チャラさと薄情さは紙一重 その1
練兵場
穏やかな昼時に、名立たる亡霊なる機兵が二体も歩いていたら、誰だって目ん玉を落としかけるはずである。
そう言う訳で、練兵場は一瞬にして多くの暇人兵士が野次馬の群れを成していた。
バートンとダグラス達はそんな呑気な連中をかき分け、最前列まで辿り着く。そこまで来れば説明は不要だ。
睨み合う白金とライムグリーンの亡霊なる機兵達。間もなく戦闘の火蓋は切って落とされようとしていた――
『5秒くれてやるぜ。5秒間、俺は攻撃しねぇ』
『貴様……舐めているのか!』
『じゃなかったら、こんなこと言うわきゃねぇだろ? かかって来いよ、このスカタン!』
『――ふざけやがって。エンペラァァァッ!!』
彼の感情に呼応して、雷と共に大振りのグレートソードがラスティーラの手元に現れる。それが開始の合図――目にものを見せてやると、彼は即座に飛び出した。
『うぉぉぉぉぉぉッ!!』
2秒で十分だった。2秒でラスティーラはライバーンの懐に入り込む。吠えるマジックバーニアと振り上げたエンペラー、脳天から叩き斬る勢いで刃は風を裂く。
しかし、
『馬鹿が!』
攻撃は反撃のスイッチ。見えない罠はエンペラーの切っ先を捉えた途端、稲妻の速さでライバーンをラスティーラの視界から消した。
『なっ……!』
紛れもないカウンター魔法。回避の気配すら見えない彼の動きに、まんまとラスティーラは何もない練兵場にエンペラーを振り下ろしたのである。
太陽の光が陰る。
背中を撫でる冷やかしの視線に、反射神経が体を反転させた――やはり、そこに待ち受けていたのはライバーンの嘲笑。
たった一瞬で、彼はラスティーラの上空を捉えた。
『5秒たったぜ――落ちなぁッ!』
肩のハッチが一斉に開き、数多のホーミングミサイルが真っ白な弾道を描く。
『ちっ!』
ラスティーラは走った。その回避軌道に激しい火柱が爆音を立てて追随する。
敵しか見えていない亡霊なる機兵の猛攻に生身の野次馬どもは右往左往して逃げ場を探した。
「や、やべぇ……逃げ――」
「ギャァァァッ!? こっち来るぞ!?」
すぐ近くで上がった兵士の悲鳴に、バートン達は砂埃に咽返りながら顔を上げた。ライバーンのホーミングミサイル第2波が、ハッチから飛び出した瞬間である。
今度は、着弾範囲が滅茶苦茶だ。
予測不可なド派手な攻撃に、野次馬が一斉に外へと流れ出す。さすがにやばいと危惧したバートン達が練兵場に背を向けた瞬間、
「まったく……これだからベテルギウスの連中は――!」
人の流れに反し、黒髪の少女が一人。自らミサイル攻撃の着弾範囲に前進した。
危機感がないにもほどがある――人事部のダグラスが一喝しかけたその時、人混みが途切れ彼女の顔がはっきりと見えた。
そして、言葉を止めた。
「《天体防衛》!!」
一度の瞬きで世界は変わった。練兵場は半球の青白い光に包まれ、空気がピタリと止まる。気がつくと、好き勝手暴れている亡霊なる機兵の砂埃一つ、こちらに飛んで来やしない。
この少女が張った対高等魔法防御壁〈天体防衛〉は、実に個性が光っていた。荒々しい攻撃的な側面もありながら、どんな攻撃も防ぎ切るという気概すら感じる。
下手すると、エステルの同魔法よりも強力で攻略も困難――
「団長が仰ったとおり……野蛮な連中! あれじゃ、私の魔法にも気が付いていないわね」
白熱する2体の亡霊なる機兵に、少女は毒づいた。そして、助けてやったんだ、と恩着せがましく少女は野次馬どもを一望する。
異国情緒漂う極東の民族衣装と長い黒髪にお団子が二つ。そして魔法杖に等しい両手の鉄扇――この容貌を見てピンと来ない奴など、モグリしかいない。
「……ありゃ、ポラリスの」
「筆頭魔導師、カ・シュンレイだろう。コウ団長の魔導指揮者だったな」
「そろいに揃って。どうするよ、バートン。このままじゃ、お偉い方に好き勝手されるだけだぜ?」
「……」
フィールド上のラスティーラは、ライバーンの変則的な射撃戦法に苦戦していた。
どれだけの弾量を抱えているのか、絶え間なくホーミングミサイルがラスティーラの背中目がけて速度を上げる。
第1波とは違い、今度のは気化冷凍弾を混ぜ込んでいるようで、着弾地点に季節外れの氷のリンクが出来上がる。
彼は氷の魔の手から逃れるべく、着弾寸前ところを跳躍、宙返りからの着地で駆け出した。
接近した追跡弾をエンペラーの雷撃で粉砕すると、遠目から歓声が上がるが、当の本人はそれどころではない。
鮮明に一万年前の記憶が蘇る。磨きのかかったライバーンの速さと攪乱力、加えて弾丸の命中率には舌を巻かざるを得ない。
その要因は天装状態でも装着されている銀線細工にある。
元々、魔導師としての力量がある彼にとって、アイテムにより魔法の形状制限がかかる銀線細工は不要の代物であった。
端的に言うと、殲滅魔法が使えなくなってしまうのだ。
飽くまで道具を媒介しなくては銀水晶の力を使うことができず、本来の魔力が銀水晶の干渉を受けて質が著しく低下するのだ。加えて、銀水晶に宿る亡霊なる機兵との相性が良くなければ、自らの魔力が銃身に鉛を詰められた如く、暴発する可能性も否定できない。
故に、銀線細工は魔導師に満たぬ者が銀水晶の力を借りるための道具とされてきた。
しかし、リュクスの場合は例外だ。
何故なら彼は伝説に名を遺した亡霊なる機兵である。当然ながら、かつてのライバーンの一部も出土され、その魔力が込められた銀水晶をリュクス自身が使っているのだ。
自分で自分の魔力を上乗せしている――この理想的な魔力増強法に、拒絶反応や魔力制限がかかるはずがない。
これこそ、一万年越しの奇跡が呼んだ、掟破りの戦法である。
『さあて、これはどうだ!』
ガンホルダーから取り出した、銀のサブマシンガンが、凄まじい勢いで火を噴いた。ホーミングミサイルを上回る速度と命中率。足に食らえば圧倒的に不利に陥ると、ラスティーラの直感は全神経に警鐘を鳴らす。
『ちッ、これも銀線細工か!』
僅かに足元を掠める容赦ない魔弾、練兵場の床がたちまち穴だらけの蜂の巣に変わる。ラスティーラは決死の回避行動を継続するが、いつ魔弾が息を吹き返しかねないと思うと逃げてばかりではいられない。
彼は焦った。
格闘戦を得意とする彼にとって間合いは絶対だ。エンペラーの切っ先が届く範囲まで接近しなくては、その神髄を発揮することはできない。
だが、魔法を使えばそんな些細な理由を克服できるはずなのだ。
それにも関わらず、ラスティーラが依然として魔法を使うことに消極的なのは、致し方ない理由があったからだ――
『バーカ! 逃げ惑ったって、無駄だぜ? 魔法はどうした? 得意の太陽型の!』
『――やかましいッ!』
『は~ん、まさかの魔導指揮頼りかよ! だったら、手本を見せてやろうか――』
ライバーンは砲撃から魔法へと戦法を切り替える。
『我が魂の化身、金星よ! この白銀の銃口に、心に秘めし情熱を放て!』
腰のガンホルダーから引き抜いた銀線細工のリボルバーが激しく輝き、彼は即座に撃鉄を起こす。
『逃げ切ったらジュースおごったる――《踊り子達の熱情》!!』
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!
その後合計して、6発の銃弾が声を上げた。他愛のない単発の射撃に、ラスティーラは弾道を読みかわそうとするが――まるで生き物なのか、弾丸はその意図を読んだかのように軌道を変えたのである。
「これは!」
見覚えのある攻撃だった。銃弾は科学的にあり得ない軌道で再びラスティーラの背中を追いかける。この感じ、キエルが得意とする銀線細工の操作型射撃《キスで目覚めるお姫様》に酷似していた。
ならば攻略は容易い――ラスティーラは果敢にも足を止め、追跡弾を臨む。
『叩き落としてやる――天体防衛!』
ラスティーラはついに魔法を使った。七芒星の魔法陣と共に現れた、対攻撃魔法防御壁《天体防衛》が青白い光で彼を包む。
キスで目覚めるお姫様は魔弾の追撃時間が長い分、一発一発の威力は弱い。その弱点を本人から聞いていた彼は勝負に出た。天体防衛に衝突した瞬間、弾丸は弾き返され速度を一時的に失う。そして一か所に収束したところを、雷を纏ったエンペラーで消滅させる――その寸法であった。
だが、
『――かかったな!』
『何!?』
ライバーンは喜悦した。
6発の弾丸は、何と上級魔法である天体防衛をことごとく貫いた。ガラスが割れるような音を立て、リボルバーの弾丸はラスティーラの両肩と両足を打ち抜く。
命中したのは4発。なんとその傷口が恐ろしい熱を伴い、体内に留まった弾丸が白金の装甲を凄まじい熱で溶かし始めたのだ。
『――がァァァァァッ!?』
煮えたぎる傷口にラスティーラは屈みこんだ。
その間にも残り2発はわざとらしく旋回し、再びラスティーラと直線上の軌道に戻る。
――まずい。
体内に走る火傷の苦痛に堪え、回避行動に出たラスティーラを、ライバーンは嘲った。
『んなはははは! 何つうムラっけのある天体防衛だよ!』
『クッ……!』
『ちょろいね~お前! そいつの追跡力と攻撃力は折り紙付きのしつこさだ! うちのクソキャスパーでも1発避けらんなかった、対天体防衛魔導操作弾だぜ。当たった瞬間、金属融解が始まるように、熱魔法の式を組み込んである。普通の銀線細工の攻撃と一緒にすんじゃねぇーぜ!』
『だったら――雷の鉄槌!!』
蒼天に七芒星が光る。その中央から、彼の感情とも言える稲妻が、追撃の魔弾を打ち砕かんと空間を裂いた。
地響きと、閃光に会場は包まれる。
だが、不安定な魔力操作は、奏者の意に反した威力を発揮した。案の定、弾丸2発は猛烈な雷に消滅したが、あまりにも攻撃範囲が広すぎたため、その煽りでラスティーラは視界を完全に失う。
『しまった――』
激しい閃光に僅かな間、ライバーンを完全に見失った。
痛恨のミスだ。
このアクシデントを待ち構えていたライバーンは、再びラスティーラの背後を取る。すでに構えた両手のリボルバー、2丁の銃口を隙だらけのラスティーラに向ける。
モルガナイトの瞳を覆う遮光グラスを収納し、彼は、
『無様だぜ、ラスティーラ! あんなの序の口だってのッ!』
高笑いと共に2丁拳銃は火を噴いた。弾はもちろん追跡弾――踊り子達の熱情。次食らえば、確実にノックダウンは避けられない。
負傷した両足で、逃げ切るのは困難と判断したラスティーラは、
『クソォォォッ!!』
またも悪足掻きの天体防衛を自力展開。先程よりも、厚みを倍増されるが、
『無駄だって! お前は魔法の本質を理解してねぇ!!』
ライバーンの言葉の通りだった。
無情にも強度を増したはずの天体防衛を、ライバーンの弾丸はいとも簡単に貫き、再びラスティーラの装甲に直撃する。
『がっ、あぁぁぁぁッ!?』
屈辱にもラスティーラはライバーンの前に跪くこととなった。
もがき苦しむ彼を見て、ライバーンは愉快そうに笑い声を立てる。
『ま、普通の銀線細工なら防げるだろうが――俺は違うぜ。俺はれっきとした魔導師だ、お前のお仲間なんかと一緒にするんじゃねーよ』
『くっ……!』
『もちろん、踊り子達の熱情の仕組みも企業秘密だ。さて、そろそろ仕舞いと行こうぜ!』
生憎、持ち時間は少ない。彼の力量を見切ったライバーンは両手の拳銃をくるくる回し、照準をラスティーラに定める。
だがその時、ダメージに沈黙していたラスティーラは、小さく肩を震わせた。
『……どうした? オイルちびっちまったか?』
『……』
『安心しろよ。すでに言ったが、命は取らないで――』
『フハハハハハハ!』
ラスティーラは腹の底から奇妙な笑い声を上げた。
突然の異変に場は困惑する。
あまりの醜態に気がおかしくなったのかと、ライバーンも警戒した様子で、彼の出方を窺っていたが、
『――俺は馬鹿か! 細かいことを考え過ぎた!』
むしろ、そのサファイヤの瞳は何かを吹っ切ったようであった。
『何だと?』
『魔力操作だのコンダクトだの、どうでもいい! 初めからこうすればよかったんだ――』
ラスティーラの白金の装甲に山吹色のオーラが立つ。
練兵場一杯に広がる七芒星の魔法陣――それを目の当たりにして、カ・シュンレイは唖然とした。
「や、やばいじゃない……あいつ!」
冷や汗を浮かべて、シュンレイはライバーンを見るが、どうやら彼はラスティーラの本意に気づいていない。
『おいおい、一体何をしようって言うんだ? そんなお粗末な魔力操作で!』
すると、またもラスティーラは気が違ったような笑い声を上げた。
『お粗末だからだ! 遊びが過ぎたな、ライバーン……周りを見てみろ、もはや誰もいない!』
『何?』
一望すれば、ものけの殻。強力な天体防衛張ってはいるが、皆、安全地帯にまで逃げてしまった。現場に残るのはシュンレイと天体防衛の中の当人達。
そう、天体防衛の中の――
『……はっ!? ちょっと、待て、お前――』
『そこの女も相当な魔導師なのだろう? だったら、防ぎ切ってくれるよな――俺のお粗末な熱魔法をッ!』
「……!」
大気の温度が急上昇。天体防衛の内側は人が入れる世界ではなくなった。
『我が魂の化身、太陽よッ! 我が屈辱をその高潔なる灼熱を以って浄化せよッ!』
『野郎、本気か……!』
『消えろ――憤怒の太陽ァァァァッ!!』
刹那、ライバーンの視界は炎に閉ざされる。
ラスティーラを核に、天体防衛内部は紅蓮の炎に満たされた。