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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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おしとやかには気をつけろ その4

アルデバラン ステファン家


 遠ざかる馬の蹄鉄の音に、階段で隠れていたバートンは開放感から手足を伸ばした。


 ふとダイニングを見ると、テーブルには面白くなさそうに頬杖をつくエステルの姿があった。


「恐るべし、あれが天然おっとり系……!」

「冷や冷やしたぞ。まあ、君のおかげでリリアーノ団長についての貴重な情報を得られた。それについてはお手柄と言っておく」

「どうも……でもあの子、とっくに私の存在には気づいてました」

「何だと?」


 驚くバートンにエステルは悔しそうな顔を見せた。


「半端ないどころか……器が小さ過ぎて魔力がだだ漏れです。彼女、とんでもない敵になるかもしれません」


 歳も変わらない少女同士と言えど、自然と「敵」という言葉が出てくるあたり、やはり彼女も選ばれたサンズの戦士なのだとバートンは気を引き締めた。


 奥からケントが戻ってきた。


「てっきり、『うん!』と下心丸出しで答えてしまうと思いましたよ。意外と冷静なんですね~安心しました!」

「甘く見るなよ――俺は年上しか興味ない」

「なっ……!」


 ――バカな、予想外だ!


「それも包容力のある、自立したお姉さんじゃなきゃ嫌だ」


 さも当たり前のことのように彼は言ってのけた。そんな理想の高いことばかり言ってるからモテないんだと、エステルは異議ありとばかりにバートンを見るが、


「ああ、お前そんなこと言ってたな」


 ――マジかよ。


 彼もケロりと部下の趣向を肯定し、やむなしにエステルは撃沈する。


 ケントは緊張を解いてどっと椅子に、もたれかかった。


「予想外に向こうの動きが早い。ケント、残念だが悠長に構えている暇はない」

「どうしよう……」


 今のアルデバランは、ライオンのいる檻だ。魔導騎士団団長と自由騎士が勢ぞろい――そんな状況下で、お上の意向を拒否してしまった自分を、彼らは何と見なすだろうか。


 彼女はまた来ると言った。


 だが、再び彼女に会うまで、自分の身に何も起こらないという保証があるだろうか。


「――ケント、ナルムーンを捨てなさい」

「……」


 エステルが放ったのは当然の言葉だった。


「偶然この場に立ち会えたのも、魔導の神の導き……私は友人として、あなたの命を重んじます」


 それを聞いて、ケントもバートンも表情を変えずに考え込んでいた。


 そんな彼らをエステルはじれったく思って、


「もう、聞いているのですか!? あの娘が軍に帰った途端、追撃が始まるかもしれないんですよ? 考えてる暇なんかないんです!」

「……同感だな。明日が来てからじゃ遅いだろう」


 バートンはゆっくりとケントの向かいに座った。


「ラスティーラが手足とならないならば、消した方が合理的だ。今度こそ、国家反逆罪を着せられ、地の果てまで奴らに追われる日々が始まるだろう」

「……ですよね。また脱走兵か……次捕まったら、本当に死刑だろうな……」

「……一つだけ、それを回避する方法はある」


 上司の言葉に、ケントは思わず顔を上げた。


 だが、彼は少し寂しげに、


「でもそれは……お前にとって酷く遠回りな道になる。リリアーノ団長であれば、お前を預けてもいいかと思ったが……何か、違ったのだろう?」


 諦めと優しさの声色に、ケントはゆっくりと頷いた。


「ならば、話は早い。電話一本でことは着く……だが、その前にエステル。君にも確認して屋体ことがある」

「何でしょう?」


 敵将の言葉に、彼女はやや警戒したような顔つきを見せた。


 バートンの表情は、軍人同士の交渉場と変わらないものであった――


「君はケントにサンズに来いという」

「無論、彼を助けるためです」

「それは……国の意志か、君個人の意志か?」


 棘のような沈黙だった。突きつけられた険しい視線に、エステルは一瞬焦るが、すぐに平常心を取り戻す。


 ここに来た理由を思い出せば――答えに迷う必要などなかった。


「私の――いえ、我ら盗賊団スターダスト・バニーの意志です」

「と言うと、サンズの意志ではないと断言するんだな?」

「もちろん」


 彼女の明確な返事に、バートンは決意に満ちた眼差しをケントに向けた。


 ケントはただ、頷いた。


「では、君に頼みがある――」


 その瞬間から、禁断の共同戦線が始まったのであった。


         ◆ ◆ ◆


 同時刻。


アルデバラン師団 後方支援部隊総統括室


 常日頃のように、ダグラスは総統括の小言を聞き流しながら、持ち込んだ人事関連の書類全ての押印を待っていた。


「まったく……また除隊か、根性なしどもが! 中途半端に辞めるなどと、払った金を返してもらいたいものだ。これで税金の無駄遣いと批判されては適わん!」


 数か月先から近々まで、もうどうしようもなくなった兵士達の退職届にしぶしぶ、彼は職務印を押しまくった。残業の果てに彼はうんと疲れた顔で彼らを嫌悪し、ろくに名前すら見ようともしない。


 去る者は追わず――それがこの総統括のスタンスだった。


 特に今日はその程度が酷い。それもこれも、明日より重要書類には団長であるマノロの許可が必要になってくるのだ。


 今まではトップ不在で上級騎士の除隊許可を始めとして、多くの重要権限が総統括の地位に委任されていた。だが、それを本日付で団長へ権限を返上しなくてはならない。


 だからこそ、この総統括は除隊者の数をちょろまかすために最後の追い込みをかけているのである。


 退職者の数は彼の評価――やっとその重要さに気づいた彼は、ダグラスに数ヵ月先から近々の退職届を持ってくるように命じ、ひたすら押印をしまくっているのだ。


「恐れ入ります、統括長。今日、これだけ片づけてしまえば、リリアーノ団長の耳まで退職者の数が入ることはありますまい。マノロ団長の承認印が必要となると、理由を深く突っ込まれるのが落ちですから……」

「わかっておる。しかし、上の顔色を窺うこととなると、効率が悪くてならん! 頼むから、人事権限をこのまま委任してくれないかのぉ! 一々、あの小娘に頭を下げねばならんとならんと思うとダレるわ!」


 ドンと、最後の一枚を押印し終えた。


 ダグラスはとても申し訳なさそうに、


「ありがとうございます。これで新体制の滑り出しは、スムーズです」

「ふん! だったら、除隊者が減るようもっと努力しろ!」

「……心得ております。では、失礼いたします」


 統括長はシッシッと彼を追い払って、帰宅の準備を始めた。


 ダグラスはすぐさまその場を後にし、扉を閉めるなり、書類を抱えたままガッツポーズをした。そして、勝ち誇ったような顔を部屋の中の上司に向けた。


「見てろよ……明日、目にものを見せてやるからな!」


 ダグラスはとある一枚の退職届を引き抜いた。


「備えあれば憂いなし……良いんだか、悪いんだか」


 その一通の書類を彼は大事に人事部の金庫に収め、仮眠を取った。


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