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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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さらば、アルデバラン その6

砂漠地帯 西部


 守護星と言うのに、太陽は容赦ない。


 もはや人の通った形跡のない砂漠の片隅に、彼女達は落とされた。


 魔導の神も適当だ。四方八方、同じ景色――こんな状況で助かれと、一体どの口が言えるのだろうか。


「……まったく……こういうのは……ヒーローがヒロインに……やる……こと……でしょう……?」


 炎天下。いつもの数倍の重さの足が、腹立たしいほど滑らかな熱砂に沈んでいく。


 背丈を遥かに超える砂丘を、エステルはピクリともしないケントを引きずり、無謀にも越えようとしていた。


 日差しに侵される体力は、すでに限界を超えていた。青白い顔に、虚ろな目。衛生的でないと分かりながらも、手首に巻きつけた汗まみれのハンカチは紅く滲んでいる。


 エステル自身も自分が何をしているのか、訳も分からない状態であった。


 ただ、彼女はケントをどこかに連れて行かなくてはならない――そう言う強迫観念が彼女を駆り立てていた。


「ケント……死んだら……承知しませんよ……!」

「…………」

「神様も……人でなしです……ね――」


 ふらりと、彼女の体が揺れた。


 蜃気楼だけで十分なのに、ついに肉眼に映る世界はぐるぐると回り始める。エステルの脳は方向感覚さえも失い、次第に運動神経へ命令を送れなくなっていた。


 彼女の手足が麻痺し、手放したケントが砂の傾斜を転がった。


 間もなく、彼女も卒倒した。最後の気力を振り絞り、砂地に爪を立てるが、その抵抗も虚しく終わってしまう。最終的に彼女はケントを庇うような形で、砂丘の影を滑り落ちていった。


 ――短い人生、だった。


 その瞬間、エステルの意識は途絶えた。


 しかし、魔導の神は苦難を強いるために、彼女達をこの辺境の地に転送したわけではない。


 結論はすぐに出た。


 遠くから、複数の足音とエンジン音がこちらにやってくる。


 それは瞬足ラクダの大群と砂漠用四輪駆動車。彼女達が横たわる砂丘の傍まで来ると、慌てたように一団は足を止めた。


 キャラバンだった。


 二人の男がすぐさまラクダから降り、導かれるように砂丘の下を覗き見る。僅かな影に静かに抱かれた、少年少女の姿を見て、彼らは戦慄した。


「マジかよ……エステル、ケントォォ!?」


 神の勝算――それは合流寸前だった、キエルとショコラの存在であった。


 彼らは一心不乱に砂丘を駆け下り、微動もせず横たわる仲間の元へと駆けつける。灼熱の大気に鼻につく血の匂い、無残に切り裂かれたケントの身体と血に染まったエステルの手首。


 死体と錯誤してもおかしくない、悲惨な状況であった。


「おい、おいッ! しっかりしろ、エステルッ! エステル!?」


 動転したキエルはエステルの身体を抱き上げるなり、彼女に呼び掛ける。その声に反応したのか、微かに目元が動き、彼は泣きそうな顔で安堵した。


「生きてる……まだ生きてるッ!」

「副長、早くキャラバンへ! ケントの容体のが深刻だ……出血が半端じゃない!」

「クッソ……! 誰だ、誰がお前達をこんな目に……!」


 怒りに歯を軋ませ、鬼の形相でキエルはエステルを担ぎ、ケントを背負ったショコラと共にキャラバンへ大急ぎで戻った。


 その後、キャラバンは最大速度でシリウスへと向かった。


 移動中、エステルは奇跡的に意識を戻すが、ケントは依然として気を失ったままであった。傷も魔法のせいなのか、治癒魔法でも止血が難しい状態に追いやられた。


 ――まさか、彼は。


 胸が張り裂けそうだった。悔しさをこらえて、キエル達は現状で可能な限りの手当てをケント達に施した。


              ◆ ◆ ◆


砂漠地帯 岩壁群


 崖の上でラスティーラとシヴァの戦闘を一部始終見ていたミュラーは、ご満悦な様子で広大な砂漠を望んだ。


 浮かれる筆頭を見て、猛暑の中、汗一つ見せないハリーは、


「楽しげですね、ミュラー。まずは上々と言ったところでしょうか?」

「でしょ? 僕の目に間違いはない。ジェイにはもっと遊んでもらうさ……より戦士として生まれて来たことを自覚してもらうためにね」


 ミュラーは岩の上に腰かけ、どこから取り出したかもわからない団扇でパタパタ扇いだ。とは言っても彼もまた、この炎天下に暑いという感覚すら持ってはいない人間であった。体感温度を魔法で調整できる彼らにとって、団扇などただのファッションでしかない。


 繊細な魔力操作をエンドレスでやってのける、まさに奇跡の御業だ。それこそ、この二人の自由騎士が人智を超越している存在である証拠に他ならなかった。


「ラスティーラはダメダメだけど、あの女の子はいいね……僕貰っちゃおうかな?」

「ほう……! 女性に興味を持つとは珍しい」

「やめてよ、その言い方。僕だって、価値の高いものは愛でるさ」


 ミュラーのジト目に、ハリーは眼鏡を正し、意地の悪い顔を見せた。


「……飽くまで『価値』なんですね?」


 それを受けたミュラーは、不敵な笑みを返した。


「あの力は彼女の血に宿る、魔導経典の力だろう。創始ノーウィックは魔導経典の心臓を得て蘇った……その子孫と来れば、魔導経典の子どもと言っても差し支えはない」

「なるほど、銀水晶以上に価値がありそうですね」

「うん……そうだね」


 ミュラーは団扇を風に晒した。


「まあ、少し泳がせておくよ。泥棒兎とやらは……そうしないと、サンズが大事な魔導経典を戦争なんぞに投入してきたら困る困る」

「で? その魔導経典を奪う手筈はどうなっているのですか?」

「そうだった……!」


 忘れてた、と、ミュラーは団扇で自分の頭をペシッと叩いた。


「あとはキャスパーとバサラに任せた。アルドラに海軍を駐留させ、サンズが動いたら事の始まりだ。ジェイを加えた3人の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)が一斉にサンズの艦隊に襲い掛かる……そしてそのまま、僕はあの都市を占領下に治めようと思っている」

「……海上遺跡デネブですか」


 ミュラーは頷いた。


「サンズはあそこに魔導経典を持ち込んで何かやらかすつもりだよ。その前に経典か遺跡は召し上げないと、割に合わないよね」


 彼が団扇を一振りすると、不思議なことにそれは紙の折鶴となり、命を授かったかのように乾いた風の中へと羽ばたいた。


「さて、雛がどんな成長を見せるか――」


 彼はまるで視界から鶴を、払いのけるかのように、


「楽しみだ」


 何もない空を素手で切った。


 すると一瞬――羽ばたく折鶴を黒い影が飲み込んだ。


 だが、それも幻か。


 折鶴がどこかに消えてしまったこと以外、砂漠は平穏を取り戻していた。


 いつの間にか、崖の上にはミュラー達の姿はなかった。


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