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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第3章 お宝はミザールにあり!
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灼熱のドゥーベ海 その3

《ドゥーベ海 サンズ艦 甲板》


 突然の助太刀。海上立つ凛々しき身内の姿に、甲板のアルフレッドは表情を明るくした。


「アーサー!? 旗艦にいたのに何で!?」

「言っておいたんだよ、あらかじめ……リヴァイスとサージェントを引きつけるから、援護に来てって。これでブラッド・ライン集結ってところかな?」

「集結っても……僕ら3人だけだけど」

「まあ、量より質ってことさ」


 フェンディは眼鏡の位置を正す。


 バイザー型のサングラスと忍びのような黒衣。アーサーと呼ばれた彼は、抜群のバランス感覚を駆使して、波の動きに間合いを詰める。紫色の唇が、立ちはだかる強敵への歓喜に似た興奮に、不敵な笑みを浮かべていた。


『水星型……貴様、やるな』


 リヴァイスはこの状況を重く見た。即座に彼を始末せんと魔力を増長させ、旋風に水飛沫が宙を舞う。

 だが、アーサーもそれに負けじと、両手の剣を軸に魔力を集中。海水がウミヘビの如く彼の腕に巻き付いた。


 そして、


「バサラ・アクセル――眠れ、母なる海の下で!」


 アーサーは海面を駆け出す。両手を取り巻く水を瞬時に刃に変え、斬撃を放った。

 空気を裂く、水の十文字切り。青き閃光を上げ、鋼鉄をも切り裂く脅威がリヴァイス迫る。だが、優れた危機察知能力は、彼を即座に宙に跳び上がらせ回避行動に出す。

 逆光に光るイエロートパーズの瞳が、甘いとばかりにアーサーを見下ろす。しかし、アーサーはその嘲笑に嘲笑を以って返した。


 紫色の唇が呟く。


「〈残虐なる氷華(アイス・クラッシュ・フローレン)〉」


 トラップ発動。リヴァイスの着水地点に突如、海上に氷の華が咲く。その剣にも等しい花弁が、一斉に空に舞い上がり、リヴァイスを串刺しにせんと風を切った。


 彼は舌を打ち――左手でマインゴーシュを引き抜く。


『こんなものッ!』


 同型魔導師としての意地か。空中のリヴァイスは剣気だけで氷の刃の勢いを落とす。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、二刀が殺人的太刀筋を描く。嵐のような斬撃に氷の針は一網打尽にされ、かえって、アーサーは頭上を取られるハメとなった。


「!?」

『上等だ! 〈王者たる鯱群の猛進(ラッシュ・ザ・オルカ)〉ァァッ!!』


 ウルトラマリンの装甲が影だけを残す。肉眼で追えぬ、二刀の剣撃が落下の勢いのまま海面に水柱を立てた。直後、二本の水柱が強烈な水圧を伴って、背鰭が海面を切り裂くがごとく疾走。潮風に混じるガラスの破片のような水飛沫が、アーサーの生存本能に警鐘を鳴らし、波を集め、高く飛んだ。


 二つの白波の背鰭は得物を失い崩れ去る。回避成功――しかし、水飛沫によって切り裂かれた頬に、彼はリヴァイスの恐ろしさを痛感した。

 この状況――先の攻撃と同じ。立場が逆なだけだ。

 サングラス越しのアーサーの眼に、イエロートパーズの眼光は悪夢を見せる。


『散れッ! 残虐なる氷華(アイス・クラッシュ・フローレン)


 それは、高慢な仕返し。


 アーサーがやった技をリヴァイスは全く同じシチュエーションで倍返しにした。

 足下で咲き誇る、さらに繊細で鋭利な氷の華が、血を欲してアーサーに花弁を放つ。否応なしに、彼は防御魔法天体防衛(オゾン)を展開。風魔法を駆使して着地点をずらすが、氷の刃は自分の時よりも数を増し、天体防衛(オゾン)の強度が著しく低下する。


 一筋縄ではいかない。それどころか、魔法ぶつかり合いを続けていては、先にガス欠になるのは自分である。


「ちっ……!」


 悔しいが、潜在能力は亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の方が数段も上。

 それでも、ノーマルであるプライドに懸けて、 


「うおぉぉぉぉッ!!」


 冷静沈着な彼が稀に見る熱い咆哮を上げた。

 再び激しい水柱と、魔力のスパークが大海原をさらに激しく荒らした。


              ◆ ◆ ◆


《サンズ艦 甲板》


 リヴァイスの足止めに成功したものの、アーサーが劣勢に立たされていることに、魔導騎士団の底力を感じざるを得ない。

 大砲の音がより激しくなる。

 先ほどよりも鬼気迫る砲撃手達の横顔。この辺りが勝負のつけどころと睨んだのだろう、ありったけの弾丸を敵艦に食らわせる気だ。


「……間もなく、デネブの結界海域か。幸い彼らはこの船に魔導経典があると勘違いしている。何としても、このまま防ぎ切らないと……!」


 隣で魔導操作に全身全霊を注いでいるアルフレッドも口数が極端に減り、額から暑さと関係のない汗が顔を伝っている。敵艦のサージェントが、予想以上に力を発揮し、アルフレッドが操る鉄の亡霊を薙ぎ倒しているのだ。


 どちらかに加勢すべきか――だが、フェンディには動けぬ決定的な理由があった。

 そんな彼を察したのか、アルフレッドは顔を歪め、


「大丈夫! 少佐、手出しは無用だよ! またヤバいのが近づいてるッ……!」

 息を切らし、そう彼に告げる。

「わかってる」


 現在進行形で近づく、禍々しきオーラ。巨大な手が全身を押さえつけるように徐々に体の荷重が増していく。

 知らぬ間に、フェンディの手に汗が滲んでいた。動物的勘がここまで落ち着かないのも珍しい。近づいている敵が、この戦場にいる誰よりも強大であることを知らしめている。


 その時、唐突な耳鳴りが魔導師達を襲った。


「――来たッ!」


 即座にフェンディは反応、手をかざす。肉眼で捉えた、黒い機影。3時の方向の飛行するそれに、空気の弾丸をすかさず、ぶっ放した。


 ドォンッ! という衝撃が空気を伝う。


 遠目で黒紫色の閃光が上がると、そこからは一瞬の出来事だった。いとも容易く空気砲をガードした黒い亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は、大胆にもサンズ艦に着地――そして、離艦。その折、踏み足を軸に重力波を放ち、八艘飛びの如く戦艦を撃沈させた。


 水柱の墓標が列を成す。あっという間に黒い機影は、フェンディが乗る戦艦の射程圏内に飛び込み、死神の名に相応しき素顔を露わにしたのだ。


 間違いない――フェンディは確信する。


 闇よりも深い漆黒のボディと呪われし金色の瞳。

 ケントとエステルを完膚なきまで叩きのめした、漆黒の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)〈シヴァ〉の襲来である。マジックバーニアを豪快に吹かし、黒き機兵は禍々しき剣を引き抜いた。


 背後を見たアルフレッドから血色が失せる。速過ぎる動きに、戦艦の砲手は照準すらつけられず安易に懐へ敵の侵入を許してしまったのだ――


「少佐ァ!?」


 黒い影がフェンディを覆う。

 彼らの狙いは明白だった。初めからフェンディ・ノーウィックを始末するためだけに、この陣を組んだのである。


 囮ということも十分承知の上――フェンディだけを殺しに来た。

 純粋なる殺意が、漆黒の刃をフェンディの頭上に振り下ろす。


 しかし、


「――舐めるなよ」


 黒縁眼鏡の奥から見えた、冷たく鋭い視線。刹那の間にしてシヴァは底知れぬ敵の力に気圧された。


 突如上がる青白い閃光とエレキテル。小さな半球体バリアがフェンディを包み、あらゆる接触を拒絶する。温存していたカウンター魔法の発動である。上級防御魔法〈天体防衛(オゾン)〉を凌駕する魔法、〈絶対天体防衛(オゾン・フルオープン)〉が黒い刃を完封し、シヴァの機体ごと大海原に弾き飛ばしたのである。


 天高く上がった水柱に、魔導師達は脱帽した。

 どこにそんな魔力が潜んでいるのか、あの赤毛のチャランポランは、自分達の予想を遥かに超えた化け物であったのだ。


 その証拠にフェンディの様子はいつもと違う。

 確実に相手を殺す――余裕を威圧に変え、真正面からシヴァに挑むつもりである。


「……僕の妹と友達が世話になったみたいだね? かかって来い、その礼をしてやる」


 すると、その挑発が聞こえたかのようなタイミングで、船を取り巻く重力が一転した。突然、岩でも背負わされたような荷重が体にかかり、船体が激しく軋んだ。


「皆! 天体防衛(オゾン)を絶やすなよ!」

「りょ、了解……しかし……!」


 もはや、甲板で立っていられたのはフェンディとアルフレッドぐらいであった。

強過ぎる重力に魔導師達は相次いで膝を着く。戦艦の砲撃システムも異常をきたらしたらしく、サンズ艦の砲撃も止まっていた。


 その時、猛烈な水飛沫を立ててシヴァが海上に飛翔した。禍々しい黒紫色の魔力光が増長するにつれて、彼らにかかる重力はより一層重みを増す。

 フェンディはその健在過ぎるシヴァの姿に眉をひそめた。

 普通の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)ならば、腕の一つや二つ簡単に吹っ飛んでいる防御魔法であったが、恐るべきことに彼の身体には傷一つない。


 ――これがあのラスティーラでさえ歯が立たなかった相手か。


「嫌になるよ……全く!」


 シヴァの魔力が増長。刹那、彼の剣が重力波を放つ。余波で崩壊する甲板――フェンディは即座に絶対天体防衛(オゾン・フルオープン)を張り、衝撃に備える。


 一秒足らず。激しい青白いエレキテル食い荒らされて、重力波はその壁を突き破れずに消滅していくが――すでにシヴァは飛び出した。漆黒の刃が鎖状へ分離、真の姿であるチェーンソードで再びフェンディに斬りかかる。


 しかし、その瞬間、海底の泥が海上へと噴射。巨大な泥の手がシヴァのボディを掴んだ。


『――ッ! 〈地平線に沈む月(ディープ・グラビトン)〉!!』


 崩壊する泥の手。身体の動きを奪うようにこびりついたヘドロを、彼は重力魔法で払落し、海底へ沈め返した。

 地震に似た地響きに、大きな波紋が立つ。

 これでフェンディお得意の土星型魔法が封じられたと、魔導師達は絶句するが、当の本にの表情は極めて涼しい。


 なぜなら――


『何だ……!?』


 シヴァの驚きの声音に、フェンディは眼鏡を正した。

 あれだけ俊敏であったシヴァの動きがおかしい。彼は狼狽して、自身の腕の関節を凝視していた。すると僅かに耳に届くカチカチと、コンクリートが軽くぶつかる様な音に、一同の顔つきは急変する。


 まさかの形勢逆転。


 宙に漂うシヴァの両腕、両足、首元――あらゆる関節の石化が始まっていたのだ。

 フェンディは不敵な笑みを浮かべた。


「そんな細かいところまで重力魔法は使えないだろ?」

『……!?』

「そこのリヴァイスなら関節に入り込んだ泥を水と風で簡単に除去しているが――君は月型一択らしいね? 金狼眼のクセに、割と攻撃がワンパターンなのは、戦場出て間もないからだ……違うかな?」


 シヴァの眼光が鋭さを増す。これは決定だと、フェンディは彼を鼻で笑った。


「大人を舐めるなよ、小僧」


 その時、フェンディは隠し持っていた力を解放する。今までと違う魔力の触感に近くにいたアルフレッドは思わず、魔力操作の軸である剣から手を離しそうになった。


 ビリビリと肌に静電気が走る。刹那、掲げられたフェンディの剣に、突如、晴天から稲妻が落ち、刃が激しく燃え上がった。

 まさかの炎と雷の複合魔法である。

  膨大なエネルギーを伴ったそれを、彼は悪戦苦闘中のシヴァに向けて構え、


「〈電光石火の不死鳥(ボルト・ソード・フェニックス)〉」

 あろうことか、太陽型の奥義級魔法を発動。稲妻の速度で炎の不死鳥が空を駆け、動きを封じられたシヴァを地獄の業火に晒す。


『が、がぁぁぁッ!?』


 初めて轟く、狼の咆哮にサンズの魔導師は胸を高鳴らせた。身動きを封じられているせいで防御魔法の一つも発動できない。完全に直撃であった。

そして、驚愕至極。フェンディが使用したのは何と、妹エステルとラスティーラの協奏魔法。それを一人でやってのけるとは、サンズ筆頭魔導師の名は伊達ではないと言うことだ。


 だが、しかし――土星型のフェンディがなぜ?

 炎にもがくシヴァに向けてフェンディは口を開く。


「黒狼、一つだけ教えてあげよう。僕は土星型だけど――ぶっちゃけ、副属性全てマスターしている」

「え?」


 何ですと? と、仲間の目が点になる。


「ま、いくつあるかは教えないけど」


 それはつまり、土星型魔法以外の属性を使いこなせると言う驚愕の事実。何か出し惜しみをしていると仲間達は薄々感じていたが、本人の告発によりその勘は正しかったと証明された。


「それでも()る気なら相手はするよ? 魔導経典が近くにある以上、僕は通常の倍は調子がいい……お望みなら海に沈めてやるよ」


 眼鏡を駆け直し、険しい顔つきを崩さぬまま、フェンディは再び剣を構えた。

 その凛々しく勇猛たる姿に一同は感銘を受ける反面、底知れぬ怒りに似た感情が、沸々と腹の底から湧き上がっていることに気づく。


 サージェントへの魔力操作に労力を費やすアルフレッドは、腹黒い顔で、


「だったら最初から全力出してよ……!」


 ――初耳だよ、そんなこと。


 あとでボコボコにしてやると、一同は決意を心に秘めた。

 だが、その時、またも不穏な空気が大海原を取り囲む。

 新たな敵の出現ではない――進行方向に、見えない壁の存在を魔導師達の本能は察知したのである。交戦中のリヴァイスやサージェントの動きも思わず鈍る。


『やべぇ――ブリッジ、面舵一杯ッ!』


 ナルムーン艦の甲板で、戦闘中のサージェントはそう怒鳴った。渾身の左ストレートで一体の機械人形を海に沈め、進路を見る。


 すると、神々しくも不吉な魔力に厚い雲が集まっていたのである――



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