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ブレイブ・ギャンガー ―星屑の盗賊団と機械の巨兵―  作者: 藤白あさひ
第2章 さらばアルデバラン
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チャラさと薄情さは紙一重 その3

アルデバラン師団 機密作戦会議室


 ラスティーラ対ライバーンの一部始終を、水晶板に映し出された映像により見物していた魔導騎士団団長達は、それぞれ思うことがあった。


 何か言いたげに機会を待つ者、特に何も無い者、議長席からミュラーが円卓を見回す限りその反応は様々である。


「――と、まあ、こんなもんかな? リュクスが教えてくれた通り、ラスティーラはまだ不完全だ。今のうち叩くのも良し、育てるのも良し。僕は君達の意見を参考にしたいと思ってる。じゃあ……キャスパー、何か言いたげだね?」


 自分に無断でリュクスを使ったのが気に障ったのか、はたまた、そのリュクスに『クソキャスパー』呼ばわりされたことにイラッとしたのかはわからない。わからないが、仏頂面の彼は遠慮なくもの申す。


「議会も教団も奴の力を買いかぶり過ぎです。奴がレガランスに勝てたのは、魔導経典の力あってこそ……なけりゃ、即戦力にも値しません。即刻、処分すべきかと私は思います」

「珍しく、厳しい意見だね? シャーレルは?」

「私も同感です。不安定な亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)は我が軍には不要。そのうち英雄として持ち上げられるのも懸念の一つです。早いうちに彼の記憶を消し去った方が、今後のためでしょう」


 鉄皮に覆われた口元は感情を映すことなくそう言った。


 しかし、シャーレルの反対側に座る、レグルス団長のガイア・ダンヒルは、その意見に対し小馬鹿にした笑い声を上げた。


 シャーレルは眉をひそめた。


「レグルスの、何がおかしい?」

「飽くまで本人は生かしてやるんっすな? 甘っちょろい」


 やや顔のこけた爬虫類顔は、ニタニタと奇妙な微笑を返す。


 キャスパーは、その整った顔を歪めた。


「何だと?」

「忘れちゃいけない、あの小僧はラスティーラなんですぜ? いつか力をつけて、こちらに刃向うのは目に見えてる。殺さなきゃ、何も始まらないんじゃないの? ウケッケッケ!」


 この笑い声。まるで、人間に化けた猿と話しているような心地であった。


「否定派ばかりだけど、あたしは仲間に取り込んだ方がいいと思うわ」

「ウケッケ! 物好きが、どういう了見なんでしょうか?」


 ただ一人、肯定派に名乗り出たハンナ・ヴァレンチノは、うざったそうに長い亜麻色の髪をかき上げた。


 浅黒い肌に堀の深い顔、そして、ボンキュッボンの極上ボディに真っ赤な唇と来れば、軍内で知らない男はいなかった。


「あのケントって子、結局、例のロベルトの暴挙が原因でサンズにいいように使われただけでしょ? 未だに経理部から離れない性格を考えるに、より安全で現実的な条件を提示してやれば取り込むのは容易いはずよ」

「さすが、元占い師じゃのぅ」

「茶化さないで、アンタレスのお爺。あんたはどっちよ」

「ワシも肯定派じゃ。レガランスを倒した折、魔導経典を使ったということは、フランチェスのじーざんに認められている証拠じゃ。人材としてはかなり貴重と見た」


 ライオンのたてがみのように髪と髭がつながった、大柄の老人はアンタレス団長のミルコ・サルトル。この円卓の騎士の中で最年長であり、最も団長としてのキャリアが長いベテランであった。


 生きた化石と揶揄されることもしばしばだが、そんな彼の意見は自由騎士達の間で重要視されることも少なくない。


 しかし、そんな意見をハンナの隣に座す少年は鼻で笑い飛ばした。


「……呆れた、楽観視もほどほどにして欲しいな」

「何じゃと? ポラリスの小僧が!」


 その少年はポラリス団長のコウ・クーロン。極東地域民族らしい黒髪の若き猛将であった。


 彼は冷め切った表情で、


「問題は使えるのか、否かで考えるべきだ。レグルスの団長が言うように、今、殺してしまうべきと私は思います」


 年の割には冷たく、鋭い視線にミュラーは興味深そうに微笑んだ。


「さすがだね、クーロン。君は最年少だけど、言葉には人一倍重みがあるね」

「……いえ」


 金色の瞳が放つ、言葉にならぬ威圧感にクーロンはミュラーから目を逸らした。


「元帥、私は純粋に彼を研究したいから否定派にしてください」


 全身をピエロのような衣装で隠した、ミザール団長パウロ・セルヴィーは、それ以上の興味はないと言わんばかりの素振りだった。


「元帥、皆それぞれ、思惑あっての意見が二分しています。ここはそろそろ、あなたのご裁断が必要でないかと」


 自由騎士ハリー・フレディリックは、眼鏡の位置を直し、そう彼に進言した。


 ミュラーは、やれやれと首をかしげる。


「ここまで意見が割れると思わなかったよ。一応、僕もラスティーラに関して、すぐに殺してしまうのは些か惜しいと思ってる」


 その時、沈黙を保っていたマノロは震えあがった。ミュラーの視線に串刺しにされているのがわかったのである。


 薄らと冷たい汗を浮かべる彼女に、ミュラーはこの上なく美しい笑みを向けた。


「そこでだ、マノロ」

「は、はい……」


 怯える彼女を、対面に着席するシャーレルは怪訝そうに見つめていた。


 だが、ミュラーはそんなことに構わず、


「君には、補佐官が必要だ。それも君の能力に相応しい亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)が副官でなくてはならない……君に選択権をあげよう」


 その言葉の真意に、シャーレルは思わず立ち上がったが、ハリーの隣で一言も発さず、各団長の動きを監視している、リカルド・ジャガーの無言のプレッシャーに引かざるを得なかった。


 何故なら、リカルドが議席の下で剣に手を掛けたのが分かったからである。


 予想通りのシャーレルの反応に、ミュラーが表情を崩すことはなかった。


「元上官の顔色を窺う必要はないよ? もう君は団長なんだ……君の意志はアルデバランの意志だ。だからこそ、僕は君に提案する。ラスティーラに、君の配下に入るよう交渉してきて欲しい」

「私の……!?」

「もしも承諾してくれたら、あとは君の自由だ。行く行くは君の副官にでもすればいいし、飽くまで切り込み隊長ならそれでいい。任せるよ」


 任せる――これほど多種多様な意味を持っている言葉であっただろうか。


 マノロは冷静になるよう努めた。盲目の彼女でもわかる、ミュラー・ヴァシュロンの人とは違う気迫に押し殺されてはならない。


 自分を強く持て――そう、目の前にいる恩師に叱咤されたことを思い出す。


「……かしこまりました、閣下」

「マノロ……!」

「シャーレル姉様、いえ、団長。私はぜひ彼と話してみたいと思っておりました」


 意を決したマノロは、円卓の騎士達にその凛々しい顔を向けた。


「ラスティーラの処遇は、私に一任して頂きます。どうか、皆様はご心配なく」


 その返事にミュラーは満足そうに笑った。


「じゃあ頼んだよ、マノロ。極力、彼を逃さないようにね?」

「はい」


 マノロは杖を強く握りしめた。

 

       ◆ ◆ ◆


経理部 休憩室


 ライバーンとの戦いから、一時間余りが経過した。


 30分経った辺りか、落ち着いた――いや、正しくは落ち込んでいたせいで、ラスティーラは天装状態を解くことができた。


 光の中から出て来たケントは、コケやキノコが生えそうなくらい陰険な表情だった。


 負のオーラに負けて、皆はそのまま練兵場に彼を放置し今に至る。隊舎に戻って来たケントはブラック企業にでも務めるサラリーマンの顔であった――


「あれだけ派手にやられたのに軽い火傷だけとは驚きだ……これが、亡霊なる機兵(ファントム・ギャング)の力ってか?」

「ただし、死んだ魚の蘇生はできなかったらしい」


 バートンはケントの顔の真ん前で手を振るが、彼は無反応。


 どこを見ているんだと、焦点のわからぬ濁った瞳に全員顔を青くした。


「ま、まあ、隊長達……ケントの怪我も大したことなかったですし、ね?」


 医者の結論からも、特に入院や治療の必要はないとのことであった。リボルバーで撃たれた箇所だけ、火傷の治療を施したが、それも大したことはない。


 レガランス戦の回復力は健在との確証を得たが、それも喜ぶべきことではなかった。


 つまり、それだけライバーンに手を抜かれていたということである――


「今回はこれで済んだが……あとで魔導騎士団団長クラスが動き出すのは必至だ。お前にも将来プランってのがあっただろうが……考え直す必要があるんじゃないか?」

「そ、それはどういう……?」


 息を飲み込み、エドガー達はダグラスの言葉を待った。


 彼は深刻な面持ちで、


「魔導騎士団へ……クラスチェンジすることだ。今、組織改革の真っ只中だ。上手くいけば、こちらにとって都合のよい人間を巻き込めるかもしれない」


 まさかの上官の言葉に一同は顔を見合わせたが、沈黙を保つバートンでさえも反対する様子はない。


 それどころか、


「……そう言われると思ってました」

「シャベッタ!?」


 生気をなくしたケントがついに口を開いたかと思えば、軍服の胸元をゴソゴソと漁っていた。そして一通の書状を取り出し、バートンに見せる。


「即席で書きました……も、問題ならいくらでも書き直します」


 バートンは目を疑った。


 プルプル震えるその手に握られていたのは、何と――


「い、異動願いだと……!?」

「ケントォォォォ!? 正気に戻れ!! お前からそろばんを取り上げたら何が残るってんだ!? 大量の領収書しか残らねぇじゃねぇかッ!!」

「俺、そろばんのことは綺麗さっぱり忘れたいんだ――お前達が止めるなら、俺はッ!!」


 本人は至って真面目なのだろうが、トレンディ俳優さながらの泣き顔。メソメソと、ケントは最後の手段としてもう一度、胸元に手を突っ込んだ。


 それは断腸の想いで書き上げた切り札。震える手で握りしめた書状を、渾身の力で再び上司に見せつける。


 その書状に、その場にいた全ての人間は震撼した。


 何せ、それは――退職願だった。


「はやまるなァァァァァ!?」


 全員は一斉にケントを取り押さえる。


「お前から安定を取り上げたら何になる!? 暗い部屋でロープの輪っか作って遊んでる姿しか浮かばねぇ!!」

「ニートも慣れればただの日常――」

「ちがぁぁぁうッ! 目を覚ませケント! お前は公僕の鑑だろッ!」


 エドガーは彼の胸元を掴み、シェイクの如く彼を揺さぶるが、すでにケントの意識は明後日の方向へ。ペチペチと顔を叩いても、彼の意識は戻ってこない。


「まったく……何を考えてるんだ……!」


 動揺したバートンは急いでケントの手から退職願いを奪い、ビリビリに破いてしまった。


 それを見たケントは、唇を噛んで、


「無駄ですよ、そんなことしたって……! 机と家に予備がまだたくさん――」

「燃やせ。お前達、全部回収するぞ!」

「はっ!」


 すると仲間達は次々にケントの机の中から、退職願を発掘し押収した。その隠しどころは様々で、書類の間、引き出しの下、果てには休憩室の冷蔵庫の中――と、実に巧妙な手口でその日に備えていたのである。


「日別の退職届()まで……! 無駄な努力に泣けてくるぜ」


 迅速さを重んじてか、すでに上司と話し合った体で、退職届まで彼は用意していたのには唖然とするばかりだ。


 そのあまりの量に処理に困った人事部のダグラスは、とりあえず自分の部署のシュレッターに持ち帰ることにした。


 バートンは大きくため息をついて、


「とりあえず、ケント……今日は定時で上がれ。俺もそうする」

「――へ?」

「逃げるように帰るからな。遅れるなよ」


 彼はそれだけ言うと、仕事用の携帯電話を取り出した。


 真夜中まである仕事を一気にキャンセルするつもりらしい。あの仕事熱心な彼が、こんなことを言い出すなど、長年の付き合いであるダグラスでさえも信じがたいことであった。


「家で待ってろ。飯ぐらい奢ってやる」


 滅多にないお言葉を残し、バートンはスタスタと仕事場に戻って行ってしまった。



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