オープンオファーはお断り その6
アルデバラン師団 後方支援部隊隊舎 メインロビー
彼の名は〈ライバーン〉、射撃戦を得意とする亡霊なる機兵で、魔導経典にもその名を連ねるハイクラスの戦士だ。
人間の姿ではわからなかった、懐かしくも厄介な感覚に、ケントの魂は望みもしない過去の記憶を呼び起こす。
『どうだ!? さすがに思い出してきたろ?』
「知ってる……あの亡霊なる機兵!」
「ケント、やめなって……! 何だか知らないけど、挑発に乗るもんじゃ――」
『だよなぁ? 昔は仲間だったんだぜ、俺達! けど、ヴァルムドーレにやられて、てめぇを殺す前に俺がおっ死んじった……嬉しいぜ、また会えるとはな!』
このイライラする煽り体質こそ、ライバーンの個性そのものであった。
機械のクセに、モルガナイトの瞳はニヤリと細くなる。感情表現豊かなのは結構であるが、人間からみても彼が嫌な奴であることは一目瞭然。
当然、短気で熱血、加えてド直球のラスティーラが、黙っているはずなかった――
「ムカつく……今すぐ消し炭にしてやる」
「え?」
「一万年経って……その面を拝むことないと思っていた。平穏な日々を……俺の安らかなる日常を……またも荒らしに来た無礼者がッ!」
「ケ、ケント!?」
仲間達は騒然とした。
初めて見る、目が死んでない彼。レガランスを倒したという、ふわふわしていた事実が本当であったと彼らは思い知った。
――何てことだ、ここで決闘が始まるなんて。
経理部の面々はどうして良いかわからず、途方に暮れた。
だが、ケントは一級の戦士の顔でライバーンに臨む。同じく右手に七芒星を映し、彼もまた、叫ぶ。
「天装――ラスティィィィ――」
その時、バートンが沈黙を破った。
「修理費は誰が持つつもりだ? ケント」
その魔法よりも恐ろしい言葉に、彼はピタリと止まった。
「て、天装――」
――おかしい、口が動かない。
「壊したら、自腹だからな」
「天……装――」
「それともただ働きがいいのか?」
「…………!」
勇者は、金の力に屈した。
行き場のない拳で、彼はとりあえず思いっ切り床を殴りつけ、背後から突き刺さる最強の金庫番の圧力から逃れる。
将来のために、従うべきはプライドか――いいや、職場の上司である。
その社畜精神に唖然とするライバーン、だがケントの仲間達は安堵していた。
口調はラスティーラだが中身は間違いなくケントだ。なぜならば、怒りを抑えようと、プルプルしながら必死にそろばんで妙な計算を始めているではないか。
「戦ったら入院費が20万、保険料が1万で修理費がうん百万――」
ブツブツ、ブツブツ、修理費の内約を算出する彼を見て、
「おおっ! 煽り耐性皆無と名高いラスティーラが耐えた!」
「――でも、何かヤバい人になってますが」
「冗談じゃねぇぜ、これ以上、仕事場を荒らされてたまるもんか!」
逆風に顔をしかめるライバーンだったが、彼はある大事なものの存在を思い出す。
『あっ……忘れてたぜ』
「何を」
『いや、経費で落とすのも金庫番なのに失礼だからって――』
するとライバーンは器用にも装甲と装甲の隙間から一通の封筒を摘み出し、バートンに手渡した。
「これは……小切手?」
『修理費、頂いてるの忘れてた』
「――ラスティィィィラァァァァッ!!」
金の用意があると分かった途端、ラスティーラは現金なものであった。間髪入れずに天装し、ロビーは山吹色の閃光に満たされる。
光の中からはご覧の通り、金銭問題への心配はなくなった、白金の亡霊なる機兵が、重量感のある鋼の図体を光らせ、晴れ晴れしい顔でナルムーンの兵士の前に再臨した。
ライバーンはしたり顔で、
『念には念を入れておいて正解だった……! まさかここまで勘定兵士になり下がってるとは……ドン引きだぜ、まったく!』
『ずべこべ言わずに表へ出ろッ! その自慢の重装備を八つ裂きにしてやる!』
『早漏かよ。ついて来やがれ、場所は用意してあるんだ』
2体分の足音がさほど新しくない経理部の隊舎を振動させる。さすがは亡霊なる機兵と言うべきか、熱くなった彼らの視界にはもはや人間は存在しない。
戦うことで頭がいっぱい――そんな背中を経理部の面々は茫然と見送った。
その時、館の奥から猛ダッシュでこちらに向かってくる人物が一人。黒髪で髭を生やした、バートンと同じくらいの年齢の男であった。
「バートンッ! 何事だ!? さっきリュクス・ザノッティが――」
「もう行ってしまったよ、ダグラス。うちのステファンを連れて」
「何だと……!?」
ダグラスは、爆破された防弾扉を潜り抜ける2体の亡霊なる機兵の姿に全てを察した。
人事統括である彼もバートンと同じく、ヴァルムドーレ騒動の功労者であった。彼の働きがあったからこそ、駐屯兵隊は奮起し、魔導騎士団を城外に締め出したのである。
「何てこった……遅かったか」
頭を抱える彼の隣で、バートンはライバーンから渡された封筒の中身を取り出した。すると、冷静沈着であるはずの彼が、あからさまに顔色を変えたのである。
不審に思ったダグラスは、
「何だ、それは?」
「……修理の前金だそうだ。ご丁寧にこれから使うであろう、練兵場の再建築分まで内約に含まれている」
「小切手の送り主は誰だ? ポケットマネーってことだろ?」
「……ああ、予想外だった」
バートンは少し緊張した様子で小切手を彼に手渡した。
すぐさま、その理由は知れる。表に描かれているサインを目にした途端、心臓が止まりそうな勢いで大きな脈を打った。
そこに署名された人物の名は――
「ミュラー・ヴァシュロン……!? おいおい……冗談もほどほどにしてくれ!」
「とんだ黒幕だ……ベテルギウスの企みじゃない、魔導騎士団と教団の総意だ」
「元帥が……? 待てよ、じゃあ……今頃この様子はサミットで――」
バートンは頷いた。
「政令都市の団長と自由騎士達の享楽となっていることだろう」