オープンオファーはお断り その5
後方支援部隊 総統括室
後方支援部隊総統括。それはバートンら統括者ですら束ねる、後方部隊のドンである。
「……何の音だ?」
「たぶん、またラスティーラのスカウトではないかと」
人事部統括ダグラスの言葉に、総統括は鼻息を荒くした。
「ふん、またか! いい加減、異動してくれないものか……隊舎の修理費もかさむ上に、業務の妨げだ! 大人しく魔導騎士団にくれてやればいいのに……エルザの奴め!」
このハゲ散かったおっさん――もとい、脳天が乏しい総統括は部隊の中でも、かなりの嫌われ者だった。
陰湿極まりない小言、パワハラと受け取れるそれに、ダグラス達はうんざりしてきた。現にケントも、すれ違い様に修理費と人件費について何度も釘を刺されている。
同じ空気を吸えば苛立ちしか起こらない、そんな困った人間であった――
「あーあ、いっそ、こいつらのように早く辞めちまえばいいんだ!」
「はあ」
彼は怒ったように、ダグラスによって持ち込まれた除隊希望者の書類に、猛烈な勢いで押印をしていく。ろくに兵士の顔も内容も確認せずに彼は苛立って、
「なのに、自由騎士殿は奴を強制異動させぬ! 一体何を考えているのだ……勇者のクセに戦場に立てない腰抜けなんぞ、ナルムーンにはいらんわッ!!」
ドンッと、とどめの一押しを見届けると、ダグラスはそそくさと書類を受け取り、部屋から撤収した。
黙っていたが、彼はこの総統括を誰よりも嫌いなのだ。
「誰のせいでこんなに新人が辞めたと思てるんだ……!」
いつか報復を受けろと怨念すら込めて、彼は退職届を握りしめた。
◆ ◆ ◆
メインロビー
「なっ……何だ!?」
「敵襲か!? しかし、この破壊力は一体……!」
突如、あの防弾扉が爆発した。鳴り響くサイレンと、荒ぶる魔導スプリンクラー。人工雨と煙の向こうの光景に、彼らは咽返りながらも剣を構えた。
逆光の中に一人――姿形からして、警視庁の人間ではない。その人物はゆっくりと経理部の隊舎に入るなり、かったるそうに頭を欠いた。
「ひゃっけぇ……あ、すんませーん。ステファンとか言うラスティーラいる?」
肩に担いだグレネートランチャーを元の拳銃に戻し、彼はそう言った。
「あれは……」
「何だ、貴様ッ!! ここをアルデバラン師団経理部と知っての狼藉か!?」
「またスカウトの類かよ。いい加減業務妨害で軍法会議所に――」
「スカウト? ハッ、他ん所と一緒にするんじゃねぇぜ!」
青年の不敵な笑みが煙を晴らす。
その瞬間、彼はスプリンクラーに銃口を向け、銀線細工のトリガーを引いた。
銃声が渇いた響きを残す。
銃弾がスプリンクラーに命中すると、配管に微力のエレキが走り、人工雨がぴたりと止む。たった数秒で警報装置は嘘のように通常の無作動状態へと落ち着いたのである。
迅速かつ繊細な芸当に、経理部の兵士たちは顔を見合わせた。
「……これが噂の金星型高等魔法《機械調教》ですか。機械に指示を下し、自由に操る雷と音魔法の複合技とお聞きしています」
ただ一人、バートンは改まった様子で、青年にそう告げた。
すると青年は得意げに、
「ふーん。さすが切れ者と名高い金庫番! ラスティーラを抱えて離さないと、ベテルギウスでも評判でずぜ」
「ベテルギウス?」
バートンの部下達ははっとした。
銀線細工とフライトゴーグルにライム色の髪――
「そしてこのチャラさ――ベテルギウス魔導騎士団のリュクス・ザノッティか!」
「チャラいのは余計だい」
「副団長殿がわざわざここに……面倒だな。俺達でどうにかできる相手じゃないぞ」
その時、廊下の奥から足音が迫って来た。
「隊長ォォォォ!? 何事ですか!? 今すごい音が……!」
「来てしまったか……」
バートンは少し頭を悩ませた。
相手は魔導騎士団副団長――年齢は大分下でも立場的には各上の存在。単独とは言え、彼のこの堂々した様子から、この行動を指示した大本がいるはずであった。
「な、何だ……? 廊下がびしょびしょ!」
「ああっ……うん百万マニーも費やした防弾扉が!?」
「え!?」
――そんなにかかったの!?
聞きたくなかった金事情、そろばん兵士であるケントにとって、金額がデカければデカいほどメンタルへのダメージは増すばかり。
だが、そんな罪悪感を振り切って、ケントの視線は自然と渦中の人物たるリュクスの存在に向く。
それはリュクスも同じだった。
後方支援部隊の若手、ロディ、チャーリー、エドガーは戦場慣れしていないせいか、現場を見るなりやや狼狽していた。
そんな中でただ一人、目が死んでいること以外、毅然としているケントはやはり周りから浮いて見えるのだ。
戦士の勘は、すぐに彼が尋ね人であると判断する。
リュクスは一歩前に進み、彼の品定めを始めた。
「お前か……マジで目が死んでやがる。ちょっと写真とは違うだろうと、期待してただけに若干モチベーションが下がったぜ」
「――ぐはっ!? 早速、魔法攻撃とは汚い……! 心が、心が痛いィィィ!?」
「ケント、しっかりしろ! 相手の精神攻撃なんかに負けるんじゃないぜ!!」
「――やっべ。ツッコミ不在か、ここ。素直に謝るぜ、ごめん」
心の傷に呻くケントを遠目に、リュクスは淡々とグレネートランチャーを外した。
「で? 副団長殿、ステファンに何の御用で?」
滅多に見せないバートンの冷ややかな目線に、彼は口を尖らせた。
「手合せさ。悪いねぇ~俺も亡霊なる機兵なんでアルデバランに入ってから、血が騒いじゃってしゃーない、しゃーない」
「亡霊なる機兵……!? 銀線細工師なのに!?」
「そうなんでぃ――」
銃声が上がる。
ノーモーション、顔の筋肉一つ動かさず彼は発砲した。その巧みなフェイントは獲物に警戒心すら抱かせず、白銀のリボルバーから逃れるチャンスを悉くつぶした。
「ちッ!!」
だが、ケントの方が上手だった。あたかもそれを予知していたか、すでに引き抜いていた剣で、銀の魔弾を切り裂いてしまったのだ。
これにはリュクスも驚きを隠せなかった。
それを可能にしたのは他でもない、ケントの首に掛けられた銀水晶――ラスティーラの過去の魔力が、人間離れした動体視力を発揮させたのである。
「……なるほど、自由騎士殿と互角にやり合っただけのことはあるか」
「あ、危ねぇ……! 持っててよかった……!」
目を見開いて、ケントは銀水晶を握りしめていた。
「よくわかったぜ、これ以上生身でやる理由はねぇ」
「じゃあ、お帰りください! どなたか、知りませんが……!」
「知らねぇだ? すぐにわかるさ、俺もお前の記憶の中にいる」
「記憶……?」
だが、それ以上の接触を経理部の幹部は好まなかった。バートンは二人の間に立ち、
「その位にしていただけませんか? ザノッティ副団長」
「副団長!?」
謎のチャラ男の肩書を知るなり、ケントは唖然とした。
「大方、お宅のクリスティアーノ団長からの命令でしょう? ベテルギウスの魔導騎士の品行の悪さは有名です。ずいぶん、ステファン宛てに脅迫まがいの電話をいただきまして、大層迷惑でしたよ」
ベテルギウスと聞いて、ケントを始めとした下っ端兵士は渋い顔をした。
忘れるものか。再三に渡り、電話口でタイマン張れと怒鳴り散らされた日々。ベテルギウスからの直通電話を拒絶したことで、部内は平穏を保つことに成功したが、その代わりに毎日ポストにカミソリレター的なものがたんまり届くようになってしまった。
時間とゴミ処理代を返せ――そんな敵意の目を皆でリュクスに向けた。
リュクスは面倒臭そうに、頭をかく。
「うっわ、ストレートな人だこと! でも、怒るのもお門違いじゃないっすか?」
「なぜ?」
「仮にもナルムーンの兵士が、こともあろうにサンズの魔導師、まして盗人を平気でやる輩に手を貸したんだ。喝を入れてやるのは、当然のことでしょう?」
とてつもなく悪い顔がケントに向けられる。
「なのに、いけしゃあしゃあと日常に戻ってやがる。俺はいいけど、別に? だが残念なことに、うちの団長はご立腹だ。何せ、あの自由騎士殿の右腕だった人だからな……!」
彼らは彼らの理屈を押し通す。情の欠片もない嘲笑に、ケントは動揺した。
「戦っちまえって、俺と。団長が出てくれば、ラスティーラだろうとお前なんか瞬殺だ」
「……」
「言っとくぜ、殺しはしない。これはお前に団長とタイマン張らせないためさ。半殺しぐらいには抑えておいてやるからさ――」
銀線細工の手甲に包まれた拳を掲げる。そこにはやはり、ケントと同じ七芒星の魔法陣がライムグリーンの光に浮かび上がる。
「天装――ライバァァァァンッ!」
メインロビーは瞬く間に閃光に飲み込まれた。光が引いた時、そこにいたのはリュクスではなく、黒と灰色、そしてライムグリーンの装甲の亡霊なる機兵。生身で装備していた銀線細工を思わせる重火器と淡いピンク色のモルガナイトの瞳をギラつかせ、4mの巨体は吹き抜けの空間を独占していたのであった。