オープンオファーはお断り その4
経理部隊舎 入口
青々とした空にゆったりと流れる雲。穏やかな天気と相反して、後方支援部隊隊舎の入口は、稀にみる緊迫した状況に陥っていた――
「今日こそ、直接交渉させてもらう……! かの勇者ラスティーラの力は、ナルムーンの治安維持のために使われるべきもの……要求が通らぬなら、この扉をぶち壊すぞ!」
「お宅も修理費やばいんでしょ~? 金庫番が出費多いんじゃあ、この先お仕事になりませんよね?」
「あんたらも器物破損で逮捕だろが!? 毎度毎度、何コレ! この暑苦しい人たち、どっから連れて来るの!?」
ドシンっと四股を踏み、突撃の準備をするスモウレスラー15人の隣で、しつこ過ぎるナルムーン武装警官隊人事部はいやらしく笑った。
「今日は元じゃない、現役のレスラーだ! 若さと勢いが違うぞ~!」
率直に言うと彼らはケントの、いや、ラスティーラのファンであった。ゆえに強引にでも彼を武装警察へと転職させたく、このような力技の嫌がらせを連日行っているのである。
危うくドアが壊されかけること数十回、もはや我慢の限界に達した軍の金庫番も、黙ってはいなかった――
「何度も言うが、ステファンは会議に出席中だ。それに本人は強い希望を以って、経理部に在籍している……仕事の邪魔は止めてもらおう」
ついに表立って交渉の場に登場した、アルデバラン師団経理統括のバートン・エルザは、議会より賜りし騎士の称号を輝かせてそう命じた。
これには彼らの顔にも焦りが生じるが、
「き、騎士公が出てきたところで、我々の任務が妨げられるわけでもない。我らも同じ騎士公の命でここにきているのだ!」
「我らにもプライドがある!」
そう啖呵を切ると、なぜか顔つきを変えたのはスモウレスラーであった。彼らはまさにどすこい! とばかりに、突入の姿勢を取っている。
予想通りの強情さに、バートンは冷めた表情で応えた。
「では、これ以上話をする必要はないな! 諸君、撤退だ……直ちに門を閉ざせ!」
「小癪な! どうせいつものパターンだろ!? 総員、突撃準備!」
バートン達が引き、年季の入った木の扉が閉ざされた途端、スモウレスラー全員の四股に大地が揺らいだ。
そして、
「はっきょーい――のこったァァァ!!」
「どすこぉぉぉぉいッ!」
どこから取り出したのか、警官の軍配に15人のスモウレスラーは一斉に脆弱な隊舎の扉に襲い掛かった。
――ドォンッ! ドン! ドン! ドン!
清々しいぶつかり稽古だ。
だが、いつも通りの警官隊VS経理部の熾烈な押し問答が繰り広げられる予定が――なぜか、今日は事情が違った。
「……ん? どうした? レスラーの動きが鈍いぞ」
「どうした、貴様ら! ちゃんこ代も出しているんだ! 破ってもらわなきゃ適わん!」
苛立つ警官に、レスラーはこぞって顔歪めた。
「と、扉が……ビクともしないっす!」
「何!?」
「固いっす! 何か、この木の下にもう一枚扉があるっす!」
「ええい、どくのだ!」
レスラー達の悲鳴に、警官は駆けつけた。事情を確認すべく、扉に剣を突き刺すとあら不思議。カキーンッ! と、固い何かに弾かれ、サーペルが真二つ折れてしまったのだ。
「ば、ばかな……これは!」
警官隊は顔を見合わせ、そして気づく。
「特殊合金による防弾扉!? あいつら……ついにプライドを捨てて金を使いやがった!」
その絶叫を扉の内側で聞いていた経理部の面々は不敵に笑った。
節約と言う鉄の掟を捨て去り、彼らは封印されし禁断の力を解放したのである。経費を使って設備投資するというチート技を――
「破れるはずがない……戦車もびっくりの特注品だ! ケントのメンタルケアを理由に申請したら、まさかの認可だ。これでバリケードをわざわざ、張る必要がなくなったわけだ」
バートンは安心したように、設置費用の明細書を眺めた。
「問題は本当に用事がある人まで、入れないっていう……」
「苦情は警視庁まで願いたい……だが、あまり騒がれるのは好ましくないないな。今頃軍部は自由騎士主導で、組織編成の真っただ中だ。当然、ケントの話も上がるだろう……」
「血気盛んなベテルギウスとアルドラの連中もいることだし……あまり、目立つのはよくないですね」
「そういうことだ。早めに帰って貰って頂けるよう、警備隊にも根回ししておくか」
とにかくこれで一件落着と、彼らは防弾扉に背を向けた。
だが、これは事件の序章に過ぎなかった――
◆ ◆ ◆
「おのれ……! 自分達ばかり、力を独占しやがって……!」
ビクともしない防弾扉と、熱中症寸前のスモウレスラー。勝敗は明確だった。手ぶらで帰る訳にもいかないと、武装警官達が寄せ鍋式にあれこれ策を巡らせていると、
「どきなって」
「――へ?」
振り向けば、一人の青年が気配もなく立っていた。フライトゴーグルに、ダークブラウンの瞳とライム色のクセ毛。率直に言うとチャラい――そんな印象を受ける彼であったが、銀色の手甲が嵌められた右手で、腰元のガンホルダーから銃を引き抜いた。
「な、何を――」
次の瞬間、青年はその銃を魔力によって変形させた。にわか知識でも一目でわかる、典型的な金星型魔法――金属変化。銃を成す銀は、まるで彼の意志を反映させるかのように、見る見るうちにその体積と質量を膨張させる。
気が付くと、彼の右手に装着されたのは――銀線細工のグレネートランチャーだった。すぐさま青年はスコープを覗き、再び自身の魔力で銃身を光り輝かせた。
彼の行動に警官達は戦慄し、無意識に耳を塞いだ。
もう、彼が何をしようとしているのか、聞くことさえ憚られる。
――ダァァンッ!
撃鉄は打たれた。銀のグレネートランチャーは戦艦の主砲に匹敵する破壊力を見せつけ、鋼鉄の扉を木端微塵にし、硝煙と爆炎で辺りを包んだ。
――もう知らない、俺らは何も見ていない!
巻き込まれるのはごめんとばかりに、警官達は煙に紛れてその場からどろんと消えた。