チャラさと薄情さは紙一重 その4
アルデバラン師団 教団本部 地下牢
ミュラー・ヴァシュロンの指示で、自由騎士リカルド・ジャガーに従い、とある二人の団長が、一部の者以外立ち入り禁止の秘密の地下牢に案内された。
リカルド・ジャガーは他の二人に比べれば、極端に口数が少ないことで有名であった。
深緋色の単発に金色のイヤカーフ。ブラウンで切れ長の瞳、顔つきは端正ながらも冷たい印象を与えた。
彼もハリーに劣らない、武功と知略の戦士であり、ミュラーの絶対的な信頼を得ている。
その彼が、よりにもよって呼び出したのは、魔導騎士団の中でも天敵同士と呼ばれる二大都市の団長。アルドラのバサラ・アクセルとベテルギウスのキャスパー・ル・クリスティアーノであった――
「ところで何用でしょうか、閣下。珍しくあなたからのお声掛けかと思えば……こいつまで」
「……」
先ほどから一言も発しないバサラを、キャスパーは心底煙たく思った。
「貴様らに会ってもらいたい人間がいる。元帥がポラリスの協力を得て、極東の農村から連れてきた人材だ」
「それはそれは……元帥自らスカウトに出るなど興味深い。うちの副官にボロ負けした勇者とは大違いだ。なあ、お前もそう思うだろ?」
「……」
「……おい小僧、いい加減にしろよ。前回のサミットの時は、シャーレル姐さんとしゃべってたの知ってんだからな!」
無言を決め込むバサラに、さすがに彼も口を出さずにはいられなくなった。
苛立つキャスパーを横目で見ると、彼はマントの下から、なぜ持ち歩いているのかわからないが、自由帳と油性マジックを取り出した。真っ暗な地下道でバサラは器用にも、何かそこに書きつけると、嫌そうな顔でそれをキャスパーに渡した。
そこには、何と、
【すみません。二日酔いです。声でないっす】
と、書かれていた。
「おま――いくつだよ!? 俺よりおっさんじゃねぇか!?」
そのツッコミにバサラは鋭い目つきで、再び書き殴る。
【うるせーぞ、色白野郎! 乳首ピンク色のクセに!】
「意外と口汚ねぇな、おい!」
【え……今の冗談だったのに、まさか!?】
「深追いすんなし! 何なの、お前!?」
「着いたぞ」
リカルドの声に、二人は漫才染みた口論をピタリと止めた。
そこにあったのは――さらなる闇への開かずの扉。歴史と鋼鉄の重量を伴って、扉は彼らの行く手を固く閉ざしていた。
リカルドは少しだけ、後ろの二人を振り返って、
「天体防衛を張っておけ、開けた瞬間やられちゃ困る」
「御冗談……!」
キャスパーは顔を引きつらせるが、リカルドはそれ以上何も言わずに扉の鍵を開けた。
将軍たる彼が、扉ごときを自ずと開けるとはおかしな話だが――門番が誰一人いない理由を、二人は一瞬にして理解した。
扉がわずかに開いた瞬間、鉄球を背負わされたような重みに、骨が悲鳴を上げた。
「――ッ!」
「これ……は……!?」
リカルドが宣言した通りだ。防御魔法の天体防衛を張れない人間であったら、即死であっただろう。そこまで断言できる、異常な重力の世界に彼らは迷い込んだのだ。
一切の諍いを止め、二人の団長は天体防衛を張ることに集中した。
「ついて来い、この下だ」
さすが、自由騎士であった。リカルドは動じることもなく、その深い闇への一本道である螺旋階段を淡々と下りて行った。
篝火すら焚けない強過ぎる重力下を、彼らは天体防衛が放つ光のみを頼りに、リカルドの後に続く。
長い沈黙であった。魔導騎士団の団長とあろう者が、些かの緊張に見舞われる――それが決して大げさな警戒心ではないと彼らは知る。
全ての階段を降り切った先に――それはいた。
「ほう……それだけの拘束具で、まだ魔力が出せるとは大したものだ」
檻があった。何百年と使われてきた、強力な結界がなされた独房。その暗い鉄格子の奥で、金色の瞳が鋭い眼光を放っていた。
彼らは目を凝らす。
そこにいたのは、禍々しい殺気を伴った一人の少年の姿があった。
「なるほど……いい面だ。こいつはとんでもない――」
「亡霊なる機兵ですね?」
「……おい、二日酔いどうした」
少年の瞳がキャスパーとバサラに向けられた。
「その通りだ。細かい説明は不要だろう」
「まだです、閣下……彼は誰ですか? 我々の記憶に彼はいない。なぜ、このような状態で監禁されているのでしょう?」
ボサボサの黒い長髪と日に焼けた肌。透視魔法で彼をよく見れば、その体には無数の傷痕があった。どれもこれも、現在進行形で彼の自由を封じている拘束具によるものではなく、もっと昔につけられたものに違いない。
観察を快く思わない金色の瞳は、バサラを凝視した。
だが、頭巾から除く灰色の瞳は、それよりも冷酷――
「わざわざポラリスまで奴隷を買いに行って、思わぬ収穫を得たわけではありますまい」
「その位にしとけよ、小僧。余計な情報は俺達には不要だ。問題は閣下達が何のために、俺達だけに、この奴隷君との謁見を許したかだ」
「……」
再びバサラは頭巾の下に感情を隠した。
リカルドは特に気を悪くした様子もなく、淡々と、
「名はジェイ・ファン、ミュラー元帥が発掘した原石だ。見ての通り……魔力の底が見えない化け物とだけは言っておく」
少年の表情に怒りが見えた。
「貴様らをここに連れて来たのは他でもない。筆頭12騎士の2強と名高い貴様らに、重要な任務を与えるためだ」
拒否権などない――有無を言わせぬ気迫に、二人は黙った。
それほどまでに、このジェイ・ファンと言う少年に価値があるのか。
彼は依然として何も答えない。
ただ、魔導経典に名を遺した前世がある二人だからこそ、言葉なくして理解する。
彼が、神話をぶち壊すダークホースであることを――
◆ ◆ ◆
後方支援部隊 隊舎 経理部
ケントはデスクで徐に携帯を開き、時間を見た。
定時まであと15分。今のところ、邪魔者はなし。
そんな時、彼の携帯に一通のメールが、SNS経由で送られてきた。
特にやることもないので、退勤までの時間稼ぎとしてケントはそのメールを開いた。
【Sub エステルです】
――もう、シリウスまで来ました。
「何で?」と言いたくなる内容が5時間ほど前に発せられたらしい。彼は白い目で文面を眺めた後、呆れ気味に携帯を閉じた。
(エステルとかどうでもいい……問題は今後の身の振り方だ)
奥でデスクワークを処理しているバートンを見ると、やはり宣言したように時間を気にしているようであった。
――そう、今後の。
やっと将来の目標が見つかったというのに、周りは待ってはくれない。隊舎の周りには、今も各都市の魔導騎士がサミットの警備に入っている。
彼らが何を仕掛けてくるかわかったものではない。
昼間戦ったライバーンであの強さ――前アルデバラン師団団長のギルタイガーを倒したと言えど、今のケントにはリュクス以上の亡霊なる機兵と戦う勇気などなかった。
はっきり言って、レガランスに勝てたのだって――
ブルルル! ブルルル!
携帯のバイブレーションに、彼は再びメールボックスを開く。
【sub エステルです】
「……またかよ」
今度は読まずに削除した。
だがその時、ケントは気づいていなかった。
今のメールはSNS経由ではない――直メールだった。
アドレスを教えていないにもかかわらず――
「……ケント、そろそろだ」
2分前、バートンが帰り支度を始めていた。
退勤時間と同時に、速攻でとんずらするつもりらしい。空気を読んだケントは上司に続き帰り支度という名の逃亡準備を始める。
仲間達も彼らを手伝うべく、周囲の気配に気を張り巡らせていた。
かくして、退勤時間。
アルデバラン市内のチャイムと同時に、バートンとケントは風の如く職場から消えた。
案の定、それからしばらくして、経理部に近づく複数の足音を仲間達は察知した。そら来た、と彼らは至って平静を装い、ゆっくりと帰り支度を始めた。
ドンッ、ドンッ!
無粋なノックに彼らは舌を打つ。
「はい、はーい!」
軍人の返事にあるまじき軽快さであるが、時間を稼ぐためにはそれぐらいの挑発行為は必須であった。
ケントのサポート部隊筆頭のエドガーは、荒々しく扉を開き、
「給料の前借はお断りいたしております!」
気迫と勢いで不届き者達を追い返す魂胆であったが――扉の外で待ち構えていた光景に、彼はピタッと動かなくなった。
それを不審に思った仲間達は、
「エ、エドガー? どうした――」
彼らはエドガーの陰から扉の外を覗き見た。そして、すぐにその理由を知るこことなった――
「あ、あの……」
予想通りの物々しい騎士の皆様がお待ちであったが、そのむさ苦しい連中に囲まれた、可憐な少女の戸惑う姿に、嵐に負けない豪胆な彼らの心は、一瞬にして小春日和の安らぎに抱かれた。
薄紅色のふんわりとした髪と真っ白な素肌。閉じられた瞳と銀色の魔法杖の小柄な美少女と来れば、ナルムーンにはたった一人しかいない――
「マ、マノロたん……!」
一斉に彼らの頬が桜色に染まる。