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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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おしとやかには気をつけろ その2

シリウス 中央警察署


 名門と名高い大学の客員教授として、エステルの兄、フェンディ・ノーウィックは、かつてレガランスとの激闘を繰り広げたシリウスの街へと足を運んでいた。


 夕方近くだったか。エステルを密入国のコーディネイターに任せ、シリウスの街からアルデバランへ送り出したのは。


 邪竜ヴァルムドーレとの戦いの終結を理由に、サンズ教皇国とナルムーン共和国は一時の休戦協定を結んだ。


 そのおかげで一般人、とりわけ商業関係であれば、シリウス経由で入国許可が出やすくなり、安定した物流を成していた。


 だが、休戦中とは言え、ノーウィック家の人間である以上細心の注意は必要であった。故にフェンディは馴染みのコーディネイターと、この戦友であるシリウス警察に根回しをし、エステルを再びアルデバランに送り込んだのである。


 彼女の目的は単純に夏休みの友達巡りであったが、フェンディがこれほど骨を折って、エステルの希望を叶えたことには別の意図があった。


「感心せんな……今、アルデバランにはヴァシュロン元帥を始めとして、魔導騎士団の幹部が揃っている。飛んで火にいる夏の虫だ」


 彼はそう言いながら蚊を潰した。


「とは言っても、ケントを放置しておけば先にちょっかいを出されるのは目に見えてる。魔導経典はこちらに全部あるんだ……エステルがヘマをしなければ大丈夫さ」

「……それはケントのためか、国のためか」

「6対4でお国かな……僕も元軍人なんでね」


 部屋の中心で食後のボードゲームを嗜んでいるのは、フェンディとヒゲロールことシリウス警察の重鎮、グルング警部。前回の礼も兼ねて会いたいと思っていた矢先、彼らはフェンディをわざわざ大学まで迎えに来てくれたのである。


 黒と白の貝殻を挟んで引っくり返す――我々の世界のオセロに相当する遊びを、彼らは真剣な面持ちでプレイしていた。


「北方将軍のユーゼスを失ったんだ、間違いなくアルデバランでは組織の再編成がなされている。ここにケントが組み込まれるのは誰の目でも明白だよ……他の自由騎士が彼を放っておく理由はないからね」

「首都のアルタイルでやればいいサミットを、わざわざアルデバランでやる……気の毒だな、ケントは。今頃、八方塞がりになってるだろうな」


 髭を弄びながら、ヒゲロールは白い貝殻を引っくり返し、黒くした。


「だからこそ、エステルを送り込んで再スカウトさ。彼の夢もわかるけど……あのやり手の元帥閣下をどうにかしないと、ナルムーンは今のままさ」


 仕返しとばかりに、フェンディは白の駒を増やした。


「小僧が最高責任者とは……おっさんの生き辛い世の中になったもんだ」

「ホントだ……噂じゃ、僕よりも10歳以上若いらしい。僕と同じでとんでもない童顔なら許してやるけど」


 三十路の赤髪眼鏡は、ヒゲロールの一手に眉を寄せた。


「戦ったことはあるのか? 奴らも亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)だろう」

「自由騎士はユーゼス以外ない。だけど、搬入先の病院で亡くなった戦友が、最期の瞬間まで教えてくれた……かつてサンズ領のエルナトが奪われた際、敵は深緋色の短髪男、一人だけだったって」

「深緋色……東方将軍のリカルド・ジャガーか」


 黒い駒が、ボードの角の隣に置かれた。


「うん……今思えば、そうだろうね。彼は言った……何が起こったのかわからないうちに、風に五体を引き裂かれたって」


 追い詰められたフェンディの白駒、苦し紛れに彼は角の斜め隣に置く。


「大勢の魔導師を投入していたにもかかわらず……か」

「他もそんな感じだ。ハリー・フレディリックが通った道には未だに春が来ず、ユーゼスは逆にまっ黒焦げ。だけど奇妙なことに……筆頭ミュラー・ヴァシュロンに関しては、何の情報もない」


 その時、ついにヒゲロールの駒が角を捉えた。広い駒は次々と黒に引っくり返される。


「……見た人間が誰もいないということか」

「それどころか、見た人間の亡骸も一つとして発見されてない。残留思念すら……残ってなかったんだ」


 次々に白が黒に転じる光景を、フェンディは徐に眺めていた。


「共和国……議会だ何だって言っても、あの国は一人の少年の元に成り立っている。恐ろしい力を秘めた、一人の亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)が影の王として君臨している。僕は正直、勝てる気がしないね……!」


 真黒な盤面に今後の世界情勢を見たのか、フェンディはあっさり負けを認めた。


 敵を知れば知るほど、ため息は深くなるばかり。


「勝てないか……それを聞いて、やはりケントを放置できないと改めて思ったよ」

「……ところで警部」

「何だ」

「これは……いつ解いていただけるのでしょうか?」


 ジャラリ。


 ニコッとした顔で、フェンディは両手にはめられている手錠を見せた。


 ヒゲロールは微動だにせず、


「変態卒業して、器物破損やめたらね」

「器物破損じゃない、公然わいせ――」

「二度と客演に呼ぶなと、大学には打診しておく。無論、近辺の博物館への立ち入りも禁止するからな……!」

「そ、そんな~!?」

「当たり前だ、このたわけ!」


 説明しよう。


 フェンディは大学で非常に素晴らしい講演をしたが、その直後、案内された大学の博物館で粗相をしでかした。


 大学が誇る秘宝、人間誕生直後に作られたと言われる、魔導の女神像にあろうことか、興奮した彼は飛びついてしまった。それだけならまだよかったものを、テンションが最高潮に達した彼は、理事長達の目の前で、その大理石のおっぱいをけしからん手付きで揉みまくってしまったのだ。


 ヒゲロールが大学にまで来た理由、それは大変ご苦労なことにこの変態を引き取るためであった。


 無論、逮捕というケジメつけさせるために。


 と言う訳で、反省文100枚を書き終えるまで、フェンディの手錠が外れることはなかった。


             ◆ ◆ ◆


アルデバラン ステファン家


 かくかくしかじか、ケントとエステルの再会は唐突に叶うこととなった。レンガ造りの一軒家、石灰が主流の真っ白なサンズ建築に慣れ切ったエステルにとって、この家の全てが珍しかった。


 とりわけ、庶民の家としてだが――


「へ~ここがケントの家ですか! ご家族は?」

「誰かさんのせいで、みんなリゲルにいます」

「すごーいです! うちの物置よりコンパクトな作りで何よりです!」

「悪かったな!」

「さぁ~て、腹ごしらえの時間です。あ、そうだ……夕飯買い過ぎて、お肉屋さんで台車を貸していただいたんです。明日、返しておいてくださいね!」

「――今行ってきなさい」

「ええ!? 前輪がギーギー言ってうるさいんですよ! 近所迷惑ですから、明日の出勤時に返してしてください~」


 ケントははっとした。


 あの奇妙な音は解体包丁ではなく台車だったらしい。とりあえず、今晩の夕食にされなくて済むようだと、彼は安堵してエステルの土産物を整理するが、


「さてさて、お茶ぐらい入れて差し上げますよ~」


 やはり、家をめちゃくちゃにされかねないと、気が休まらないのであった。


 当の本人も周りの声が聞こえんてんのか、聞こえてないのか、エステルは上機嫌に流し台に向かい、ポットのお湯を沸かし始めた。


 このどっと疲れる感じ――変わりないのは何よりであるが、空気を読むスキルに関してはあれから何も学んでいないようだ。


 とことん我が道を突き進む外来種の様子を、苦手意識丸出しでバートンは窺っていた。


「……どういうことだ、ケント。噂には聞いていたが、彼女にするなら、もっと大人しい方が……」

「彼女じゃないです。赤の他人です」


 それを聞くと、バートンはほっとしたような表情を見せるが、当のケントは酷く疲れた様子で惣菜を皿に並べていた。


「……まさか本当に来るとは思ってなかった」

「甘いですよ! そんなんで敵の奇襲に対応できると思ってらっしゃるのですか?」

「ご自身を僕の敵と理解しているのですね……! それはよかった!」


 ケントの皮肉に、エステルはつまみ食いしていたクッキーを荒々しく口に投げ込む。


「ふん、相変わらず生意気な極貧兵士! SNS荒らしてやりますから!」

「……陰湿過ぎて泣けてきたな」


 まさかのバートンのツッコミに、エステルの脳内でガーン! と鐘が鳴る。


 彼女は偉くショックを受けた様子で、


「何か……ケント以外の人に蔑まれると……さすがの私も心が……!」

「――おい」

「冷静に考えたら……何か……今日、大事な日でしたか? あれですか? 休日出勤的なものですか? わ、私……席外しますか?」


 バートンの一言が意外にも効いたらしく、エステルは指を組んで親指をグルグルさせながら少々困ったように尋ねた。


 ――いい気味だ、静かになった。


 無頓着にコンロの火を消しに行くケント、やはり外道の相方とあって、ちょっとやそっとじゃエステルに優しくしないのが教育方針である。


 だが、バートンは気の毒に思ったのか、少し微笑んで、


「確かに、ケントに大事な話があってここに来たのだが……お頭殿がいらしてくださったのは好都合だ」

「え!? じゃあ……!」

「せっかくだ、自己紹介と礼を言わせてくれ。食べながらすまないが」


 バートンが椅子を引くと、彼女は喜んでそこにかけた。


 入れると言ったお茶を、ケントが代わりに入れていることにも気づかずに。


「私はアルデバランの経理統括である、バートン・エルザだ。ケントの直属の上司でもある」


 するとケントが3人分の紅茶を出し、フォークとスプーンを並べた。


「君には常に礼を言いたいと思っていた、ミス・ノーウィック。ケントと私の部下を助けてくれてありがとう」

「エステルで結構です。私どもの方こそ、ケントをお貸し頂きありがとうございました。おかげで、我らスターダスト・バニーは誰一人掛けることなく、戦場から帰還することができました。頭領として……これ以上の喜びはありません」


 料理を取り分けていたケントの手がピタリと止まる。ふと顔を上げると、やや嬉しげに上司がこちらを見ていた。


「話とはだいぶ違うな……正真正銘、一部隊の大将の器と見える」

「――その『話』の詳細について、あとでお聞きしたいのですが?」

「エ、エステルさん、オニギリが温まりましたよ!」


 ご機嫌取りのケントの笑顔に、エステルはジト目を向けながら、差し出されたオニギリをほうばった。


「実は私も、あなたに話しておきたいことがありました」

「ほう……お先にどうぞ。お聞きしましょう」


 エステルはむしゃむしゃとオニギリを飲み込んで、


「ケントは今でも私達の仲間です……だから単刀直入に申し上げます」

「……」

「彼をサンズに――」


 ピンポーン♪


 突然のインターホンに、エステルは言葉を中断せざるを得なかった。こんな時間に来訪者とは、嫌がらせでもない限り、警戒に値する事態だ。


 それに魔導師のエステルとって、姿を見ずにドアの向こうの相手を識別することは容易かった。


「ケント、気を付けてください……全員魔導師ですよ」

「マジか……」

「数は?」

「5人です。1人だけ、半端ないのが混ざってます」


 それを聞いて、バートンは判断を下す。


「ケント、出よう。向こうはお前に話があるようだ。いきなり強硬手段はとらないと見た」

「もしそうなったとしても――」


 ケントは傘立ての中に隠してあるロングソードを見せた。


「なんとかなるでしょう」


 再びそれを傘立てに戻し、彼は玄関へと向かう。


「君の出番は本当に洒落にならない事態の時だけだ」

「ですね……奥の部屋にでも隠れさせてもらいます」


 再び、チャイムが鳴る。エステルの時と違ってだいぶ穏やかな押し方だ。


 だが、油断はできない。


 ケントは警戒心を全開にして、ドアの鍵を外し、扉を開いた。


 ――来るか。


 素早く来訪者の姿を視認しようと試みたが、予想外の展開に彼は動きを止めた。


「こんばんは!」

「えっ……」


 驚いたなんてものじゃない。彼を待ち構えていたのは、厳つい顔をした魔導騎士ではなく、無論それもいるが――一人の少女の微笑みであった。


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