魔法と剣とそろばんと その3
アルデバラン城壁付近 城外警備隊 護送車
鉄格子から見える景色に、フェンディは歓喜していた。鼻歌混じりに、久々に訪れた思い出の地の街並みをゆったりとした気分で眺めるが――忘れてはいけない。彼らは敵軍の護送車の中にいるのだ。
「いやぁ、数年ぶりのアルデバランだねぇ~、こんな簡単に入れるなんて人生捨てたもんじゃないね~!」
「いや、捨てたよ? 簡単に人生終わったよ!」
「そうそう、邪竜の遺跡はどっちの方角だっけ? 調査しないといけないんだけど……あ、すいまっせーんッ! 兵隊さん、この車、ベルローズ遺跡に向いますかね?」
鉄格子からぬっと顔を出し、紅い髪と黒縁眼鏡の変態学者は、あろうことが敵軍の兵士に気さくに呼びかけた。無論、彼らはこの変態を気味悪がって、
「うるさいぞ、この赤眼鏡! お前、自分の置かれている状況がわかってるのか!?」
まるで近所のカミナリ親父の如く、怒鳴りつけた。
するとフェンディは、あたかも「しまった!」と言うような顔をして、
「――あ、そう言えば友達の墓参り忘れてた。ねぇ、オジサン――」
「フェンディ! もう、うるさいからそこで静かにしてくれ!!」
やかましいの比ではなかった。遺跡調査団が今後起こりうる事態に悶々としている最中、明らかに空気の読めないこの男は、彼らにとって、まるで宇宙人かそれ以上の未知なる存在でしかなかった。
ただの学者とは言え、捕まったのは宿敵ナルムーン共和国軍。サンズ教皇国の調査団である彼らがただで帰れる保障なんてどこにもない。
加えて、
「まったく……最悪タイミングで銀水晶を発見してしまった。単にその辺の遺跡をちょっと掘っただけだってのに……」
「これでラスティーラの生まれ変わりがナルムーンに見つかりでもしたら……!」
「まあ、母国には勝ち目がなくなるよね!」
「フェンディ、わかってて言ってる?」
真紅の髪、黒縁眼鏡の青年は、能天気にもケラケラと笑った。
発掘仲間は彼とのコミュニケーションに疲れ、押し黙った。懲りずに兵士に話しかけようとするフェンディは気付かないだろうが、護送車の空気は巨大な岩石よりも重かった。
◆ ◆ ◆
アルデバラン 西地区 廃墟の屋上
火事で焼け残った時計台の屋上に、キエル・ロッシを始めとする盗賊団スターダスト・バニーの面子は、城外警備隊に護送されるフェンディ・ノーウィック達の姿を確認していた。
「……あの野郎、能天気なモンだ。ノーウィック家の人間ってバレたら見せしめに処刑されてもおかしくねぇぞ!?」
双眼鏡から見えるフェンディの姿に、キエルは怒りのあまり歯をむき出しにした。今も鉄格子越しに、敵に気さくに話しかけようとしているではないか。ただの馬鹿としか思えない。
「副長、どうします? 修道院のお頭に知らせますか?」
鶏冠頭の細マッチョが暑苦しくキエルに迫る。彼の名はマカダリアン・ロンチェン、通称〈マカロン〉の異名を持つスターダスト・バニーの諜報部員だった。
「すでに鳩は飛ばしてある。早急に救出作戦を練らないとまずいが、今変に動いてエステルの存在に気付かれるのもまずい。現時点じゃ、見守ることがベストだ」
「そうっすね。銀水晶のことも気になるっすからね」
「ホントだよ……! とんでもないモン発掘しやがって、あの発掘バカ。あんだけ、アルデバラン師団が帰還してるから気をつけろって言ってんのに、話聞かねぇ兄妹だよ!」
思い出す、再三にわたる忠告の日々。ほら見ろと言わんばかりの結果に、キエルはがっくりと肩を落として、キリキリと痛む胃を庇った。
「副長、実は俺も馬鹿だからよくかわんねぇですけど……銀水晶って持ってていいことあるんすか?」
キリッとしたマカロンの決め顔に、キエルの胃にピキーンッ! と雷が走る。
「お前……わかってねぇのに、諜報部員とか抜かしてたんか!?」
「っす! 副長達のお話は、見事なほどに隙がねぇっす! 切れたナイフでも鉄壁の防御に弾かれちまいまさぁ!」
「素直に話についていけませんって言えばいいだろうが!?」
「っす! メモっとくっす」
吐血しそうだった。これ以上の馬鹿の相手は、デリケートな自分には困難と判断したキエルは、深い溜息でその場を治めた。
「……いいか? 銀水晶って言うのは、亡霊なる機兵の化石だ。流星の如く散った、奴らの鋼鉄の肉体が、月日を経て凝縮し姿を変えた水晶と鉱石の中間物質なんだ。その銀水晶一つにはかつての亡霊なる機兵が持っていた魔力がそのまま残されている。銀水晶を再加工することによって、こんなような武器も作り出せるのさ」
キエルはマントの下から、左腕を覆う白金に輝く機械仕掛けの手甲を見せた。
「んじゃ、副長の〈銀線細工〉も亡霊なる機兵の一部だったってことすか?」
「そうだ。実際には銀水晶の欠片を純銀に流し込んで精製されただけだがな。でも、たったそれだけのことで、微量の魔力しか持たない俺が亡霊なる機兵相手に戦える。それは他でもない、この銀線細工に眠っている力のおかげだ。それも誇らしいことに、今回問題になってるラスティーラの恩恵を俺は受けている……!」
「昔、リルンの司教のところから盗んだ奴を勝手に加工したっていうアレですか? 和解して賃借料ちゃんと払ってるんすか?」
「――ということはさて置き、エステルの魔法杖も同様だ」
「俺、司教が冷たい理由わかったっす」
「兄妹とも言える俺達の武器は、強大な魔力だけじゃない。もう一つ、大きな力を秘めている。それこそ――」
彼は再び双眼鏡で警備隊の隊列を覗いた。
「ラスティーラの生まれ変わりを探し出す、探知機としての機能さ! 俺とエステルが単独での国外任務を許されたのも、それが大きな理由の一つだ」
「つまり、お偉い方は俺らにラスティーラを探して来いってことっすか?」
「そうだ。あのデブにも出航前に嫌みったらしく言われた! じゃなきゃ……ナルムーンが奥の手にしているベルローズの邪竜には――」
警備隊の動きに、キエルは言葉を止めた。予測していた師団本部がある進路とは違う方面に、警備隊は舵を切っていた。
「おかしい……あっちは郊外だ。師団本部どころか、刑務所もないぞ」
「もしかして、フェンディ先生の身元がバレて、復活の餌にされそうになってるとか?」
「まっさか! フェンディもそこまでバカじゃ――」
――じゃないと言い切れたことが今まで何かあっただろうか?
硬直した笑顔を震わせて、二人は同時に警備隊の列を双眼鏡で眺めた。
悪い予感は的中だ。その方角は他ならぬ、ベルローズ遺跡への一本道――
「マカロン……すぐにエステルを呼び戻すぞ。今夜中にしかけねぇと、皆やばいかもしれねぇ!」
「合点承知!」
二人はすぐに時計台を駆け下りた。