つ努力をしなくてはならない。


 故に彼らは忍耐強かった。忍耐強い性格の者ばかり、このミザールに配属された。 このストレスの元凶であるピエロの仮面と全身ローブの男こそ、大陸の騎士が戦く魔導騎士団の団長の一人。



 ミザール魔導騎士団団長 パウロ・セルヴィー本人であった。


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