オープンオファーはお断り その7
アルデバラン師団 機密作戦会議室
「……おい、リュクスのヤツ何してんだ? 今、天装しやがったな……!?」
亡霊なる機兵が放つ独特の波動を察知するなり、キャスパーは開口一番にそう言った。
「上官のお前が部下の行動を管理せずにしてどうする? 情けない話だ……」
「シャーレル姐さん、勘弁してくれよ。あれは元々俺を目の上のタンコブと思ってやがるし、俺の評価が落ちる話は大好物だ。管理なんかされるタマじゃねぇよ」
思い出される数々の珍騒動に、自然と顔が歪む。キャスパーは女性なら誰もが振り向く、金髪の優男だった。自他ともに認める整った顔立ちをフル活用し、ベテルギウスの女性達を手玉にするプレイボーイと評判の彼は、魔導騎士団団長としてこの会議の席に着いていた。
あのリュクスの上官こそ、このキャスパー・ル・クリスティアーノなのである。
彼の他にもこの部屋には魔導騎士団の団長が、すでに8人揃っていた。
キャスパーの隣に座るのが、ナルムーンの山岳部、極寒の天空都市と呼ばれるスピカの魔導騎士団団長、シャーレル・ローサであった。
彼女は女性の団長であった。だが、そう言わなければ性別がわからないほど、人間として異常な外見をしていた。
その時、奥の扉が開いた。
現れた元帥と自由騎士の姿に、団長達は即座に起立した。
「久しいね……遠路遥々ご苦労だよ、諸君」
紫紺の髪と金色の瞳。一度見たら忘れられない、美麗の極みである少年の姿に、一同は最敬礼を示した。
「……元帥閣下もお変わりなく」
「君は変わってしまったね、シャーレル。悲しいな……もう体の半分以上が、鉄皮じゃないか。体調はどうだい?」
「息災です。残りの右半分の顔が鉄に変わってしまえば、状態は落ち着くことでしょう」
ベールから除く、鉄の仮面に等しい無機質な素顔。口を覗いた右半分はまだ人間の顔のままであるが、それ以外の体は全てマネキンのような、滑らかな鉄の肌をしていた。
これは一種の呪いであった。
その詳細は後ほど語られることとなるが、元帥ミュラー・ヴァシュロンはそれ以上の関心を彼女に持たなかった。
「そうかい。君の存在は不可欠だ。身体は大事にしておくれ」
「……ありがたきお言葉」
すると彼女はミュラーの背後に視線を移した。自由騎士が2人、そしてその後ろにもさらに2人の騎士が控えていた――
「さて、少し遅くなってしまった。みんな、とりあえず座って欲しい」
ミュラーの言葉に、団長達は席に着く。
「バサラ、色々とありがとう。自分の席に戻っていいよ」
「……」
青と白の頭巾で顔を隠した、バサラは、無言でキャスパーの向かい側に着く。
「ケッ……!」
終始ミステリアスなバサラの振る舞いに、毎度毎度キャスパーは不快感を露わにしていた。とにかく彼ははっきりしない奴が嫌いなのだ。
「これでひとまず、出席予定の団長は揃ったかな」
ミュラーはぐるりと円卓を見まわした。
ミュラーの位置を基準として時計回りに以下の都市の団長着席している。
1.アルドラ魔導騎士団 バサラ・アクセル
2.アルデバラン魔導騎士団 空席
3.ミザール魔導騎士団 パウロ・セルヴィー
4.カノープス魔導騎士団 欠席
5.レグルス魔導騎士団 ガイア・ダーンヒル
6.アンタレス魔導騎士団 ミルコ・サルトル
7.ポラリス魔導騎士団 コウ・クーロン
8.カペラ魔導騎士団 ハンナ・ヴァレンチノ
9.プロキオン魔導騎士団 欠席
10.シェダル魔導騎士団 欠席
11.スピカ魔導騎士団 シャーレル・ローサ
12.ベテルギウス魔導騎士団 キャスパー・ル・クリスティアーノ
そして円卓の正面に、議長席が3つ。
左側 自由騎士東方将軍 リカルド・ジャガー
右側 自由騎士西方将軍 ハリー・フレディリック
中央 自由騎士魔導騎士団元帥 ミュラー・ヴァシュロン
以上がこの議会の席次である。
だが、ここに名前が載っていない人物が一人だけいた。全員が着席したのを確認すると、ミュラーは一人前に進み出て、緊張のあまり硬直している一人の少女の手を引いた。
全団長の視線が集まると、彼女はますます固まって、
「大丈夫だよ、マノロ」
「は、はい……」
「僕の推薦なんだ。誰にも文句話言わせないよ」
ミュラーはそう、優しく少女に囁いた。
少女は盲目だった。長い薄紅色の髪と真っ白な肌、背丈は平均よりやや低めであどけなさが残る。
見た目からして、この場に相応しくない幼気な少女であった。だが、ミュラーはそんな彼女を歴戦の猛者達の前に立たせ、得意の妖艶な笑みを向けてこう言い放った。
「まず初めに、新たな12騎士を紹介する。もう話は行っていると思うが、マノロ・リリアーノだ。昨日までスピカの副団長だった、亡霊なる機兵だよ」
「……」
「本日付けでこのアルデバラン師団の団長に就任する。元上官のシャーレルのように言いたいことはあるだろうけど、当面、ハリーを補佐役としてつけるから心配不要だ」
マノロは不安げに、ハリーが座っているであろう方面を振り向いた。
「大丈夫ですよ、マノロさん。全力でお力になりますので」
スカイブルーの長髪を束ねた、眼鏡の男は柔らかく笑った。見るからに知性の塊であるハリー・フレディリックは、策士として有名な自由騎士であった。
「マノロ、ハリーは人材育成にも長けている。彼から多くを学ぶといい」
「……かしこまりました」
「では、君はアルデバランの席へ。次の議題に移ろう」
ミュラーのそばを離れ、マノロは杖を突きながら自分の席を探した。その折、隣の席であったバサラは徐に彼女の席を引き、
「あ、ありがとう……」
「……」
終始無言のまま、マノロを席に着かせた。
「カノープス、プロキオン、シェダルについては南方の情勢が良くなくってね……国防に専念してもらうことにした。まあ、またの機会に彼らは会えるからご心配なく」
彼は徐に指示棒を伸ばし、
「まずは君達も気にしているとは思うが、組織編成の話になる。フランチェスが逃げたおかげで、南方将軍だった僕はこの度、軍の最高責任者となった」
トントンっと、自分の掌を叩いた。
「また、ユーゼスを――レガランスを失った」
「……」
「北方将軍であった彼の空席は大きい。これにより僕ら自由騎士は四天王制度を解体し、ハリーとリカルドの二将軍の下、東西で大きく管轄を分けることにする」
光魔法のナルムーン共和国地図が、団長達の目の前に現れた。
「心配なのは管轄都市の増加による、命令系統の精密さだ。建国以来、将軍は各都市に口うるさく注文を付けて来た……僕はこれをやめようと思う」
議場がややざわついた。
ミュラーは魔導端末に投影された図を示す。
「つまり、各都市の自治権を強化する。僕達は最低限の命令しか下さない、その代わり各都市同士で連携を取り合い迅速な対応を可能にできるよ。今までできなかった、各都市への出向、警察権の行使……大まかな垣根を取り払い、君達の自由を拡大することにした」
大胆な組織編成の宣言であった。
自治権の拡大とは聞こえはいいが、裏を返せば都市同士が互いを監視し合うシステムの誕生なのである。また、自由が広がるということは軍の行動範囲の拡大も意味する。
これにより各魔導騎士団の競争心が一層高まることだろう。身内に醜い争いをさせてまで、将軍達はとあるヤツらを叩き潰せと言うのである――
「わかってるよね? 残念ながら、魔導経典は全てサンズに盗られてしまった。僕らはこれを奪い返す――いや、サンズを滅ぼしてでもバインダーが欲しいんだ。ヴァルムドーレを失った以上、大陸の覇者となるためにはこれ以上の決め手はないよ」
この妖艶な少年が放つ、悪魔の視線を直視できる命知らずはいなかった。
「さて、そのサンズだが……泥棒兎とか言う無法者を使って、ヴァルムドーレを台無しにしてくれた。でもそれは他ならぬ、我が軍の亡霊なる機兵が手を貸したこと――」
その時、団長達は只ならぬ気配に粟立った。
すでにリュクスがライバーンに天装したのは察知済みだった。それに加えてもう一体、新たに天装した亡霊なる機兵が、彼の近くにいる。
とりわけ、キャスパーとバサラは自分の中の何かを抑えるのに必死だった。
3人の将軍はその光景を満足そうに眺め、
「キャスパー、バサラ……君ら二人は特に彼と因縁深いのは知ってる。その上で確かめて欲しいんだ」
ミュラーが魔導モニターのスイッチを入れると、円卓中央の水晶板に鮮明な投影魔法が映し出される。まさに練兵場に向かわんとするライバーンと、ラスティーラの姿であった。
「ごめんね、キャスパー。ちょっとリュクスに協力してもらったよ」
「……通りで」
「議論の始まりだ。ラスティーラが僕らにとってプラスになるか、マイナスになるか……君達の意見を聞きたい」
実にミュラーは楽しそうであった。
団長達の中で、彼の考えを正解に理解できたものなど誰一人いなかった――