大人の事情は突然に その2
アルデバラン 師団本部 ベテルギウス陣営 中庭
シヴァによるラスティーラの抹殺失敗は、ミュラー本人の口から各都市の団長へ伝えられた。
シヴァこと、ジェイ・ファンの存在を知っているのは、団長の中でもマノロ、バサラ、キャスパーの3人だけであるが、他の面子を加えても、誰一人その知らせに顔色を変えるものはいなかった。
確たる自信を持って、彼らは内心に秘めていたのだ。
ラスティーラを倒し、伝説になるのは自分だと。
「――とまあ、そんなところだ、リュクス。俺は閣下達の命令で、このままアルドラに向かうことになった。留守を頼むぞ」
「やっ――心配いらないっす。一匹の兎もベテルギウスの城内に入らせねぇっす」
「その心構えだ。前回の俺の留守中に、本部の電話から、いかがわしい出前を注文した野郎がいたらしいが……ラーメンだろうとローションだろうと、俺は許さねぇ……!」
殺意の眼で、彼は燻された、銀線細工のマグナムを器用にクルクルと回した。
なぜか、額に汗びっしょりのリュクスは口笛を吹いて目を逸らす。
「マジで頼むよ、リュクス? マジで頼むからな!」
「わかってるっすよ、団長。俺がその辺の亡霊なる機兵に負けるわけないでしょう?」
「負けなくても、俺の知らないところで勝手に仕事を受けんなって話だっての」
「だって、あれは元帥が……!」
「言っとくぞ、あの元帥は何考えてんのかよくわからねぇ……ラスティーラのように、新しいおもちゃの試し切りにされないよう、精々気をつけろってことだ」
キャスパーからの警告に、さすがのリュクスも口をつぐんだ。
彼も、この件に関して思うことはあった。
自分とラスティーラを戦わせたのも、全ては新たに手にした、亡霊なる機兵どちらが強い、いや、手駒としてふさわしいのか天秤にかけるための布石。マノロを焚きつけたのも、ケントが行動を起こすように仕向け、例の亡霊なる機兵との土俵を整えたわけだ。
一歩間違えれば――自分も。
「お前にだけは教えておく……今回の遠征で、俺とアルドラのは元帥から魔導経典の強奪を命令されてる」
「マジってことですか……ヴァルムドーレがやられて、うちは切り札なし。だから、お上は本気でサンズを潰すしかないって踏んだわけっすか……」
「だろ。いきなり大本命だ……ただ、サンズもバカじゃない。こちらの動きに勘付いていながらも、ヤツらが海上遺跡にこだわる理由が来になるところだな……」
「とんでもないお宝が海の上にありそうっすね」
「ああ、それも大陸一つ掌握できる、何かがある」
キャスパーは部下から渡されたマントを羽織った。
「まあ、どの道……サンズがナルムーンに勝つことはないがな」
最後に剣を装備して、彼の戦支度は完了した。
「……さて、俺は非常に不快な思いで、アルドラ師団と合流してくる。ついでに、ナルムーンで断トツとも言われる治安維持のお手前でも拝見して来るか」
「気を付けてくだせぇ――美人のオンパレードだって話っす」
「抜かせ――俺が知らないで行くと思ったか?」
ぶつかり合う、自覚のない馬鹿どものどや顔。さっきまでのできる人の会話はどこにいってしまったのか、と呆れるメリハリの良さだ。
楽しげだが、腹黒い――そんな希妙な笑い声に、周りのベテルギウス師団の兵士達は「またか……」とばかりにため息をついた。
◆ ◆ ◆
黒い影が彼の前に立ちはだかる。
それを払いのけようとするが、影はとてつもなく速い動きで自分を翻弄する。疲れ果てたその時、背後から自分に覆いかぶさる巨大な影にケントは肝を冷やした。
振り向けば、あの漆黒の亡霊なる機兵が生身のケントを殺そうとしていた。
――う、うわぁぁ!?
彼は逃げようとするが、あの刃の鎖が再び彼の身に絡みつく。激烈な痛みに動きを封じられたケントの姿はいつの間にか、ラスティーラに変わっていた。
シヴァは金色の瞳が細め、奇妙な笑い声を上げた。
――バカめ、さっさと死ねばよかったのだ。
嘲笑いながら、シヴァはラスティーラを叩き付け、重力で地に縛りつける。
全身が粉々に砕けようとしている。
死ぬ。死ぬのだ。
もがけば刃が身を裂き、声すら押しつぶされる。
絶望的状況下で、彼は見た。
消え行くサファイヤブルーの瞳に飛び込んだのは、数多の死体。
エステル、キエル、フェンディ、バートン、エドガー、そして両親――スターダスト・バニーとナルムーンの仲間達が全て血の海に浮かんでいる。
――わかったか? これは全てお前のせいだ。お前が弱いから、皆死んだのだ!
反響する最後の言葉に、夢の中の自分は心を壊した。
そして、首に巻き付いた、シヴァの関節剣が今まさに彼の身体を真っ二つにしようとしていた――
「――うわァァァァァッ!?」
悪夢にケントはついに意識を戻し、飛び起きた。
息を乱して辺りを見る。
見覚えのある暗く湿った景色に、自分がどこに運ばれたのか理解するまで、それほど時間はかからなかった。
心も体も痛い。
あらゆる苦しみに耐えかねて、彼はベッドの上にそのままうずくまった。
「……何で、こんなの……」
――こんなのばっかり。負けてばっかりの人生だ。