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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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大人の事情は突然に その1

シリウス 裁判所 地下講義堂


 キャラバンは助けを求めて、シリウスの城壁を潜った。


 彼らの帰還を待ち構えていた、グルング警部率いるシリウス警察に誘導され、キエル達は再び裁判所の秘密の地下講堂にエステルとケントを担ぎ込んだ。


 すでに到着していた医者は、彼らの容体を見るなり血相を抱えた。即座に緊急手術に入ったが、彼ら状態から察する敵の力に、グルング警部達は垂れ込む暗雲の厚さを危ぶんだ。


 妹重傷の知らせに、釈放手続き真っ只中のフェンディも、大慌てで裁判所へ移動した。そこで目の当たりにしたエステルの容態――とりわけ、手首の傷と儚く輝く彼女の鮮血に、彼らの身に起きた惨状を知った。


「……その紅い光は、エステルが血の力を解放した証だよ」

「血の力……? な、何だよ、それ!」

「魔導経典の力が宿る、僕らの血のことだよ」


 フェンディの告発は、キエルは顔色を変えた。


「ご存知の通り、僕らはその祖先は魔導経典の心臓を持った、創始ノーウィック。その子孫は代々、創始の力を受け継いできた……他ならぬ血縁という形でね!」


 フェンディはそっと、冷やしたタオルをエステルの額に置いた。


「僕達兄妹の血は、強いて言えば液体型銀水晶だ」

「血が銀水晶って……そんな馬鹿な話が……!?」

「残念な話、代償にする量によって、その威力は魔導経典数ページ分と言われている……死にたくないから、試す気はないけどね」


 吃驚仰天の事実。この兄弟に隠された真実に、彼はただ言葉を失う。


「そんな危ない代物だ……この様子だと、本当に使わなければ共倒れだったんだろう。いや、厳しい言い方をすると……使わされたというのが、本音かな」

「魔導騎士団か……!」

「……うん。おそらく、その中でも最も危ない連中に、エステル達は目を――」


 フェンディは言葉を止めた。


 突如エステルがうなされ始めたのだ。


「エステル! エステル!?」


 兄の呼びかけに、妹は薄らと瞼を上げた。意識が戻ったことに、フェンディとキエルは安堵の表情で、顔を見合わせるが、


「――悔しい」

「え?」

「無様な戦い……禁忌にも手を出した……なのに負けました……」


 喜びもつかの間、目覚めた彼女の第一声はそれだった。


 まだ悪夢の中にいるような、悔恨と煮えたぎる闘志。お世辞にもか弱いと言えない、妹のメンタルの強さに兄は脱帽した。


「エステル……エステル? 君は逃げ切った。キエル達が助けてくれたよ」

「キエルが……そうですか……だから神様は……」


 まだ辛そうに、彼女は男泣きを堪えるキエルを仰ぎ見た。


「心配で死ぬかと思ったぞ……何が起こったんだ?」

「……ケントは?」

「まだ治療中だ。一命は取り留めたが……回復まで時間がかかる。何でか知らねぇが、いつもの回復能力が働かねぇ。それどころか、治癒能力が一般人以下まで低下してるらしい……それもこれも、あの変な刀傷のせいだとさ」

「エステル、あの変則的な刀傷は一体何? どんな敵にやられたんだ……!」


 すると彼女は、包帯の巻かれた左手に視線を移す。


亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)です……未確認の……」

「ノーネームってこと?」


 兄の言葉に、エステルは首を横に振った。


「ちょっと違います……ラスティーラの記憶にもまったくない新種の……そんなことがあり得るのでしょうか?」

「彼が天装する前の姿を見たの?」

「はい……戦いました。黒髪に金色の瞳の少年……」

「――金狼眼(きんろうがん)!」


 フェンディの反応に、キエルははっとして、


「金狼眼って……確か、魔導の神の分体って伝説があったよな」

「……よく知ってるね、その通りだ。魔導の神がこの世に残した、自身の現身――完全なる亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)のことだよ」

「完全なる亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)って……!?」


 少しばかり気迫が戻った顔つきで、彼女は問うた。


 フェンディは眼鏡を外して、


「簡単に言えば、七大魔法体系の縛りがないってことだ……努力次第で、全ての星の加護を受けられる化物なんだよ」


 エステルとキエルは絶句した。


「おいおい……属性の縛りがないって、魔導経典の血を引くお前らでさえ、太陽と土星一択ずつなのに、それよりすげぇってことかよ!?」

「……加えて、生身での戦闘力も群を抜いてるし、魔力の保持量は桁違い。伝説通りなら、金狼眼は必ず亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)となる。それだけ、完璧な戦士なんだ……コンダクターなんか邪魔なだけだ」

「確かに……彼の魔力操作は完璧でした。怖いくらい無駄と底のない魔法攻撃……あんなのやられちゃ、こっちはやり様がないじゃないですか……!」


 エステルは唇を尖らせ、無傷の手でシーツを握りしめた。


 確実に、あの漆黒の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は再び自分達の前に現れる。


 その時、どうやって対応すればいいのか、反撃の手段はあるのか――考えれば考えるほどネガティブから抜け出せなくなる。


 エステルとキエルは沈黙した。口を開けば後ろ向きな意見しか出てこないからだ。


 そんな時、


「……ちょっと、ごめん。席を外す」


 フェンディは突然、扉を横目で見るなり、そう言った。自分の行動を気にも留めない二人を部屋の中に残し、彼は分厚い木の扉の外に出る。


 すると彼は何を思ったのか、誰もいないはずの最奥の部屋へ直進し、警戒の面持ちで足を踏み入れた。


 そこで、彼を待ち構えていたのは――


「お久しぶりです――少佐」


 蝋燭の灯に揺れる影。真っ暗な室内に、一人の男が静寂と一体化を成すようにフェンディを待っていた。


 その呼び名に彼は僅かに眉をひそめた。


 常人に非ざる希薄さと鋭さ――暗殺者独特のオーラにフェンディはすぐに誰だかわかったが、この男がここに来るというのは、洒落にならない事態の始まりを意味すると彼は知っていた。


 主にあの窮屈な軍と言う組織の話だ――


「その呼び名はやめて欲しいな、アーサー……僕はもう軍人じゃない、ただの考古学者だ。君の上官でも何でもないんだ」


 揺らめく炎に照らされる、白髪にアイマスクと紫色の唇。不気味な風貌の男は、微動だにせず闇に隠れたまま言葉を続けた。


「いいえ、少佐です。たった今、少佐にお戻りになられたのです」

「何――」


 すっと、闇の中から差し出された一通の書状に彼の心臓は大きく脈を打った。


 見間違いようもなかった。


 書状の封に押されていたのは、やんごとなき太陽の御紋。その玉璽(ぎょくじ)を使える人間など、フェンディの知る限りこの世に一人しかいなかった。


「勅命です。教皇様のお言葉を拝するよう、お願いいたします」


 即座に、フェンディは跪いた。


「『我が親愛なるサンズ魔導大家――ノーウィック家当主、フェンディ・ノーウィックに告ぐ。この勅命を受けしその時より、貴殿はサンズ教皇国陸軍独立魔導遊撃部隊総長の任に就き、前階級である少佐の地位を与えん。ナルムーンとの決戦近く、軍備増強の時は今なり。直ちに本国へ帰還せよ』」

「……」

「以上です、少佐(、、)

「まったく……誰に書かされた文章なんだろうか」

「拒否権はありません。全てはお国の意志です」


 フェンディはもの言いたげであったが、それを苦笑で隠し、立ち上がった。


「承知いたしました、と伝えなさい」

「その必要はありません。私の仕事はもう一つ、あなたの護衛です」


 まるで機械としゃべっているような心地だった。アイマスクによって、表情が見えないのは相変わらずだが、一言一言に緊張感を覚えるのだ。


 何故なら彼は、融通と言うものを知らない――


「だと思ったよ……どうせ、拒否したら僕を殺せと言われたんだろう?」

「肯定です」

「ケントと同じだな――僕も!」


 フェンディは少し苛立ったような声を上げた。


「支度はするが、その前に聞きたいことがある」

「何でしょう?」

「スターダスト・バニーはどうする? 今の文面だと、戻るのは僕だけのようだけど」


 すると、アーサーは静かに顔を上げた。


「そちらに関してですが、元々彼らは国とは無関係のはずです」

「それは――エステル達を本国へは帰らせないってことか?」

「そう聞いています」


 フェンディは眉を吊り上げた。


「なぜだ!? 君の耳にも届いているだろう? エステルは血の秘密を敵に知られた……ナルムーンの自由騎士が、彼女を放っておくはずないだろ!?」

「恐れ入りますが、それは妹君の失態です。基本的な方針に何も変わりはありません」

「――ッ!」


 フェンディは怒りの余りに、土魔法を発動させようとする自分を留めた。


「……悪い、君に怒っても仕方ないことだったな。君だって、上からそう言われたのを正確に、僕に報告してるだけ(、、、、、、、)なのだから……」

「はい。私は確かに言われました。何が起ころうともスターダスト・バニーは国外を活動拠点とする盗賊でなくてはならないと」


 アーサーも両手に引き抜いた短剣を、鞘に戻した。


「教皇の取り巻きは彼らに何をさせようとしているんだ?」

「わかりません」

「では、君の推測を語ってくれ」


 フェンディは手慣れた様子で、彼に情報を吐かせる。


「おそらくは、ラスティーラを完全に取り込むことと、軍備再編成後のナルムーン政令都市の偵察かと」

「それだけ?」

「一つ、加えるならば……本国の動きに関連するものがあります」


 少し躊躇を見せるような言い草だった。


「アーサー、君が直属の上官に忠実な男と僕は知っている。再び、僕は君の上官となった……僕が有利になるよう、本国から拾ってきた情報を全て話すんだ」


 フェンディがアーサーの肩を掴むと、彼は頷いた。


「5日後、海上遺跡デネブに皇国軍が上陸するとの情報を得ています」

「デネブだって……!? まさか、僕の招集はそのために……!」

「はい。デネブの結界を破るには、魔導経典の力は必須です。直接の使用は教皇の側近が行いますが……我々は海上の警護に回されることでしょう」

「警護という名目で、ナルムーンをやれって言うんだろ? 僕の勘が正しければ、もう魔導騎士団は動いているんじゃないのか?」

「届いたばかりの情報によると、アルデバランで出陣の気配ありとのことです。サミットに出席したどの都市の魔導騎士団かは不明ですが……」

「間違いなく亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は出てくる、か」

「はい」


 フェンディはゆっくりと、眼鏡を駆けなおした。


「はあ……しばらく、カワイコちゃんを掘り起こす生活ともおさらばか――で? ちゃんと脱出ルートは確保してあるんだろうね?」

「はい。ただし、深夜には出航しなくてはなりません。アルドラのナルムーン軍が、船の数を増やしております」

「忙しないな……わかった。僕は今のうちに知人に挨拶をして来るから、君は一つ、頼まれてくれないか?」

「何なりと」

「領収書の宛名は陸軍で、お品代でよろしく」


 するとフェンディは財布から帯のついた札束を取り出した――


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