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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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兎は地平線をかける その1

シリウス裁判所 隠し部屋


 ケントとエステルが謎の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)による襲撃を受けてから、2日が過ぎた。ケントが目覚めたのは昨夜の事であるが、その間にも周囲は様々に動き出していた。


 まず、フェンディがシリウスを去った。


 彼は唐突な帰国命令が出たと、妹に伝えるだけで詳細は離さなかった。ただ時期が時期なだけに軍の招集を匂わせる程度で濁しておいた。


 本当ならば、すでに勅命により陸軍少佐としての地位に復活したと伝えるべきであったが、そんなことが知れれば血気盛んなスターダスト・バニーの連中が何をし出すがわかったものではなかった。


 無論、その頭領たるエステルが一番、無茶をしかねないのだ。


「ここに集まっていただいたのは他でもありません。我々の今後を話合うためです」


 エステル達は裁判所の地上に上がり、隠し部屋の一室を借りて、スターダスト・バニーの仲間達を集めた。


 この裁判所だが、元々ナルムーンの目を逃れるために、見取り図にも乗っていない隠し部屋と通路が数多く存在する。その数は職員やグルング警部達も把握できていないほどであった。  


 そんな落ち着いた環境で、彼女達は卓上に大きな世界地図を広げ、自分達が置かれた状況を冷静に整理し直していた。


「率直に言うと、現段階でサンズに帰国することは叶いません。なぜならば、我が国とナルムーンを隔てているドゥーベ海上に、敵海軍が集結しているためです。理由は定かではありませんが……おそらく、フェンディが戻ったのも、これが原因と考えられます。母国とナルムーンが再び衝突することは明白です」

「つまり、シリウス北上からのドゥーベ海横断っていう、最短ルートが完全に断たれたわけか。国に戻るとしても……海沿いに進み、ポラリス付近の山岳地帯を越えなきゃ、母国どころかナルムーンの領土から出ることさえできない。長旅だな、こりゃ!」


 海洋ルートに×をつけ、沿岸ルートを赤ペンでなぞると、副長キエル・ロッシは過酷な旅路に顔をひきつらせた。


 周りからもどよめきが起こる。


 赤線が通過したのはミザール、アルドラ、ポラリス――ただの盗賊ならば青ざめて、自ら地方都市の警察の世話になることだろう。敵国を監視するように並ぶ政令都市は、あの魔導騎士団のお膝元であり、サンズですらスパイを送り込むことを躊躇う危険地帯であった。


 当然、お尋ね者である彼らが、戦艦一隻で突っ切るのは無謀過ぎる。


 現に、彼らはこの政令都市の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)と戦うには、戦力を欠き過ぎた――


「最低でも3つの政令都市を通らねばならんか……このまま直行で、ポラリスまで辿り着けるとは到底思えん。せめて、軍備を再編成する必要があるな」


 グルング警部の言葉にエステルは頷いた。


「ヒゲロール警部の言う通りです」

グルング(、、、、)ね!」

「私達には、盗賊としてやるべきことが2つあります。まず、ラスティーラのエンペラーに代わる剣を調達すること。もう一つは――私達が強くなることです」


 2つ目の目的に、皆、身を引き締めた。


「見っともない話です……私とケントは謎の黒い亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)に惨敗しました。相手の力量は圧倒的です……魔導経典がなくては、今の我々など彼の重力魔法で圧殺されるのがオチでしょう」


 未だ左手首に巻かれた包帯に、彼女は顔をしかめた。


「勝つための……手段を探すってことっすか? お頭」

「その通りです、マカロン。有利な材料は出来るだけ集めます。己の鍛錬然り、新たな協力者を増やすことも然り……誰が味方で敵なのか見極める必要があります」


 ふと、彼女はシヴァとの戦いを思い出す。


 あの時、精神感応に干渉してきた声――あれがもし、シヴァを超える力の持ち主だとしたら、赤子の手を捻るがごとく、スターダスト・バニーは全滅する。


 そのことに、彼女は焦っていた。今よりも戦力を上げる方法など、現時点で目星も立たっていない。


「……まずは、情報収集だな。近隣の地方都市を回って、ナルムーンの動きを徹底的に調べよう。それしかない」


 何かを察して、キエルは優しくエステルの肩を叩いた。


 彼女もその言葉に頷いて、


「……そうですね」


 再び地図を眺めた。


 だが、


「――俺はミザールに直行した方がいいと思う」


 その声に全員が一斉に顔を上げた。


 出口を見れば、ホットケーキに支えられ、まだ完治などほど遠いはずのケントが、決意に満ちた表情で立っていたのだ。


 一同は慌てた。


「バカですか、ケント! あなたはまだ安静にしていないとダメです!」

「ホットケーキ、何で連れて来た! 今すぐ連れて帰れ!」

「無理っすよ、副長……もう何十回も言いましたが、聞きやしません。状態が安定して心に余裕ができたのか、黒い亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)に時間差で苛立ってるみたいで、居ても立ってもいらんないようですぜ……?」


 ケントはムスッとした。


 心なしか死んだ魚の目も妙にギラギラしている。


 グルング警部とエステルはほぼ同時に大きなため息をついて、


「ケント……私もイライラMAXになりたいところですが、さすがにミザールに直行とは分が悪いと思います。シリウスに最も近い政令都市であり、今頃、団長がアルデバランからとんぼ帰りになってるはずです」


「わかってる。でも……これから戦うにしても、エンペラーの代わりが必要なんだ!」

「それは……情報を集めた後に――」

「いや、エステル。俺もケントに賛成だ」


 ふと考え込んでいたキエルが、思いついたような声を上げた。


 エステルは困ったように首を傾げて、


「なぜですか、キエル?」

「……ミザールは銀線細工(フリグリー)産業が盛んだ。それこそ、メジャーな武器からマニアックなモノまで一式揃うオタク都市で有名だし、まあ、同じ工業都市のベテルギウスほどじゃ――」

「ベテルギウスだとッ!?」

「……ごめん、ケント。落ち着こうか」


 異様にギラついている怪我人は、その名を聞いた途端顔つきを変えた。


 噴火の気配に、ホットケーキとマカロンは周囲に避難指示を出しながら、全力で宥めにかかるが、手足はケントの力にミシミシと悲鳴を上げる。


「……ホットケーキ、あれか。今のケントは、1/3くらいラスティーラか?」

「――実質、3/4くらいっすね!」

「ほぼご本人じゃねぇか! ……あ、そうか。お前、確か銀線細工師(フリグリスト)亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)とか言う意味不明の野郎に負け――」

「何で知ってんだよッ!?」

「やめて、副長! ケントの傷口開いちゃう!」

「いや、何でって……SNSに写真上がってたし、ほら」


 暴れる怪我人に、能天気にもキエルが見せた携帯の画面には、しっかりとライバーンにボコボコにされているラスティーラの写真が掲載されていた。


 ケントはまさかと、エステルを睨みつけるが、


「ち、違います! 私も初耳ですし、夕方アルデバランに着いたというアリバイがちゃんとあります!」

「じゃ、誰の仕業だよ……!?」


 バチバチ火花を散らす弟、妹分傍らで、キエルは徐にSNSのページをスクロールした。そしてぶち当った投稿者コメントに――


「『勇者と戦ってみたけど、雑魚過ぎて腹筋崩壊した件。あ、もうじき帰るから、お店でグイグイ祝っちゃう? マジでドンペリ入れちゃうからよろしく~☆』」

「…………」

「BYリュッくん――」

「あのキャベツ頭ァァァァァァッ――あだっ、痛っ、イタタタタッ! 開いた! 開いたよ、これ! マジで傷開いたッ!」


 ベテルギウス――それはケントにとっての鬼門。


「たわけが! だから大人しくしていろと言ってるのだ!」


 あまりの興奮に皆の予感は的中した。のたうち回るケントに、グルングは一喝しながらも、マカロンに医者を呼びに行かせていた。


 だが、キエルとエステルはケントの事よりもむしろ、リュクスの日記に延々と続くお店からのコメントに、顔の影を濃くしていた。


 特に潔癖症は、対人関係においても潔癖症だった――


「おい、これ……こんなチャラい奴にケントはやられたってのか? こんなトイレの雑巾よりも汚いクソ野郎にうちの子は、ボコられたってのか!?」

「キエル……アフターと同伴の違いって何でしたっけ?」

「見るな、エステル! それ以上、心が真黒になっちゃ困る!」


 ムカッとするエステルを気にも留めず、キエルは汚らわしいとばかりに携帯に残るリュクスの関する履歴を一掃した。


 そして、


「こんな野郎が銀線細工師(フリグリスト)を名乗るなど、俺は断じて許さねぇ! お頭、進路を即刻ミザールに決定すべきだ!」

「ちょ、ちょっと待ってください話が飛躍――」

「根拠はエンペラーの代役が手に入るってことと、修復方法が見つかる可能性があるってことさ」


 一同がぎょっとした表情を浮かべる中、ショコラは思い出しとようにキエルに同調した。


「わかりましたよ、副長。あのオタクですね?」

「そうだ。刀剣マニアをこじらせた野郎がいる……こいつが知らない魔法剣は、この世に存在しないと言い切れるキモさだ」


 ここしかないと、キエルはエステルを見据えたまま、地図上のミザールと指で示した。


 それでも判断を渋るエステルであったが、その話を聞いたグルングが、


「エステル、良い案かもしれん。ケントが魔力操作を習得するにはそれ以上の時間がかかる。それにベテルギウスの亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は他人を信用しない故に、魔導指揮(コンダクト)ではなく銀線細工(フリグリー)と魔法の複合技を使うことで有名だ。同じことがラスティーラにもできないはずがない」

「つまり……私がいらないってことですかぁ!?」


 涙目のエステルに、しまったと、グルングはあたふたしながら発言を訂正した。


「ち、違う! 最悪、銀線細工(フリグリー)で剣を作ればいいと言っているのだ! しかも……ご丁寧にフェンディが残していってくれたぞ」

「?」


 差し出されたのは、掌に収まるサイズの、紅いベルベットの箱。グルング警部からそれを受け取るとエステルは中身を確認し、目を見開いた。


「これは……!」


 中のクッションに置かれていたのは、銀色の鉱物のような宝石の小指の第一関節ぐらいの破片であった。


 間違いようがない。これは銀水晶――それも、ご丁寧にラスティーラのものであると鑑定書までついている。


「仲間に持ってきてもらったとな。何かあったら使えと、それだけ言い残して出て言ったぞ」

「……」

「お前も思うことがあるだろうが、ありがたく貰っておけ。これがあるおかげで、選択肢は広がったのだからな」


 嬉しいはずなのに、エステルの内心は複雑だった。


 これがコンプレックスというのか。


 少しばかり、兄に情けをかけられるのが不快であった。


「……わかりました。これで行先は決まりましたね」

「エステル、これだけは言っておくが……自分と他人を比較するな。良いな?」

「わかってます。私は自分らしさを大事にするまでです!」

「そうか……ならいいのだ」


 ニッコリと、彼女は自信あり気に笑った。


 だか、その太陽の光に隠された影に、グルング警部が気づかないはずはなかった。


「野郎ども、お聞きなさい! 次の行き先はミザールに決定です! 明日の正午にニューバニーはミザールへ向けて出港します。それまで各自、体を休めておくように」

「承知ッ!」

「特に、エステルとケントはな」


 チラリとキエルがケントを見ると、医者の治癒魔法により落ち着いたのか、彼はソファーにぐったりと横たわっていた。


 スターダスト・バニーのメンバーが、身支度を整えるために次々と部屋から出ていく中、エステルはケントの隣に座り、


「いよいよ冒険の始まりですよ……戦う覚悟は出来ていますか?」

「……じゃなかったら、無職になんてならねぇよ」

「それだけ生意気な口が効ければ十分ですね」


 エステルはテーブルの上に銀水晶を置いた。


「私も強くなります……だから、一緒にあの黒い一匹狼を倒しますよ! 魔導指揮(コンダクト)の恐ろしさをあのオールラウンダーに見せつけてやるんです……!」

「……うん」

「そうすればきっと……マノロさんだって、助けてあげられます」

「…………うん」

「やりますよ、ケント。私達は無法――」


 薬が効いてきたのか、いつの間にかケントは眠っていた。それを確認した医者とグルングが、ケントの移送作業を始めるとエステルも自分が休んでいた部屋へと帰っていった。




 

 自室に戻る最中、夕日が照り返す中庭に、キエルはふと目を留めて呟いた。


「ベテルギウスか……」


 それは、二度と関わりがないと思っていた土地の名。


「……」


 自嘲染みた笑みを浮かべ、彼はそのまま足早に部屋へと戻って行った。


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