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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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おしとやかには気をつけろ その3

アルデバラン ステファン家


 玄関に立つのは小柄で色白、ふわふわの薄紅色が美しいロングヘアの少女。


 目が不自由なのか、補助杖を手にし、魔導騎士達に大事に警護される彼女の姿を見れば、ケントのような下っ端兵士でも目の前の少女が誰であるかピンとくる。


 それは、昼間仲間達が騒いでいた時の人――


「マ、マノロた――」

「惜しいです。マノロタじゃなくて、マノロなんです。ちょっと言いにくいのが、申し訳ないのですが……でもマノロタの方が言いやすいですかね?」


 少女はにこりと笑った。


 ――美少女キタァァァァァァ!!


 と、ケントは咄嗟に口を塞いだ。同期の野郎どもが「マノロたん」などと、不埒な呼び名をしたくなる気持ちを初めて理解した。


 それほど、かわいい。絵に描いたような美少女なのだ。


「ケント・ステファンさんですよね?」

「は、はい! 自分が、ステファンです」

「初めまして、私はマノロ・リリアーノと言います。ごめんなさい……こんな時間に。驚かれたでしょう?」

「え、ええ……少し。その、まさか、スピカの副団長殿が……自分の家なんかに」


 すると、マノロはやや眉を落とした。


「実はもう、スピカの副団長じゃないんです」

「え!?」

「場をわきまえろ、ステファン! お前の目の前に立つお方は、本日よりアルデバラン師団の長となられた方だ」


 魔導騎士の言葉に、ケントは口をパクパクさせた。


「って、ことは……団長殿!?」


 同期の奴らが泣いて喜びそうな知らせだ。


 信じ難いことに、このあどけなさが残る少女が自分達の総大将なのだ。この厳つい連中を従え、戦陣に赴く――普通の神経では考えられやしない。いや、それ以前にそんな素っ頓狂な人事異動を考えた人間の頭がイカれているとしか思えなかった。


 だが一つ言えるのは、彼女はケントを配下に治めた。それ故にここにいる。


 つまり、これよりケントがマノロの言動に背くことが直接的な利害が生じるとわかり切ってここに来たのだ。


 命令という力で自分を牽制するために――


「威圧的な手段ですよね……ごめんなさい。本当は一人で来たかったのですが、そうもいかなくて……」

「こちらこそ……存じませんでして……」

「……少しお話ししてもいいですか? その、お時間は取りませんので……」

「滅相もない! こんなところでは何ですから……よろしければ中へ――」


 ギロリと、魔導騎士の視線がケントの行動に待ったをかけた。


 だが、マノロはお構いなしに、


「皆さんは外で警護をお願いいたします。暑いのにごめんなさいね」

「お気になさらず。それが我らの務めです」


 魔導騎士の返事に、マノロは申し訳なさそうに会釈した。


「ありがとうございます。それではステファンさん、お邪魔します」

「は、はい……」


 気を使ったのか、彼女は見張りを切り離した。


 何のつもりでここを訪れたのは定かではないが、真剣に対話が望みであることは、このわずかな言動の中でも読み取れる。


「あの……お食事中だったのですね? 本当にごめんなさい」


 テーブルの上にある、まだ温かな夕飯の匂いに彼女はそう言った。


「い、いえ……出したばかりですので、全然!」

「だって、ご家族の方もいたのでしょう? 誰かとお話ししているようでしたから」

「え、えっと――」

「あら、ケント~お友達かしら~?」

「――!?」


 無理矢理作った年増声が、階段の上から聞こえて来た。


 こんなことする奴、他に誰かいるか――あいつしかいなかった。


「こんばんは~ケントの母ですぅ」

「まあ、お母様ですか! お邪魔しております。私、魔導騎士団のマノロ・リリアーノと申します」


 盲目というハンデを悪用し、エステルはいち早く勝負に出て来た。2階の寝室から引っ張り出してきたのか、やや年寄臭いカーディガンとニット帽、そしてグルグルの渦巻眼鏡をかけて降りてくる。


 ――だが、その服はばーちゃんのだ。


 役作りは形から入るらしいので、それ以上突っ込むつもりはないが。


「あらあら、軍の方がこんな遅くに……! うちのケントが何かやらかしましたか?」

「いえ。実は……彼に頼みがあって」

「じゃあ、私達はお席をはずしますかね~ね? お父さん!」


 お父さんと呼ばれたバートンは、階段の陰で「やめて!」と必死に首を横に振った。


「……あらま、テレビ見たまま、寝ちゃってるみたい」

「ではせめて、お母様だけでも同席して頂けますか? とても大事なお話なのです」

「え、ええ……」


 グルグル眼鏡で表情を隠しても、テンパっているのはバレバレだ。


「あの、どうぞお掛けください……座り心地悪いと思いますが」


 冷や冷やのコントに耐えられなくなったケントは、エステルを無理やり席に着かせ、進んで口火を切った。


 マノロはニコりとし、杖で椅子の位置を確認しながら、


「とんでもない。何だか温かい感じがします……とても落ち着く、素敵なお家」


 視覚以外の感覚で、彼女は空間に残された温もりに浸っていた。


「ありがとうございます。その……お話って?」

「はい。突然でごめんなさい……本日は、アルデバランの団長として、ケント・ステファン一兵卒に、直々に人事異動のお願いをしに参りました」

「人事って……まさか経理部じゃなくなるのかしら~?」


 毒気たっぷりのエステルの言葉に、マノロは凛とした表情で頷く。


「はい。私、マノロ・リリアーノは、彼を直属の正騎士として抜擢したく思っていいます」

「正騎士って……!」

「そんな……ろくな実戦経験もないのにいきなり!?」


 異例の事態であった。


 本来魔導騎士団にクラスチェンジするには試験がある。その試験に合格して初めて準騎士となり、役付を経て正騎士の位を元帥から授かるのが一般的なプロセスだ。


 これこそナルムーン唯一の出世街道だが、彼女の提案には役付免除――つまり、小隊長経験を不要と言うのである。


 ヒラがいきなり彼女の精鋭として最前線に立つ。こんな無謀な話を持ち出してきた理由はただ一つだ。


 彼女は虫も殺さぬ顔をして、欲しているのだ。


 ラスティーラとしての自分の力を――


「お母様は、彼の隠された力についてご存知でしょうか?」

「え、えっと、あれ、あれですよね? 機械の巨人になっちゃう的な?」


 ――キャラが定まってねぇよ。


「はい。彼は亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)、古の機械兵の前世を持つ特殊な人間です。確か……亡きマックイーン閣下に掛けられた影火のせいで、魔力が封じられていますよね?」


 ケントの顔つきが変わる。ピリピリとした、微妙な空気の変化を感じ取ったのか、マノロは少し慌てたように、


「心配しないでください。このことは一部の人間しか知りません」


 一部とは誰か、とケントは言いかけたが、それは余計な詮索だった。


 考えればわかる。その情報を与えたのは彼女より立場が上の人間達だ。この苦しそうな彼女の表情からして、かなり格上の人物であろう。


 おそらく、ユーゼスと同じ。


「あなたは魔法が使えない。でもそれを過小評価する必要はありません。あなたは十分、魔導騎士団で通用するだけの力を持っています」


 マノロはぎゅっと杖を握った。


「シューイン前団長との諍いも、致し方なかったと理解しています。故に、私はアルデバランを立て直したい……スピカと違った美しい街、緑の香り溢れる第二の故郷を守ることが、私にとっての使命なのです」


 彼女は少し息を吸い込んで、


「だから、ケント……私の力となってください。私と共に、この街をナルムーン最高の都市にするために力を貸してください!」


 エステルは冷や汗を流し、隣のケントを窺い見た。


 だが、彼はいたって冷静に、


「……申し訳ありません。お断りいたします」


 その言葉にマノロは眉を大きく下げた。


「どうして? 私はあなたの力を利用するつもりはありません! 同じ亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)として、私はあなたを尊敬――」

「嬉しいな……夢にまで見た魔導騎士団の団長に褒められるなんて」


 すると、ケントはふと微笑んだ。


「団長、あなたは優しい人だ。こうして落ち着いて話ができるよう計らってくれたし、自分の立場を理解しようとしてくださいました」


 ケーブルの下の手を、ケントはキュッと結んだ。


「だからこそ、言われましたよね?」

「な、何を?」

「拒否するならば俺を殺せ、と」


 マノロは黙った。


 ケントは少し困ったように頭をかく、


「……お気遣いありがとうございました。話は終わりです、リリアーノ団長」

「――待って、ケント。わかっているなら、なおさら危険です。あの人達は……あなたを放っておいてはくれません」

「あの人達って?」


 マノロはしまったというように、口を塞いだ。


 エステルは不審に思って、


「……時にリリアーノ団長、お聞きしたいことが」

「な、何でしょう?」

「目が不自由と窺っておりましたが……先ほどから、よくケントの目を見て話してらっしゃいますね?」


 その一言は彼女をさらに戸惑わせた。


 ケントは焦った様子でエステルを見るが、彼女は平然――というよりも、些か攻撃的な視線をマノロへ突き付けていた。


「ケントのことばかりご存じで……あなたのことを私達は何一つ知りません」

「……」

「身内を預ける身としては、些か不平等ではありませんでしょうか?」


 彼女が魔導騎士を追い払ってくれたことに胸を撫で下ろすばかりだ。


 容赦ないエステルの言葉にマノロは沈黙したが、すぐに割り切ったような表情を浮かべ、そっと顔を上げた。


「……お母様のおっしゃる通りですね。実は私……まったくモノが見えないわけではありません。今この場で、ケントの姿だけははっきりと見えています」


 ケントとエステルは顔を見合わせた。


「そ、それはどういう……?」

「私は確かに生まれながらの盲目です。ですが、私の魔力が強くなるにつれて、とある条件を持つ人だけ、姿が見えるようになりました」

「まさか、それって……」


 マノロは頷いた。


「はい。私は亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)のみ、この目に映すことができます。それも、まだ帰化していない人も含め、物陰に隠れていようともその姿を捉えることができます」


 階段陰のバートンはギクりとしたが、自分がそうでないと改めて気づくとほっとした。


「だから、ドアの向こうの俺の様子もわかったわけですか……」

「はい。でも驚きました……リュクスさんから、死んだ魚の目をしているとお聞きし、姿が人間離れしているのではと思っていましたから……とてもお優しい感じで安心しました」

「――僕もその言葉を聞いて安心しました……!」


 情報提供者の顔を思い浮かべた途端、無意識に持った箸を片手で、バキンッと真っ二つに折った。マノロは「何の音ですか?」とエステルに尋ねるが、彼女は息をするように「ハトが窓にぶつかりました」と嘘を吐く。


「でも中途半端に見えるせいで、面倒なんです。お風呂場に近づくと、とっても気を使いますので……」


 顔を少々赤らめるマノロに、きゅんとするケント。その傍らで、「何だ、全裸で見えるわけじゃないのか」と、エステルはつまらなそうに心の中で舌を打った。


「まあ、亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)がいなければ何の問題もありませんけど」

「え、ええ……本当に!」

「雑談が多くなってしまいましたね……あなたとは歳も近いせいか……お話するのが楽しいです」

「自分も……!」


 デレる相方にエステルはムッとした。


「ますます残念です。これでも、私の元には来ていただけないようですね。そのお顔ですと」

「……すみません、リリアーノ団長。あなたがとてもいい人とはわかりましたが、魔導騎士団への不信感は拭いきれません」

「マノロで結構です。ケント……私にとって、あなたはお友達です。痛みを分かち合える大事なお友達です」

「友達か……」


 申し訳なさそうなケントの様子に、マノロは切ない微笑みを向けた。


「私はいつまでも待っています。あなたが、私と一緒に戦ってくれることを」


 今日はこれまで、とマノロはそっと席を立とうとしたが、


「――あの、一つだけ」


 ケントの方が先に立ち上がった。


「はい?」

「……あなたは、いや、マノロはどうして魔導騎士になったの?」


 彼女の気持ちを受け、ケントは一人の友人として彼女にその質問をぶつけた。


 少しだけ、嬉しそうに彼女は、


「人の助けなしでは生きられない私が……多くの人の役に立てるからです」


 ゆっくりと光のない青い瞳を開けた。


 彼女が杖を突きながら席を立つと、ケントはそれ以上何も言わなかった。

 

 そのまま玄関へと彼女の手を引き、外で待つ魔導騎士に彼女を託した。


「それではケント……また会いましょう」


 そう言い残して、彼女はステファン家を後にした。


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